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98.竜巻は突然に

「あ、やっぱりこっちにいたのか。」


 開いたままの部屋の扉から、ピートさんが顔を出した。お昼ごはんを食べ終わって、いつものように待っていてもノアが下りてこないので、呼びに来たのだった。


「そうだ。まだ、お昼ごはんを食べてない……。」


「ええ?なんで?」


「クロが戻って来ていたので、アビーさん達に手紙を書いていたんです。もっとちゃんと手紙が書けるように、これからはちゃんと勉強します。」


「ああ、それはいいけど、昼はどうするんだ?今から作るのか?もうさっさと1階で食べて来いよ。」


 ノアと二人で1階の食堂に行って、お昼ごはんを食べることにした。ピートさんも一緒に、部屋を出て食堂に向かう。歩いて行きながら、今食べてきたばかりなのに、まだ食べるのとディアさんと小競り合いしていた。


「うっせ。都会には食後のデザートってゆうもんがあるんだ。食べ終わっても、まだ食べてもいい仕組みになってんの。羊は部屋から出たら黙ってないと、目立つぞ。」


「うるさいのは、あんたでしょ。私はちゃんと気をつけているもの。ほんと、どんなお腹してんのよ。おかしいのよ。」


 食堂につくと、人はもう誰もいなくてガランとしていた。私達は目立たない端の方の席に座ると、日替わりの定食を選んだ。なぜかピートさんも同じものを頼んで一緒に食べ始める。


「いや!それ、デザートじゃないし。ガッツリ定食じゃん!」


「羊は黙ってろって言ってんだろ。俺はさっき肉を選んだんだから、今度は玉子なんだよ。肉と魚と玉子なら、次は玉子に決まってんだろ。」


「言ってることが、ひとっつも分かんないわ!あんたのお腹がおかしいことは、よお~く分かったけどね!」


 賑やかにお昼ごはんを食べていると、だんだん外に人が集まりだしたようで、楽しそうに賑わっている声が聞こえてきていた。


「あれ?もう始まってんのか?やべえ。おい、二人とも早く食べ終われ。小遣い稼ぎができなくなるぞ。」


 ピートさんが言うには、午後から庭の草むしりをしてお金を貰える催し物が開催されるらしくて、一番多く草を集めた人には特別賞品もでるらしかった。従業員やその家族や子供達にも声がかかっているそうで、それを聞いたピートさんが話しをして、ノアと参加できるようにしてもらったので、さっきはそれで、ノアを呼びに来たそうだ。


「私も参加します。草むしりします。」


「……エミリア、分かってんのか?草をぬくんだぞ?生やすんじゃないんだぞ?」


「分かってますよ。草をぬいて集めるんですよね。いっぱい集めたらいいんですよね。」


「それじゃあ、まず変装だね。……何を入れてたかな。」


 私はぐるぐる眼鏡をつけて、頭にはスカーフをまいて、草むしりをするので手袋をして、準備万端で草むしり大会に参加することにした。私達が庭に出たときにはもう始まっていて、外に出るなりピートさんは絶対一番になると言いながら、密林のほうに突進していった。


 私はノアにぬいていい草とだめな草を教えてもらいながら、隅の方で草をぬくことにした。ノアが貰ってきた袋に二人で草を集めていく。袋の中にいっぱいの草が集まっていくのは、なんだか楽しい。みんなが競い合いながらも、賑やかに笑い合いながら草むしりしていた。


 私は隅の方でノアとしゃがみ込んで草を集めながら、お祭りのようだなと思った。仲良く楽しそうに笑い合う人々のその声は、幸せな心地に包み込んでくれる音楽のようだなと思った。いつまでもそのまま聞いていたくて、いつの間にか草むしりもしないで、じっと聞き入っていた。


 空は高く澄んでいて、風は心地よく吹いていた。風が……、空の上には風が強く吹いていた。強く……、なぜか空の上を、横切るように竜巻のような渦が出来ていた。のどかに漂っている雲を蹴散らして、ギュルギュルと激しく渦を巻いてどんどん、どんどんもの凄い早さで近づいてきている。


 もう目の前に到着しそうな渦に向かって、私は立ち上がって両手を上に伸ばした。するとすぐに私の体が持ち上がって、渦の中に巻き込まれた。渦の中に入るとぐるぐると流されることもなく、温かくて柔らかい、優しい腕の中にいた。


「おかえりなさい。アビーさん。会いたかったです。私、アビーさんが無理していないか、心配していましたよ。それに、毎日とっても、寂しかったです。アビーさん、帰って来てくれて、ありがとう、ございます。」


 アビーさんは何も言わずに、ギュウッと私を抱きしめていた。あまりにも無防備に、悲しみや後悔や懺悔の気持ちが伝わってくる。けれど、私は揺るぎない、温かい優しさを知っているので、まあ~るく、ぽかぽかとあたたかく、アビーさんを包み込んだ。それは、ゆるす……。ゆるしてあげてくださいと優しく、やわらかく抱きしめる。


「……そうか。」


 それだけ言うと、アビーさんは周りの渦を消して、スーッとゆっくりと地面におりていく。私を抱きかかえたままなので、ゆっくりゆっくり気をつけているのがよく分かった。地面に着地する直前になって、ノアが静かな声でアビーさんに抗議していた。


「おばあ様、派手な登場は止めてください。王都には見張りの兵士もたくさんいるんですよ。目立ちます。」


「なにを言うか。妾は派手な登場なぞしておらぬ。現にそなたは妾も、妾が抱きかかえているエミリアも見えていないのであろう?誰もおらぬ場所に話しかけていると変に思われるぞ。」


「見えてませんけど、今はなぜかそこに居ることを、ハッキリと感じます。僕が変に思われるより、あの渦を変に思った人の方が多いと思いますよ。」


「ノアよ、そなたは心配しておるのじゃな。したが妾は良い言葉を知っておるぞ。異常気象じゃ。あれらは異常な気象と判断されるのじゃ。なにも心配いらぬ。」


「……おじい様にも聞いてみます。おじい様はまだ戻りませんか?」


「いや、すぐに着くじゃろう。鷹だか隼だか、早いやつにしたからな。クロが一緒じゃ。ふわあああ~~ああ。妾もう先に部屋に行っておる。」


 立て続けに大きなあくびにをしたアビーさんは、私を地面におろすと、そのまま荷馬車の部屋に飛んでいった。私はアビーさんから離れるとノアにも見えるようになったようで、すぐにノアが私の乱れた髪の毛を直してくれる。眼鏡と頭に巻いていたスカーフはノアが拾ってくれていた。


 私はもう一度変装すると、ノアに手を引かれて、宿の部屋に戻ることにした。注目されてしまうと草むしりの邪魔になってしまうので、少し名残惜しく思ったけれど、私達は目立たないように気をつけながら、隅の方を歩きながら部屋に帰った。


 私達が2階の奥の部屋に到着すると、すぐに見晴らしのいい窓から大きな2羽の鳥が飛んでくるのが見えた。近くになるにつれて、見えなくなる何かを着けていることが分かった。私は窓を開けて二人が入ってくるのを待った。


「ふう、やれやれ、やっと着いたか。おお、二人ともただいま。何も変わりはなかったかな?」


 ラリーさんは組み紐をはずしてから、指輪も外してポケットに入れると、私達に向き直って、ニコニコ機嫌が良さそうに笑った。


「それにエミリアには礼を言わねばな、アビーを一旦戻る気にさせてくれて、ありがとう。わしらも困っていたんだ。あの手紙がなければ、まだあのまま帰らずにいただろう。不在か巧妙に隠れているのか知らんが、ずっと見張っているのも骨がおれる。」


「おじい様、おばあ様は竜巻になっていたんですよ。目立って、ここの宿が使えなくなったら困ります。王都には見張りの兵士がたくさんウロウロしているんですよ。怪しまれたら、ここに居られなくなります。」


「ふむ。つむじ風ぐらいは起こしていたが、竜巻とは豪勢だな。よほど興奮しておったんだろう。なにしろ、あの手紙がな……。あんなに可愛らしい手紙を貰ってはな……。まあ、怪しまれても、手はある。そう心配せんでもいい。」


 ラリーさんがノアと話している間に、クロはまたどこかに飛んでいった。カラス達の配置も少し変わった気がする。


「エミリア、おじい様が今日はみんなでごはんを食べようって、ケーキも焼くんだって。もう部屋に戻ってようよ。」


 ノアがウキウキご機嫌になった。焼きたてのケーキも楽しみだし、アビーさんとラリーさんが帰ってきてみんなが揃ったことが嬉しくて、私もウキウキした気分で洋服箪笥の鞄から部屋の中に戻った。ノアとラリーさんがたっぷりのご馳走を作って、食後には美味しいケーキをみんなで食べた。


 食後のお茶を飲みながら、ラリーさんがしばらくは私達とこの宿に滞在するとゆう話をした。しばらくは離ればなれにならずに、みんなで一緒に居られるのは素直に嬉しい。


「あ、そうだ。私、話したいことがあるんです。海の腕輪が指輪になったんです。」


 私は海の指輪を見せながら、外に出ても大丈夫な気がすることを説明した。二人とも、驚きすぎてしばらく声が出なかったけれど、ラリーさんが目をウルウルさせながら感動しているのに対して、アビーさんはとても嫌そうな顔をしてから、深くため息をはいた。長い沈黙の後に、ラリーさんが静かに話し始めた。


「なあ、アビー。ずっと閉じ込めてはおけん。それは、エミリアが可哀想だ。分かっているんだろう?わしらもおる。カラス達も。ノアもピートも。羊も。お守りも。それに、……海も。エミリアは、アビーの言いつけを守って、王都に着いてから一度も外に出ておらんそうだ。本当にそれで、いいのか?」


 アビーさんは私を心配そうに見ると、悲しそうに首を振った。私のことを、とても心配してくれているのが、身に沁みて分かった。


「間違っておる。そのようなこと、間違っておる。」


 アビーさんは、心から私に謝ってくれた。けれど、私には痛いほどアビーさんの心配と優しさが伝わっていた。だから、まったく何も謝られることなんてないことを話して伝えた。それで、アビーさんとラリーさんはしばらくここで休養して、私は明日から、ノアとピートさんと一緒に、とうとうメイベルさんを探しに行けることになった。


 嬉しくて、有り難くて、アビーさんにも、ラリーさんにも、ノアにも、ギュウギュウと思いっきり抱きついて、何度も、何回も繰り返し、ありがとうとお礼を言った。もうすぐ、もうちょっとでメイベルさんに会えるような、そんな気がして、ディアさんに落ち着きなさいと注意されるまで、ずっと興奮して浮かれた気分でいた。


 私がもし魔法使いなら、竜巻を起していたのかもしれない。それから、なんとか深呼吸して心を落ち着けると、静かな心で、必ず見つけるから待っててねと、メイベルさんに囁くように呟いた。

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