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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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保護者会

終業式当日の午後、第二音楽室で保護者会が開かれた。生徒は全員廊下に締め出され、保護者と琳太郎、雛形、副校長が参加した。

「今日はお集まりいただきありがとうございます。副校長の鶏田です。こちらが顧問の鳥飼先生と、副顧問の雛形先生です」

「鳥飼です。よろしくお願いします」

「雛形です。よろしくお願いします」

三人はまとめて、丁寧に頭を下げた。保護者も軽く頭を下げた。

「では、現状についてお伝えします。吹奏楽部は三月までは、平常運転でありました。四月に鳥飼先生が赴任してから、活動時間が急激に伸びたと思われます。本来であれば、クラブ活動は本分ではありません。しかしながら、鳥飼がそこを履き違えて、クラブ活動に本腰を入れさせるように仕向けてしまいました。おかげで生徒達の大半が成績が振るわない事態となってしまいました。保護者の皆様にはご心配おかけしまして、大変申し訳ございません」

副校長が言い訳がましく説明すると、席を立って頭を下げた。琳太郎と雛形も続いて下げた。そこへ、一人の保護者が手をあげた。

「二年の鴨居健治の母です。よろしくお願いします。私は過去に三回ほどお電話差し上げました。部活の時間をもっと短くしてほしいという、たったそれだけの内容です。ですが、改善されませんでした」

「はい、申し訳ございません」

琳太郎が頭を下げた。

「申し訳ございませんじゃなくて、今後どうするかって聞いてるんです」

健治の母は、早口になってさらに詰めてきた。

「はい、私もいいですか。一年、雉谷まりあの母です。よろしくお願いします。うちの娘はこないだのテストの結果が、学年ワースト三位でした。勉強が得意な子ではありません。だからこそ勉強させないといけないんです」

まりあの母も便乗してきた。琳太郎は再び頭を下げる。雛形は「それはお前らの子どもが勉強サボってるだけだろ」と思いつつ、琳太郎に続いて頭を下げた。

「クラブ活動に何もそんなに力を注がなくていいんじゃありません? ああ、うちは目白梅子の母です。二年です。梅子はこの頃、授業中にうとうとすることが多いって、個人面談の時に聞きました。クラブなんですから、毎日三十分程度でいいと思うんですけど」

梅子の母が言うと、賛同する親が何人かいた。

「私からもいいですか?」

優しい声で手を挙げた女性は、直樹の母だ。

「二年、白鳥直樹の母でございます。皆様、いつも息子がお世話になっております。息子が部長をやらせていただいて、感謝しています。本人からは毎日、部活の様子を伺っています。すごい先生が来たとか、毎日練習が楽しいとか、みんなで頑張ってるとか。ありがとうございます」

直樹の母は、ここで一旦話を区切った。琳太郎と雛形は恐縮して頭を下げた。

「でも、ほかの皆さんがおっしゃるように、うちの子も成績が落ちてます。赤点が増えて、心配しています。部活が大好きな子なので、辞めさせたくはありません。どうにか勉強にも意識を向かせてもらえるよう、先生達からお知恵を拝借したいんです」

直樹の母が着席すると、保護者達がザワザワし始めた。

「ご自宅での学習に学校側が介入することは、いささか難しいことかと思います。その際は塾などを利用して…」

副校長が言い切らないうちに、またしても健治の母が発言する。

「だから塾に行っても全然成績が上がらないんですよ!」

「いや、ですからそれは本人のやる気の問題で…」

副校長がオロオロして両手を揺すると、頭上の被り物が左右に揺れた。

「そこを何とかしろってこっちは言ってるんでしょう」

まりあの母も加勢した。

「失礼します」

戸が開き、一人の男性が入ってきた。一緒に錬三郎もいる。

「すみません、保護者の方のみの参加としております。鳳君、君は退出しなさい」

副校長が言うと、男性がお辞儀をした。

「申し訳ありません、息子からお話があります。どうかお許しください。鳳錬三郎の父です。皆さま遅れて申し訳ありません、よろしくお願いいたします」

錬三郎の父はそう言って、錬三郎とともに入室した。

「話というのは?」

副校長が訝しげな顔をして聞いた。

「保護者会があると聞いて、僕達はミーティングを開き、話し合いました。そこで出た意見を、箇条書きでお伝えします」

錬三郎がそう言って、手に持っているプリントに目を向けた。教師達と保護者達はその様子を注視した。

「『部活の時間はこれまで通りでいい』『時間の短縮は嫌だ』『できれば土曜日もやりたい』『もっと上手くなるためにもっと練習したい』『練習時間は増やしてほしい』続きます」

錬三郎が一旦区切って、二枚目のプリントをめくった。

「『全国大会を目指す部活なら、親達には応援してもらいたい』『私たちが目指していることを、真剣に聞いてほしい』『とにかくコンクールを見にきてほしい』『琳太郎先生を辞めさせるな』」

まるで自分がクビになるような展開に聞こえて、琳太郎はなんだか笑いそうになってしまった。

「『先生は俺達のヒーロー。最高。代わりは居ない』『先生がいなかったらこんなに頑張れなかった』『先生大好き』『先生の良さを親にもわかってほしい』」

錬三郎が読み上げる言葉の一つ一つに、琳太郎は今度は笑うどころか、目頭がだんだん熱くなってきた。錬三郎の声と、生徒達の声が頭の中で重なる。純粋な思いが胸に響く。いつもは出来ないとか難しいとか、泣き言が多い奴らなのに。

「生徒達の意見は以上です。ここからは、僕からの提案です」

錬三郎がプリントを傍に置いて言うと、保護者達は一斉に前を向いた。

「これから夏休みです。夏休み中は、午前は勉強、午後は部活というふうにしてはどうでしょうか。夏期講習に行くとか、塾に行くとかいう生徒は、自由にやればいいと思いますが。今は部員が一丸になって目標を果たさなければなりません。そこで、僕がみんなの先生になるというのはどうでしょうか」

保護者達からはどよめきの声が上がった。副校長も混乱して、錬三郎を二度見した。

「僕は学年トップです。全国模試でも成績は上位十パーセントに入ります。勉強はできます」

錬三郎は淡々とすごいことを言った。すごいことだが、事実だった。

「僕ならみんなの勉強をみてあげられます。と言っても今、成績が危ないのは部内で五人ほどです。僕をのぞいて残りの九人は、そこまでではありません。でも、必要ならみてあげられます」

「あなたにそんなこと押しつけるわけにはいかないでしょう」

健治の母が立ち上がって発言した。声が少し震えている。

「そうですよ。あなただって自分の時間を大事に使いたいでしょ」

まりあの母も同調した。

「でも、成績が回復するなら、文句はないでしょう? 違いますか」

錬三郎は中学生とは思えないほど冷静に、毅然と振る舞った。保護者達は圧倒されて、何も言えないでいる。

「僕はみんなで部活がやりたい。でも、みんなの成績が理由で部活の時間を減らされたり、先生を責められるのは困ります。琳太郎先生はいつも僕達のことを思って、動いてくれています」

錬三郎が言うと、琳太郎はたまらず号泣した。それを見た雛形はギョッとした。笑いそうになるのを堪えつつ、そっとハンカチを差し出す。

「息子がこれだけ言っているので、私からもお願いします。何にも興味を持てなかった息子が、吹奏楽部に入ってから随分と変わりました。それを取り上げないでほしいんです」

錬三郎の父が保護者に向かって頭を下げた。

「取り上げるなんて、そんな。私達はそんなつもりで言ったんじゃないんですよ」

梅子の母が言った。そうよ、そうよと同調する声が上がる。

「私からもお願いです」

そう言って立ち上がったのは、怜の母だ。

「二年の大鷹怜の母です。よろしくお願いします。息子は四月まで野球部でした。ですが、足を痛めてしまいまして、退部しました。手術を受けました。今でも定期的に通院しておりまして、リハビリをしています。ピッチャーでしたので、辛い決断だったと思います。息子は吹奏楽部に入って、やりがいを見つけたんだと思います。ああ、目白さんのお母さん。いつも息子がお世話になっております」

怜の母がお辞儀をすると、梅子の母も慌ててお辞儀をした。怜の母は話を続ける。

「最近、息子は本当に変わりました。素晴らしい先生達と、素晴らしい仲間達に出会えたと、家でも言ってくれます。もともとお喋りな子ではありません。私は親として、できることは力になってやりたいと思っています。部活の活動時間は、大目に見てやってもいいのではないでしょうか」

怜の母の言葉は、保護者達に語りかけるようであった。

「いや、ですから私達は、何もそんなに責めてるわけじゃないんですよ」

健治の母は言い訳した。雛形と目を真っ赤に腫らした琳太郎は、お互いに顔を見合わせた。何やら教師対保護者ではなく、保護者対保護者の構図になっているではないか。今度は錬三郎の父が手を挙げた。

「私からもう一つ、提案がございます。自宅の蔵を開放します。そこを練習場所にしていただいて結構です」

「蔵?」

琳太郎が聞いた。

「僕が楽器の練習をできるよう、改造した蔵です。外部にはほとんど音が漏れません。近所迷惑になるようなことはないと思います。先生がいないと学校には遅くまで残れないけど、そこなら先生いなくても大丈夫です。うちですから」

錬三郎が代わりに答えると、保護者達は再びどよめいた。そこへ、直樹の母が立ち上がった。

「息子が先日、そちらで大変お世話になりました」

直樹の母が頭を下げると、錬三郎の父も頭を下げた。琳太郎はそこで立ち上がった。

「私からもよろしいでしょうか。本日はお集まりいただき、ありがとうございます。ご心配をおかけして、申し訳ございません。生徒達には四月から伝えておりましたが、保護者の皆様にもお伝えしておくべきでした。この吹奏楽部は、全国大会を目指しています」

保護者達がザワザワし始めた。初耳の保護者もいるようだった。

「通常であれば、全国大会へ出場する学校は定員の五十人で出場します。ですが、我が部はたった十六人です。そんな少人数で何ができる、って思うかもしれません。ですが、私達は本気です。全員で意思確認もしました。楽器を揃え、楽譜を選んで、講師を呼んで、技術を磨いています。生徒達はこれ以上ないほどに成長しています。きっと全国大会には行けます。ですからこれ以上の時間短縮には応じたくありません。どうかご理解いただけないでしょうか」

琳太郎は九十度の角度で頭を下げた。雛形も頭を下げた。副校長はちょっと戸惑ってから、遅れて頭を下げた。

「…学年トップの鳳君が勉強を教えてくれるなら、いいんじゃありません? 申し遅れました、二年の鶴岡響の母です。」

成績の良い響の母が言った。

「二年の千鳥川公彦の母です。皆さんの心配事は勉強に支障が出ているってことですよね。支障が出ないようにすれば、私達、外野があれこれ言うことではないですね」

成績の良い公彦の母もそっけなく言った。

「じゃあ、塾代を鳳さんのお宅にお支払いしなければいけませんね」

健治の母が言うと、一同はどっと笑った。

「塾と違って、いいかもしれませんよ。共通の目的があって、一緒に勉強する仲間がいるって言うのはありがたいことです。ああ、でもうちも払いますよ、もちろん」

まりあの母が補足すると、さらに笑いが起こった。

「塾代は結構ですので、ときどき飲み物の差し入れなんかをしていただけると子ども達が喜びます」

錬三郎の父が穏やかな声で答えた。あちこちで笑い声が起こり、だんだんと雰囲気は和やかになっていった。

「はい。私からも」

雛形が手を挙げた。

「せっかくですので、生徒達の練習風景を見ていただけますでしょうか」

保護者達が首を縦に振るのを見届けると、雛形は窓際に誘導した。副校長は何のことやら、ポカンとしている。いつの間にか、琳太郎と錬三郎の姿が消えていた。

「ここから中庭が見えます」

雛形がベランダに出るよう促した。保護者達はぞろぞろとベランダに出ていく。

「オッケーでーす!」

雛形が大声で中庭に向かって叫んだ。すると、真下からぞろぞろと楽器を持った生徒達が出てきた。錬三郎と琳太郎も合流している。

琳太郎が指揮を振ると、それを取り囲むように、生徒達は演奏し始めた。コンクルールの課題曲「春の日を浴びて」である。

保護者達は驚き呆れて、我が子を指さして喜んだ。公彦の母がスマートフォンを取り出して写真を撮ると、我も我もと一斉に撮影大会が始まった。動画撮影をする親もいた。雛形は曲のリズムに合わせて手拍子し始めた。副校長は困惑しながらも、雛形につられて手拍子をした。振動で、被り物がどんどんズレてゆく。

演奏が終わると、保護者は力一杯拍手した。誰もが「応援してあげましょう」「見守ってあげましょう」と口々に言った。保護者会はお開きになり、皆で中庭にいる我が子達へ会いに行った。


「やりましたね」

保護者と生徒達が帰宅した後、職員室で琳太郎が雛形にコーヒーを差し出した。雛形はニヤリとしてコーヒーを受け取った。

「利用できるものは利用しました」

雛形が澄まして言った。

「生徒の意見書が出てきたときは俺、泣いちゃいましたよ。あれは泣きます。本当に」

「迫真の演技かと思ったら、違ったんですか?」

雛形は思い出し笑いしながら聞いた。

「違いますよ。それよりどうやったんですか」

琳太郎は真面目なトーンに戻って言った。雛形はコーヒーを一口飲んで、深呼吸する。

「あれは、鳳君にはたらいてもらいました」

「どうやって?」

琳太郎は疑問だった。

「まず、彼だけ呼んで状況を説明しました。部活の時間が短縮になってしまうかも、あなたの成績は問題ないけど、みんなの成績が悪くなっちゃってるから、って。鳳君と一緒に勉強すれば、みんなやる気出て、成績も挽回できるんじゃないかって」

雛形はコーヒーを片手に、淡々と説明し始めた。

「そしたら?」

琳太郎が続きを急かした。

「一日の間に必ず勉強する時間をつくればいいって、彼が言い出したんです。場所も家じゃなくて、みんなで音楽室に教科書持ち込んでやればいいって。そうすれば嫌でもやるしかなくなるし、って」

「錬三郎がそんなことを?」

琳太郎が聞くと、雛形は頷いた。

「それだけだと弱いなと思って、みんなが自分の親達へ、部活への思いを訴えることも必要だなって私、思ったんです。なので、生徒達に意見書を書いてもらったんです」

「なるほど。それがあのプリントだったわけですね」

琳太郎は右の握りこぶしで左手のひらを打った。

「そうです。でも、あれを私が読み上げても嘘くさいじゃないですか。子ども達の生の声だってことが大事だと思ったんです」

「そうですね。そうだと思う」

琳太郎が頷いた。

「かといって生徒に読んでもらうことを教師が強要するわけにはいきません。自発的にさせないと」

雛形が人差し指を立てて言った。

「そうですね」

琳太郎は腕組みをしながら言った。雛形は続ける。

「だから、一応私が読み上げるっていうことにして、みんなの思いが親御さんに伝わるといいわねえ、私頑張ってくるわねえ、って鳳君に言ってみたんです」

「そしたら?」

「僕が読みにいきます、保護者会に出ます、って彼、言い出したんですよ」

「すごい。それで?」

琳太郎はどんどん食らいついてきた。

「あなただけ勝手に入ってきても、部屋からつまみ出されてしまうから、親御さんと遅れて入ってきてくれないかしら、それなら副校長先生も入れてくれるかもね、って言ってみたんです」

「うわー」

琳太郎は額に手を当てて笑った。

「そしたら、蔵を貸します、って話まで出ちゃいましたね。あそこは想定外でした」

雛形が笑うと、琳太郎もその時のことを反芻して笑った。

「なるほどー」

「もし、話の流れが上手くいけば、保護者は子ども達を応援したくなるって思いました。そこで一番説得力があるのは、生徒達の演奏しかないと思いました。だから流れが変わってきたところで、鳥飼先生達を中庭に行かせました。成功でしたね」

「大成功ですよ。凄すぎますよ先生」

琳太郎はゆっくり力強く首を縦に振った。

「副校長も、これで私達を目の敵にできなくなりました。応援するしかなくなりました。保護者がバックについてくれれば大丈夫です。一番、保護者を敵に回したくないって思っているのは副校長ですから」

琳太郎は、もはや何も言えなくなってしまった。つい先日まで、事態はマイナスに傾いていた。それがプラマイゼロになるどころか、大きくプラスに働いてしまった。保護者という大きな味方を得て。

「雛形先生。お腹すきませんか。俺が奢ります」

「遠慮します。じゃ、お疲れ様です」

雛形はそっけなく言うと、さっさと職員室を出ていってしまった。

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