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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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記録

全国大会の翌日、第二音楽室に集まった部員達を前に、琳太郎が話し始めた。

「結果が出た。鳴沢が金賞だった」

一同は低い声で唸った。あの枕木中を初め、多くの強豪校を西関東で蹴落とし、全国大会行きの切符を手にしたのは他県の中学と、埼玉県北一の強豪、鳴沢学園だった。全国大会出場は初めてのことではないとはいえ、金賞を獲得したのは今年が史上初とのことだった。

「顧問の鉛田先生も、生徒達も相当、努力したんだと思う」

琳太郎がノートパソコンでウェブ記事を見せた。記事のタイトルは『全国大会で金賞を獲得 埼玉県の雄・鳴沢

学園』とあった。部員達はパソコンの前に顔を寄せ、互いに頷き合った。鳴沢の演奏は地区大のときから群を抜いていた。全国大会の会場でもあの「マゼランの未知なる大陸への挑戦」を響かせたのだろう。琳太郎は続ける。

「でも、俺達にも一つ、いい知らせがある」

「何?」

直樹が思わず口を挟んだ。琳太郎が優しい笑顔を向ける。

「来年度から、全国大会でも小編成の枠がつくられることになった」

琳太郎が言うと、直樹が弾かれたように立ち上がり、ガッツポーズを決めた。皆も互いを見合って歓声を上げた。琳太郎も部員達を嬉しそうに見回した。

「以前からその話は吹奏楽連合でも持ち上がっていた。少子化の影響で、うちみたいな学校が増えたんだろう。できるだけ各校の環境に合わせてフェアに行いたいというのが、今回の新しい枠がつくられた目的だ」

琳太郎が説明すると、部員達は少し物悲しげに、でも嬉しさも交えて、互いに頷き合った。

「小編成って上限、何人なんですか」

梅子が前のめりになって聞いた。

「三十人」

琳太郎が答えた。

「意外と多いですね」

公彦が呟いた。

「俺らが少なすぎんじゃんー」

銀之丞が言うと、皆が笑った。

「来年は何が何でも十四人は入れないとですね」

直樹が張り切って言う。

「そこは、三十四人って言えよ」

怜が突っ込むと皆は爆笑した。既存メンバー十六人に対し、新入部員を三十四人加えられれば、定員ぎりぎり五十人の大編成バンドがつくれる。

「確かに、来年たくさん入れば、小編成も何もないですよね」

公彦が言った。

「そりゃそうだ。定員MAXでやった方がいい」

琳太郎はもっともだと頷く。

「でもうちの学校って生徒数少なくなってるし、そこまで無理なんじゃないですかね?」

現実派の梅子が言った。

「難しいところだよな。でもな、なんにせよ、俺らは大編成だろうが小編成だろうが、その時の環境を最大限に生かしてベストを尽くす。やることは変わらない」

琳太郎が心配するなとばかりに、自信に満ちた目で言った。

「俺ら、すっかり上級吹部になっちゃいましたもんね」

直樹が屈託のない笑顔で言うと、皆からは心地よい笑い声が上がった。

「おーし、お前ら。今から来年に向けて、心の準備、しとけよ。じゃ、合奏すんぞ」

琳太郎が発破をかけた。皆は声を揃えて返事すると、合奏の準備を始めた。


ミド中の第二音楽準備室にはいくつもの棚が並び、昭和の時代から保管されている歴代のビデオが保管されている。現代へ移行するにつれて古いVHSのビデオテープからDVD、ブルーレイへと遷移していき、ラベルには定期演奏会とか、県大会とか、それぞれの内容が記載されていた。

西関東大会に最後に出場したのは十年前だと琳太郎は校長から聞いた。棚の一部を漁るとちょうど三年前から二十五年前の音源が見つかった。琳太郎はそれらをランダムに取り上げ、第二音楽室へ持ち込んだ。

最初に二十五年前のビデオテープを選んだ。今にも壊れそうなVHSビデオデッキも見つけたので、それをケーブルでモニターに繋ぎ、ほこりを払ったテープを入れて再生した。場所はミド中の体育館らしく、文化祭での演奏風景らしかった。解像度の低い映像に映った部員数は三十五人ほどで、女性の顧問が指揮を振っていた。上手すぎず下手すぎず、よくある中学生の吹部らしい、平均的な出来栄えだった。

次に、十年前の定演時のDVDをプレイヤーにセットした。再生すると、会場は緑谷町民文化会館らしかった。くっきり鮮明になった映像に映る部員達は、六十人ほどの大所帯に成長していた。体格のいい男性の顧問が力強く指揮を振り、見るからに指導力がありそうな雰囲気が背中から漂っていた。金管も木管もよく鳴り、パーカッションも息が合っている。集中して演奏しているのがよく伝わってきた。吹奏楽用の楽曲や行進曲、クラシック、オペラ、民謡など様々なジャンルをいくつも吹きこなし、ビッグバンド編成によるパフォーマンスも行い、たくさんの観客から拍手喝采を受けていた。

今度は五年前のDVDを再生した。人数が減り、四十人弱の編成になっていた。楽曲はポップス寄りになり、一人一人の技術は低下し、演奏そのものも一体感に欠けていた。

最後に三年前のDVDを再生した。二十五人ほどの編成になり、それぞれが自分勝手に音を出していて、演奏はとても聞いてられない代物だった。

平均的な部がなかなかいい部へ成長したのに、教師が異動してしまっただけでこんなにも落ちぶれてしまうものなのか。吹奏楽部というのは結局のところ、指導者で運命が決まってしまうのだ。大会で結果を残していかなければ新入部員は増えないし、これまで培ってきた知的財産は失われ、その息吹は途絶えてしまう。

琳太郎は県大会で再会した枕木中の教え子達のことを思い出した。部員も楽器も揃い、もともと実績のある学校だったので、琳太郎が懇切丁寧に教える必要はなかった。頼もしい部長に実権を委ね、今のバンドに足りていないものをほんの少し足してやったり、引いてやるだけで良かった。最初は新任の琳太郎を警戒していた部員達も、しだいに琳太郎へ信頼を寄せるようになった。全国大会への出場も果たし、以前にも増してよくまとまったバンドへ成長した。

それが、琳太郎が抜けただけで質が落ちたことは、県大での演奏を聴いてすぐに分かった。次期顧問はそれなりにやっているようだが、生徒との信頼関係がいまいち築けてないようだった。同じ目標を掲げ、厳しい練習を日々積み重ねていく以上、信頼関係の構築は必須だ。その後、西関で枕木中は全国大会行きを逃した。あの部の行く末も、このミド中のような末路を辿るのだろうか。

琳太郎は画面に映る酷い演奏風景を眺めながら、しばらく思案した。


「定点撮影ですか」

直樹が聞くと、琳太郎が頷いた。

「せっかく追加予算ももらえたし、有効に使いたいんだよ」

琳太郎はそう言って、最新モデルのビデオカメラを三台購入した。記憶容量が多く、バッテリーが長持ちする機種を選んだので、長時間録画することが可能だ。それぞれ三脚に固定すると、一台目は第二音楽室の背面中央へ、二台目は琳太郎のそばへ、三代目は第二音楽室の前面の左隅に設置した。

「なるべく、今後は日々の練習風景をたくさん撮影しておきたい」

「はい」

直樹は事情がよく分からないまま、琳太郎の手伝いをした。

「それと、今後、このノートに記録をつけていってほしい」

「何ですか、これ」

琳太郎からリングノートを受け取り、直樹は不思議そうに見つめた。

「日記だよ。何月何日に部員が何人入ったとか、どんな楽譜が配られたとか。コンクールでどうだったの成績がどうだの。気づいたことは全部書け。特に課題が見つかった時はすぐに書け。解決策が見つかった時もすぐに書け。お前一人で書かなくていい。そうだな、みんなで回して、交換日記みたいにしてもいいな」

琳太郎が気楽な調子で言った。

「そんなことして、どうするんですか?」

直樹が率直に聞くと、琳太郎は少し間を置き、静かな目をして言った。

「将来、この部が困ったときに、必ず役に立つ」

直樹は琳太郎の言葉が、ずっしりと重く響いた。まるで琳太郎が、今にもここから消えてしまうような気がした。直樹は急に鼻がつうんとした。まだ、先生から学びたいことがある。自分達がどれだけ幸運で、先生に奇跡を起こし続けてもらっていたかを痛感している。先生にはずっとずっとここに居てほしい。そうやってカッコつけて笑っててほしい。自分とみんなのことを励まし続けていてほしい。

「先生。まだ居なくなりませんよね」

直樹が不安げに聞いた。琳太郎は直樹の目を見た。いつも真っ直ぐで情熱的で、すごく青臭くて幼くて、誰よりも綺麗な目だった。直樹の頭をポンポン叩く。

「おお。まだまだ居座ってやるから覚悟しとけ」

琳太郎は力強く、温かく笑った。

つづく

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