地区大会一ヶ月前
吹奏楽コンクールの地区大会を一か月後に控え、部員達はピリピリしてきた。課題曲も自由曲もそれなりに形になってきたが、所詮はそれなりの形でしかない。泣いても笑っても一ヶ月後には舞台に上がらなければならないというのに。
今日は週一のレッスン日で、木管と金管に分かれて分奏していた。
「ピッコロ! ピッチが合ってない! もう一回チューニングしろ!」
竹田に言われて、直樹はすぐにチューナーを譜面台の上に置いた。四四二ヘルツに合わせ、ピッコロでラ、の音を出す。チューナーの針が大きく左に振れた。
「低すぎるだろ」
竹田はチューナーの画面を見ることなく、音だけ聞いて言った。
「はい」
「この小節のところの音、全部チューニングしろ」
「はい」
ほかの木管メンバーが見ている前で直樹は一音一音、チューニングしていく。
「じゃあピッコロだけ、ここんところ吹け。ワン、ツー、スリー」
直樹が吹いた。
「音量全開で吹くんじゃない! この部分のピッコロは『ああ、遠くにピッコロがいるな』ってわかるぐらいでいいんだ。お前の音だと全員の音を飲み込む」
「はい」
直樹は気持ちを入れ替えて、もう一度吹いた。
「それじゃカッスカスだろ! 滑らかに。均一に、すべらす」
「はい」
直樹は震えながら、もう一度試す。
「違う! お前はここ来週までになんとかしておけ。次はクラとサックス、やれ」
そう言って、竹田がタクトを振り上げた。
休憩時間になった。響がトイレから戻ってくると、直樹が一人で練習していた。高音のところは何度やっても甲高くて大きい音が出てしまい、柔らかな音が出ない。繰り返し繰り返し吹くが、ついには唾が溜まって濁った音が飛び出した。
「頑張ってるじゃん」
響が見かねて言った。
「全然できない。むずい」
直樹はグロッキーな顔をして言った。
「ちょっと合わせてみよう」
響がクラリネットを構えて言った。
「うん」
クラリネットとピッコロが合わせて吹くと、一オクターブ高い音で吹いているピッコロがクラリネットの音色をかき消した。
「もっと抑えて」
響がアドバイスした。
「抑えちゃうと、この音出せないんだよ」
直樹が根を上げた。
「こっちの曲だとできてたのに」
響が楽譜を指さして言った。
「ファ、くらいまでなら、ピアノにできる。ソ、以上はフォルテになっちゃうんだ」
直樹がうなだれていると、錬三郎が部屋に入ってきた。
「あと一週間でできる気がしない」
直樹は涙声になっていた。まるで、夏休みの宿題を八月末から取り掛かり始めた小学生のように、今にも号泣しそうな勢いだ。
「ねえ、うちに来ない?」
錬三郎が言った。直樹と響は錬三郎の方を見た。
「俺も来週までに直さないとやばいところがある。一緒に特訓しようよ」




