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81.オルケルンの町 7

 ノアがもうお昼だよと呼びに来てくれて、私達は荷馬車の部屋に戻った。食堂に入るとすぐに、アビーさんが仁王立ちで待ち構えていた。頭にスカーフをぐるっと巻いてその上に帽子を被っている。そしてマフラーで顔の顔の半分が隠れていて、ぐるぐる眼鏡をかけているので、顔の表情はまったく分からなかった。


「おばあ様?その格好……、なにをしているんです?」


「おおノアよ。よくぞ妾と見破ったものじゃ。勘が鋭いのであろう。やはりそなたは賢いのう。」


「そうだな、よくアビーと分かったものだ。これだけ顔も髪も隠れていたら誰だか分かるまい。」


「ああ、いえ……、この部屋の中に入れる人は限られていますからね。消去法です。」


「なるほど、名推理とゆうわけだな。大したものだ。エミリアの友が用意してくれた変装道具が上手い具合に出来上がってな。アビーも気に入ったので全員分を作ってみたんだ。」


 テーブルの上には、それぞれの変装道具一式が置かれていた。私の分を手に取って、アビーさんのように変装してみることにした。スカーフで髪を隠して、帽子を被ってから、顔を隠すようにマフラーを巻いて、最後にぐるぐる眼鏡をかけてみた。


 ぐるぐる眼鏡はさっきと違って、まるでなにも掛けていないように視界もよく見えた。マフラーも息苦しくもないし、これだけ色々と覆っていても何もつけていないように軽かった。


「うん。全部隠れたね。でも困ったな。あの人達が言っていたように、これだけ隠してもエミリアの可愛らしさは隠れていないな。不思議だ。ちゃんとエミリアと分からないようになっているか、後でピートにも見てもらおう。」


 話し合いの結果、午後からの捜索本部の会合には、この格好で出席してみることになった。なによりアビーさんがこの変装道具を気に入っていたし、私と同じ格好がなにやら面映ゆいが楽しいと言っていた。私は頭の中でなぜか、双子コーデとゆう言葉が浮かんだ。けれどなぜかこれじゃないとゆう感覚もして、腑に落ちない気分だった。


 お昼ごはんを食べ終わったら、ノアとピートさんは会合が始まるまでの間は中庭で訓練をして待つことになっていたので、私は呼ばれるまで、荷馬車を出ないで部屋の中で過ごすことにした。今日どんな事実が分かったとしても、落ち着いて聞けるように、心を静めておきたかった。


 私がベッドに腰掛けて座ると、ディアさんが肩からおりて、膝の上にぽすんと乗った。そのまま柔らかい羊のディアさんをなでなで撫でていると、そわそわしている気持ちが少しずつ落ち着いていく気がした。私は、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


「……怖いんです。もしヒドイ目にあっていたら、もし無事でなかったら、今日話してくれる話を、知りたいのに、聞きたいのに、聞きたくないように思ってしまうんです。なにも知らなかったら、助けにも行けないのに。」


「うん。分かるわ。大丈夫。大丈夫よ。きっと大丈夫。」


 ディアさんが何度も、何度も大丈夫と落ち着かせてくれる。私は、静かに呼吸を整えてながら、真ん中とゆうことを意識した。たま、とゆうものが何なのかまだ分からないけれど、揺れてはいけない感覚はなんとなく分かっていた。落ち着いて、感情に左右されないように、私のなかの巡る流れに集中する。


「……おっかしいわね~。いい感じに集中してるのに、どうして、たま、が出ないのかしら?まだ子供だから?」


 ディアさんの言葉にハッと我に返って、途端に不安な気持ちになった。私には、もしかしたら、たま、をずっとずっと、出せない?出せないままだと、誰も助けることができない?悪い予感がして、それが真実のように私のなかに浸透していく。


「あっ!ごめんなさい。邪魔しちゃって……。黙ってる。もう黙ってるから、続けて?」


「私には、たま、がずっと出せないままで、誰も、何も、助けられなかったら、どうしましょう。」


 バタンとベッドに倒れ込んで、突っ伏すように寝転んだ。自分でも本当に情けないけれど、だめな感じにゆれゆれに揺れているのが分かる。


「ごめんごめん。ホントにごめん!だいじょ~ぶよおう!このあいだ足も治せたじゃない?だから、もうちょっとだって!あ!それに!私のいた湖に何回も来たでしょ?出せない訳ないんだから!だって……、たま、が出せないのに、……どうやって来たの?そうよ!ねえねえ、あれどうやって来てたわけ?」


「……ええ?なんの話しですか?」


「起きて起きて!だから!私のいた湖にどうやって来てたのかって、聞いてるの!会いに来てたでしょ。私に。」


 ディアさんがベッドの上の、私の顔のすぐ横をぽすんぽすんと跳ねていた。私は起き上がって座ると、ディアさんと出会った湖でのことを思い出してみた。


「ディアさんに会いに行ったことはありませんよ。……夢だと思ってました。」


 ディアさんがムキーーー!と大きく跳ねた。ジグザグに素早く飛びながら激しく小刻みに揺れている。


「会いに!来てたもの!!私に会いに来てたでしょ!だって!ずっと見てたじゃない!私を!!」


 もう何を言っても、もっと怒らせてしまいそうで口をギュッとむすんだ。私が、なにかとても気に障ることを言ってしまったらしかった。ディアさんは激しく飛び続けている。


「ごめんなさい。落ち、着いて、ください。……会いに、行って、ましたね?……方法は憶えてませんけど。」


「はあ、はあ、そう、でしょ?はあ、ちょっと待って。」


 ぼっすんとベッドに落ちてきたディアさんは、しばらく動かなかった。しばらくの間はここから居なくなった感覚もして、どこかに行ってしまったようだった。


「ふう~。もういいわよ。大丈夫。ちょっと興奮しすぎちゃった。……それで、そうそう。エミリアが、な~んにも憶えてないって話しだったわね?」


「はい。そうです。すみません。」


「んん。素直でよろしい。憶えてないものは、しょうがないわ。ま、いつものことよ。じゃあ、やっぱり地道に修行するしかないわね。大丈夫。いい感じに集中できるようになってきたんだから、そのうちに出せるようになるわよ。頑張って。」


「はい……。頑張ります。」


 私はもう一度集中してみることにした。もう不安になっていてもしょうがないなと思えた。出来るか出来ないか、考えていてもしょうがない。やるしかないんだと思える。


「ディアさん、ありがとう。」


「……エミリアって、ホントいつもお礼を言うわよね。だからキレイなのかしら?そうそう、私さっき思ってたんだけど、あの子達がやってた訓練みたいにしてみたらいいんじゃない?あの、岩をさ、何回も叩いていたじゃない?あんな感じ。」


「叩くんですか?どうして?」


「じゃなくて、何回もってとこ。ほら、バカみたいに……んん!ええっと、何回も何回も繰り返してたじゃない?あの時。だからね、同じように何回も繰り返してたら、そのうちに成功するんじゃないって思ったのよね。」


 私はノアとピートさんが岩を打つ訓練をしていた時のことを思い出してみた。あの時、朝早くから夜遅くまで色々な訓練を繰り返すなかで、毎日繰り返し岩を打っていた。何回も、何回もへこたれずに訓練する姿を美しいと思っていたんだった。出来ないかもと思っても、繰り返し、割れないと思っても、もう一度。きっと、出来ないと思う気持ちと向き合っていたんだと思った。


「本当ですね。……すごいですね。偉いですよね。あんなに近くにいたのに、今まで、気づきませんでした。」


 強くなる為に、最強になる為に、なぜそうなりたいのかといえば、……守りたいから。自分以外の誰かを守る為に。そして、今は自分のことも守る為に訓練しているんだ。


「エミリア?あっ、ここにいたんだね。そろそろ準備を……、えっ?」


 ノアが部屋に入ってきて私と目があった瞬間に、気がついたら私はノアに抱きついていた。ノア達の訓練のことを考えていて胸が一杯になっていたし、抱きついたノアの体が前よりガッシリしていて、より感慨深くてギュウッと抱きしめていると、久し振りにノアが腰を抜かしてしまった。耳まで心配になるくらい真っ赤だった。


「ごめんね。あの、急に抱きついちゃって。ごめんなさい。」


「全然!!僕は!!いつでも!!全然!!大丈夫だから!!ちょっと、ちょっとだけ待ってね!すぐ!すぐに立てるから!」


 座ったままの真っ赤な顔のノアが、手をブンブン振りながら、大声になっていた。私は驚かせてしまったことが申し訳なくなってノアに謝った。


「ごめんね。感極まっちゃって。もうこれから抱きつかないように気をつけるから……。」


 ノアがいきなり悲鳴を上げて、ゴンッと地面に頭を打った。えっと驚いていると、ディアさんがとりあえず急いで部屋から出て、ノアを一人にするようにと言うので、部屋を出てノアが出てくるのを心配しながら待った。


「待たせてごめんね。もう大丈夫。それに、聞いてほしいんだけど、僕は毎日訓練しているから、その、だ、抱きついてくれても、全然!大丈夫だから!今は、ちょっと驚いただけで、全然!大丈夫だから。ね?よし、じゃ、行こうか。」


 ノアが途中からガシッと掴んでいた腕を離してから、前を歩きだした。手と足が同時に一緒に出ていて、なんだか歩き方がギクシャクしていた。ディアさんが私の肩の上でプルプル震えながら声を抑えて笑っていた。赤くなっているおでこの事は聞いちゃだめよとこっそりと言っていた。


 全員が食堂に置いていた変装道具を身に着けて、つけ心地を確認し合ってから、揃って荷馬車の部屋から出ると、ピートさんが待っていてくれた。


「おっ、出てきたな。……その格好は……?なんの、つもりだ?」


「ああ、ピート、ちょうどよかった。変装道具をつけてみたんだ。これで顔を隠していたら、目立たないとは思うんだけど。ただエミリアの可愛らしさはまったく隠れていないんだ。本人とは気づきにくいと思うんだけど、どう思う?」


「どうって……、お前は、頭がいいはずなのに、なんでかな……。」


 ピートさんが不思議そうに私達を見ていた。そして変装した私を上から下まで確認すると、う~んと考えこんでしまった。


「目立つか目立たないかで言ったら、確実に目立つんだよな~。でも、顔を出してるよりマシか?う~ん。」


 すぐには結論が出ないようなので、周りの反応を見てみることになった。私達はこのままの格好で捜索本部の会合に出ることにした。工房の建物の中にある捜索本部の一室には、もうたくさんの人達が集まっていた。私達と分からず、ギョッと驚いた顔をする人達が何人もいた。誰にも声を掛けられなかったので、変装は成功かもしれない。


「これは成功かもしれないよ。誰も私達だって気づいてないかもしれない。」


 ノアとひそひそ話していると、ジャンさんが私達に近づいてきていた。ラリーさんとアビーさんに恐るおそる声を掛けている。


「恐れ入ります。あの、この辺の隅の方は立ちっぱなしになりますので、良かったらあちらの中央の方の席にご案内します。すみません。ただの椅子なんですが……。」


「いらぬ。妾達はここでよい。そなたは向こうへ行って、いつも通りにしておれ。」


 アビーさんは、正体を見破られてしまったからか、不機嫌になってしまった。ヒイッと悲鳴を上げそうな勢いで、ジャンさんが前の方の席に戻って行った。しばらくして会合が始まる時刻を過ぎてもなかなか始まる様子がなくて、部屋の中はザワザワしていた。私達は隅の方で黙ってその様子を見守って、会合が始まるのをじっと待っていた。

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