地区大会三日前
地区大会三日前になり、ミド中吹部の緊張感は限界近くまで高まってきた。講師陣も集まり、最後の指導に熱を入れた。今回は楽器ごとではなく、音域で分けて練習させた。
部員の人数が少ないため、縁の下の力持ち的存在のパーカッションとチューバ、トロンボーン、バスクラリネットのメンバーを集め、低音域とリズム部隊をがっちり固めていくレッスンを繰り返した。
中音域を担うホルンとサックスも合同で練習した。耳のいい史門と錬三郎がいるおかげで息はよく合い、音色が混ざり合い、溶け合った。椎名と後藤の丁寧な指導もあって、より美しく、より厚みのあるハーモニーが生まれるようになった。
高音域にあたるフルートおよびピッコロとクラリネットは、竹田と桜川の厳しいチェックのもと、細かい運指が必要になる部分がかなり改善された。高音楽器にありがちな「耳障りな音」を出さない訓練、美しい余韻を出す訓練も繰り返し行われた。
自由曲で大役を任されたトランペットは、楠にとことんイントロ部分を吹かされた。最初に楠がお手本で吹き、その後に公彦が吹き、二人の違いを結那に指摘させるという、なかなか過酷なトレーニングとなった。ソロ部分は公彦が担当するとして、二人でユニゾンしたり、ハモる部分にも、これまで以上にゆっくり、丁寧に練習した。おかげで遠慮のない意見と貪欲に取り組む姿勢に磨きがかかり、技術・胆力ともに洗練されていった。
「もう無理」
夕方になって講師陣が帰ると、まりあがテナーサックスを首にぶら下げたまま、グロッキーになって廊下に座り込んだ。隣に恵里菜もペタリと座り、「そうだね」と同調した。流しの前で、錬三郎は頭から水を浴び続けていた。史門は楽器ケースを枕にし、ほぼほぼ気絶していた。
第二音楽室では、まだ低音パートとパーカッションが練習を続けている。
「みんな大丈夫?」
階段を上ってやってきた響が、廊下の四人に声をかけた。後ろから直樹と健治も続く。
「しんどすぎて、あー、って感じです。健治先輩、大丈夫なんですか?」
まりあが濁声で言った。健治は青ざめた顔をして、さまようゾンビのように歩いている。流しの前でクラリネットを置くと、錬三郎に並んで頭に水を流し始めた。直樹は誰にも話しかけることなくしゃがみ込み、虚な目でせんべいをボリボリ食べ始めた。
「全員、キャパ超えてんだよね」
響が苦笑して言った。まりあと恵里菜も笑った。
「そういえばペットの二人、いなくないですか」
まりあがあたりを見回した。
「あの二人も疲れ方が半端ないみたいで、今日はもう無理だって。親が迎えにきてたよ」
響が言うと、恵里菜が頷いた。
「そろそろ肺が破裂しますよね。まり達にも、違うお迎えが来そうじゃないですか」
まりあがブラックジョークを飛ばすと、響が力なく笑った。
「せっかくだから、私達もここで合わせません?」
恵里菜が譜面台とホルンを抱えて言った。ランニングハイになったマラソンランナーのようなテンションになってしまったのだろうか。恵里菜の目は妙にギラついていた。
「えー。まだやる気なの。あんたバッカじゃないの」
まりあが呆れた声で言った。
「いいよ。どうせバカじゃん。バカやっとこう」
響もクラリネットを構えた。仕方なくまりあも、テナーサックスを構える。
七月の末の夕暮れどき、茜色の空にクラリネットとテナーサックスとホルンの音色が響いた。




