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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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鳥飼琳太郎

緑谷中学校には校舎が二つある。南校舎と北校舎があり、そのうち北校舎の四階の一番東側に第二音楽室がある。東西に伸びる廊下が北側にあるのに対して、各部屋は南側にあるため、日当たりは良好だ。ただ、隣にある第一音楽室と違って設備が古かった。床のワックスは剥がれ、ところどころがささくれ立っていた。建具もあちこちガタがきていて、入り口の引き戸は力強く引かないと途中で必ずつっかえるし、南側に並ぶ窓はちゃんと閉めても隙間ができてしまう。ガラス面は掃除が行き届いてないため、薄汚れていた。

入り口を入って左、東側が一段高い床になっていて、ステージになっている。ステージ側には古ぼけたアップライトピアノとテレビ、指揮台、回転椅子が置かれ、壁には五線譜が印字された黒板が掛けられている。入り口の右、西側には机が並び、奥に進むにつれて雛壇状に床が高くなっている。始業式と入学式、それと各クラスのホームルームを終えた五人は、椅子や机に座り、思い思いの昼食をとっている。

「まさかね。あの先生が新しい顧問とはね」

公彦がブロッコリーをつまみながら言った。弁当箱の中には肉類は入っておらず、山盛りのブロッコリーと少しの茹で大豆、ミニトマト、白飯だけだった。

「クラスの女子達すごかったよ。王子が来た、って騒いでた」

梅子は他人事のように言いながら、サンドイッチをモリモリ食べ出した。中身はたっぷりのハムとたまごサラダだ。

「俺、やだな、なんか。部活に来るたび女子達がキャーキャー取り巻いてそうで」

直樹がうんざりした様子で鮭おにぎりを食べた。

「いいんじゃないのー。新入部員、増えるかもよー」

銀之丞がのん気な声で言った。弁当は食べず、大袋のポップコーンをポリポリと食べている。

「どうせなら若い男の先生じゃなくって、若い女の先生がよかったのになー」

健治がベーグルを食べながら言った。

「あんたまたベーグルなの」

梅子が目を細めて言った。

「だって、えりジェンヌが『ベーグルって可愛い』って言うからさ。えりジェンヌが顧問だったらいいのにー」

健治が食べかけのベーグルを頬に擦り付け、うっとりしたニキビづらで返した。

「すまんな、俺で」

突然乱入してきた男の声に、健治はベーグルを床に取り落とした。ほかの四人もびっくりして振り返った。さっきの壇上の王子が戸口に立っている。

背は高く、百八十センチメートルはありそうだ。黒くて太い髪はショートヘアで、おでこが見える七三分けは清潔感があった。顔は小さくて丸く、眉毛は太めできっちり手入れされていて、優しげな目はまつ毛がたっぷり生え揃っている。鼻は形がよく、唇は少しぽってりしていて、何より歯が真っ白だ。二十代半ばくらいだろうか、全体的に甘めな顔立ちをしている。濃いグレーのスーツと薄いピンクのシャツ、それより少し濃いピンクのネクタイをキメていて、スレンダーな体型によく似合っていた。そこからのぞく手は大きく、指が長い。スーツと似た色のグレーの靴下を履いているが、来客用らしい緑色のスリッパも履いているせいで、ちぐはぐな印象だ。それでも本人そのものは、眩しいくらいにイケメンだ。五人は一瞬で、琳太郎の姿に圧倒されてしまった。

「君達は吹奏楽部?」

琳太郎が、よく通る声で問いかけた。

「そうですけど」

直樹は緊張して答えた。この人が本当に顧問になるのか…。

「ピアノ、弾いてもいいかな」

琳太郎は勝手にピアノの椅子に座ると、真っ直ぐに背筋を伸ばし、おもむろに弾き始めた。誰もが知っている緑谷中学校の校歌だ。五人とも歌うことはせず、ただただ黙って見守った。楽譜なしで一気に校歌を弾き終わると、今度はクラシック曲を弾き始めた。これも、直樹は知っている。ショパンの「英雄ポロネーズ」だ。ピアノを習っている姉が「難しいけどいつか弾いてみたい」と言って何回も音源を聴かされたことがある。琳太郎の優雅でダイナミックなタッチに、直樹はすぐさま心を奪われた。隣の銀之丞も口を半開きにして聴き入っている。

「ピアノは、こんなもん」

琳太郎は唐突に演奏を中断すると、今度はドラムセットの方へずんずん歩み寄った。五人の生徒もその動きに合わせて視線をずらした。丸椅子に座り、勢いよくスティックを床に投げつけたかと思うと、そのスティックは反動で琳太郎の手に舞い戻った。それをキャッチすると、スネアとフロアタム、バスドラム、シンバルを交互に叩き、リズムを刻み始めた。最初はゆっくりと。徐々に動きは速くなり、最後は同時にシンバルとスネアを派手に打ち鳴らして終わった。

「今年から吹奏楽部の顧問になった。鳥飼琳太郎だ。みんな、よろしくな」

琳太郎が椅子から立ち上がり、堂々と言ってのけると、生徒達は呆然として、何も言えずにいた。最初に沈黙を破ったのは直樹だった。

「部長の白鳥直樹です! フルートやってます!」

直樹はガチガチに緊張しつつ、無理して大声で自己紹介した。言いながら、直樹は衝撃と称賛と期待が入り混じった感情に混乱していた。この人は違う。全然違う。今までの顧問と違うんだ。「仕事だから」仕方なしに部活の顧問になりにきた人じゃない。この人なら。もしかしたら、この先生なら…。

「え? 次、俺? えっと、鴨井健治です。クラリネットで、す」

健治は挙動不審気味に自己紹介した。

「私は副部長でトロンボーンの目白梅子でし! いや、目白梅子です。」

梅子はどぎまぎして、元々の早口がさらに早口になり、噛んだ。顔立ちの整った琳太郎の顔をまともにみられない。顔から湯気が出そうだ。

「パーカッションのー、烏川銀之丞でーす。 先生、ドラムかっこいいっすー」

銀之丞はマイペースを崩さず、のらりくらりとした様子で言った。

「僕は千鳥川公彦、なんですね。トランペット担当なんですね。尊敬しているミュージシャンは、マイルス・デイビスなんですね」

公彦は独特な喋り方で言った。

「おお。いいな、マイルス」琳太郎は満面の笑みで頷いた。「そんで、こんだけか? 部員は」

「そうです。5人だけです」

直樹が気落ちした声で答えた。

「そうか」対照的に、琳太郎の声は明るい。「ちょっと、話そうか」

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