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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
11
202/272

どうせ自分はバカだから

直樹は響を見つめ、絶句した。遠くに聞こえていた風の唸りが次第に近づき、強まっていた。響は顔を上げた。直樹と視線がぶつかると、唇を噛んだ。

「もう、無理」

響は小刻みに体を震わせて言った。直樹は唾を飲み込み、その姿を見つめる。

「なんで?」

頑張って出した声は裏返り、自分もまた震えているのが直樹には分かった。何をどううまく聞き出せばいいのか、皆目わからなかった。

「なんでも」

響は伏し目がちに言う。

「わかんない。どうしてだよ」

直樹は疑問と怒りを交えて聞いた。少し遅れて、悲しみも波のように押し寄せてきた。

「だって。うちより、部活の方が大事なんじゃん」

響が直樹の目をまっすぐ見て、力を込めて言った。直樹は驚いて上体をややそらす。

「はあ? そんなことねえよ」

直樹は言い返した。

「うちが会いたいとか、遊ぼうとか言ったって、いつも付き合ってくれないじゃん」

「だから、そんなことねえよ」

直樹は同じ言葉を今度は若干、挙動不審気味に言い返す。少々、思い当たることがあった。

「じゃあなんで、うちのこと無視して健治とどっか行くの。それだって理由言わないし、隠し事するじゃん」

「それはだって。言えねえよ。言いたくないことだって、ある」

「言いたくないことって、何」

「だから言えないんだよ」

「何それ」

「何でも」

「へえ。友達思いだね」

響は嫌味ったらしく言った。直樹はそれには構わなかった。健治のプライバシーを守るべく、そこは黙っておくべきだ。健治は自分にしか絵の話をしない。いくら彼女でも、そこに響を立ち入らせてはいけないのだ。

「一緒に帰ろうって言っても、帰ってくれない」

響が低い声で言った。

「それはたまたまだろ」

「それが何回あったと思う? カウントしたほうがよかった?」

「いらないよ、カウントとか」

直樹は声を荒らげた。

「じゃあ、全部、うちが悪いの? うちがワガママなのかな」

「そんなこと言ってないよ、別に」

「ほんとうはうちのこと、ウザいんだよね」

「ウザくないよ」

「ううん、ウザいんだ。うん、分かってる。ウザい、ウザい」

「そんなこと思ってないよ」

直樹は逆上して否定する。どう言えば伝わるのか、分からなかった。

「あのさあ」

響はイライラして片足で足踏みした。直樹はその足を、何とはなしに見た。

「うち、こないだの花火大会、大鷹くんと行ったんだ」

響はあさっての方角を見ながら、投げやりに言った。

「え? 怜と?」

直樹は素っ頓狂な声をあげる。

「そうだよ」

「何でだよ」

直樹が怒って食らいついた。

「直樹はいとこが来て忙しかったんでしょ」

「忙しいなんて言ってない。一泊だけだったし、それに…」

「大鷹くんはうちのこと、ほったらかしにしない」

響は威圧的な声で遮ると、直樹はその迫力にたじろいた。

「うちが傷ついてるの、分かってくれた」

「ねえ、響、ちゃんと話そうよ」

「うちのこと、ちゃんとみてくれる」

「俺だってみてる」

「直樹はみてない」

「響」

「とにかく」

響は大声で遮り、直樹を睨みつけた。目には涙が溢れ、ぼろぼろと頬を流れ落ちた。

もう、嫌だ。こういうのが嫌だ。直樹のことは好きで、嫌いだ。いつだって部活、部活だ。自分はもっと二人で一緒にいたい。でも伝わらない。合宿のときだって、音羽が伊久馬と星を見に行くと言っていたのを聞いて、自分もそうしたいと思って声をかけた。でも、直樹はやけに健治とばかり一緒にいる。こちらの思いを聞き入れてくれない。ぞんざいに扱われ、傷ついた。でも前から、直樹はずっとそんな感じだ。いつも誰かに構っている。部長だから仕方ないのか。そうも思えなかった。単純に面倒ごとに首を突っ込むのが好きなのだ。要はただの暇人だ。そうすることで、自分の重要性を高めていたいのだ。

告白されたのは嬉しかった。ずっと好き同士だと思ってた。そう思いたかった。でも違う。だんだん遠くなってった。だんだんダメになってった。空回りして、格好悪い。愚かだ。どうせ自分はバカだし、お荷物だ。直樹のやりたいことの邪魔になってる。何度も泣いた。悲しかった。自分なんか消えちゃえばいい。どうして消えない。こんなに苦しいのに。

怜は違う。普段の怜は「可愛い子は全部俺の」と言い切り、梨花や他の女子にちょっかい出しては笑ってる。さらに、自分が女子に人気があることも分かってて、それをネタにしてふざけたことを言い、みんなを笑わせる。怜のそういうサービス精神は友達として好きだ。でも、怜が自分に向けてくる目は友達に向ける目と違った。合宿のときに、怜が焼きもろこしを手渡してくれた後、自分に言った。直樹なんかやめて俺にすればと。笑ってふざけている感じはあったが、バカにする感じはなかった。それどころか、笑いがだんだん消えてった。優しい目になって、最後は真剣な目になった。一回、振っているのに、怜はまだ自分のことが好きなのだ。気まずかったが、嫌な気持ちにはならなかった。

怜が好きなわけじゃない。でも、いい人だと思った。少なくとも直樹より、自分のことを大切にしてくれると思えた。直樹とはもう無理だ。自分が直樹を振るんじゃない。自分がすでに振られたのだ。

響は目を逸らし、天谷川の川面に目線を落とした。

「もう直樹のこと、彼氏だって思えない」

天谷川の橋の上に立ち、夕陽を背に浴びながら、響がつぶやくように言った。絶え間なく涙を流す、響の思い詰めた目を見て、直樹の頭に浮かんだ言葉はすべて雲散霧消した。ただただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。響は直樹を残し、走り去っていった。


同じ頃、怜は錬三郎と第二音楽室に残っていた。新しく配られた楽譜を見ながら、二人で合わせ練習をしていた。

「ビッグバンドの合奏、早くやりてえな」

怜は機嫌よく、明るい声で言った。

「うん。いいよな。俺、前からやってみたかった、ビッグバンド」

錬三郎もアルトサックスのマウスピースから口を離し、快活に笑った。それから、怜の顔を興味深そうに見つめた。怜は口笛を吹いている。

「怜」

「何?」

「お前今日、やけによく喋るな。テンション、高すぎじゃね?」

「えー? ぐわははは。まあビッグバンドやることになっちまったからよ。ワクワクする」

怜は笑って答えた。

「ふーん」

錬三郎は目を細めて頷く。

「なんだよ、ふーんて」

「別に」

錬三郎はそう言って、怜をじっくり観察する。怜は目をそらし、トロンボーンを片づけ始めた。

「あのさ」

怜は錬三郎の視線に耐えられなくなり、楽器をクロスで拭きながら切り出した。

「うん、何だよ」

錬三郎は視線をアルトサックスに戻し、スワブを通しながら聞く。

「鶴岡に、門田の花火大会に行こうって言われてさ」

「へー。なんだよその話」

錬三郎は語気を強め、再び怜に向き直った。

「行ってきた」

「はあー?」

錬三郎は声を立てて笑った。怜はイライラしながら錬三郎を見つつ、背中を搔く。

「おまえ、そういうのやめとけって。でも、それでどうしたんだよ」

「聞いたんだよ。直樹となんかあったのかって」

「うん、それで?」

「別れたい、って言ってた」

怜がうつむき、小さな声で言った。錬三郎はカッと目を見開いた。

「あー、嫌な女だな、鶴岡さんって。浮気じゃん」

錬三郎は再び笑い出す。怜は額に青筋を立てた。

「てめー、ムカつく」

「あ、ごめん、わりい。怒んなよ。それでお前、どうしたんだよ」

「なんで別れたいんだよって聞いた。そしたらさ」

「うん」

「うちはもっと一緒にいてくれる人がいいのに、直樹はそうじゃない、って言ってた」

怜は宙を見つめ、痛々しげに言った。

「へーーーえ」

錬三郎は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「俺は、そっか、って言った」

「それで? まさかそれで終わりか?」

「うん。花火、見た」

「だはははは。うん、じゃねえよ。つうか何だよ。鶴岡さんって最低だな。悪女じゃね?」

錬三郎は腹を抱えて笑い出した。

「そういう言い方やめろ」

怜が凄んだ。

「ああごめん。だから、そうやってすぐ怒んなっつってんだろ。お前がまだ鶴岡さんを好きなの知ってて、そういうこと言うかねえ。酷い女だと思わねえ?」

「思わない」

怜はムキになって言う。

「あー、やっぱお前も直樹も一緒な。そういうとこだぞ」

「んだよ。一緒にすんじゃねえよ」

怜はトロンボーンのケースを音を立てて閉めた。

「純粋で穢れがないんだよな。だからそういう女にたかられるんだよな」

錬三郎はにやにやした。怜は黙って立ち上がり、楽器倉庫へ早足で向かった。

「おい。だからいちいち怒んじゃねえよ」

錬三郎は怜を追いかけ、肩をたたく。

「鶴岡はそういう女じゃねえよ」

怜は錬三郎の手を振り払った。

「ああ、わかった。じゃあそういうことにする。でもそれ、はたから見たらすげーヤな感じがすんだよ。ちゃんと別れてから怜のところにきて、付き合おうって言うなら分かるけど。そうじゃねえじゃん。別れたいって話するだけなのに、なんで花火大会なんかに誘うんだよ」

錬三郎が冷たい目を向け、ばっさり言い捨てると、怜は黙り込んだ。確かにそれはそうだ。しかも、響から好きだとも言われていない。花火大会に誘われ、一緒に見ただけだ。自分はそれだけで勝手に舞い上がっていた。響のことを信じたかったが、結局は宙ぶらりんなままだ。

「お前はいい奴だからな。好きな女のこと、悪く思いたくない。俺にも悪く言わないでほしい。そうだよな。でも、鶴岡さんのそういうはっきりしないところ、俺は聞いててすげームカつく。舐めんなって思う」

「うん」

怜は初めて、錬三郎に同調した。

「かまって欲しいから付き合ってー、っていうメンヘラ女はやめとけ」

「メンヘラ女じゃねえよ」

怜は少し困惑しながら言い返す。どうせ自分はバカだ。だから、上手く判断ができない。だからこそ、バカどころか秀才の、冷静な錬三郎の存在はありがたかった。今までの薄っぺらい友達とは訳が違う。錬三郎はスレてて性格は悪いが、根っこのところは友達思いでいい奴だ。一緒にいて一番楽しく、信頼できるのも錬三郎だ。

「ああ、そうだよな。でもお前、絶対、利用されんなよ。お前にこれ以上舐めたことすんなら、俺が鶴岡さんにはっきり言ってやるよ」

錬三郎はまっすぐ怜の目を見た。怜も見返した。しばらく黙ったあと、ゆっくり頷いた。

つづく

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