84.だいじな約束
私はアビーさんに抱っこされたまま荷馬車の部屋にまた戻ってしまっていた。大きなハンマーに目が釘付けになっている間に、アビーさんが、食堂のノアの隣のいつもの席に着席させてくれていた。大きなハンマーは、軽々と持つラリーさんの手を離れて床に置かれた途端に、ゴドンッと大きな音をたてて転がった。
「エミリア!?……ああ、ええっと、おかえりなさい。……その、重そうな物は?」
「ハハハハハッ!おかえりはお互い様じゃな!アハハハハハ。」
アビーさんとラリーさんは、二人ともご機嫌だった。心なしか、二人とも顔艶もツヤツヤと輝いていて、充実した様子で、体調もすこぶる良さそうだった。
「あの、二人とも心配をかけてすみませんでした。私、もう大丈夫です。あ、それにオルンさんからお土産をたくさん貰ったんです。チーズもお肉も凄く美味しいですよ。」
「エミリアが元気そうでなによりだ。それに、そんなにたくさん土産を貰ったなら、今度また礼をしに行かんといかんな。ありがたいことだ。ずっとオルンの所におったのか?」
ノアが私達がここを離れている間のことを色々と話していた。私はどうしても気になって、ハンマーに触れてみることにした。私には、持ち手らしき所を持ち上げてみることすらできなかった。硬くて、やっぱりとても重かった。
「……おじい様、さっきから気になっていたんです。それはなんですか?」
「ノアはハンマーを知らんか?物を壊したりする時に便利でな。あ、いやいや本来の使い方は逆なんだが。」
「なにを壊しに行っていたんです?ずいぶん重そうですよね。」
そう言いながらノアがヒョイッとハンマーを持ち上げた。思ったより軽くて驚いたような顔をしていた。
「軽い……?それで、二人は僕達が居ない間、何をしていたんです?」
「ふふ、ふふふ。なんと妾達は密かに正義の味方をしておったのだ。そなたも昨今の治安の悪さは聞き及んでおろう?妾達は悪の組織をぶっ潰し、人知れず善行を積んでいたとゆう訳じゃ。なに、今回はラリーと一緒なのでな、抜かりはない。」
「そうなんだ。初めはアビーが潰したとゆう悪の巣窟を見に行っただけなんだが、驚くことに、また集い始めていたんだ。それでちゃんと跡形もなく粉砕して回ることにしてな。集う場所がなければ集まれまい。更地にしておいたから、今度は良い人族が家や店を建てるだろう。それで万事解決とゆう訳だ。さらに悪事を働く者どもにも話を聞いてな、情報も集めていたんだ。」
「更地……?には勝手にしていいものなんですか?戻ってきた所を粉砕……、それはよほど怖かったことでしょうね……。」
「情報?情報ってなんですか?メイベルさん達の居場所が分かったんですか?どうしてすぐに王都に行くんですか?」
「いや、居場所が分かった訳ではないんだ。それにすぐに出発はせんだろう。わしらが聞いた悪人どもの話しで分かったんだが、誘拐も仕事にしていたんだ。……あまり話して気分のいいものではないんだが、まあ、つまり、その大本の組織が王都にあるらしくてな。悪の総本山とゆうわけだ。」
話している途中から、アビーさんが話しに飽きてしまったようで欠伸をしてから、空中で横になって寝転がった。ラリーさんはその姿をチラッと見てからまた話してくれた。
「それで、わしらは次の目的地は王都に決めていたんだが、ピートが捜索本部で新しく分かったことを教えてくれてな、お互いの情報を精査して話し合った結果、ここの連中と一緒に王都に向かうことになったんだ。普通の馬車の後ろについていく事になるしな、大人数になるだろうから迷ったんだが、なにしろしっかりした身分証がないと中にも入れんらしくてな、それで同行することにしたんだ。詳しい話はピートに聞いてみるといい。」
私とノアは、ピートさんに詳しい話を聞いてみることにした。急いで部屋を出て行こうとすると、ラリーさんに思い出したように呼びとめられた。
「そうだ、店の工房の方に行くならエミリアの友達に礼を言っておくんだぞ。冬服とゆうのを貰ったんだ。エミリアが楽しみにしていたんだろう?」
「もしかして、オルンさんの羊の服のことですか。もう出来上がったんですね。嬉しい!お礼を言っておきます。」
「うんうん。若い娘さんは季節ごとに着る服を変えるそうだな。わしらは知らんで申し訳なかった。アビーがエミリアの部屋をちょっと広げてな、倉庫みたいにしたんだ。また収納を増やしたい時はいつでも言うんだよ。」
「倉庫?冬服とゆうのは、どれぐらい貰ったんですか?」
「さあ、正確な数までは……、アビーが全部一遍にガッと入れたらしくてな。わしも全部は見ておらんのだ。」
アビーさんを見上げると、空中ですっかり眠っていた。なにか嫌な予感がするとノアが言うので、先に私の部屋の中を見に行くことにした。久々に私の部屋の扉を開けると、一瞬目の焦点が合わないほどの広い部屋に変わっていた。
手前に家具がかたまって置いてあって、壁には棚のような窪みがたくさん増えていた。部屋の奥の方に目をやると果てが見えなくて、恐ろしくなった。私達は無言でその恐怖の部屋を出て、そっと扉を閉めた。
「……あ、冬服を確認してない……。」
「……いいよ。あとで見ておくよ。もうこの部屋には入らなくてもいいよ。……危ない。」
コクコク頷きあって、私達はピートさんに会いに行くことにした。私は新しい情報とゆうのを早く知りたくて、メイベルさん達に近づいていけるような気がして、気が急いてしょうがなかった。二人で荷馬車の部屋を出て中庭に降り立つと、ピートさんが従業員寮の方から車いすを押して、ゆっくり中庭に近づいてくる所だった。
車いすにはメイさんが座っていた。最後に見た時よりも、幾分ふっくらしていたけれど、メイさんのやつれた様子は変わっていなかった。メイさんは私達に気づくと、少し笑って手を振ってくれた。ゆっくり目の前まで来ると、恥ずかしそうに、照れたように話してくれた。
「歩けないわけじゃないのよ?もう退院して健康になったの。この間ちょっと転けちゃって、足を挫いたのよね。大袈裟なんだけど、治るまで車いすを借りているの。杖がね、無いらしくて。歩けないわけじゃないんだけどね……。」
メイさんはなぜか言い訳をするように話してくれた。どうしてだか、私は胸がキュッとせつなく鳴いた気がした。メイさんが三人で遊んできなさいよと言ってくれたけれど、ピートさんが断っていた。
「おばさん、たまには陽にあたらないとまた病気になるぞ。俺と散歩に行く約束だろ?じいちゃんからの土産も見に行くんだからな。」
私とノアはメイさん達に別れを告げて、遠ざかっていく二人を見ていた。いつの間にか、私はノアと手を繋いでいた。そうしながら、私は大事な約束を思い出していた。……半分ずつ。私達は半分ずつにするんだった。
「……お店の、給仕係の女の子がいなくなっても、何とも思われていないようで、悲しかったの。でも、メイベルさんのことを大事に思っている、メイさんを見ているのは、もっと、もっと……。」
「エミリア。見つけよう。必ず、見つけよう。僕たちで。」
ノアを見ると、少し落ち着いた。絶対に、見つけてみせるとゆう顔をしていた。大丈夫だよとノアが言うので、私はノアに魔法みたいな言葉を教えてあげた。なんとかなるさ。大丈夫、なんとかなるさ、とノアと励まし合うように少し笑った。