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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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音楽鑑賞会

二月に入り、緑谷町では北西から吹くからっ風が勢いを増していた。

「今日、二度だって」

朝練の時間、楽器倉庫にやってきた直樹が身震いして言った。

「寒過ぎだよ。トイレ行くと湯気が立つもんな」

健治がバカバカしそうに笑うと、直樹も同じ調子で笑った。そこへ、響が部屋に入ってきた。

「おはよう」

直樹が少し真面目な調子に戻して声をかけると、響は無視した。

「おはよう」

健治が声をかけると、響もおはようと返事し、楽器を抱えて出ていった。

「何なんだよ」

健治と第二音楽室に向かいながら、直樹がふてくされて言うと、健治がきょとんとしてみせた。

「喧嘩でもしたの」

「知らねえよ」

直樹は吐き捨てるように言った。

「最近の鶴岡さん、ずっと機嫌悪いじゃん」

第二音楽室に入り、楽器を組み立てながら健治が恐ろしげに言った。響は二人から離れたところで、大輝の楽譜を指さし、大輝に向かって厳しく口出ししている。大輝はバスクラリネットを握りしめ、顔をこわばらせながら頷いていた。

「何でもいいけど謝っとけよ」

健治は響と大輝の方をちらりと見、直樹に向き直ると、迷惑そうに言った。

「俺、本当に何もしてない」

直樹はフルートを片手に響の顔を切なそうに見つめ、悲しげにつぶやいた。


その後も部員達は音楽鑑賞会の練習に励んだ。ソロコン・アンコンメンバーはそれぞれの曲も並行しながら取り組んだ。琳太郎はしょっちゅうあくびをしながらも、部員達をビシバシ鍛えた。特に、高音域が頻繁に登場するトランペットと、全体を支える低音楽器の指導に力を入れた。おかげで公彦、結那、幹生、大輝はヘロヘロになったが、琳太郎は容赦しなかった。さらに、雛形には四拍子だけでなく、三拍子の指揮の振り方もきっちり教え込んだ。


「今日も頑張った。俺、偉い」

琳太郎は自宅のベッドの上で横になり、伸びをしながら言った。雛形は優しく笑い、琳太郎の右腕や肘、背中、それに左手にお灸をした。さらにその、骨格のしっかりした、筋肉質な手のひらを揉みほぐしてやった。

「うん、偉い」

雛形が素直にほめた。

「ねえ、桃子」

琳太郎が穏やかな声で問いかけた。

「何?」

「ありがとう。気持ちいい」

琳太郎はつぶやくと、すぐに眠りについた。


二月も中旬に差し掛かった頃、音楽鑑賞会の日がやってきた。ミド中の体育館には三つの小学校から児童達が集まり、ざわざわしていた。すべて四月から入学予定の小学六年生達で、教師達の指示に従い、並べられたパイプ椅子に着席していた。

「健治の妹はどこだよ」

袖から首を突き出し、怜が面白そうにフロアの様子を探った。

「西小だよ」

健治も首を突き出し、嫌そうに答えた。

「俺も見たいー」

銀之丞もくすくす笑いながら、フロアをのぞき見した。

「お前、MCの練習は済んだのかよ」

健治が銀之丞に聞いた。

「あんなもん、練習いらねーよー。それより健治の妹はー?」

銀之丞は愉快そうに言った。

「左のブロック。前から二列目。右から三番目だよ」

直樹が梨花の顔を見つけ、指をさして教えた。

「おい。結構、可愛い顔してんじゃねーかよ」

怜がニヤニヤしながら健治の頭をどついた。

「可愛かねーよ」

健治が頭を抑え、振り返って怜を睨みつけた。

「可愛いし、しっかりしてるんだよ、あの子」

直樹が優しい笑顔を梨花の方に向けて言うと、響がそばにやってきた。

「ねえ、雛形先生は?」

響が直樹の顔を見ずに、低くてキツい声で聞いた。

「そろそろ来ると思うけど」

直樹は響の顔をのぞき込みながら、穏やかな声で返した。

「おい。お前ら。今日はプレゼンなんだ。ダセーことすんなよ」

琳太郎が腕を組んで偉そうに言った。

「プレゼンってなんですか?」

健治が怪訝な顔して聞いた。

「伝えたいものを伝え切ることだ」

琳太郎は涼しげに笑い、カッコつけて言い放った。

「みんなごめんね、お待たせー」

雛形がバタバタと駆けつけてきた。琳太郎は微笑んだ後で、今度は部員達の前でニヒルに笑い、静かに語りかけた。

「音楽鑑賞会は最大の勧誘活動だ」琳太郎はドテカボチャのぬいぐるみを撫でながら、言葉を区切った。「お前らはすでに上級吹部だ。クールにきめてけよ」

部員達は黙って互いを見合い、目を輝かせて笑いあった。

「顧問の琳太郎先生も、クールにきめてくださいね」

雛形が部員達の前で、すまして言ってみせた。部員達は面白そうに教師達を交互に見た。琳太郎は端正な顔を雛形に向けると、密やかに微笑んだ。

「もちろん。雛形先生もね」


チャイムが鳴った。ステージの階段のそばで、校長がマイクを持って話し始めた。その間に吹部の部員達はステージに出て、セッティングされた椅子にそれぞれ着席する。小学生達は静かになり、校長の話に耳を傾けた。琳太郎は体育館二階のスペースで三脚を立て、ビデオカメラで撮影を始めた。

校長の挨拶が終わると、雛形がステージ中央に歩み出た。タクトを振り上げると、音羽編曲によるゲームミュージックのメドレーが始まった。


出だしは石川淳作曲の「グリーングリーンズ」で、往年の人気アクションゲーム「星のカービィ」のテーマ曲の一つとして知られているナンバーだ。クラリネットとピッコロ、シロフォンが、明るくポップでキャッチーなメロディーで体育館全体を包み込んだ。ホルン、サックス、トロンボーンが柔らかなハーモニーを奏で、チューバとスネア、バスドラムがテンポよくリズムを刻み、開放感溢れる楽しいイメージを演出した。やがて管楽器メンバーが楽器を下ろし、パーカッションだけがリズムを刻んだ。雛形はタクトを振るスピードを落とし、曲のテンポは次第にゆっくりになっていった。それから、スネア、ティンパニ、シンバルがずっしりと重く、厳かな行進曲のリズムを刻み始めた。

曲は近藤浩治作曲の「ゼルダの伝説」のメインテーマに移行した。トランペットを中心に、金管楽器が重厚な旋律を堂々とかき鳴らす。フルートとクラリネットが高速でトリルを行い、チャイムがアクセントをつけながら、曲を盛り上げていく。途中、ゆっくりしたテンポでアルトサックスが緩やかな情景を、その豊かな音色で彩った。突如、トランペットの高音が突き抜けるように旋律をかっさらい、強大な軍隊の総司令官のごとく、他の金管楽器を従えながら、テンポを上げてぐいぐい突き進んだ。ティンパニが効果的にロールを繰り返し、トロンボーン、チューバは深い低音をずっしりと効かせていく。荘厳な印象を与えながらフィニッシュを迎え、それは残響となってこだました。

一瞬の静けさの後、雛形は頭を下げ、ステージの端に退いた。錬三郎が合図を送り、アルトサックス、テナーサックスがクールなメロディーラインを切り込んだ。次曲は人気作曲家でありゲームクリエイターであるトビー・フォックスによる、RPGゲーム「アンダーテール」のBGM曲「メガロバニア」だ。ドラムスが速いビートを刻み、旋律はトロンボーン、トランペット、クラリネット、ホルンへと切り替わっていく。部員達は前のめりで勢いのあるハードロックな曲調に身を任せ、果敢に攻め込んだ。

やがてロックなメロディーはフェードアウトしていった。雛形がステージ中央に戻り、四分の三拍子の指揮を振り始めた。今度は、ボンゴがゆったりしたリズムを刻むワルツに様変わりした。次曲はRPGゲーム「グリムノーツ」のBGM曲「旅人はワルツを踊る」である。1s tホルンがエスニックかつ哀愁漂う旋律をのびやかに奏で、クラリネットとサックスが心地よい八分音符でメロディーを美しく盛り立てた。バスクラリネットは付点二分音符を静かに刻んだ。やがてフルートが熱情的に旋律を引き継ぎ、ホルン、ユーフォニアム、トロンボーンが混じり合い、ハーモニーを四方八方に膨らませてゆき、旅人の心奥を遠く遠く、行き渡らせた。

曲は再びミドルテンポの四分の四拍子に戻り、ティンパニとバスドラム、スネアが強靭で迫力のあるイントロをかき鳴らした。曲はアクションRPGゲーム「ニーア ゲシュタルトおよびレプリカント」のクライマックスを飾る曲、「イニシエノウタ/運命」だ。原曲にある人声の部分を、ユーフォニアムが密やかに、かつ情熱的に歌い上げると、ホルンとサックス、トロンボーンが緩やかに裏旋律を吹き、それに呼応した。フルートとクラリネットが効果的に十六分音符でメロディーを引き立て、チューバとバスクラリネットが深みのある音でしっかり底を支え、全速前進で突き進んだ。

最後は過去より絶大な人気を誇るRPGゲーム「ドラゴンクエスト」、シリーズにして十一作目の「序曲XI」だ。明るく華やかなオープニングを金管楽器が鳴らした時点で、一部の小学生達が歓声を上げた。テーマ部分はトランペットと他の金管が交互に先導し、木管楽器は合いの手を入れるように高音のトリルで盛り立てた。ティンパニ、バスドラム、シンバルは一歩引いて、安定したリズムを打ち鳴らした。終盤、雛形の指揮に合わせ、フルートが切なげにゆっくりした旋律を吹いた。雛形が再び速いテンポに戻すと、一斉に金管楽器がパワフルかつ勇猛に、堂々と吹き鳴らした。シンバルが的確なタイミングで鳴り、スネアとティンパニのロールが高速かつ正確に展開し、盛大にフィナーレを飾った。


メドレーが終わり、体育館は音の余韻を残しつつ、やがて静まり返った。雛形が部員達全員に笑みを送ってから、起立を促した。それからフロア側に向かってお辞儀をすると、小学生達、引率の教師達は一斉に拍手した。琳太郎が小学生達のそばにやってきて、手拍子を取り始めた。小学生達も琳太郎に合わせて手拍子を取った。琳太郎が「アンコール、アンコール」と小学生達に向けて声がけした。小学生達も「アンコール、アンコール」と真似をした。やがてその声が体育館中に響いた。琳太郎が雛形に合図を送ると、雛形は再び吹部の部員達を着席させた。タクトを構えると、部員達も楽器を構えた。

演奏し始めたのは過去に部員達が演奏した「スーパーマリオブラザーズ」だった。琳太郎が校長からマイクを受け取り、「楽器紹介します」と言った。

「フルート」

琳太郎が言うと、雛形は指揮をやめ、ステージの端によけた。直樹がステージ中央のフロントに立ち、スーパーマリオブラザーズの旋律を一人で吹いた。他の管楽器はすべて吹くのをやめ、音羽が叩くドラムスだけが静かに響いた。

「クラリネット」

琳太郎が言うと、直樹が引っ込み、響と健治が前に進み出て、同様に旋律をハモリながら吹いた。

「バスクラリネット」

同様に、今度は大輝が前に出て吹いた。

その後も琳太郎は順を追って吹かせた。各パートごとの紹介が終わると、銀之丞がステージから降りてきた。琳太郎は銀之丞にマイクを手渡した。その間も、音羽が小さな音でドラムを叩き続けた。

「はーい。こっからはうちのスーパー教師、鳥飼琳太郎先生が色々、やってくれまーす」

銀之丞が笑みを浮かべ、元気に喋り出した。

琳太郎はそばに用意しておいた長机の上から、オーボエを手に取った。それからオーボエで旋律を1フレーズ吹いてみせた。

「これはオーボエでーす。さっきのクラリネットに似てるけど、音が全然違う。丸くていい音でしょー? 吹いてくれるメンバー、募集してまーす」

銀之丞がマイクで喋ると、小学生達は興味深そうにして、一斉に琳太郎が吹く姿を見つめた。琳太郎はオーボエを机に戻し、今度はファゴットで、同じフレーズを吹いてみせた。

「こっちのはファゴットでーす。渋い音、してますよねー。こっちも募集してまーす」

銀之丞が再び紹介すると、小学生達の一部が歓声を上げた。琳太郎はファゴットを戻した。その後も同様にソプラノサックス、バリトンサックスを吹き、コントラバスは弓を使って弾いてみせた。小学生達はすべてに拍手を送った。

「そして先生は、なんと言ってもこれでーす」

銀之丞はマイクを置いて、ステージに駆け戻った。琳太郎はコントラバスを床に寝かせ、ステージの下に設置してあるグランドピアノに歩み寄った。音羽のドラムスに合わせ、マリオブラザーズをピアノで弾き始めた。琳太郎がゆったりしたレゲエ調に弾き始めると、音羽もそれに合わせて四分の二拍子に切り替え、レゲエのリズムで叩き出した。琳太郎がテンポの速い8ビートのサンバ風に切り替えると、音羽もサンバのリズムに合わせて叩き始め、銀之丞がアゴゴを、伊久馬がマラカスを使って盛り上げた。琳太郎が4ビートのジャズピアノにアレンジすると、音羽がスティックからブラシに持ち替えてジャズドラムを叩き始め、トランペットのベルにミュートをつけた公彦と結那、それにトロンボーンの梅子と怜が合いの手を入れるようにフレーズを吹いた。小学生達は歓声を上げた。琳太郎が雛形にアイコンタクトを送ると、雛形が進み出て、指揮を再開した。部員達が一斉に演奏し始めると、琳太郎はピアノの手を止め、わきに退いた。


演奏が終わると、盛大な拍手が沸き起こった。銀之丞が再びマイクの元に駆け寄り、呼びかけた。

「西小、北小、ミド小のみんなー! 今日は来てくれてありがとうねー! 春になったらまた会おうねー! 俺達、第二音楽室で待ってるよー!」

銀之丞が爽やかに笑い、両手を大きく振ってみせた。部員達と琳太郎、雛形も大きく手を振って笑いかけた。小学生達は歓声と、さらに大きな拍手でそれに応えた。

つづく

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