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93.エルドランの宿

 商人の門から続くまっすぐな道を、私達は荷台を閉め切ってゆっくり進んでいた。私は荷台の中に隠れるようにしながら、高い建物がひしめき合っている町の様子を覗き見ていた。


 特に隠れなければいけない理由はないけれど、人が多くて、そして馬車はもの凄く注目されるものなのか、ジロジロと中を覗き込まれるので、ピートさんが腹を立てて早々に荷馬車を閉め切ってしまったのだった。


 私達は目的の宿に到着するまで、息を潜めるように荷台の中でじっと静かにしていた。やがて噴水が目の前にある、大きな宿の前に馬車の一行が停まったようだった。私達の馬車が整列するとまたゆっくりと動き出して、馬車ごと大きな建物に入った。そう思っていたらまた外に出て、この整備された庭の先に宿の玄関があるようだった。


 想像以上の大きな宿で、見上げるほど大きな立派な建物だった。重厚で優美な曲線が美しい造りで、建物なのに花や植物の装飾や彫刻がしてあって、至る所に磨き上げられてピカピカ光っている木が使われているのも美しかった。外観をうっとり眺めているだけでも楽しい気分になる。


「とっても素敵な宿ですね。建物の中はどんな風になっているんでしょう。楽しみです。」


「たしかに見事な建築物だ。それに庭木にもずいぶんと手入れが行き届いているな。そんなにこの宿が気に入ったのなら、みんなで泊ることにしよう。4人部屋にしてもらったらいい。」


「あっ、それはいいですね。みんな一緒の方が嬉しいです。」


「うんうん。ならばその部屋は荷馬車と繋いでやろう。そうすればアビーも一緒だ。」


 荷馬車に中でラリーさんとこの素敵な宿のことを話していると、ジャンさんのお店で見かけたことのある店員さんが私達の荷馬車に深刻な顔をして近づいてきた。


「ピート、ちょっといいか。向こうで話し合いに参加してくれ。」


 ピートさんが荷馬車を降りて行こうとすると、ラリーさんが同じように立ち上がって、その男性に近づいていきながら声をかけた。


「わしも話し合いに参加しよう。」


「あ、いえ、それは。私達は旦那様からお客様方にご不便をかけしないようにと、申し付かっております。ご心配にはおよびません。我々にお任せください。」


「ならば話し合いはここでしてくれ。わしも聞きたい。」


 焦ったように後込みしている店員の男性をおいて、ピートさんがさっさと荷馬車を降りて走って行った。トムさんと呼ばれた男性はピートさんの後ろ姿を見送りながら、まだ悩んでいる様子だった。やがてぞろぞろと気を遣いながら私達の周りに集まりだした集団は、荷台の後方を囲むように話し合いを始めた。


 はじめは声を潜めて話し合っていたので聞こえなかったけれど、徐々に議論が白熱してくるにつれて、声は大きくなってきていた。断片的に聞こえてくる話では、どうやらお金の話をしているようだった。王都の物価が予想以上に上がっていて、困っている様子だった。


「しかし、大店の旦那様方は、長年みんなここに泊まっているんだ。俺は旦那様にここにお連れするように言われている。お嬢様方だけでもここに滞在してもらうべきだ。」


「宿が別になると、警備ができない。そんなことは承服できん。もっと値段が安くてもいい宿はあるはずだ。他を探すべきだ。」


「この値上がりの仕方はおかしい。いくらなんでも高すぎる。まさかぼったくられているんじゃないか?ちゃんと確かめたのか?」


 わちゃわちゃと賑やかに話し合いをしているのが聞こえていたようで、箒を手に庭の掃除をしていたらしい小さな男の子が怒りながら近づいてきた。


「なんだと!ぼったくりなんてするもんか!この田舎者ども!うちはこのあたりでは一番の老舗なんだぞ!お前らなんて、客じゃない!帰れ帰れ!二度と来るな!」


「なんだと!坊主!俺たちを田舎者と馬鹿にしているのか!」


 箒の先をこちらに向けて振り回しながら、怒っている男の子を捕まえて止めさせようと、髭のガッシリした男性が掴みかかろうとしていた。すると宿の玄関から立派な服を着て、長い白髪をリボンで結んだ老人が慌てた様子で走って飛び出してきた。


「すみません。申し訳ありません。うちの孫が、お客様に失礼をはたらきまして。どうかお許しください。マリウス!謝りなさい。」


「じいちゃん!だって、こいつらが!ぼったくりだって!それに!泊るお金がないって言ってたから、客じゃない!」


「やめなさい!お客様に向かって、なんてことを!申し訳ありません。躾がなっておりませんで。私、当宿の主をしております、アリウスと申します。何卒、この老いぼれに免じてお許しいただきたく……。」


「そ、それなら、代わりに代金を……。」


「まあ、待ちなさい。」


 ラリーさんが話し合いの輪の中に入っていくと、その場がシンと静まりかえった。ゆっくりと歩いて宿の白髪の老人の目の前まで行くと、深く頭を下げた。


「店先で騒いで申し訳ない。宿泊客の迷惑になったでしょうか?」


「これはご丁寧に。お気遣い有難うございます。迷惑になど、なっておりません。……実は、ただ今宿泊されているお客様はおりません。」


 しばらく無言で、ラリーさんと老人が見つめ合っていた。なぜか誰も、口を挟めずに事の成り行きを見守っていた。


「……ここはとても素晴らしい宿ですな。実は娘が見とれるほど気に入りまして、ぜひ今日からしばらく滞在したいと思っております。」


「師匠、でも、まだ話し合いが……」


 ピートさんの話しを手で制しながら、ラリーさんが宿の老人の人にまた向き直って話しはじめた。宿の老人はジッとラリーさんを見ていた。


「宿泊客がいないなら、それは真に好都合。わしらが滞在する間はこの宿まるごと貸切ることは可能でしょうかな。もちろん、わしが正規の値段をお支払いします。」


「ええ!!まるごと!?」


 今度は箒を持った男の子が驚きの声を上げた。ピートさんを含めた私達側にいる男性陣もざわざわしていた。


「それは、願ってもない申し出ですが、しかし……、昨今の不景気で、王都の物価は上昇の一途を辿っておりまして、まるごととなると、その……。それに、私どもは、ただ今人員を大幅に減らしておりまして、ご満足いただける用意は難しく……。」


「わしらには少し事情がありましてな、目立ちたくはないのです。それに、煩わしいことも御免こうむりたい。わしの大事な家族の安全の為なら、お金などいくらかかっても構わないのです。」


 それからラリーさんが話しをした結果、この宿に泊まれることになったようだった。ラリーさんがピートさん達に、テキパキと指示を出していた。


「トムさん、これから宿とのやり取りは任せる。ただし一切の値引きはしないように。わしに話がある時は、今までどおりピートを通してくれ。部屋割りが決まり次第荷物を運び込んで、それぞれの仕事をしてくれ。」


 私達の荷台に集まっていた人達が自分たちの馬車に戻っていったので、私はようやく荷台から降りてみることにした。もう町に入ったので帽子や眼鏡で変装しなくても良さそうなので、忘れずに外して荷台から降りた。


「わあああ~~~………。」


「……魔女様!!」


 箒を持った男の子と宿のおじいさんが、なぜか放心したようになっていた。そしてハッと我に返ったおじいさんが膝をついて頭をさげた。ええっ?今、宿のおじいさんが魔女と言っていた?んん?と疑問に思っていると、ラリーさんが私を庇うように前に立った。


「ご老人はなにか勘違いをしておられるようだ。こんなに小さな少女が魔女な訳がありませんな。……そうでしょう?ささ、立ち上がってください。」


「……これは、そんな、……なるほど、そう、です。とんだ失礼を、お許しください。わ、私の勘違いに違いありません。申し訳ありません。……目立たないように、なるほど……。お嬢様、大変失礼いたしました。私の勘違いで、お見苦しいものをお見せしました。お許しください。」


「ああ、そうそう。わしら小さな生き物達と一緒に旅をしておりましてな。宿の中をうろつくかもしれませんが、ご容赦願いたい。」


 宿の老人は承知しましたと言って、放心したままの男の子をつれて急いで宿の中に消えていった。部屋の準備が整うまで少し外で待ってほしいとゆうような事を遠ざかりながら叫んでいた。


「ラリーさん、私、アビーさんに間違えられたんでしょうか?さっきの人はアビーさんのお知り合いですかね?」


「おそらく違うだろうな。オルンが魔女の絵本やらが流行っていたと言っていただろう。そのせいじゃないか?……迷惑な話だ。エミリアはアビーと同じ色合いをしているからな。ここでは何か対策が必要かもしれん。色合いを変えるような物はなにかあったかな……?工房で何か作るか……。」


 ラリーさんがブツブツ言いながら考え込んでいた。なにかを作るときによくこんな風になるので、また工房に籠ることになるのかもしれない。しばらくそのまま待っていると、宿の従業員らしき男性が部屋の準備ができたと呼びにきたので、私達は宿の中に入ることになった。


 大きなピカピカに磨き上げられた曲線が美しい木の扉は、綺麗なガラスが嵌め込んであって、花や植物の彫刻も可愛らしい。玄関だけでもゆっくり見ていたい凝った造りだった。案内されて中に入ると、天井が高くて広々としていた。内装の方がどこもかしこもの装飾が凝っていた。


 広いホールの先には大きな階段があった。磨かれて木が光っていて、なだらかで優美な弧を描いていた。どこも細かく花や植物や、よく見れば動物や虫の装飾や彫刻があらわれて、美しいだけではなく楽しい造りをしていた。圧倒されて、小さくわあ~としか言葉がでない。こんなに素敵な宿にしばらく滞在できるなんて、不謹慎にもウキウキしてしまう。


 案内された私達の部屋は、一番上の階のとても広い部屋だった。家具も何もかも、どこも凝った造りなのはもちろんだけど、部屋の中にまた部屋がなん部屋もあって、階段もあるので上の階もありそうだった。みんなが一緒に泊まれる広さの部屋とはいえ、その広さに震えた。間違いなく迷子になる予感がした。


「ラ、ラリーさん、この部屋は広すぎるのでは……。」


「すっげえ~!広い部屋だなあ~!えっ?あれ台所か?なんだこの部屋!?家か!?わあ!外にも出られるぞ!?」


「エミリア、2階もあるよ。行ってみよう。僕らの部屋は上の階にしようよ。」


「あの、ね、もうちょっと狭い部屋に変えてもらわない?部屋の中で迷子になりそう。」


「何言ってんだ!?俺はこの部屋がいい!こっちの部屋は俺のもんだ。」


 ピートさんが気に入ってしまったので、ノアと2階を見に行くことにした。上の階は下の階より少し狭くなっていて、少しホッとした。外から部屋に戻ってきた時には、すぐに2階に上がることにしたら、迷子にならなくていいかもしれない。


「私達の部屋は2階にしようか。どの部屋がいいかな。」


 ノアが選んだのは一番奥の部屋だった。分かりやすくて迷子にならなそうだし、そんなに広すぎないし、窓がたくさんあって屋根が近いので、カラス達が行き来しやすそうだった。それに空から出入りするアビーさんにも良さそうだと思った。それはとてもいい部屋だと思う。


 ノアがラリーさんを呼びに行って、この部屋と荷馬車の部屋を繋げてもらうことにした。大きな窓から外を眺めてみると、広い庭の緑が見えた。お花もたくさん植えていて、綺麗な庭園になっていた。その向こうには頑丈そうな壁がこの宿全体を囲んでいるようだった。まるで立派な城壁に見えて、お城みたいな宿だなと思った。

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