83.……もどる
深く深く反省する意味もこめて、言われたとおりに、自分自身のことを振り返って思い出してみる。もの凄く注目されていて落ち着かないけれど、それだけ心配をかけてしまっていたことに、申し訳なくて胸が痛んだ。二人ともが、私の一挙手一投足を見逃すまいと真剣に見つめていた。
「ええっと、まず、そうでした。元気がない時の話しでしたね。そうですね……。」
私の体は思い出したくないように、ブルッと震えた。すかさずノアに大丈夫か聞かれるけれど、ちゃんと話してもう大丈夫と伝えたいので、そのまま話をすることにした。まず落ち着いて考えてみると、はじめに思い出すのは、捜索本部の会合でのことだった。
いなくなった給仕係の女の子の話しを聞く為に待っていたら、その店の店主が、なんとゆうのか、店員の女の子を大事にしていない様子とか、どうでもいい事のように思っている様子とかが、……薄気味悪くて、異様に思えて、その女の子が可哀想で、そのいなくなった女の子のことを思うと、辛くて悲しくて、女の子やメイベルさんを助けてあげられない自分が情けなくて、どんどん元気がなくなっていったのだった。
「……そう思って、悲しくて。どうしても元気がでなかったんです。」
「つまり、あの禿茶瓶にとんでもなくひいちゃって、意識がぶっ飛んだってことかしら?」
「意識が……?それはよく分かりませんけど、悲しくて、嫌だなとは思いました。」
「ふ~ん。それで、どうして元に戻ったのかしら?なにがあったの?」
「それも、よく分かりません……。思い出してみたら、所々の記憶はありますよ。ノアと笑った顔の石像に触れて、ここに来ましたよね。それから……?」
「もういいよ。戻ってきてくれたんだから。わざわざ悲しい気持ちになることを思い出さなくてもいいんだ。また同じことがあったら、ここに来ればいい。それだけだよ。」
「ええ?それは、また次とか、困るんじゃないの?私は別にどっちでもいいけどさあ。……まあ、なんか濃くなったみたいだし、だから私は全然いいんだけど。それより!それでいいなら、次からはしつこく泣かないでよね!」
ノアとディアさんの間で、しつこく泣いてない、泣いてたの論争が始まってしまった。ノアがしつこく泣いていたとは思わないけれど、とても悲しそうに泣いていたような気がして、もうあんな風に泣かせないようにしようと密かに決意する。
結局の所、何も分からないし、何も解決していないけれど、それでいい、とゆうことになった。私のほうが申し訳なくて、ドギマギする。
「え?えっと、どうしよう……、また同じことがあったら、ごめんなさい。ないようにはするつもりなんだけど、理由が分からなくて、嫌だなと思ったからかな?本当に、心配かけてごめんなさい。アビーさん達にも、謝らないと……。」
「エミリア、気にしなくてもいいんだよ。なにも心配いらないし、また次に同じことがあっても大丈夫だよ。だから、嫌だなと思うことがあったら教えてほしい。」
「そうよ!それよ!どうして私達に話さなかったのよ!引くわ~、キモイわあ~、って言ってたら、こうならなかったかもしれないでしょ!今度からちゃんと話して!一人でウジウジ悩まない!いい!?約束できる?」
「はい。ごめんなさい。」
「もういいだろ。エミリアは何も悪くない。それより、せっかくここまで戻ってきたんだから、ゆっくり休もう。休息は大事だよ。ここで休んでもいいし、エミリアはオルンさんの所で、温泉の方がいいかな?」
私達はオルンさんの所に行くことにした。ここに到着した時に、なぜかオルンさんの小屋の方に着いたらしくて、心配したままかもしれないとゆう事だった。それを聞くと、急いで元気になった姿を見せに行かなければとゆう気持ちになった。
小屋に着くとオルンさんは元気になったことを、とても喜んでくれた。夕食をオルンさんの家で食べて、今夜はここに泊まることになった。そして久しぶりの温泉はどう控えめに言っても最高だった。体が芯からほぐれていくような感覚に、うっとりとゆっくり温泉に浸かって、どこか懐かしいようないい香りに包まれて、すっかり旅の疲れもとれた気がした。
夕食にはオルンさんが作ってくれた美味しいごはんを、みんなでたくさん食べた。ホクホクのお芋にトロ~とたっぷりのチーズがかかっている料理や、塩気が効いた柔らかい薄いお肉も、温かい具だくさんのスープも、どれも素朴な味がして、とてもとても美味しい。もうずっとここに居ようかなと冗談を言ったら、みんなが、それもいいねと笑っていた。それぐらい美味しくてみんなが楽しい夕食の席だった。
夜はわがままを言って、ノアと干し草のベッドに寝かせてもらった。たまにしか出来ない特別な、一番贅沢なことに思えた。ファッサア~とベッドに潜り込んで、至福な心地で眠りについた。
「……もうどこにもいかない。」
「うん。もうどこにもいかないで。」
朝になって美味しそうな香りに目が覚めると、オルンさんとノアが朝ごはんの用意をしていた。昨日あんなにたくさん食べたのに、またお腹がへってくるのが不思議だった。朝ごはんの席では、オルンさんにマリーさんやお店のことや、いろんな事を話した。ジャンさんにもお世話になっているし、クレアさんも元気そうに楽しそうにしている話を、オルンさんは一つ一つ嬉しそうに聞いていた。
オルンさんもオルケルンに行った時のことを懐かしそうに話してくれた。マリーさんが結婚する頃には、腰が悪くなっていて長旅が出来なくなっていたので、マリーさん達はホルコット村で結婚式を挙げてくれたらしい。だからオルンさんはもう随分オルケルンには行っていないけれど、昔はまだ石畳ではなかったし、今ほど栄えていなかったことを教えてくれた。
「子供の頃に、一度だけ王都にも連れて行ってもらったことがあるんじゃ。あれは、なにをしに行ったんだったか……。たぶん、行商の隊と一緒に行ったんじゃなかったかな。長い旅だった憶えがある。その頃の王都とはもう随分変わっているんじゃろうが……。大きな神殿があってな。とても大きな美しい壁画があったんだ。……懐かしいな。あれには子供ながらに度肝を抜かれてな。都会は凄いと驚いたもんじゃった。」
オルンさんは懐かしそうに目を瞑って、しばらくの間、沈黙が流れた。オルンさんは目を開けると、ノアを見ながらまた話しだした。
「美しい金髪の女性の大きな壁画だったんだ。いや、今も残っているのかは知らんがね。……痛ましい話だ。なぜ、そんな酷いことを……。信じられん。」
それで私は、ノアがオルンさんにメイベルさん達のことを話して聞かせたことを知った。オルンさんはとても心を痛めている様子だった。
「オルンさん、大丈夫です。探してくれている人はたくさんいますし、私もまた、メイベルさん達を探します。」
「エミリア!危ないことはしないでおくれ。捜索するのは大人に任せるんじゃ。オルケルンにも警備の兵士はたくさんいるはずじゃ。」
あんまり心配をかけてしまってもいけないので、うんうん頷いたけれど、私はメイベルさん達を必ず見つけ出すと決めていた。なにがあっても必ず、ちゃんと自分も大事にしながら探し出してみせると、かたく決意していた。
その為には、オルケルンの周辺の町に行ってみるのもいいかもしれないと考えていた。アビーさん達の所に戻ったら、町を移動することを提案してみようと思った。オルンさんからのたくさんのお土産と、マリーさん宛の手紙を預かって、またオルンさんの所にも戻ってくると約束してから、私達は笑った顔の石像に触って、マリーさんの家の中庭に戻ってきた。目眩がおさまってから目を開けると、中庭ではピートさんが訓練していた。
「……戻ってきたか。エミリアはもう大丈夫なのか?治ったのか?体調は大丈夫なのか?」
「大丈夫。心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ。オルンさんから、お土産をいっぱい預かったんだよ。」
「おお!生ハムじゃん!チーズも!よし、俺が持って行ってやるよ。あっ!それより!帰ってきたから、すぐに出発することになると思うぞ。別れの挨拶がしたいなら、早めにしておいた方がいい。」
「どうゆうことだ?どこに行くんだ?」
今にも、お土産をマリーさんの所に走って持って行きそうなピートさんを呼びとめて、ノアが急いで聞いていた。
「ああ、そうか、どこから……、えっと、いろんな情報が分かって、お前達が戻り次第、みんなで王都に行くことになったんだ。師匠とノアのばあさんが、ちょっとな、……暴れて、あっ、いい方に、いい方になんだけど。そうだ、あの変装道具一式はこの辺じゃ使わない方がいいぞ。間違われると面倒なことになるからな。俺、先にみんなに知らせてくるから、土産と手紙も渡してくる。お前らも、先に荷物を置いてこいよ。まあ、部屋には誰もいねえけど。」
ピートさんが気になることを色々言ってから、オルンさんのお土産を渡すために走って行ってしまった。ノアがなんだか複雑そうな顔をしながらも、とりあえずオルンさんが私達に持たせてくれたお土産を置きに、荷馬車の部屋に入ることにした。カラスが一羽飛び立って行ったので、そのうちにアビーさん達にも私達が戻ってきたことが伝わるだろうし、ノアが淹れてくれたお茶を飲みながら、のんびりアビーさん達が帰って来るのを待つことにした。
そうしながら、さっきのピートさんの言葉を思い出して考えていた。新しい情報が分かったから、すぐに王都に出発すると言っていた?私達が戻ったらすぐに王都に出発するとゆうことは、メイベルさん達は王都にいるのが分かったとゆうこと?そう思い至ると、ドキドキと興奮して座ってなど居られなかった。
「エミリア?どうしたの?魔女が戻ってくるのを待つんでしょ?」
「エミリア?どこに行くの?カラスが知らせたから、おばあ様達はすぐに戻ってくると思うよ。」
「もしかしたら!もしかしたら、メイベルさん達の居場所が分かったのかな?私、私やっぱり今からピートさんに詳しく聞いてくる!」
もう居ても立っても居られなくなって、二人がなにか言っていたけれど、私は走って荷馬車の入口から、駆け上がるように外に出た。荷馬車から飛び降りて、マリーさんのお家に行こうとした途端に、体が高くヒューンと空に浮いていて、誰かに抱きつかれて前が見えなくなった。息が苦しくなって上を向くと、ぐるぐる眼鏡とスカーフや帽子で変装したアビーさんだった。パチパチ瞬きすると、アビーさんの変装一式が脱げて宙に浮いた。
「おお!変装していたからな。誰か分からなかったのであろう。妾じゃ!そなたを待っておったぞ。元気そうでなによりじゃ。よう帰った。よう戻ったな。妾、首を長くして待っておったぞ。」
「おかえり。エミリア。すっかり元気そうだな。良かった、良かった。」
雲に乗って後から追いついたらしいラリーさんは、ぐるぐる眼鏡や変装道具一式を身に着けていて、両手に黒い棒を持っていた。それよりなにより目を引いたのが、背中にとても大きくて重そうで頑丈そうな黒いハンマーを背負っていて、それが際立って目立っていた。
ぐるぐる眼鏡ごしでも、にこやかに温和そうに笑っているのは分かったけれど、私はなぜか、薄氷を踏むような危なげな予感がしていた。