80.オルケルンの町 6
朝起きると、ベッドの足下に新しい靴が置いてあった。小さなリボンがついている可愛い靴だった。履いてみるとピッタリで履き心地もすごく良い。
「エミリア。すごく似合ってる。可愛いよ。」
ノアも褒めてくれるので、足取りも軽く食堂に向かう。本当になんだかすごく体が軽いような、軽すぎるような気がするけれど、これは、いいのかな?あってる?……よね?
食堂ではラリーさんがいつものように、ごはんの用意をしていた。アビーさんはもうごはんを食べていた。二人に朝の挨拶をしてから、新しい靴のお礼を言った。
「あの、この靴はどうゆう靴なんでしょう?ずいぶん軽いですよね。」
「ん?大したことはないぞ。転けなかったり、落ちなかったり、色々じゃ。普通の靴とそう変わるまい。よく似合っておる。そうじゃな、ラリー。」
「そうだな。よく似合っているじゃないか。可愛らしい。アビーは宝石の方がいいと言っていたが、リボンにしておいて良かった。この方が素朴な可愛らしさがある。」
「留め具は宝石であろう。だが重くもならず、丈夫な良い靴が出来たな。」
ラリーさんもアビーさんも満足な出来の靴は、私のお気に入りになった。すごそうな機能が付いている予感がしたけれど、あまり気にしないことにした。疲れにくい靴とも言っていたので、ただ便利な靴だと思うことにする。
今日の午後に捜索本部の会合に出席する以外に予定をなにも決めていないので、みんなで朝食を食べた後は、ノアとピートさんの訓練を見学することにした。一日どこにも出かけない日は久しぶりのような気がした。
荷台から出ると、外はすっかり晴れていて、雨上がりの香りがした。中庭には水たまりができていて、草木には雨粒が残っていた。それが光って輝いて見えて、美しい朝だった。ノアとしばらく中庭の光景に見とれていると、いつかのようにクレアさん達がぞろぞろと現れた。
ノアは警戒しているけれど、クレアさん達はお行儀よく列になっているし、誰にも何も迷惑なんかじゃないと思う。クレアさん達はみんな昨日私が足を怪我したことをずいぶん心配してくれていた。それに町を歩き回るならと、みんなで変装道具を考えて用意してくれていた。
これにはノアの機嫌も良くなって、寮の一角にある食堂で詳しく見せてもらうことになった。目立たないとゆう事を重要視して色々な物を作ってくれたようで、帽子や顔を隠せるマフラーや、とにかくみんなで話し合って用意してくれたことが嬉しかった。その中でも自信作だとゆうことで、クレアさんが手渡してくれたのが、ぐるぐるした分厚いレンズのついた眼鏡だった。かけて見ると前がなにも見えなかった。
「とにかくこの眼鏡をかけるだけで、印象が一変することにみんなの意見が一致したんです。でも、こうして見るとエミリアさんの可愛らしさは隠せていませんわ。」
女性陣がうんうん頷きあって、納得し合っていた。ノアが私のかけている眼鏡をとって自分にかけてみていた。
「この眼鏡には致命的な欠陥があります。前が見えない。見えない物は眼鏡ではないんじゃないですか?転んだら危ないでしょう。」
「あっ、でもちょうど今は転ばない靴だし、大丈夫じゃないかな?」
「……エミリア、前が見えないと不便だと思うよ。危ないよ。でも確かにコレをつけていたら目立たないかもしれない。おじい様に相談してみよう。」
「みなさん、私の為に色々と考えて用意してくれて、ありがとうございます。いつも貰ってばかりなので、なにか私にもお返しできることがあればいいんですけど。私にできることは何かありませんか。」
なぜか歓声が上がって、ノアがとても嫌そうな顔をした。クレアさん達が相談して決めたい言うので待つことになった。
「エミリア、不用意なことを言っちゃだめだよ。面倒なことになるよ。」
「でも、いつも貰ってばかりだから、お礼をしたいんだけど……。」
ノアとしばらくお喋りして待っていたけれど、すぐには結論がでないとゆう結論がでたので、私達はクレアさん達と別れて、貰った品々を荷馬車の部屋に置きに行くことにした。するとちょうどラリーさんが荷馬車の工房に向かう所に出くわした。
「おお?ピートと訓練じゃなかったのか?ずいぶん早いな。」
私達がぐるぐる眼鏡や帽子やマフラーや大きな布を見せながら説明すると、ラリーさんは楽しそうに聞いていた。
「ほうほう、面白い物を思いつくものだ。変装道具とゆう訳だな。エミリアは良い友に恵まれておる。感謝せねばいかんな。これらは、しばらくわしが預かってもいいか?せっかくの友の好意だ。もっと便利にしてやろう。」
ラリーさんがホクホク顔で楽しそうに工房に向かって行った。なにか便利な変装セットが出来上がりそうで、楽しみになった。私達はまた荷馬車の部屋を出ると、ピートさんを探すことにした。見つからなければノアは一人で訓練をすると言っているけれど、ラリーさんの次の課題は二人でないと難しいと思う。
寮や食堂を回ってみたけれど、ピートさんは居なかった。仕方がないのでノアは中庭で一人で訓練することになった。私はディアさんと座ってその様子を眺めることにした。ぼんやり考え事をしていると、ディアさんが小声で話しかけてきた。
「ねえねえ、転けない靴って、どうゆう靴だと思う?それって、転けたらどうなるの?」
「そういえば、そうですね。どうなるんでしょう?……転けてみたくなりますね。」
「ぷぷっ。だめよ。ふふふ。わざと転けるなんて、まあ、でも、ちょっと試すくらいなら、ねえ?怪我しないんだし。」
ディアさんと、ふふ、うふふと笑い合って、ちょっと試しに転けてみることにした。スックと立ち上がった瞬間に、後ろからピートさんに声を掛けられてビクウッとなった。
「おい。なに悪巧みしてんだ。わざと転けてみていいわけないだろ。バレたらみんなに怒られるぞ。……言いつけるぞ。」
ディアさんと一緒にヒイイッと悲鳴を上げてしまった。私達は平謝りに謝った。二度とわざと転けるとかしませんと約束させられる。ディアさんが悪いことは出来ないものねと言っている。本当にその通りだと思う。まだ驚いた鼓動がドキドキしていた。
「見かけによらず、エミリアはお転婆な所があるからな。ちょっと怪我でもしたら大騒ぎしそうな連中がすぐ側にいんだろ。想像するだけで怖いからやめて。……それより。」
ピートさんが、すごく深刻そうな顔をして私の顔を覗き込んできた。どこかで見たような表情のような気がした。
「また姉ちゃん達がなんか用意してたぞ。もう荷馬車の部屋はいっぱいなんだろ?どうすんだ?今度はちゃんと断らないと、大変なことになるぞ。」
「あ、大丈夫ですよ。変装道具のことですね?もう貰いました。今はラリーさんが預かってますよ。そんなに大量じゃないです。」
「そうなのか?良かった。なんかいろいろ用意してたから、また大量なのかと思った。冬服って嵩張るしな。それじゃあ、あれから厳選したんだろう。良かった良かった。」
ピートさんは安心した様子で、ノアが訓練している所に合流しに行った。そして一緒にラリーさんのだした打ち合いをして全部防御するとゆう課題に取り組んでいた。二人とも揃って口々に難しいと言っているけれど、とても楽しそうだった。離れて見ていても、二人の汗が打ち合うごとに飛び散っていくのが見えた。キラキラと光りに反射するように光って、雨上がりの朝露のように綺麗だと思った。
「私も訓練して強くなったら、アビーさんみたいに悪い人達を退治できるようになるかな……。」
ふとした独り言に、肩に乗っていたディアさんがもの凄くあたふたと慌てだしてしまった。わさわさと首にあたってくすぐったい。
「ムリムリムリ!だめだめだめ!エミリア!人には向き不向きってあるのよ!あなた、自分をなんだと思ってるのよ。人を攻撃ってゆうか、叩いたりできるの?想像してみて。」
私は訓練して強くなった自分を想像してみた。ラリーさんみたいに筋肉がモリモリついて強そうで、俊敏に戦えそうな気がした。無敵に強そうで格好いい気がする。
「……いけそうな気がします。強そうです。」
「いやいやいや!叩いてみた!?ちゃんと想像して!」
私は目を瞑って、筋肉モリモリで強そうな自分が誰かを、一番身近なノアをペチンと叩く想像をしてみることにした。叩く想像をする前に、ノアの痛そうな表情が思い浮かんで、妄想でも叩いてみることができなかった。アワアワ動揺しながら筋骨隆々な自分が泣いている姿が目に浮かんだ。
「……無理そうです。できません。」
「ふう~。だよね。そうよね。ビックリさせないでよ。悪者退治がしたいなら、他に方法はいくらでもあるのよ。それに、何回も言うけど、あなたにとって、いつも真ん中にいることは、とっても、と~っても!すっごく大事なのよ。そこんとこ、忘れちゃだめよ。」
「すみません。アビーさんは凄いなって、アビーさんみたいに出来たらなって、ふと思ったんです。ごめんなさい。」
「もう!本当に驚かせないで。どうしたのよ?無理矢理無茶な、無理なことしなくても、出来ることを伸ばせばいいの。あなたはあなたでいいのよ。すごいんだから。もっと知らなくちゃ。もお~、心配になる!み~んな心配するわよ。戦士になるみたいなこと言っちゃって!」
私が謝っても、ディアさんはまだまだ言いたいことが止まらなくて、驚いて焦っていたせいなのか、よけいにスラスラと言葉が出てくるようだった。私はそれから何回もディアさんに謝っていたけれど、なかなか許してもらえなかった。まだまだ言い足りなくて、気が済まない感じのディアさんの話しを聞いていると、だんだん有り難くて、感謝したい気持ちになってきていた。
「ありがとう。ディアさん。」
「え?は?なに?……私、いま自分で言うのも何だけど、だいぶうるさい感じに文句言ってたんだけど?」
「そうですか?うるさくないですよ。有り難いなとは思いましたけど。」
ディアさんはもう何も言わなくなって、黙り込んでしまった。急に話さなくなったので、不思議で心配になってしまう。
「ディアさん?どうしました?」
「……私、変わってるって、よく言われたわ。でもね、みんなそれぞれ違うじゃない?同じなわがけないわ。私はね、キレイなものに惹かれるの。ずっと見ていたくなるの。そばにいて、あげたくなるの。それが、私の、存在する理由に思えるのよね。……だから、お礼なんていいのよ。」
「存在する、理由。……難しい感じの話しですか?」
「え?違……、そうじゃなくて、そう!みんな違って当たり前なんだから、あなたらしくいたら、いいんじゃないってこと!……エミリアは、いなくなった少女達のことで、落ち込んでいたのね。不安だったのよね。だから強くなれたらなんて思ったんでしょ。でもあなたの羨む、その最強の魔女ってエミリアの味方なのよ。それに私も。私ったら、そういえば泉の女神様なんだから。ふふっ、おかしい。面白いわ。思えば愉快な仲間達よね?こ~んな頼もしい仲間達がいるんだから、み~んなに頼って、みんなで一緒に解決しましょって話しよ。分かった?」
そういえばディアさんは、深い深い森の中の湖にいたのだった。今はこうして、一緒に旅をしてくれていて、いつも私を励ましてくれる、私にとって掛け替えのない大切な存在だった。
私には大事な頼もしい仲間達がいる。だから出来るかどうか、不安になったら、ちゃんとみんなに頼って、私に出来ることは精一杯頑張って、焦るのはやめようと思えた。
私は一人じゃないから、私一人では出来そうもないことが出来るんだ。どんなに悪い人達がたくさんいても、いなくなった少女達は、必ず助け出してみせる。そう強く思えて、もう一度ディアさんにお礼を言った。