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88.海色の2つの腕輪

 ある日朝ごはんの後に、ラリーさんがとても綺麗な、海の色のような輪っかを2つ私に渡してくれた。海の素材の加工はとても難しくて、ラリーさんには珍しくまだ納得がいっていない試作品で、これからまた改良が必要になると教えてくれる。


「大きさもな……、アビーと色々やってみたが、なかなか一筋縄ではいかんでな。ちと大きいが、腕にでもつけてみてから、外に出て性能を確認したいんだが、今からいいかな?」


「おじい様、なぜ2つなんですか。両腕につけるんですか?」


「うむ。それもな……、この2つは同じに見えるかもしれんが、どうやら性質が違う物なんだ。どちらが良い作用をするのか、まだ分からん。実験をしてみてから決めようと思っているんだ。」


 私の手のひらの中の、まだ未完成だと言うその綺麗な海色の輪っかを見つめた。とても不思議でさざ波まで聞こえてきそうな、どちらもそれぞれに美しい輪っかだった。その輪っかを1つずつ手に取って、両方の手首に装着してみた。私の手首にはぶかぶかなその輪は、見る間にシュルシュルと縮んで私の手首にピタッと収まった。


「うわっ!縮んだ!?エミリア、取って!なにか良くない作用をしたら大変だよ。」


「ふ~む。不思議だ。分からん。なんでこんなにエミリアに従順なんだ?」


 私の両方の手首にフィットするように良く馴染んだ腕輪は、何もつけていないと錯覚しそうなほど、なんの違和感もなかった。海の色さえも離れていたら何もつけていないように見えると思う。ラリーさんの言うように不思議だとは思うけれど、ノアの言うように良くない作用は起きないと、なぜかそう思えた。


 ラリーさんにも見てもらって、なにも不具合はなさそうなので、そのまま外に出て、どんな反応があるのか確かめてみることになった。ラリーさんとノアと一緒に、馬車の荷台に上がっていくと、ピートさんが荷台の中で荷物の整理をしていた。


「おお、早いな、おはよう。今日はエミリアも一緒なのか。久し振りだな。」


 ピートさんと朝の挨拶をすると、早々にみんなが私の腕輪に注目して、何かが起きないか観察していた。私もジッと海の腕輪を凝視する。


「おいおい、なんだなんだ?なに見てるんだ?手?いや、腕輪?それが何かあるのか?そういえば、エミリアの体調はもう何ともないのか?気分が悪くなるのは治ったのか?例の、呪いやらの事は分からんけど、馬車に酔う体質ってのはあるらしいぞ。馬車酔いなら、薬があるって言ってた。」


 海の腕輪に注目しながら、ピートさんが話しているのを聞いていて、その言葉にハッとした。そういえば、まったく気分が悪くない。あまりにも普通すぎて言われるまで気がつかなかったけれど、なんの違和感もなく、ぞわぞわした気持ち悪さもまったく感じていなかった。


 この腕輪のおかげなのか、試しに腕輪を取ってみようとすると、抵抗している感覚がして外れなかった。ラリーさんを見ると、分厚いゴーグル越しに微動だにせず腕輪にずっと注視していた。


「ラリーさん、腕輪を外そうとしても、外れません。良くない感じはしませんけど、どうしましょう。」


 ラリーさんはじっくりと腕輪を観察すると、感嘆するような声を出した。そしてゴーグルをおでこに上げてたらまた腕輪を見た。そしてなにか感動に打ち震えているような様子で口に手をあてると、どこか遠くを見ながら黙り込んでしまった。そのまましばらく待っていると、おもむろに私に向き直って、真剣な表情をしながら、優しい口調で話してくれた。


「海とはまことに、凄いもんだ……。これは、この腕輪は、2つともエミリアのものだ。なに、安全な荷台の中にでも入れば、難なく外せるだろう。それに、今どうしても外したければ、簡単に外せるだろうな。……それだけ、エミリアにとても、従順なんだ。わしがなにか小細工などと、とんだ烏滸がましい行いであったな……。この海の腕輪は……、エミリアの役に立ってくれるだろう。好きに使いなさい。大事にするんだよ。」


 ラリーさんがなにかとても偉大そうな、崇拝するような目で2つの腕輪を見ていた。私も、もう一度腕を持ち上げてよく見てみると、さっきまでと違って、なにか濁り始めていた。近づけてもっとよく見ると、なにか黒い粒子が集まってきていた。


 「ふむ。とても聡く賢いものだ。素晴らしい。これは、エミリアに良くない物を代わりに吸い取ってくれているんじゃないか?……部屋に戻るとどうなるか試してみよう。」


 それでまた三人で荷馬車の部屋に戻って、腕輪を見てみると、何も変化はなさそうなので、ラリーさんの提案で食堂でなにか飲みながら、ゆっくり観察してみることになった。


 ついさっき朝ごはんを食べた所だけど、ラリーさんは甘いパンや焼き菓子を用意してくれた。とても食べられそうには無かったはずが、チョコを薄く固めたお菓子や、丸く固めたようなお菓子は、美味しくたくさん食べられた。これは、もしやピートさんが言っていた別腹とゆうのではないかと気がついた。ごはんとは別の部分にお菓子だけが入っていくのが、とても不思議だった。


「変化はないようだな。まあ、しばらく様子をみてみよう。ベッドで休めば元の色に戻るかもしれんな。」


 それからしばらく三人で、お茶を飲みながら楽しく話しをしていたけれど、私の腕輪にまったく変化が無いようなので、もうそれぞれの日常に戻ることにした。ラリーさんは食堂でおやつを作った後は、工房に用事があるし、ノアはピートさんと訓練の約束をしている。


 私は、最近はいつも部屋に戻ってから、私の修行をすることにしていたので、とりあえず部屋に戻ることにした。靴を脱いで、ベッドの上に座ると、いつものように集中して正常に保つとゆう修行を始めることにする。


「……外して、みないの?……外せるか、試すって言ってたじゃない?」


「えっ!?ああ、ビックリしました。ずっと黙ってるから、寝ているのかと思ってました。起きてたんですね?」


「そりゃね、あなた、だって、海だもの。もう、どこから突っ込めばいいか分からないわよね?ビックリするわよね?絶句ってゆうの?もう、ホント、ビックリなわけ。」


「絶句?ビックリ……?海にですか?それで、ずっと黙っていたんですか?」


「ね、それより、それ!その武器?外してみて。早く早く!」


「まあ、これは武器じゃありませんよ。腕輪って言うんです。装飾具って言って、おしゃれをする人は色々つける物なんですよ。」


 ディアさんに、腕輪や耳輪や指輪のことを教えてあげながら、私は両腕につけている腕輪を1つずつ外した。なんの抵抗もなく、するっと外れた海の輪っかは、さっきと変わらず濁ったままだった。


「……そう。従順って、そうゆうこと。ふ~ん。なるほどね。じゃ、あれやってみたら?浄化。」


「浄化ってなんですか?私、そんなことやったことありませんよ。」


「いや!やったこと無い訳ないけど!最近ずっと修行してるでしょ!ゆるす、とかさ!足も治したじゃん!いいから!その海を見て!濁ってるでしょ!?綺麗にしてあげたら?」


 浄化とは、綺麗にしてあげることらしい。私は手のひらの中にある海の輪っかを見つめた。集中していると、綺麗な海のさざ波の中に、何かが混じっていた。その濁ってしまった部分に注目していると、なにか、なんだか、悲しいような辛いような嫌な感じのするものだった。


 私はそれを知っている。それがとても辛いことも、悲しくて絶望に打ちひしがれるような、それを知っている。知っているから、それは良くないから、素直に、助けてあげたいと思った。そこからすくい上げて開放してあげたい。大丈夫よと解き放してあげたい。そう、それは、みとめて、ゆるす、たしかにそれに似ている。あとは、なんだろう、慈しむとかも近いかもしれない。そう思うと、思わず微笑んでいた。


 集中とは何か違うような気がしていたけれど、見つめている海の輪っかは、みるみるうちに、あっという間に綺麗な元の状態に戻っていった。なぜか、綺麗な海色に戻った輪っかを不思議に思ってディアさんを見ると、すごく呆れた表情をしていた。


「……エミリアは、もうちょっと自分のことも大事にした方がいいわよ。そんなに簡単に浄化できるなら、自分のことも出来るはずでしょ?」


「自分のことを浄化ですか?どうして?えっ?どうやって?」


「もおう!だから!もっと!自分のことも、守るとか!自分の為にもっと力を使うとか!色々あるでしょうが!無頓着なのよ。自分に!このあいだのあれ、浄化できたんでしょ!?」


「その、浄化とゆうのが、よく分かりません。綺麗に……、してあげる、んですよね?この海の輪っかは綺麗に戻ったみたいなんですけど、私がなにかしたわけじゃ……ないような?修行したら出来るようになりますか?」


「ええ!!??いやいや!!いま!じゃあ、あなた今!!何やったのよ!!??」


 本当に申し訳ないのだけど、ディアさんがベッドの上でボッスンボッスン跳ねながら興奮していた。高い天井にまでバンッと届いて、まるで縦横無尽に暴れているようだった。そして天井からストンッと落ちてきて、動かなくなった。また静まる為にどこかに行っているようで、ここには居なかった。


「ふう~。私としたことが。大人げなかったわね。そうそう、エミリアはまだ子供なのよね?まだ子供で、大人みたいに物分かりが良くないと!そうゆうことね!?」


「はい。すみません。そうです。」


「ふん。素直でよろしい。」


 ディアさんが膝の上に乗ってくると、つんつんと撫でて撫でてと催促していた。私はふわふわの毛を整えてあげるように、いろんな角度からなでなでと撫でてあげる。


「……浄化は、後回しでいいんじゃない。だって、エミリアは他人にばっかりで心配になるわ。まだ子供なんだし、急がなくていいわよ。ホントなら自分のことばっかりでいいはずでしょ。ね、だから自分のことも大事なんだって、分かってね。」


「ディアさん、いつも、ありがとう。」


 私の修行はまだ全然進んでいなくて、浄化のことも後回しになって、本当ならだめな自分に落ち込んでしまいそうになるけれど、私にはいつもディアさんがいてくれて、自分のことも大事と教えてくれて、なんだかんだといつも励ましてくれる。


 とても有り難くて、そしてそれは、とても稀有なことなんだと改めて思った。いつも、ありがとうと心を込めて、ふわふわな手触りに戻ってきているディアさんを撫でていた。

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