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94.私は、ここに

 窓に顔をくっつけるようにして庭園の緑を眺めていると、後ろからバタンッと窓が乱暴に開く音がした。振り返ってみると、アビーさんが窓から部屋に入ってきてベッドにボスッと寝転んでいた。この見え方は、あの見えなくなる何かをつけているようだった。腕と足を組んで大きな欠伸をすると、アビーさんは気怠そうに目を瞑ってしまった。なにか、とても機嫌が悪そうだった。


「……ラリーさんが、たぶんアビーさんを呼びに行きましたよ。この部屋と荷馬車の部屋を繋げるんです。」


「知っておる。ラリーは今工房じゃ。繋げるのは鞄にしたんじゃ。妾はここに、繋げとうない。」


 そう言うと、また大きな欠伸をした。なんだかとても眠そうにしている。そして、やっぱり不機嫌そうだった。


「そなたには、この町は辛かろう。今からでも引き返して、オルケルンかあのじじいの小屋で待っておれ。妾が必ずそなたの願いを叶えて、あの娘達を見つけ出してやるゆえ、安心して待っておればよい。」


「え?なにも、辛くは……」


 私が答え終える前に、アビーさんがこちらに向かって私の方を指さした。その先に視線を移すと、私の腕につけている両腕の腕輪が、もの凄く濁っていた。えっと思わず触れると、一瞬で元の綺麗な状態に戻った。驚いてアビーさんに視線を戻す。


「この町は穢れておる。得体が知れず気疎いのじゃ。妾も好かぬ。……その羊も、嫌がっておろう。」


「えっ?ディアさん?ですか?」


 そういえばディアさんは王都に入ってから一度も話していなかった。いつも人前では話さないように気をつけているし、たまに泉かどこかに行っていたりするので、あまり気にしていなかった。なにか嫌なことがあったなんて聞いていない。


「ディアさん?ここに居たくないですか?」


「……エミリア、私はいつもあなたと一緒にいるの。居たくないとかじゃないの。」


「ディアさん?声がすごく小さいですよ?どうしました?具合が悪いですか?」


「具合が悪いとかじゃ、ないんじゃない?私の声が聞こえにくいなら、魔女の言う、その穢れてるとかが関係してるとか?」


「エミリア、なにが原因か知らぬが、この町は、そなたには危険じゃ。……そのような町はいずれ滅びる。」


「……滅びる?この町は、一番人が多く住んでいる王都ですよ?そんな……、どうして……、その原因が分かれば、元に戻せますか?滅びませんか?」


「……なぜ、そなたが!?なぜそなたが危険を冒さねばならぬ!!妾は総てを放り出して、今すぐにでもそなたを連れ帰りたい。……エミリア、心配なのじゃ。」


 アビーさんは話しだす前からもう起き上がっていて、怒っているような真剣な顔をしていた。なのに急に心細いような顔をするので、一歩ずつゆっくりとアビーさんに近づいていった。


「私、この町でメイベルさんを見つけたいですし、こんなにたくさんの人が住んでいる町が、滅んでほしくありません。」


 アビーさんはそうかと呟くと、目を伏せて下を向いてしまった。そして諦めたように、はあ~とため息をはいてから、私に向き直った。


「ならば、そなたは妾達がいいと言うまで外に出てはならぬ。ラリーが何か作るはずじゃ。それと、その腕輪は絶対に一時も外してはならぬ。それに……」


 その時、開け放たれた窓からクロがスイーッと部屋の中に入ってきた。アビーさんの足下に降り立って、カアーカアー鳴いて何かを説明している。


「その説明は配置が終わってからでよい。」


 アビーさんがクロの話しを聞き終わる前に立ち上がって、窓から出て行こうとしていた。すると途中でピタッと動きを止めたアビーさんが、窓に手をかけたままの状態で、まだ説明しているクロをもの凄く睨んだ。辺りが一気にギュウーッとなって、アビーさんが触っている窓が溶けてしまいそうな錯覚に陥る。


「……それは、まことか?……誰が確認したのじゃ。……確かめねばならぬ。」


 なにか凄く怒っていて、飛び立って行こうとしたアビーさんが、ふと思いついたように振り返って聞いてきた。


「良い考えがある。総て焼き払うとゆうのはどうじゃ。さすれば総て元通り……」


「アビーさん、冗談ですよね?だめですよ。」


「……ならば、総ての人々を追い出してから、焼きは……」


「だめです。焼き払う以外を希望します。どこも焼け野原にしてはいけません。」


「む。……ならば他の方法を後で考えねばならぬ。」


 アビーさんはクロと一緒にどこかに飛んでいってしまった。アビーさんが出て行った窓を閉めながら、どんどん遠ざかっていく二人を眺めた。


「ちょっと!ちょっと!今もしかして、王都存続の危機だったんじゃないの!?焼き払うって言った!?あの魔女、焼き払うって言ってたわよね?」


「アビーさんは、優しい魔女ですよ?……そんなこと、しませんよ。」


 小さく聞こえるディアさんの声にそう答えながら、窓の鍵を閉めようとした手を止める。手首の腕輪が、もう濁ってきていた。腕輪に触れるとすぐに元の綺麗な海色に戻った。それから、もう見えなくなってしまったけれど、アビーさんが飛び立っていった空を眺めていた。なぜか前途多難な気がして、小さなため息がでた。


 ガタガタと音がしたので振り返ると、ノアが大きなトランク型の鞄を引きずるように持って、部屋に入ってきた。どこがいいかなと迷いながら、床に置いたり机の上に置いたりと試していた。そうして、両開きの洋服箪笥の扉を開けると、鞄を置いてみた。


「あっ、ここがいい。エミリア見て。ここに部屋と繋いだ鞄を置いておくから、ここから出入りできるよ。部屋と部屋を繋ぐんじゃなくて、繋げた鞄を置くことにしたんだって。」


「うん。知ってる。さっきアビーさんが言ってたの。」


「そう?それに、これ!エミリアにもベルトの鞄を作ってくれたんだ。これから変装道具とかも持ち歩かなくちゃいけないから。提げる鞄だと忘れちゃうよね。すっごく細くて小さいけど、ちゃんとたくさん入るよ。ここのボタンの所が開くから、もう中に地図を入れてきたんだ。1階にこの宿の館内地図とか町の地図も置いてあったんだ。自由に貰っていいんだって。凄いよね。ピートがもう町に出てみるって、下で待ってる。大人たちはもう探しに出たらしいよ。僕がベルトをつけてあげるよ。難しくないよ。キツくないように、この穴に通して……、どうしたの?なにかあった?」


「私、アビーさん達にいいよって言われるまで、外に出ちゃいけないの。だから、すぐには探しに行けないと思う。」


「えっ?どうして?なにか言われたの?おばあ様に?」


 私はさっきアビーさんに言われたことをなるべく詳しく話した。ノアは話を聞きながら、少し顔をしかめて考え込んでいた。


「僕、さっきまでおじい様と居たんだけど、途中で急いで出かけて行ったんだ。色を変える何かを作るって言ってたんだけど。すると、あれが完成しないと出たらだめなのかな?でも、すぐには帰って来れないみたいだったんだけど……。ごはんは宿の食堂で食べるようにって、言ってたから……。」


「じゃあ、やっぱり、しばらく外に出られないんだね。」


「エミリア。危険ならしょうがないよ。僕たちが毎日探しに行くし、エミリアが外に出られる頃には、全部道を憶えて案内するよ。大人の人も探しているし、メイベル達は、すぐに見つかるよ。」


 私はどうしても気持ちが暗くなって、そこにあるベッドに腰掛けた。ここまで来たのに。いま王都にいるのに。ノアがなぐさめるように横に座って、私の手をとった。


「エミリア、偉いね。無茶しないって約束を守っているんだね。ちゃんと心配かけないように、気をつけているんだね。」


 あらためて言われてしまうと、泣きそうになってしまう。泣いてしまわないように、ノアの手をギュッと握った。ノアの目を見ると、決意した目をしていた。


「大丈夫。必ず、見つける。ピートと一緒に情報を集めてくる。安心して、信じて待っててほしい。」


 ノアがゆっくり抱きしめてくれるので、ギュウッとしがみついた。とうとう涙は零れていた。堪えようもなく涙は流れているけれど、声を出さないように我慢して、泣いた。最後にやっと、ノアにお願いと言って、送り出した。


 また部屋に一人になって、ぼんやりしていると、ディアさんが大丈夫よとなぐさめてくれていた。その小さな声に、また泣きそうになったけれど、そうだねと言って我慢した。


 ここは、この町は何かおかしい。なにか異変が起こっている。何かが、誰かが、この国で一番人が多く住んでいるこの町を、そのままにしていたら、町が滅んでしまうようなことをしている。


 それは、まだたぶん誰も気がついていなくて、それは、気がついた人が、それに、気がついた私が、なんとかしなくちゃいけないような、そんな気がした。


 俯いた視線の先に、私の両腕につけた腕輪があった。海の腕輪は、また少し濁っていた。私は負けるもんかとギュッと腕輪を握ると、ぐいっと涙をぬぐった。私に出来ることはなにか。いま私に何ができるか。考えても考えても、答えは一つしか思いつかない。


 けれど、それはとても遠回りな気がして、くじけそうになってしまう。その気持ちを、柔らかくてふわふわして丸い、まん丸い私のなかに閉じ込めようとした。いつの間にか手は胸の前に、丸いなにかを包み込むような形をしていた。ああ、ディアさんに教えてもらった手の形、その正解の形に、やっといま辿り着いた。

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