謝罪
その日は雨が降っていた。放課後、梅子が第二音楽室に入ると、怜が先にきていた。梅子が怜をジロリと睨んだ。怜は視線を合わせようとせず、近くの机の上に足を投げ出して座っている。
「おっす」
そこへ琳太郎が足早にやってきた。忘れ物をして、それを取りにきたのだ。
「梅子、怜の面倒頼んだぞ。よかったな怜、楽器磨いといてくれる先輩がいて」
琳太郎は意味ありげな表情で、怜の前に置いてある赤銅色のトロンボーンを見て言った。丁寧に磨かれていて指紋一つついておらず、照明の光を浴びてキラキラ輝いている。琳太郎は、音楽室を出て行ってしまった。
「あのさ」
怜が立ち上がって、沈黙を破った。梅子は怜の顔を見ず、首の辺りを見た。
「ごめん…」
怜はやや頭を傾けて謝った。その後はずっと床を見ていた。梅子はしばらく反応できず、そのまま立ち尽くしていた。
「みんなにも謝って」
梅子は小さな声で言った。怜は何も言わず、しっかりと首を縦に振った。
「じゃあこれ。練習するよ」
梅子は怜の顔を見ないで言った。梅子の手に握られているのは、基礎練習の仕方が書かれた五線譜のノートだ。怜は何も言わずにそれを見た。やがて大人しくトロンボーンを構えた。
「違う。こう」
梅子は、素直な態度でいる怜に少しホッとして、楽器の構え方を教える。さらに、音の出し方を教えた。怜は梅子の口元を見ながら真似する。
「そう。それでいい。そのまま出し続けて」
梅子は真剣に怜の吹き方を観察し、細かな指示を出す。怜は梅子に大人しく従い、頼りなさげな音を出し続ける。時々お互いの視線がぶつかると、すぐにどちらかが視線を逸らす。そうやって気まずさを乗り越えながら、なんとかして練習を続行させていた。
二人のやりとりを、廊下でドアの隙間から見ていた琳太郎は、腕組みするのをやめた。代わりににっこり笑った。