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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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練習再び

翌朝の日曜日、吹部が登校してくると、グラウンドにいる野球部員達が噂話を始めた。

「吹部が県大出場決まったらしいよ」

野球部の一人が南校舎を指差して言った。「野球部県大会出場」の隣に、「吹奏楽部県大会出場」の垂れ幕がかかっている。

「えー」

疑心暗鬼の声が上がる。

「どうせ大したところまではいけないだろ」

「なんか嘘くせー」

それぞれがバカにしたように言い合ってるところへ、怜が通りがかった。

「おい。怜! お前、本気で吹部なんかに入ったのかよ」

野球部の一人が話しかけた。

「なんでマネージャーやってくれないんだよ」

別の野球部もニヤニヤして聞いた。怜は無視してどんどん歩いていく。

「怜は正式にちんどん屋の仲間になったのな!」

一同はドッと笑った。

昇降口から入り、階段を上って廊下を進むと、怜は第二音楽室にたどりついた。響は何やら壁に掲示物を貼り、直樹が健治に「ちゃんと歯を磨いてから吹けよ」とたしなめていた。

「怜、おはよう」

三人が同時に挨拶した。怜はわずかに口元に笑みを浮かべた。「おう」と言って、自分の楽器を取りに行った。

部員達が全員集まると、琳太郎もやってきた。

「おはよう。おお、なんだよこれ」

琳太郎が壁に貼ってある書き初めを見て驚いた。縦長の用紙にはキレのある美しい文字で「初志貫徹」と書かれている。

「私が書きました」

響が自信たっぷりに言った。

「素晴らしい。いいな、こういうの」

琳太郎が褒めると、響は澄ましながら、ちょっとはにかんだ。

「じゃあみんな、楽器はちょっと置いて、地区大会の振り返りをしよう」琳太郎が言うと、部員達は楽器を机の上におろした。「地区大会、よく頑張った。5月の時より格段によくなった。まずは、自分を褒めてくれ」

琳太郎の言葉に各自、嬉しそうに笑ったり、頷いたりする。銀之丞は両手でスティックを持ってガッツポーズをしてみせた。

「ただ、はっきり言って『やることはやった』レベルだ。県大には行かせてもいい、って評価されているだけだ。絶賛されたわけじゃない。分かるな」

琳太郎が言うと、全員の顔から笑顔が消え、緊張が走った。健治は下を向いてしまう。

「今日からまた、お前達は上手くなる。ならなきゃならない。地区大と同じレベルじゃ勝負にならない。県大には全国大会常連校がいっぱいいるからな」

その通りだと、琳太郎の言葉に直樹は賛同した。県南の学校はレベルが段違いだ。私立校も多く、音楽教育への力の入れ方が伊達ではない。今のままでは確実に、銀賞すら取れないだろう。

「審査員は、楽譜に込められた作曲者の意図を掴めているかどうかを評価してくる。ここは盛り上がるところか、一歩引くところか、ってな。さらに言うと、ここをどう解釈しているのか、新しい解釈の仕方はあるのか、心が揺さぶってくるか、そういうところを見てくる。今のお前達には、まだそこの詰めが甘い」

琳太郎は続けた。全員、押し黙って耳を傾ける。

「先生」

直樹が重い空気を破って手を挙げた。琳太郎が発言するように促す。

「解釈っていうのが、俺、よく分かんないんですけど。何なんですか」

直樹が正直に言った。そばに座っている健治も頷いた。

「そうだな。どう演奏するのが良いのかってのを、理解するってことだ」

琳太郎がゆっくりしたスピードで、丁寧に言った。直樹はその場で少し固まって、再び口を開く。

「俺もみんなも、どう演奏するのがいいか、いつも練習で言われてきたし、それは分かってると思ってるんですけど」

直樹はちょっとビクビクして言った。琳太郎の顔を見て話すときは、いつも少なからず緊張する。

「おお。そうか。じゃあたとえば、「展覧会の絵」の出だし。ここはトランペットがどう演奏するのがいいと思う?」

琳太郎がスコア譜を見せながら聞いた。

「そこはフォルテなので、強く吹きます」

直樹は強弱記号を見て、ストレートに答えた。

「なんでここはフォルテなんだと思う?」

「え? 何でって…。えーと、堂々とした方がかっこいいからです」

「何で堂々とした方がいいんだと思う?」

「それは…」

直樹は言葉が続かなかった。そんなふうに掘り下げたことはない。

「いいか。絶対的な正解はない。正解は一つじゃない。どんなストーリーが込められているのか、想像するんだ。想像しながら組み立てていく。俺達はこれから、今まで何となくフワッとしたままにしていたものを、明確に固めていく必要がある」

「はい…」

何だかよく分からないまま、直樹は返事した。琳太郎は優しい笑みを送った。

「直樹。お前が考えるストーリーができたら、教えてくれ。みんなもそうだ。分かったな」

「はい」

一同は元気よく返事した。

「じゃ、午前中は個人練な。午後から合奏にする。梅子、お前はちょっとここに残れ」

「はい」

梅子はちょっと驚いて返事した。それ以外の部員は、廊下や各クラスの教室へ散っていった。


他の部員達がいなくなると、琳太郎は梅子の隣で電話をかけ始めた。

「ああ、ご無沙汰です、琳太郎です。ははは…。お世話になります。ええ、そうです。はい…」

琳太郎は電話をしながら、展覧会の絵のスコア譜をめくった。梅子はなぜ自分だけが呼びつけられているのか分からず、琳太郎の顔をじっと見る。

「ええ。そうなんです。えーと…トロンボーンです。はい。中学生なんですけど」

琳太郎はそう言いながら梅子の顔をちらりと見た。梅子は何やら不穏な空気を感じ取った。トロンボーンが下手すぎて個人レッスンでも増やされるのだろうか。電話の相手は講師の杉田だろうか。

「教則本ですか? いや、それが無いんですよねー。俺も音は出せる、っていうレベルなんですけどね。運指が結構厳しいかなって思ってて…。ええ…。そうっすよね、ええ…」

琳太郎は頭をかきながら言う。教則本という単語を聞き取って、梅子はますます不安に苛まれる。

「はい。…ああ、はい。…本当ですか? 助かります。ありがとうございます。では、失礼します」

通話を終えた琳太郎が梅子を見た。梅子は背筋をしゃんと伸ばして、改めて琳太郎を見る。

「梅子。今日からユーフォの特訓だ」

「へ?」

梅子はキツネにつままれたような顔で琳太郎の顔を見返した。


コンクールの自由曲「展覧会の絵」の中の一つ、「ビドロ」では、オーケストラで演奏する場合、チューバがソロを担当する。この楽曲は高音域の音符を拾う必要があり、奏者の多くはF管と呼ばれる高音域を司るチューバを扱う。これは中学校の吹奏楽ではあまり一般的ではない楽器で、ミド中の楽器倉庫にもなく、幹生が使っているチューバはもっと低音域を出すB管だった。よって吹奏楽で演奏する場合、チューバではなく、より小型のユーフォニアムがソロを担当することが多い。

ミド中にはユーフォニアム奏者は居ないので、一番音域の近いトロンボーンの梅子がソロ部分を演奏していた。ただ、アタックが強く張りのある音色が特徴のトロンボーンでは、審査員から高い評価を得られなかった。県大を勝ち抜くには、豊かで滑らかな音色を出すユーフォニアムの方が有利だ。

幹生にユーフォニアムを持ち替えさせることも考えた。しかし、音域もマウスピースのサイズも異なり、この短期間でまだ一年生がやるにはハードルが高すぎる。それならば、音域もマウスピースも同じトロンボーンの、二年生の梅子がそのまま継続した方がいいだろうと、琳太郎は判断した。

「ビドロのソロ、あるだろ。杉田さんが鍛えただけあって、お前は上手くなった。本番でも良かった。だけど、トロンボーンじゃやっぱ評価が微妙だったんだよ。審査員の好みもあるだろうけどな」

琳太郎が事情を説明した。

「もともとチューバのソロですもんね。幹生じゃ無理なんですか、これ」

「ああ、あいつには無理だ」

「で、私が県大までにユーフォ吹けるようにならないといけないんですね?」

「そうだ」

琳太郎が即答すると、梅子は腕を組んだ。どんな反応をするかと琳太郎は少し心配していたが、意外にも梅子は落ち着いている。瞳には輝きが宿り、やる気に満ちているのが伝わってきた。

「わかりました。じゃあ楽器を取りに行きます」

梅子は立ち上がった。琳太郎も続いて楽器倉庫に入り、明かりをつけた。一番大きいチューバの楽器ケースの隣に、ひと回り小さい楽器ケースが二つ並んでいる。

「ちょうどいい、二つとも持っていこう」

「はい」

琳太郎と梅子で一つずつ持って、第二音楽室に戻った。すると、雛形が何やら撮影の準備をしていた。

「雛形先生、お疲れ様です。ありがとうございます」

「目白さんに特別レッスンするって言うから。はい。さっき、講師の方からメールできてたやつ、印刷しておきましたよ。準備はできています」

雛形は少しよそよそしい口ぶりで、琳太郎の前へ印刷物をばさりと置いた。琳太郎は面食らって、雛形の顔色を気にしながらも、それを譜面台に置き、楽器ケースからユーフォニアムを取り出した。梅子も、もう一つのケースからユーフォニアムを取り出した。

琳太郎が吹くと、ポーッと音が出た。梅子も吹いてみる。同じく、ポーッと音が出た。琳太郎よりも力強く大きな音だった。

「ま、音は出せるよな。トロンボーンやってれば」

「はい。ボーンの子は、だいたいユーフォに浮気しますから」

梅子が訳知り顔で言った。

「やったことあるのか」

「へへへ。そりゃあ、そこにユーフォがある限り。ユーフォの三年生がよく触らせてくれたんですよ。先輩達が引退してからも、時々吹いてました」

「何だよ。そういうのは地区大前に言えよ」

琳太郎はホッとしたのと同時に、急に梅子を頼もしく感じた。印刷物を見せると、梅子はそれを食い入るように見つめた。ユーフォニアム奏者が送ってくれたそれは、教則本のコピーだった。

「雛形先生。本人の実力がわかるように、撮影お願いします。この映像、送るんで」

「わかりました」

雛形は梅子にビデオカメラを向け、撮影し始めた。

つづく

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