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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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錬三郎スタジオ

直樹は何のことか分からなかったが、曖昧に承諾した。

部活の時間が終わり、生徒達は帰路についた。校門の前で待っててくれと錬三郎に言われて直樹が待っていると、一台のベンツが目の前にとまった。

「直樹」

後ろから錬三郎がアルトサックスのケースを持ち、もう一方の手を振って駆け寄ってきた。直樹は振り返すと、車の助手席側のウインドウが開いた。

「乗りなさい」

運転席に乗っている男性が直樹に声をかけた。

ためらっている直樹に近づいてきた錬三郎が言う。

「直樹、乗って。俺のじいちゃんだから」

錬三郎の祖父は錬三郎と直樹を乗せると車を走らせた。直樹は高級車に乗るのは初めてで、背もたれに寄りかかることなく、背筋を伸ばしたまま座っていた。窓の外は夕焼けで、橙色の光が鳥雲山の山肌を染めていく。

「降りよう」

錬三郎に言われて降り立つと、そこは見事な屋敷が立っていた。純和風な二階建ての屋敷のまわりには、手入れの行き届いた庭木と芝生、美しい玉砂利が敷き詰められた庭があった。岩づくりの池もあり、よく肥えた錦鯉が泳いでいる。

車のトランクからサックスのケースと、L字型の金属の棒のようなものを取り出すと、錬三郎が敷地の奥へ案内した。直樹もフルートとピッコロのケースを手にして、おとなしくついていくと、立派な蔵が何棟も並んでいるのが見えてきた。

「すげえ。錬三郎の家って何やってるの?」

直樹が好奇心に負けて聞いた。

「問屋だよ。着物の生地とか卸してる」

「へえー。お金持ちなんだね」

直樹が感激するも、錬三郎は何も言わず、一番端にある蔵の前で立ち止まった。長方形の小さな穴に、先ほどの金属棒を突っ込み、ぐるりと回す。どうやらこれが蔵の鍵らしいと、直樹は眺めていた。

ガラガラと大きな音を立てて引き戸が開いた。錬三郎が先に中へ入って、戸のわきにあるスイッチを押した。真っ暗な室内に明かりが灯った。掃除が行き届いた蔵の中には、いくつもの箪笥が並んでいた。

「ここで、靴を脱いで」

錬三郎に言われて靴を脱ぐと、すぐ脇に木製の階段があった。取り外しのできる階段らしく、手すりはない。ちょうど、踏み板の幅が広いハシゴのような階段だ。錬三郎が上っていくのでついていくと、二階は真っ暗だ。錬三郎が慣れた手つきで、暗がりで照明スイッチを押す。

「すげえ」

直樹は感嘆して言った。板張りの床の上には柔らかい絨毯が敷かれ、天井には豪華なシャンデリアが吊るしてある。座り心地の良さそうな椅子と、装飾の美しい丸テーブルが置かれていた。

「俺のスタジオ。本当は防音室が欲しいんだけど、蔵の中だとそんなに外に音も漏れないからさ。じいちゃんに頼んで、蔵を改造してもらったんだ」

「すごいすごい。いつもここで練習してるの?」

「錬三郎」

直樹が尋ねると、階下から女性の声がした。錬三郎が返事をして降りて行く。直樹が階段の手前で階下の様子を見ると、祖母らしい女性がお盆に飲み物とお菓子を乗せて、錬三郎に手渡している。女性がこちらを見上げたので、直樹は軽く会釈した。

「こんばんは。いつも錬三郎がお世話になっております。夕食になったら呼びにきますからね」

祖母が品良くお辞儀すると、蔵を出て行った。

「夕ご飯は家で食べるからいいよ」

直樹が慌てて遠慮すると、錬三郎が首を横に振った。

「直樹の親に電話してあるから大丈夫だよ。よし、特訓しよう」

錬三郎がカゴから譜面台を取り出し、組み立て始めた。直樹もそれに倣った。

蔵のなかの練習は快適だった。盛夏だというのに蔵のなかはひんやりしていて、汗だくになることなく練習に励むことができた。それに、錬三郎は頼りになるサポーターだった。自分の練習だけでなく、直樹のピッコロの音程もよく聞き分けて、低いとか高いとか細かなアドバイスをしてくれた。

夕食の時間になり、錬三郎の祖母が再び呼びにきた。二人は楽器を置いて階段を降り、蔵を出た。外はすっかり闇夜に包まれている。祖母が懐中電灯で前を照らしながら、母屋まで先導してくれた。

重たい木製の戸を引くと、広い玄関があった。御影石が敷き詰められた玄関で靴を脱ぎ、白木づくりの長い廊下を歩く。廊下の傍には飾り棚がいくつも置かれ、高価そうな壺や皿が並んでおり、天井に吊るされた和紙の照明が穏やかに照らしていた。

「どうぞ」

祖母が客間に二人を通した。二十畳の大きな和室で、南側には池が見える掃き出し窓が、北側には掛け軸のかかった床間があった。ここにも高価そうな壺が飾られている。直樹は緊張して、ふかふかした座布団の上にしゃがんだ。

長方形の大きなテーブルに錬三郎と直樹は向かい合わせで座った。食卓は豪華だった。大皿の上では美味しそうな鶏の唐揚げが山積みになり、ガラスのサラダボウルの中では色とりどりの夏野菜や茹でたエビが、美しい虹模様を描いている。鍋敷きの上に両手付きのホウロウ鍋が置かれ、骨付き牛肉の煮込みがたっぷり入っていた。食べ盛りの男子中学生とはいえ、二人前にしては豪華すぎるボリュームだ。

「たくさん食べていってちょうだいね」

祖母と、お手伝いさんらしき若い女性が取り皿や水、おひつ、果物などを次々に運んできて、部屋を出ていった。

「錬三郎はいつもこんなご馳走を食べているの?」

「違うよ。普段はもっと質素だよ」

錬三郎は笑いながら、唐揚げを箸でつまんだ。

「俺はすごい偉いお客さんみたいだね」

「うん」

錬三郎は頷いた。直樹は錬三郎とこうして二人になるのは初めてだった。ほかの男子と違って粗野なところがなく、育ちの良さが食べ方に表れている。

「俺んちなんかこれだけ唐揚げあったら家族みんなで食べて、残ったやつはお母さんがかき集めて、明日の弁当に入れるんだよ」

 直樹も唐揚げにかぶりついた。口の中で肉汁がじゅっと溢れ出た。

「俺、直樹を見てて吹部に入ったんだ」

 錬三郎が切り出すと、直樹は「えっ」と驚いた。

「俺も前から楽器はやりたかった。でも去年の感じとか、嫌だなって思ってたんだ。みんなやる気なさそうだったろ。だから部活に入らなかった」

錬三郎に指摘されて、直樹は急に恥ずかしくなった。

「そうかも」

「琳太郎先生が来てから、みんながすっごく楽しそうにやってんのが分かった。休み時間になると廊下で吹部だけ集まって、色々話してたじゃん。ああしようこうしよう、こんな部活にしていこうって直樹がみんなにデカい声で言ってるの聞いて、今なら俺も入りたいって思ったんだ」

「そうだったんだ」

直樹は照れながら、今度は骨付き肉を手に取った。柔らかく煮込まれた肉は、骨から滑り落ちてしまった。

「部長って大変だと思う。自分の練習だけじゃなくって、全体見なくちゃなんないし」

「俺、部長なのに何にもやってないよ。梅ちゃんは頑張ってるけど」

「そんなことないよ」

錬三郎は純粋な目で直樹を見ながら言った。男前な錬三郎に真剣に見つめられてしまうと、直樹は変にドキドキしてしまう。

「怜のこともぶん殴って、真面目にやらせるようにしてくれたじゃん。あいつがちゃんと入ってくれたのは、本当によかったよ。ペットが二人いるんだから、ボーンは二人いた方がバランスいいし、ぶっちゃけ梅ちゃんより上手くなるんじゃないのかな、あいつ」

錬三郎が顎に指をあてながら言った。

「ぶん殴ろうとして、ぶん殴られただけだよ。確かにあいつはどんどん上手くなってる。すごいよ本当に」

直樹は苦笑いしてみせた。

「俺には直樹みたいな勇気はないし、リーダーシップもない。だから直樹が困ったことがあったら、俺、協力するよ。でも怜と揉めたら俺もボコられそうだな」

錬三郎が笑いながら言うと、直樹も笑った。怜は野球部を辞めたあとも筋トレを欠かさず続けて、体を鍛えている。

「そしたら、梅ちゃんが助けにきてくれるよ。あいつ、梅ちゃんの言うことだと素直に聞くもん。梅ちゃんが頑張って面倒みてくれているから怜も頑張れてるんだよ。その怜がいれば金管はずっと良くなると思う」

直樹は素直に、梅子の頑張りを認めた。

「怜は、練習の鬼だしな」

錬三郎は言った。

「うん。テスト前も毎日来てたよ」

「それを知ってるってことは、直樹も毎日来てたんだ」

錬三郎は愉快そうに笑った。

「俺らも上手くなろうぜ」

直樹が力強く言うと、錬三郎も力強く頷いた。

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