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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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【2/6】吹奏楽コンクール全国大会

バスは北関東自動車道の水戸方面に向かって走った。台風による速度規制を受け、全車両が時速五、六十キロほどしか出せずにいた。そしてついに、 太田桐生インターチェンジから強制的に降りるよう、カッパを着た交通誘導員が誘導し始めた。

「台風が進路を変えてこっちに来るってときに、高速を下ろされるのか」

校長がスマートフォンを見て、歯ぎしりをしながら言った。スマートフォンの画面には引き続き台風情報が表示され、午前九時現在は神奈川県相模原市に台風が到達したとある。

「仕方ありません。この天気じゃ、高速道路も危険ですから」

副校長がとりなした。

「どこか、駐車場が広そうな商業施設でトイレ休憩を入れます」

雛形が提案すると、副校長が頷いた。

「そうだな。よろしく頼む」

「トイレなんか寄ってる場合か」

校長が噛みついた。

「ええ。寄った方がいいです。この先、どこで行けるか分かりません」

副校長が冷静に言い返した。


バスは太田桐生インターチェンジを降りると、一般道を東に向かって走り、栃木県足利市に入った。そのタイミングで、雛形がフロントガラスの前方を指さした。指の先にはタツノオトシゴのロゴマークの看板がある。スーパー「たつのや」の看板だ。幸い、大型車両が停められるスペースもあり、そこへバスは駐車した。

「ここでトイレに行っておきましょう」

雛形が部員達に向かって声がけをした。皆は二人一組で傘をさしてトイレに駆けていき、順々に用を足した。雛形はバッグのなかをちらりと見た。矢島から以前もらった携帯トイレを入れてあったが、今回は出番がなく済みそうだ。それから車内の時計を見た。出発の時間になったのに、副校長だけがなかなか戻ってこなかった。

「どこ行ってた」

校長がガミガミ声で叱りつけた。

「申し訳ありません。ちょっと買い物を」

副校長が駆け込み、こんもり膨らませた黒いショッピングバッグを二つ、頭上の荷物入れに押し込むと、バスは再び走り出した。


時刻は午前十時になった。台風情報を懲りずにガン見している校長は、迫り来る台風にヒヤヒヤしていた。

「おい。台風がもう東京の青梅市まできたぞ」

「秋の台風ですから。速度が速いのかも」

副校長があまり表情のない声で答える。

「速いのかも、などと言ってる場合か。バスはもっとスピード出せないのか」

校長の声とは裏腹に、猛烈な風雨でノロノロ運転が続く。前後の車も対向車線側の車も、皆一様にライトをつけ、全開でワイパーを振っている。街路樹がバサバサ揺れ、今にも倒れかかってきそうな木も少なくなかった。

「安全運転でなければ、我々も命がありませんよ」

副校長に戒められ、校長は口をつぐんだ。そばで声を聞いていた梨花は隣の七海に耳打ちした。

「もう、校長だけ外に放り出したらいいのにね」


午前十一時になり、バスは栃木市に入った。視界不良な上に交通量が多く、スピードは出せない。行く先々で、どこからか飛んできたポリバケツや新聞紙などを避けながら、バスは宇都宮市を目指した。そんななか、台風は藍原高校がある、埼玉県藍原町まで到達していた。背後から追いかけてくる台風に、車内の雰囲気はピリピリし始めた。

「台風が藍原に来てるっぽい」

「緑谷町は無事かよ」

「結構ひどいよ。うちの物干し竿が飛んでったって、お母さんが言ってる」

「SNS関係はまだ繋がるけど、メッセージアプリ系、みんな、繋がらなくない? メールも無理」

「うん。混雑してんのかも。うちの家族、無事かな」

部員達はこっそり持ち寄ったスマートフォンを見ながら、互いに不安をこぼしあった。


正午になった。本来であれば二時間弱でつけるところ、倍の四時間をかけて、ようやく会場に到着した。琳太郎が受付に行っている間、雛形は電話をかけた。予定であれば弁当屋が到着していてもいい頃だが、来ていなかった。

「申し訳ありません。市内の道路がどこも、渋滞していまして」

電話の向こうから弁当屋が謝った。

「そうでしたか…」

雛形の予感が的中してしまい、打ちのめされたまま電話を切った。それから副校長と目が合った。

「弁当。ダメだったのか」

「はい。こんなことなら、各自にお弁当持参と伝えておけばよかったです」

雛形が小さくなって言うと、副校長は頼もしそうな笑顔を向け、黒いショッピングバッグを荷台から下ろした。

「大丈夫。これを配りなさい」

雛形はバッグを一つ受け取り、中を開けた。そこには菓子パンや惣菜パン、海苔巻き、コロッケ、磯部餅、三色団子、ドーナツ、栄養機能補助食品、菓子類など、食料品がぎっちり詰め込まれていた。さらにもう一つのバッグには、ペットボトルのお茶や水がぎゅう詰めになっていた。

「どうしたんですか、これ」

「弁当屋がどうなるか分かんないって言ってただろう。さっき買っといた。台風のせいで弁当は売り切れてたけど」

副校長が明るく笑った。

「だから時間がかかったんですね。ありがとうございます」

雛形は感激して深く頭を下げ、部員達に配り始めた。部員達は嬉々として、それぞれを受け取った。校長もしれっとみたらし団子のパックを手に取り、ムシャムシャ食べ始めた。

「ほら、琳太郎先生も」

副校長が袋の中を見せた。

「はい。でも俺、残り物で結構です」

「ダメだよ。指揮者なんだから」

副校長は稲荷寿司のパックをずいっと差し出したが、琳太郎はそれ以外の品を見た。あとは菓子類しかないようだ。

「じゃあ、これは三人で分けましょうよ」

琳太郎はパックを開け、副校長と雛形といなり寿司を分け合った。


その頃、たつのや文化ホールでは職員達がてんやわんやで右往左往していた。

「安全確保のための、誘導係が足りないんです。ちょっと、現場に出てもらえませんか」

事務所にいる年配の上司達に向かって、若い職員が頭を下げた。

「私は腰が悪いのに」

上司の一人は眉間に深いシワを寄せて言う。

「申し訳ありません。他にいなくて」

若い職員が頭をペコペコ下げると、上司達は事務所を後にした。


午後零時五十分になった。皆で風雨の中、楽器を運び入れた。パーカッションだけ搬入経路が異なるため、そこでパーカッションメンバーと管楽器のメンバー達は分かれた。天候の良いときのように屋外で音を出すこともできず、係員の案内に従って部員達は館内を移動した。

「緑谷中学校様ですね」

通路の途中で入れ替わった誘導係が、琳太郎に言った。琳太郎は目を見開いた。その人物に見覚えがある。髪に紫色のパーマのかけ、小さな目には大きな茶色いレンズの丸眼鏡をかけている老年女性だ。腰が曲がっていて、白のブラウスに紺のツイードのジャケットとスカートを着、ヒールのない紺のパンプスを履いている。指には以前見た時と同じ、ダイヤモンドとアメジストの指輪がそれぞれはめられていた。首からネームプレートを下げているようだが、プレートは胸ポケットにしまわれ、名前は見えなかった。なんでこんな老人が係をしているんだと、琳太郎は頭にクエスチョンマークを浮かべた。女性も琳太郎に気づいたようだが、特に何も言わず、愛想のない顔でじっと見上げる。

「はい。そうです」

琳太郎が言うと、女性は腰に片手をあてて頷いた。

「ホールがある本館とリハーサル棟は別棟です。ついてきてください」

女性はそう言ってひょこひょこ歩いた。皆はそれに続いた。出演者用の通路を通り、渡り廊下に出た。女性はそれを渡り切ると、エレベータのボタンを押した。

「お若いみなさんは、隣の階段で地下一階へ降りてください」

女性が無愛想な顔で突き放すように言うと、エレベータの扉が閉まった。ミドスイ達はすぐ脇の階段を降りた。

「どうぞ。リハーサル室です」

女性が言うと、全員が防音扉をくぐり、中へ入らせた。

「リハーサルは一時四十分までです。時間になったら開けます」

女性は廊下側に残り、扉を閉めた。


室内は広々としたフローリングのフロアだった。年季が入っている地下室で、ドアの反対側の壁には上部に明かりとり用のはめ殺し窓が設けられている。バレエやダンスのリハーサルもできるように、入って右手の壁は一面、大きな鏡になっている。さらに部屋の隅にはグランドピアノと、台車やパイプ椅子を積んだスチールラックが置かれていて、部屋中央にはオーケストラチェアが半円状に多数、並んでいた。

「よし、みんなチューニング。最後の通し練習をしよう」

琳太郎が言うと、皆はそれぞれチューニングを済ませ、リハーサルを行った。


しばらくして、ドアが開いた。先ほどの女性が中に入ってきて、頭を下げた。

「時間です。この後は袖に向かいます。ご案内しますので私に…」

女性が話している、その最中のことだった。天井が揺れ、壁が揺れ、床が強く揺れた。全員の顔も縦に振動している。

「地震だ」

皆が口々に言い合い、悲鳴が上がった。

つづく

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