90.最高の櫛と色鮮やかな組み紐
朝起きてノアに髪の毛を可愛く結んでもらっている時にふと、ラリーさんに貰った櫛のことを思い出した。枕元に座っているディアさんは昨日と変わらずツヤツヤのふわふわのままだった。
「昨日ラリーさんにディアさんの櫛を作って貰ったんだよ。ディアさんが凄くふわふわになって可愛いでしょ?」
「おじい様に櫛を?確かに、前より艶がある気がする。その櫛は今どこにあるの?」
私はベッドの横にある小さな引き出しを指さした。無くさないように昨日の夜にちゃんと仕舞っておいたのだった。ノアが引き出しから小さなディアさんの櫛を取り出して、感心したように眺めていた。
「綺麗な櫛だなあ。この櫛でエミリアの髪も梳いてみよう。」
ノアが小さな櫛で器用に私の髪を梳いてくれる。そしてピタッと動きが止まったので振り返ってみると、ノアが櫛を凝視してプルプルと震えていた。
「こ、これは……!?この櫛は!?すごくツヤツヤになる!!」
ノアがいきなり大声を出して、感動に震えていた。ラリーさんが作る便利な道具は、今までたくさん見てきたはずだけど、今までで一番驚いているようだった。
「そうだよね。ディアさんがツヤツヤのふわふわに……」
「僕、今から、エミリアの櫛を作ってくれるように、おじい様に頼んでくる!」
素早い動きで私の髪の毛をきれいに仕上げて、風邪を巻き起こしながらノアが食堂に走って行った。残された私とディアさんが呆気にとられる程の早さだった。
「……ディアさん、櫛を仕舞う前にふわふわに梳いてあげますよ。」
「あら、そお?じゃ、お願い。」
私は気合を入れてディアさんをふわふわのツヤツヤに整えた。今日も可愛く極上のもふもふに仕上げることができた。とても可愛らしい。それから朝ごはんを食べに食堂に向かうと、ラリーさんがいなくて、ノアが配膳をしていた。
「あ、いま呼びに行こうと思っていたんだ、卵は僕が焼いたんだよ。」
ラリーさんは先に櫛を作りに工房に行ってしまったらしくて、朝ごはんはノアと二人で食べることになった。ディアさんは机の上でトコトコ歩いたり、座ったりしていた。
「朝ごはんを食べ終わったら、ノアとピートさんの訓練を見に行こうかな。外に出られるようになったし、散歩しながら……」
「だめよ!!」
ディアさんの大きな声に驚いていると、ノアとディアさんが困った顔で顔を見合わせていた。それからディアさんがトコトコ私の前に歩いてくる。
「今日は、……少なくともお昼までは外には出られないわよ。なぜって、なぜってそう!浄化よ!あんなに派手にやちゃって、全然、調節もできてないんだから!特訓よ、特訓!言っときますけど、私が良いって言うまで外で浄化は禁止だからね!」
「ええ~!?そんなあ~。せっかく幼精達を元気にしてあげられるのに、体調も何ともないんですよ?」
「過ぎたるは及ばざるがごとしって言ってね。加減って、すっごく大事なの。ね?その、幼精がやりすぎて可哀そうなことになってもいいの?修行って大事よ?」
思わず持っていたパンを落としてしまった。ディアさんの言葉を聞いて考えてみると、途端に恐ろしくなる。可哀そうなことに?加減?加減することなんて、まったく考えてもいなかった。
「修行します。私、ちゃんと浄化を加減出来るようになりたい!ちゃんと出来るまで、外で浄化しません!」
「素直でよろしい。まずはしっかり朝ごはんを食べてから、それ!で特訓ね。」
ディアさんがビシッと私の手首の腕輪を指さした。みると腕輪は前に見たときよりもずいぶん濁っていた。もしかしたら毎日綺麗に浄化した方が良いのかもしれない。朝ごはんの後に部屋に戻って、浄化の特訓をすることにした。
ベッドに座って、何気なく濁ってしまった腕輪に触れると、シュワッとした感覚がして、一瞬で触った方の腕輪だけ綺麗な海色に戻った。えっ?とディアさんを見ると、ディアさんも驚いているようだった。
「調節!調節の練習をするのよ?ちょっと!今からもう1つの方の腕輪に触っちゃだめよ。触らないでちょっとずつ浄化する修行にしましょう。集中も忘れないで。」
それから何度も少しずつ浄化する、とゆう修行をしてみるけれど、なかなかうまくいかなかった。まず加減をどうするのかが掴めなくて、苦労していた。
「加減の感覚が掴めない?う~ん。難しいわね。感覚ねえ……。ちょっとずつちょっとずつって思いながらでも無理なの?」
「……やってみます。」
集中して少しずつの感覚を探ってみるけれど、ゆっくりとかじっくりとかの感覚もよく分からなくて、とても難しい。ちょっとずつと思いながらドバっとなる感覚だけはよく分かった。加減は、想像以上に難しかった。
「難しいです。なんとゆうか、とても、疲れます……。」
ベッドにバタッと横になる。体が疲れているのとは違って、精神的に疲れるとゆうか、もどかしいとゆうか、とにかく、ぐったりする。
「なんだか、あの魔女と似てるような気がするわ……。多すぎるのかしら?細かく制御できないと、不便な気がするんだけど?違うのかしら?……規格外すぎて分からないわ……。」
ベッドに寝転がる私の頭の上をトコトコ歩きながら、ディアさんが話していた。最近歩く動作が気に入っているのか、よく歩き回っていた。そのちょこちょこした動きもとても可愛らしい。
「エミリア?そろそろお昼ごはんだよ?一緒に食堂に行こう。」
「もうお昼?もうそんなに経ってたの?ホントに?」
ガバッと起き上がると、背中を歩いていたディアさんがふわっと浮いた。集中していたので、まったく気がつかなかったけれど、そういえばお腹がへっている気もする。ノアが呼びに来てくれたので、修行は一旦終わりにして、一緒に食堂に向かうことにした。
食堂に入るといつもと少し違っていて、端の作業台の上にアビーさんがニヤニヤしながら座っていた。そんな所に座っていたら、ラリーさんに怒られますよと教えてあげようとしたら、ノアが隣で大声を上げた。
「やった!もう櫛が出来たんですね!?エミリア、ちょっと座ってくれない?さっそく梳いてみてもいい?」
ノアがとても喜んでいて、机の上には何種類もの櫛が何本も置いてあった。私はおとなしく椅子に座って、ノアが櫛で梳いてくれている間じっとしていた。机の上には櫛以外にも、宝箱のような箱が置いてあった。箱は開いていて、中には綺麗な少し幅広の紐状の物がたくさん入っていた。
「最高だ!最高の櫛だ!!おじい様、ありがとう!すごく綺麗になるし、とても使いやすいです!」
「ほほほ。そうかね。気に入ってもらえて良かった。喜んでもらえると、わしも嬉しい。」
「ラリーさん、その箱はなんですか?綺麗な紐がたくさん入ってますね。」
「ああ、これか?これは組み紐と言うんだが、昔たくさん練習で作ってな。変化の魔法のかわりになる。この組み紐一つ一つにそれぞれ違う生き物になる魔術を組み込んであるんだ。……制約はあるがね。壊れていないか確認していたんだが、大丈夫そうだな。」
箱の中から色とりどりの組み紐を取り出しながら、ラリーさんが話してくれた。その中の一つを手に取ると、なん色もの鮮やかな色の糸を凄く繊細に緻密に編み込んであって、幅広な分その見事な模様がよく映えていた。それぞれ総ての組み紐の柄が違っているようだった。便利な魔術具のようだけど、それよりも、見ているだけでうっとりするような、綺麗で可愛い紐だと思った。
「変化?と言うとこの組み紐で何かに変身出来るんですか?じゃあ、これは何に変身するんです?」
「ん?それか、それは……、白い鳥、かな。組み紐をよく見てみてくれ。変化する生き物の形を編んで表現しているんだ。こっちのは……、なんだったかな。」
私の持っている組み紐をよく見てみると、綺麗ないろいろな模様の中に黒い猫のような模様があった。
「私が持っているのは、黒猫ですか?」
「いかにも!それは黒猫だな。わしのこれは……、なんだったかな?つけて確かめてみよう。どこでもいいんだが、痛くならない程度に体のどこかにしっかり結んで使うんだ。」
そう言いながらラリーさんが手に持っている組み紐を指に巻き付けて結んだ。その瞬間にラリーさんの姿が可愛らしい茶色の犬の姿になった。
「わっ!!犬になった!?え??すごい!茶色い犬です!!」
「犬だったか。間違えんようにせんといかんな。他のも分からないのがあったかな。」
犬のラリーさんから、普通にラリーさんの声がしてくるのが不思議だった。それよりも気になったのが、瞬きすると元のラリーさんが見えて、瞬きを繰り返すと犬の姿とラリーさんが交互に見えてよけいに奇妙な感覚だった。
「瞬きすると、元の姿が見えるようになっているんですね。」
「「ええっ!!??」」
「元の姿が見えるの?ホントに?おじい様の姿が見える?」
「むっ!?失敗作だったか?二人ともよく見てくれ。」
ノアと二人で何度も瞬きを繰り返しながらラリーさんを見た。私は目が疲れてしまうぐらいラリーさんの姿が茶色い犬と交互に見えていたけれど、ノアが何回瞬きしても、犬の姿にしか見えないようだった。私は目が疲れて、思わず目頭を押さえた。
「ふむ。壊れてはいないようだ。エミリアには真実の姿がみえるようだな。良かった。これが使えないと困る所だった。さ、これはまた後だ。もう腹が減っているだろう。先に昼ごはんにしよう。」
ラリーさんが指に結んでいた組み紐をほどくと、犬の姿が完全に消えてラリーさんに戻った。つけていた組み紐を箱に戻すと端の作業台の上に置きに行こうとした。
「アビーさん、そこをどかないと邪魔になりますよ。」
「「「えっ!!!」」」
なぜか三人の声が揃って、三ともが驚いていた。どこにおばあ様が……とノアがキョロキョロしているうちに、アビーさんが作業台をおりて、手首に巻いている何かを外して完全に姿を現した。
「エミリアには、この組み紐は効かんようじゃ。……では、これではどうか?」
アビーさんが手をフイッとすると、透けたようになって、さっきよりも見えにくくなった。瞬きをしても変わらない。目は疲れないけれど、半透明のアビーさんには違和感がある。
「透けて見えます。……変な感じです。」
そうかと言いながら元に戻ったアビーさんが、ノアとラリーさんに聞いてみると、さっきも今も、アビーさんの姿は見えていないとゆうことだった。
「それより、アビー。まさか今までその作業台に乗っていたんじゃないだろうな?なにやらこの部屋にアビーの気配があるとは思っていたんだが、気のせいでなかったなら、まさか食事を作るその作業台の上に乗っていたんじゃなかろうな?」
アビーさんが、すごくギクッとした顔をしてから口をギュッと突き出した。それだけで、バレバレだとは思うけれど、アビーさんは焦って大急ぎで飛んでいってしまった。
「あっ!?逃げんでも……。アビー!昼ごはんをみんなで食べんか?もう作業台の上に乗らんなら、怒らないから食べに来なさい。」
それでしぶしぶラリーさんの顔色を見ながらアビーさんが戻ってきた。久々にみんなが揃ってお昼ごはんを食べられて嬉しかったし、ラリーさんの顔色を伺っているアビーさんは珍しくて可愛らしかった。野菜がゴロゴロたくさん入ったシチューに、焼きたてのパンもお代わりして、みんなでワイワイ楽しいお昼の一時だった。