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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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健治の勧誘

翌朝、響と大輝も勧誘活動に参加した。

「コパカバーナ」の演奏時には、大輝がタンバリンを、響がアゴゴを担当した。アゴゴとは円錐型の金属器を二つ、金属の棒で繋げた打楽器である。乾いた金属音がよく響き、明るく賑やで開放感がある。二人の演奏ぶりはリズム感があるとは言えないが、コパカバーナは扱う楽器が多く賑やかなラテン楽曲なので、素人にはまあまあ誤魔化しが効くだろうという、琳太郎の判断だ。

雛形はチラシを作って、通りゆく新入生達に配っていた。チラシにはデカデカと「吹奏楽部新入部員大募集」と書かれいる。部員達に「できま先生」と陰口を叩かれていることに気づいたのか、朝練にも顔を出すようになった。本人なりに部に貢献しようとしているらしい。チラシを渡してもそのままやり過ごす生徒が多かったが、一部の生徒は渡されると立ち止まり、演奏をしばらく聴いていった。

吹部が一生懸命、校門前で演奏していると、野球部の一団がやってきた。近くにいた何人かの新入生達が礼儀正しくまばらな拍手をする一方で、野球部はニヤニヤしながら冷やかしの野次を飛ばす。

琳太郎が泰然自若として、「お前らも入部しないか?」と野球部に声をかけた。雛形もサッと歩み寄り、野球部員達にビラを渡す。彼らは意地悪く笑い、「先生、俺たち野球部っすから」と言ってかわした。

勧誘活動が終わり、片付けの時間になった。バスドラムを運ぶのを手伝いながら、琳太郎が雛形に話しかけた。

「雛形先生、チラシ作ってもらってありがとうございます。助かりました」

「いいえ。一応、副顧問ですから」

雛形はむすっとしながら言い、畳んだ譜面台を運んだ。

「朝練は無理しないでくださいね。勝手にやりますから」

「あんまり勝手されると私にもとばっちりがきます。ちゃんと相談してください」

雛形は生徒達には聞こえないくらい小さな声で、手厳しく言った。

「はい、すいません」

琳太郎も同じくらい小さな声で、頭を下げた。

「それにしても、あの子達、厄介ですね」雛形が琳太郎に怒って言った。「昨日もああやって、ちょっかい出してましたけど」

「うーん。まあ、中坊なんてそんなもんっすよね」

琳太郎は特に意に介さない様子だった。


「よう、元気?」

休み時間に、健治が一人の男子生徒に声をかけた。一年生の、百舌野(もずの)史門(しもん)である。

「なんだ、君か」

史門は誰のことも「君」と呼ぶ。名前で呼ぶことは滅多にない。健治とは同じ小学校だったのと、町内の子ども会で顔を合わせることがあったので、互いに顔は知っている。史門は陰湿な性格が災いして、ほとんど友達がいなかった。

「ねえ、百舌野君も吹部に入らない? 俺、クラリネットやってんだ」

健治が無邪気に問いかけた。

「入らないって言ったら?」

史門は煩わしそうに、自分よりもわずかに背の低い健治を見下ろして言った。

「うん。でも俺、絶対に百舌野君にも入ってもらいたいんだ。どうせ、どこからも声かけられてないんだろ」

健治の言葉が胸に突き刺さり、史門はぐうの音も出なかった。確かに、クラブ見学に言っても誰からも声をかけられなかった。ほかの同級生達はいろんな先輩達に囲まれ、笑顔で誘われているのに。なぜ自分には誰も話しかけないのか。史門のちっちゃなプライドは、大いに傷ついていた。

「ホルンとか興味ない?」

健治が具体的な楽器名を持ち出して聞いた。

「無い」

史門はそっけなく返した。

「でも、試しにやってみない?」

健治は食い下がった。

「やってみない」

史門はおうむ返しだ。

「いい先生がいるんだよ」

「いい先生なんかいない」

「面白いのに」

「僕は騒々しい楽隊なんか面白くない」

「どうして」

「どうしても」

史門の態度が頑ななので、健治は頭の上に疑問符が浮かんだ。それから少し考え込んでから、閃いた。

「イボタガなら面白い?」

 健治の言葉に、史門は健治の顔を凝視した。

「君。イボタガを知ってるの?」

イボタガとは蛾の一種だ。不気味な模様の蛾だが、一部の昆虫ファンからは人気がある。健治もその一人で、学校裏にある鳥雲山で捕まえた。子ども会でキャンプに行ったときから、史門が川辺で熱心に蝶を追いかけていたことを、健治は知っている。

「うん。欲しいならあげよっか」

「持ってるのか? まさか。絶対くれるのか? 絶対?」

「その代わり、吹部に入ってくれたらだよ」

「何だ。くだらない。そんな交換条件、あるもんか」

「くだらなくなんかないよ。そうか、じゃあこれは昆虫収集家にあげちゃおうかな。オスとメス、両方いるんだけどな」

「何だと」

史門は目を見開いて言った。

「吹部に入ってくれたらペアであげるよ」

健治がニキビ面でニヤリとしながら言った。片方だけならともかく、ペアを所有しているとは。いったいどこで手に入れたのか。この近所なのか。どこかの山林、いや、それとも…。こいつ、ただのチビニキビじゃない。ここは大人しく取引に応じるべきでは。史門はしばらく思案する。それから健治を睨んだあと、低い声で囁いた。

「まず、実物を確認してからだ」

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