9子守唄
奇物と童。ベンチにもたれ掛かり、電車を待っていた。
奇物が手のひらで火玉を出し、弄んでいる。手首を上下しながら、転がしたり丸めたり。じっと見つめる。火は淡く燃えていた。奇物の目に映る。
童も真似してみる。違う方向へ行ったり、途中で途切れたりして上手くできない。
「ふっ、」
横から失笑が聞こえる。
「俺の真似をしておるのか。百年、いや千年早いわ。」
「千年やり続けてたら、奇物さんみたいになれる?」
ピタッと奇物の手が止まる。
「ふっ、ははは。」
笑っている。
「奇物さんが笑っているところ、初めて見た。」
奇物が笑っているところは数々あったが、童の言う笑いは純粋な笑いなのだろう。
「……。」
途端に静かになる。頬に手を挟む。
――――――――――
「鬼がおらんかったら、俺はまだ幸せやったんかなぁ。」
独り言。
童を見る。両手で両耳を塞いでいた。
「何をしておる。」
呆れたような顔。
「聞いちゃだめだと思って。」
「もういい。聞いて良いぞ。前の花の時も、聞こえていたのだろう。」
ふっと諦めた笑いをした。
「うん……。」
「やっぱりな。」
赤い目が上を向く。
「あの事まだ覚えいたのか。」
「うん。」
奇物さんが眉をひそめる。
「忘れろと言っただろう。」
「ごめんなさい。」
童が落ち込んでいる。
「冗談だ。」
薄く笑った。
――――――――――――
「〜♩」
懐かしい唄だ。頬に水が落ちて垂れていく。くすぐったい。雨の音。雨が降っているのか。
薄い光が眼に入ってくる。目を開く。
「!」
目に入ってきたのは童だった。膝枕されていた。
「あぁ、そうか。眠ってしまったのか。」
顔に手を当てる。横目で童を見る。
「その唄、どこで覚えた。」
「? 奇物さんが唄ってたから。」
時が止まったように驚いた顔。
「いつの間に口ずさんでいた。分からなかった。」
また、手を頬に挟んでむにっとする。
雨が空中で止まった。奇物が手に水をかざす。よく見ると、水滴一つ一つがゆっくり下に落ちて行く。
「鬼が……近くにいるのか。」
「おに?」
「そうだ、」
奇物が懐かしむような顔をする。
「かつて俺の親友だ。雨が止っているのはあいつの能力だ。」
ぎゅっとかざしていた手を握る。指の間から水が出る。飛び出た水はまたゆっくり落ちていく。
「隠していてもしょうがないからな。どうせ皆死ぬ。いつかは忘れる。」
童が奇物の袖を掴む。
「俺は、奇物さんのこと忘れない。」
何言ってんだこいつ。俺は散々酷い事をしたのに忘れない、と。
「三途の川で迷っていても?俺を覚えてくれるのか?」
奇物さんは優しい目だなぁ。
「うん。覚えてるよ。」
「そうか。」
掴んでいた手を離される。代わりに手を童の頭に置いてくれた。