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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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思っていることを正直に

第二音楽室のすぐ外の廊下では、結那とまりあ、恵里菜がヒソヒソ話し込んでいた。

「なんで一年女子だけミーティングなの」

まりあが防音扉に耳をそば立てて聞いた。

「いや、それ聞こえないから」

結那がまりあを見て苦笑する。

「また何かあったっぽいよ」

恵里菜が言う。

「何かって?」

結那が不安そうに尋ねる。

「なんだか変じゃん、最近。一年女子、いつも由利子がボス! って感じだったのに今は皆、梨花の周りに群がってる」

恵里菜が白けた調子で言うと、二人は確かに、と頷いた。

「ついにあのバカが吊るし上げられる日がきたか」

まりあが尊大に言うと、結那も苦笑いしながら頷く。

「由利子、私の言うことはちゃんと聞くし、練習中は真面目なんだけどね。綾香もそう」

「確かに、合奏前も真面目に発言とかするよね、あいつ。でもさあ、一年のゴタゴタなんかにわざわざ先生達が首突っ込まなくてもいいのにね。梨花もたくましいしさ」

まりあは苦笑いした。

「突っ込まないとダメだって思ったんじゃない。うちらと一個上は女子が少ないからそういうのないけど。女子多いとこうなるんだね。前から思ってたけど、あの子たち本当にバカだよ。何しに部活に来てるわけ」

恵里菜が冷たく言うと、まりあが笑った。

「だよね。恵里菜とこんなに気が合うの初めて」

まりあの言葉に、結那も面白そうに同意した。

「あんた達何やってんの。練習」

楽器倉庫から出てきた響が咎めると、三人ははい、と頭を下げて散っていった。


ドア一枚隔てて、第二音楽室では琳太郎が皆を見渡し、語りかけていた。

「ここにいるのは全員、仲間だ。みんなが仲間に思いやりをもって、安心して、楽しく部活をすること。お互い信頼し合って、みんなで同じ方向を見ること。そうしないと演奏はこれ以上良くならない。全国大会で戦えない。だから思っていることを正直に、話してみようか」

琳太郎が物憂げな表情のなかに優しさを織り交ぜ、皆を見やる。トランペットの一年生、由利子は怯えた顔をして、すぐ隣にいる雛形の方にわずかに椅子を寄せる。オーボエの一年生、梨花は誰とも目を合わさず、皆のスカートからのぞく膝の辺りを見ていた。他の女子達も似たようなもので皆、うつむいたまま、貝のように口を閉ざしている。

「最近、由利子がいつも一人でいるようだが。何かあったのかな」

琳太郎は静かに言い、その声は部屋の床や壁に響いた。

「由利子が今、そうなってるのは、当然だと思いますけど」

唐突に切り出したのはコントラバスの一年生、七海だった。生徒の半分は顔を上げ、もう半分はうつむいたままだ。由利子は七海の手元辺りを見て、唇を噛んだ。

「当然って、何が当然なんだ」

琳太郎が温かな声で尋ねる。

「ずっといじめてきたからです」

七海は由利子を挑戦的な目つきで見た。その横顔を、琳太郎と雛形は見つめる。

「それって、もう解決したんじゃないの」

雛形が怪訝な顔をして聞いた。確かに一学期、一年生の由利子と綾香が、同じトランペットで二年生の結那をいじめていた。その話に決着をつけたのは琳太郎だ。

「トランペットパートの話じゃありません」

七海は由利子と綾香を冷たい目で、交互に見ながら言った。由利子も綾香も目をそらす。

「ねえ、由利子。みんなの前で謝る約束はどうなったの」

七海が上体を乗り出し、正面にいる由利子に迫った。由利子はうつむきつつも綾香の方に視線を送る。綾香はまるで自分は加害者ではないとでもいいたげに、由利子の方をまったく見ようとしなかった。

「綾香。あんたも一緒に謝ろうって言ってたじゃん。なんでしらばっくれるの」

七海は、今度は綾香を睨んだ。綾香は身を固くして、執拗に目を合わせずにいる。琳太郎は室内の女子達を見回した。皆、明らかに何かを知っているのに、絶対に自分からは口を割らないぞと固く誓い、隠し通そうとしているようだった。

「七海、話してくれ」

琳太郎は七海に話を促した。それからため息をつくと、顔から表情を消した。七海は頷き、少し頬を紅潮させながら話し始めた。


七海の話はたっぷり十分間は続いた。

由利子が綾香と散々、結那の悪口を言っていたこと。それが問題になってからは大人しくなったが、今度は梨花を槍玉にあげたこと。ここにいる一年女子達を集め、自分と綾香は結那には何も悪いことはしてないのに、まりあが悪いと責めてきたこと。まりあに加担した梨花を皆で無視しようと言い、扇動したこと。皆はそれに疑問を持たず、鵜呑みにしたこと。梨花は無視され続けていたのにも関わらず、帰宅部から責められている由利子をからかばったこと。

琳太郎と雛形は適宜、頷きながら傾聴した。梨花は七海の姿に目を見張った。七海が言ってくれていること、その一つ一つに感動して、涙腺がゆるんだ。

「だいたい、分かった。ありがとう、七海」琳太郎が少しだけ温かい声で言い、ごくわずかに笑いかけた。「それで。七海はこう言ってるんだけど。みんなはどうなんだ?」

その問いかけに誰も口を開くことはなかった。琳太郎はチラリと壁の時計を見る。話し合い開始から、すでに一時間が経過していた。

「七海だけじゃなく、皆の言い分も聞きたいんだ」

琳太郎はもう一度問いかける。

「はい」

梨花が手を挙げた。皆が一斉に見つめるなか、梨花はきまり悪そうな顔をして、口を開く。

「かばったわけじゃないです。ただ、吹部のこと、帰宅部の人達が悪くいうのにムカついただけです」

「なるほどな」

琳太郎が頷いた。

「他に、言いたいことある奴はいるか」

琳太郎はもう一度皆に聞く。が、やはり誰も喋ろうとしない。

「由利子。今、こうなって、どう思う?」

琳太郎は静かな目を由利子に向ける。由利子は不安げに琳太郎を見た。そこに優しさはなかった。非難もなかった。ただただ、ひたすら無機質だった。体中がひりつく空気にさらされ、痛かった。由利子はほぼ無意識にしゃくり上げた。こみあげてきた涙を目のふちにため、肩を上下させた。

「私が悪かったって思ってます。すみません」

由利子の声は蚊の鳴くような、ごくごく小さな声だった。

「うん。そうだよな」

琳太郎はやや冷ややかに頷く。梨花はみじろきせず、目だけで由利子の様子を追いかける。

「あと、聞き捨てならないことがある。結那のことだ。お前と綾香は結那には何も悪いことはしてないってことになってて、まりあが悪いってことになってる。そういう話だったか?」

琳太郎が容赦なく指摘すると、由利子は怯えた様子で息を飲む。

「どうなんだ」

琳太郎は冷たく問いかけた。

「すいません」

由利子は声を震わせる。

「すいませんじゃなくて。結那に何もしてないのか」

「違います」

「そうだよな。お前は何をしたんだったかな」

「ゆ、結那先輩の…言うこと…聞きませんでした」

「それから?」

「わ、笑ったり…して」

「それから?」

「れ、練習、ちゃんと…やりませんでした」

由利子が泣きながら言い、琳太郎が頷くと、周りの女子達は困惑した様子で由利子を見た。由利子を睨みつける女子もいる。

「それで、まりあは悪いのか」

「悪くありません」

「そうだよな。梨花は?」

「梨花も悪くありません」

「そうだよな」

琳太郎はここで一息ついて、皆を見回す。

「ただ。俺が思うに、反省した方がいいのはお前一人じゃないと思うんだ」

琳太郎はそう言って、目を細めて皆を見渡した。女子達はギクッとした様子で一瞬琳太郎を見た。それから再び下を向き、完全に固まった。

「由利子一人が、梨花を無視してたわけじゃないんだろ」

「はい」

七海は立ち上がってすかさず言い、女子達を冷たい目で見た。

「私は、いじめに加担したここにいる全員に責任があると思います。なのに急に手のひら返しをしたりして、本当にバカだと思います」

「七海、それ、言い過ぎ」

雛形がたしなめた。七海はそれに構わず、女子達一人一人を睨めつけた。

「帰宅部のあの子達に、由利子があんなふうに言われて、どうして助けなかったの? いつも仲良くしてたくせに。見てるだけで、出て行かなかったじゃん。出て行ったの、梨花だけじゃん。綾香、あんたは何。いつも横にいるだけで、何もしないよね。うわべだけなの? それで今度は何? みんなヒヨって、梨花に取り入ることにしたんだ? ねえ、頭悪いの?」

「七海」

琳太郎が大声で七海を制した。七海はまだ言い足らず、息を荒げた。梨花は目を潤ませ、七海を見つめる。綾香は頑なに下を向いたままだ。

「私も最初は別に、梨花と仲良くなかった。だって私、どうせ。どうせコミュ障だし」

七海は帰宅部達に言われた「コミュ障」という言葉に傷ついていた。七海は自分に自信がない。だから人と関わりたくない。関わらなければ楽だ。そういう心無い言葉に傷ついていたからこそ、自分の口から言って、人からこれ以上言わせたくないと願っていた。言っているうちに鼻が赤くなり、涙ぐんだ。それでも頑張って続けた。

「友達とか別にいないし。欲しくないし。でも梨花、明るいし、いつも一人で頑張ってて。私にも優しくしてくれるし。梨花のこと、かっこいいって思うようになった。応援したいって思った。私も変わりたいって思った」

七海はほおに涙を光らせ、梨花を見て言った。梨花は涙ぐみながら見返し、頷く。七海は、今度はすぐそばにいるフルートの一年生、詩織を見据えて言った。

「梨花がどんな思いで毎日学校に来てたと思う? 六月からずっとだよ? あんた達にどんなに無視されたり、笑われたりしてもね。学校休まなかったし、逃げなかったよ。ねえ、黙ってないで何か言ったら」

七海は詩織の肩を強烈に揺さぶった。詩織は抵抗できず、されるがままだ。雛形が割って入り、七海を取り押さえた。七海はまだ泣き止まない。梨花はもらい泣きして、七海を見ながら頷き続ける。琳太郎は女子生徒達を見た。全員がうつむき、しくしく泣き出した。詩織は立ち上がり、梨花の前に立った。

「梨花。ごめん」

梨花は詩織を見た。詩織は声に出して泣き始めた。すると今度は、トロンボーンの一年生、佐和が立ち上がった。

「梨花。私、由利子にいじめられると思って、見て見ぬ振りしてた。怖かったんだ。ごめん」

佐和が小さな声で深く頭を下げると、他の女子達も一人、また一人と立ち上がり、謝り始めた。

「そうだよねえ。全員謝りなよ」

七海は雛形の腕の中で絶叫し、一人残らず睨みつけていった。梨花は立ち上がり、七海の元へ歩み寄った。七海は目を見開き、梨花と目を合わせた。

「七海。もういいよ」

梨花は七海の胸の辺りを見て、さめざめと泣いた。それから少しだけ笑った。

「梨花」

七海も泣きながら、いたわるように梨花を見返す。雛形は、自分より背の高い七海の頭をそっと撫でた。

「ありがとう」

梨花は七海の肩に手を置き、涙を床に落とした。それから琳太郎の方を向いた。

「先生。もういいです」

梨花の声は裏返り、震えた。琳太郎は何も言わずに梨花を見つめる。

「合奏、やりたいです」

琳太郎は梨花の手元を見た。話し合いだから楽器はいらないといったのに、梨花だけは楽器を手にしている。梨花は誰よりもオーボエが好きだ。片時も離したくないのだろう。

「まだだ。全員、完全に思っていること、吐き出し切れてないだろ」

琳太郎は優しい眼差しを梨花に向けた。


最終的に話し合いは三時間以上に及んだ。一年女子は全員が泣き、全員が本音を面と向かって言い合った。少し落ち着いたと琳太郎が思った矢先、口論も始まったし、なかば怒鳴り合いにもなった。それでも琳太郎はなるべく口を挟むことを控えた。雛形も琳太郎に合わせ、生徒達のやりたいようにやらせた。

「あの、俺ら帰っていいんですか」

直樹が心配そうに第二音楽室のドアを開け、そばにいた琳太郎に尋ねた。

「ああ。今日はいいよ。お疲れ」

「はい、じゃあ他の奴にも言っときます」

直樹は遠慮がちに頭を下げ、再びドアを閉めた。


日が沈み、戸外ではわずかに金木犀の香りが漂っていた。一年生の女子達を全員下校させると、琳太郎は雛形とともに車に乗り込んだ。

「お疲れ」

運転しながら、琳太郎が疲れた声で言った。

「うん、お疲れ」助手席の雛形もげっそりして頷く。「あの子たちのこと。全然気づけなかった」

琳太郎も運転しながら、しんどそうに首を縦に振る。

「俺も全然。関わろうとしてなさ過ぎたんだな」

「吹部、吹部だと私達も身がもたないから。仕方ないけどね」

雛形は諦めたように笑う。

「でも、まあよかった。なんなんだよあいつら。とことん突き詰めると、ああやって最後は泣きながら抱き合うんだな」

「友好条約結んだんだよ。よかったよかった」

雛形は深く息をつきながら言った。琳太郎はハンドルにもたれつつ、雛形の横顔を一瞥しながら言う。

「ねえ、そういえば車は?」

「今日から免停」

雛形は気に食わなそうに、顔をしかめて言った。

「あー、そうか。今日から三十日間だっけ。運転手は?」

「矢島さん。今日は呼んでない」

「なんだー。そうかー。よかった。男だったら俺が気に食わないから」

「私だって男は嫌だよ。面倒臭い。ねえ、ところでどこに向かってんの」

雛形はフロントガラスの先の道を見た。車は帰る方向と真逆を進んでいる。

「んー? たまには、あれが必要かなって」

琳太郎はほくそ笑むと、アクセルペダルを踏み込んだ。


二人を乗せた車は山道を駆け上がり、展望台に到着した。前にも訪れた「恋人山」だった。

「はい、ついたー」

琳太郎は気取った様子で運転席を素早く降りると、助手席側のドアを開けた。それから雛形の手を取り、鐘の方に向かって歩いた。雛形も久々の恋人山を面白そうに見て、中途半端にスキップをしてみせた。

「思っていること、正直に言い合おう」

「そうだね。思いっきりね」

琳太郎が血気盛んな調子で問いかけると、雛形がにやにやして頷く。琳太郎は両腕を伸ばし、深呼吸した。

「ゴタゴタやってんじゃねー!」

「やってんじゃねー!」

カーンカーンと鐘を鳴らして叫ぶ琳太郎に合わせ、雛形も笑って呼応した。

「言い訳すんじゃねー!」

「すんじゃねー!」

「誰が仲良いとか悪いとか! どーでもいー!」

「どーでもいー!」

「めんどくせー!」

「めんどくせー!」

「泣きたいのはこっちだー!」

「そうだー!」

二人は鐘を鳴らしまくった。大声を出して言いたい放題言い合い、笑い合った。琳太郎はダンス部が大会でやっていたのと同じ振り付けで踊り、雛形はコンサートライトを持ったファンのように両手を振った。散々騒いでゼエゼエして息が切れた頃、帰宅することにした。

「あー、スッキリした」

鐘台(しょうとう)から車に向かう途中、琳太郎が爽快な顔を向けて言った。

「最高だね」

雛形も汗をハンカチで拭きながら頷く。

「ねえ、雛形先生」

「なんですか、琳太郎先生」

琳太郎は流し目で雛形をちらりと見た。雛形はふざけて上目遣いする。

「思っていること、俺も正直に言っていいですか?」

「はい、どうぞ」

雛形が頷くと、琳太郎は雛形の両肩に手を置いた。

「大好き」

つづく

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