全国とは
「全国って、何のつもりだろうね」
琳太郎が出ていった後、公彦は動揺を隠さずに言った。
「あの先生って本当にすごい人なのかな」
健治が悪気なく言った。
「俺はすごい先生だと思う」直樹が擁護した。「俺だぜ、って言ってたし」
「私も、すごい先生だとは思う。でもいきなり全国とか無謀じゃない? うちは五人しかいないんだよ。自信過剰なんじゃない?」
梅子が怪訝な表情をしながら言い、マカダミアナッツチョコを二個まとめて口へ放り込む。
「いきなり五十人くらい入部してくれれば違うけど、そんな方法あるのかな」
健治が頬に人差し指をあて、ほかの指で顎を支えながら考えこむ。
「僕たちは吹部として、悪くないメンツだと思うね。でもね、少人数なんだよね。少人数だと、なんていうか、それで演奏できるのか? って感じがして、頼りないよね」
公彦が言うと、ほかの四人も頷く。
「私は、まずは県大を目指すくらいでいいと思う」
梅子は深呼吸しながら言った。
「俺もそう思う。地区大さえ突破できれば」
健治が言った。
「そうかなー。俺はあんまり、そう思わないけどなー」銀之丞が遠慮なく言った。「ピアノもドラムもできて、大抵の楽器はできるって言ってる先生なんだよ? 上級吹部にするって言ってるんだよ? 上級教師なんじゃない? すげーラッキーだと思うんだけどー。全国ほんとにいけるんだと思うけどー」
「それは確かに、何でもできる先生ならラッキーだよ。でも本当に、部活の指導者としてどうなのか、私は見定めたいって思う。信じたいなって思うけど、もしかしたら口先だけかもしれないよ」
梅子が冷静に反論した。
「俺は今のところ、信じていいと思う」
直樹が梅子と公彦の方を見て言った。
「何で?」
公彦が聞いた。
「先生は、目を逸らさないで喋るから」
直樹は公彦をまっすぐに見た。公彦はその顔に対抗するように、真顔で言う。
「なんだね、それは。…直樹、君も鳥飼先生も…やけにハンサムだね」
直樹以外の全員が爆笑した。
「ギャハハハ。二人ともハンサムぅー」
銀之丞がはやし立てた。
「でも、大事なことだろ、そういうの」
直樹が照れ臭そうにしつつ、怒って言い返した。
「そう言われると直樹の言うことは正しいかもって、私も思うよ。先生、真面目だったね」
梅子がフォローに入った。
「梅ちゃん、さっきは見定めようとか言ってたのに」
健治が梅子へ茶々を入れた。
「うるさいな。だって本当にそうなのかなって思うんだもん」
梅子が健治を睨みつけて制した。
「前の顧問と全然違う。俺は信じてみたい。先生についていけば全国もいけるよ。みんなも信じようよ」
直樹が右手に拳を作り、席を立ち上がって言った。
「…やっぱりハンサムか」
公彦が真顔で直樹に向かって言ったので、皆は再び爆笑した。
「そのハンサムってやつ、もうやめて」
健治が涙と鼻水を流しながら、肩で息をしながら笑う。
「もういいや。ハンサムな俺も先生も信じてくれよ。ね! ね!」
直樹がヤケクソな感じで言い切った。
「きたー。ハンサム部長、きたー」
銀之丞が楽しそうに拍手した。
「ハンサーム、ハンサーム、ハンサムハンサムハンサーム」
公彦が低くて抑揚のない声で三三七拍子を取った。銀之丞がどこからかタンバリンを持ってきて、公彦の声に合わせて打ち鳴らし始めた。梅子までトロンボーンを持ち出して、公彦に合わせてボ、ボ、ボ、と吹き出した。
「ハンサムクラブ、始動ー!」
そう言って、健治もクラリネットでべ、べ、ベ、と吹き始めた。
「全国目指すぞオラー!」
直樹も続けて、フルートで参戦した。
その日は夕方まで、部員達はこの調子で笑い、他愛もない即興演奏を楽しんだ。