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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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まりあと結那

翌日の放課後、一年生の雉谷(きじたに)まりあと鳩山結那(ゆな)は、今日も仮入部するため、学校の敷地内を歩き回っていた。

「なんかもうどの部活に入ればいいか、分かんなくなってきたなー」

まりあが結那にこぼした。

「うーん、楽しいのがいいよね」

結那が曖昧に言った。二人はあちこちの部活見学に行きながら、これだと思うものを見つけられずにいた。

「上下関係があるところとか無理だよね」

まりあが、バックネットの前で大声で練習をしている野球部を見ながら、嫌そうに言った。

「バレー部とかバスケ部とかまだ見に行ってないけど、どう?」

結那が体育館前で勧誘している上級生を指さしながら言った。

「まり、突き指とかしたくないんだよね」

まりあが腕を組んで顔をしかめた。

「陸上部もあるけど」

「あそこ、お姉ちゃんがいるから絶対入りたくない」

自分のきょうだいと一緒の部活になるのはまっぴらごめんだとばかりに、まりあは首を横に振った。

「言えてる。じゃあ、テニス部、もう一回見てみる?」

結那がテニスコートの方を指差して聞いた。

「うちらもあそこに行ったらあれくらい日に焼けるんだよ。嫌じゃない?」

テニスコートで打ち合う先輩達の肌の色を見て、まりあが言った。

「そうかも」

結那は首を左右に揺らしながら言った。

「結那はどうする?」

「うーん」

結那はうなるだけで、それ以上何も言わなかった。自分の意見を言うのが苦手だった。それに、部活も特にやりたいと思うものもなかった。ただ、あまり友達がいないこともあって、小学校の頃から友達のまりあとなら、どこかの部活に入ってもいいと思っていた。

「まり、運動部じゃなくてもいっかなー」

まりあは疲れた声で言った。

「文化部にするの?」

「分かんない。書道部はつまんなそうだからやだな。美術部とかも興味ないし。演劇部は恥ずかしいから無理」

「うん。私も全部ダメかも」

結那が話を合わせながら笑った。

「部活入るのやめよっか。帰宅部でもよくない?」

 まりあがそう言うと、結那が掲示板の前で足を止めた。吹奏楽部のチラシが貼ってある。

「結那、どうしたのー」

少し先まで歩いて、結那がついてこないことに気づいたまりあが声をかけた。

「吹奏楽部…」

「何、何ー。ん? これってなんて読むんだっけ?」

まりあが戻ってきて、一緒に掲示板を見た。

「すいそうがくぶ、だよ」

結那が読み上げた。

「何それ。金魚飼う部活?」

まりなが真面目に聞いた。

「そっちの水槽じゃないよ。楽器を吹く部活だよ」

結那が笑って説明した。

「あー、なんか、朝に外でやってたやつ? 見学行ってみよっか」

「うん」

二人は連れ立って、北校舎へ向かった。

放課後になり、結那とまりあは第二音楽室へ向かった。何人かの一年生達が来ていて、上級生に楽器の吹き方を教わっていた。

「こんにちはー仮入部しに来ましたー」

まりあがはっきりした声で言うと、響がクラリネットを持って戸口にやってきた。

「いらっしゃい。どの楽器やりたい?」

響も仮入部中であるにも関わらず、まるで重鎮のような貫禄を見せながら聞いた。まりあ自身は、響のことを知っていた。同じ小学校出身で、そのときから男子にかなりモテていたので有名だった。まりあは憧れの人物に再会できて感激だった。

「私も、先輩とおんなじそれ、やってみたいです」

まりあが響のクラリネットを指さして言った。

「いいよ。鳩山さんは?」

響は、結那の制服についている名札を読み上げて聞いた。

「えっと、私はトランペットが…」

「千鳥川くーん!」

響がトランペットの公彦を呼んで引き合わせた。その後、結那とまりあは別々の楽器に挑戦することになった。

響に憧れてクラリネットに挑戦したものの、まりあはまったく吹けなかった。リードをつけたマウスピースだけでやってみても、響のように音が出ない。何度説明されても、腑に落ちなかった。

「難しいかー」

響が言うと、少し離れたところでアルトサックスにチャレンジしている男子が視界に入った。サックス経験者はほかに誰もおらず、彼は一人でそれを吹いていた。

「ちょっと来て」

響はまりあを連れて楽器倉庫に入ると、それらしい楽器ケースを見つけた。まりあにそれを持たせて、第二音楽室に戻った。

「なんかちょっと大きくないですか?」

まりあはケースの中身と、先ほどの男子が持っているサックスを見比べた。

「あー、これってテナーかあ」

響は腰に両手を当てて前かがみになり、覗き込む。

「テナーって何ですか?」

「あっちのより低い音が出る。吹いてみる?」

例の男子を指差しながら響が言った。サックスを組み立てたことはなかったが、クラに似ているので響には何となく分かった。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

まりあはテナーサックスを抱え、吹いてみた。プッと、簡単に音は出た。

「あれ? なんかこっちの方が、クラリネットよりめっちゃ簡単じゃないですか?」

まりあが感激して言った。響が頷く。

「ああ、そうなのかも」

サックスもクラリネットも同じシングルリードの木管楽器だ。ただ、サックスはクラリネットに比べて空気の抵抗が弱く、誰でも簡単に吹けるように設計された楽器だというのをどこかで聞いたことを、響は思い出す。

「それに、サックスってめっちゃカッコ良くないですか」

まりあがテンション高めの声で聞いた。

「うん」響は抑揚のない声で言った。「多分、誰もやってないから好きなだけ吹いてっていいよ」

夕方になって、一年生は先に帰された。まりあは興奮して結那に話しかけた。

「テナーサックスかっこいい。初日なのにかなり吹けたよ」

まりあのポジティブな声に嬉しくなって、結那も微笑んだ。

「私もトランペット楽しかったよ。すぐ音が出たんだよ」

「まり、入部しよっかなー。響先輩もいるし、同じサックスの人もさ、結構イケメンなんだよ。多分二年生っぽいけど、初心者なんだって」

まりあは胸のときめきを隠さず話した。

「へえ。でも私、ちょっと気になったことがある。全国大会出るって言ってるよね、先輩達」

結那は不安そうに言った。

「あー、それね」

まりあは軽い調子で相槌をうつ。

「ミド中の吹部って大会とかでどうなの? 有名?」

結那の口ぶりは、さも聞いたこともないぞ、と言いたげだった。

「知らん」まりあは豪快に笑った。「でも面白そうだから、まりは乗ったよ!」

二人はあれこれと話に花を咲かせながら、家路についた。

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