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87.しずむ心とチョコの滝

 全然だめで、まったく出来ない、そんな自分を認めて許してあげることは、とても難しかった。ひとり部屋に籠って、そんな自分と向き合うことにも気が滅入っていた。


 ラリーさんに荷台に上がることを止められていたので、ずっと外に出ていないのも、気分が塞ぎ込んでしまう原因だとは分かっていたけれど、天井の部屋に籠って、頑張って何かの修行をしているアビーさんを、私の都合で呼び出すのは憚られた。


「休憩にしましょう。食堂に行って、なにか美味しいおやつを食べたらいいんじゃない?」


「ディアさん、休憩が多すぎますよ。さっきも休憩したばかりです。それに、そんなに何回もおやつは食べられません。ごはんが食べられなくなります。」


「まあ、偉いのね。子供なら、おやつはいくらでも食べられるんじゃないの?」


「ふう~。食堂になにか、飲み物を貰いに行きます。」


 ディアさんは、まったく集中できていない私に気を遣って、何回も休憩を入れるように言ってくれるけれど、まだ上手く気分転換もできないでいた。私は暗澹とした気分で部屋の扉を開けた。食堂に向かう為に歩きだしたその時、突然天井の扉が開いてアビーさんがベシャッと床に落ちた。


 えっ!?と思った途端にアビーさんが床を端から端まで寝転がったまま、ゴロゴロ、ゴロンゴロンと高速で移動し始めた。


「あああああ~~~あああああ!!!もおおおお~~~!!!嫌じゃあああ!!面倒臭いいい!!!鬱陶しいいい!!!きいいいい!!!」


 アビーさんが、ゴロゴロ転がりながら、盛大に駄々をこねていた。その迫力に見失いそうになるけれど、子供が寝転がって我儘を言っているような構図だった。食堂から慌てて出てきたラリーさんが驚いて顛末を確認すると、アビーさんに優しく声をかけた。


「アビー、止まりなさい。どうしたんだ。なにがあった。そこにエミリアもおるぞ。当たったら危ないだろう。」


 ラリーさんの言葉にピタッと止まったアビーさんは、今度はむくっと起き上がって地団駄を踏んだ。あまりにもまっすぐな感情の発露に、ほれぼれする思いがした。


「ラリー!!妾!!もう!!嫌じゃ!!どうにも!!向かぬ!!妾には!!いらぬ!!」


「そうかそうか、それもいいだろう。まずまず、なにか甘いものでも食べようじゃないか。話はそれからでもいい。さ、エミリアも来なさい。みんなで美味しいお菓子を食べよう。」


「妾、あれがいい!あの滝みたいな奴が食べたい!ドバドバしたやつじゃ!」


「よしよし。では今すぐ準備しよう。エミリアも早くおいで。すぐに出来るんだ。先に手を洗っておきなさい。」


 アビーさんはすぐに機嫌が直ったようで、ピュ~と音がしそうな勢いで食堂に飛んでいった。私も急いで食堂に向かうと、綺麗に手を洗ってから席についた。すると本当にすぐにテーブルの上に小さく切った果物や焼き菓子が何種類も並んでいった。


 そして部屋中にうっとりするような、何とも言えない甘い美味しそうな香りが充満してきていた。ラリーさんが塔のような形状の大きな置物をテーブルの真ん中に置くと、どうゆう仕組みなのか茶色い色をした、とろみのある液体が滝のように流れ出した。とても甘い甘い香りがする。


「ほれほれ、エミリアもこのフォークを持って、好きなものを選んで、あのチョコの滝につけるんだよ。」


 細長いフォークを渡されて、たくさんの果物やお菓子を見ていると、アビーさんがさっそく、小さな赤い果物にフォークをさしてチョコの滝に浸した。たっぷりとチョコをつけてから、満面の笑みで大きな口をあけてパクッと一口で食べた。


「んん~~~!!!美味い!!甘い!!すっぱい!!絶妙じゃ!!最高じゃな!!」


 あんまりにも美味しそうに食べるので、私もそのベリーとゆう実にチョコをつけて食べることにした。流れているチョコがベリーにとろ~と纏わり付いていく感触も楽しいし、ポタポタ落ちるチョコが、しばらくすると固まっていくのを見ているのも面白かった。一口齧って食べてみると、濃厚に甘くて、ベリーの酸味も味わえて、とても、とっても得も言われず美味しかった。


「うわあ~!美味しい~!!これは、なんですか?美味しい!それに!楽しい!!」


「そうであろう。そうであろう。こっちの塩っ気のあるやつをつけても、また美味いのじゃ。」


 それから、アビーさんと夢中になってチョコの滝を楽しんだ。一つ一つが小さいので、ついつい幾らでも食べられそうな気になってしまう。アビーさんと全部の種類の果物やお菓子を制覇して食べ尽くした。どれもそれぞれがチョコと合っていて美味しかった。信じられないぐらいお腹がいっぱいになったけれど、とても満足な気分だった。


「ふう~、食べた食べた。満足じゃ。エミリアも美味かったであろう?」


「はい。とっても美味しくて、お腹いっぱいです。」


「二人ともよく食べたな。良いことだ。エミリアは食が細くなっていたからな。たくさん食べてくれて、わしも嬉しい。」


「エミリアは体調でも悪かったのか?」


 アビーさんがお腹をさすりながら、私のことを不思議そうに覗き込んだ。それで、ラリーさんが最近の出来事を順序立てて、詳しくアビーさんに語って聞かせた。ふんふん聞きながら、アビーさんは少し怪訝そうな顔をしていた。


「エミリアだけが気分が悪くなるのか?他の誰も何ともないのか?……よく分からんな。まず見に行ってみるか。」


「あっ、私も行きます。まだ変わってないのか、出てみないと分かりません。」


 それで三人揃って荷台に上がることにした。アビーさんに続いてラリーさんが外に出て、私は最後に荷台に上がった。外に出るとすぐに気持ちの悪さに気がついたけれど、この間の夜のような強烈なぞわぞわではなかった。


 アビーさんは荷台の端に立って、外を観察していた。ちょうど今は休憩のようで、荷馬車は動いていなくて近くには誰も居なかった。ラリーさんはおやつにチョコをノアとピートさんに届けてくると言って、荷台を降りていった。


 私は荷台の部屋の入口の近くに座って、いつでも降りていけるようにした。アビーさんはクロを呼んでなにか話している。その後ろ姿を静かに見つめていると、クロがすぐにどこかに飛んでいって、アビーさんはしばらく何も言わずに立ち尽くしていた。


 その背中はどこか、嵐の夜に見たような寂しそうな背中だった。振り向いたアビーさんは思いの外険しい顔をしていて、私は一瞬ビクッとなって驚いてしまった。隅に座っていた私に気がついたアビーさんは、部屋の中に入るように促した。


「……エミリア、おったのか。そなたは気分が悪いのであろう。はよう中に入るがよい。」


 荷馬車の部屋に戻ると、アビーさんは何も言わずに食堂に入って行った。私も後に続いて食堂に入る。部屋の中はまだ、チョコの甘い香りに包まれていた。けれどさっきまでとは違って、アビーさんは暗い深刻な表情をしていた。


 なにかピリピリした様子でテーブルに頬杖をついて座ると、無言でなにか考え込んでいた。怒っているようにも悲しんでいるようにも思えて、気軽に声をかけずらい雰囲気だった。外に起こっていることが、アビーさんに分かるのか聞いてみたかったけれど、なぜかそれは、アビーさんを悲しませてしまう気がして、なにも言葉にならなかった。ぼんやり遠くをみているような、心ここにあらずな寂しそうなアビーさんが心配になって、やっぱり声をかけようとした、ちょうどその時、ラリーさんが食堂に戻ってきた。


「ピートがな、全部たいらげたんだ。ふふ、まことに人族はよく食べるものだ。今度はもっとたくさん用意せねばならんな。ノアは甘いものがあまり好かんようだが、ピートの奴は甘いのも辛いのも好きなようだ。はははっ。」


 ラリーさんが空になった容器を片付けに端の作業台の方に向かうと、アビーさんはその背中に頬杖をついたまま静かに語りかけた。


「……ラリー、海のアレがまだ残っていただろう。あの循環をエミリアに持たせよう。先にそれを完成させてくれ。」


 驚いて振り返ったラリーさんは、アビーさんの顔をジッと見ると、複雑そうな表情で一言分かったと呟いた。そしてそのまま後片付けを終わらせると、工房に入って行った。アビーさんはそれを見届けると、立ち上がって食堂から出て行こうとした。私はなにか元気づけるようなことを言いたくて、アビーさんを呼びとめたけれど、結局何も思い浮かばなくて、自分でも思ってもみないことを聞いていた。


「あの、帽子を拾ってくれた男の子は、今回のエミリアさん達の件と関係ありますか。あの子は、なんてゆうか、ぞわぞわしたのが、この辺りの気持ちの悪さと似ていて、……それで、あの……」


 自分でも何を言っているのか、上手く説明できなくてまごまごしてしまっていた。アビーさんに聞いても分からないだろうに、何か言わなくてはと焦るあまりに、自分でも支離滅裂な話しになっているのが、分かっているのに止められなかった。アビーさんがゆっくりと私の方に戻ってきて、落ち着きなさいと言うように肩に手を置いた。それから私の頭をなでなで撫でた。


「エミリア。その、おのこは十中八九関係ないであろう。……なにも、案ずるな。ラリーの循環が完成すれば、そなたは外に出られる。妾とラリーがおれば百人力じゃ。」


 はははっと笑いながら、アビーさんも工房の中に入って行った。なぜ、アビーさんが悲しそうにしていたのかは、分からなかった。それに、なにも元気づけることを言ってあげられなかった。自分のことがとても情けなく思えて、不甲斐なくて、沈んでいく心を静かに見つめていた。


 肩の上のディアさんが首にすり寄ってきてくれるので、微かにチョコの甘い香りが残る食堂で、しばらくのあいだ優しく労わりあうように、ディアさんを撫で続けた。

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