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79.オルケルンの町 5

 土砂降りの雨の中、荷台に座ってアビーさんを待っていた。荷台の端は濡れてしまっていたので、雨がかからないギリギリの所に座っていた。さっきまでノアが心配そうに一緒に待っていたけれど、もう私が無茶をしないことが分かると、ラリーさんのお手伝いをしに行った。


 ノアは料理を作るのが好きなので、ラリーさんに教えてもらう事にウキウキしていた。ディアさんは先に体をもっとふわふわな感じに戻してもらうと、ノアと先を争って部屋の中に入って行った。ゆっくりと日常が戻ってきたように感じて、なんだか嬉しかった。


 ザアーッと雨脚は弱まることなく降り続いている。私は暗い雲に覆われている薄暗い空を、気が気ではなく見上げて待っていた。ガッシャンと屋根になにかが落ちた音がして、急いで立ち上がってそちらを見ると、アビーさんが降り立っていた。


 息を弾ませて、ずぶ濡れになって、私を申し訳なさそうに見つめていた。怒られるのを待つ、小さな子供みたいだと思った。私の思っていた通り、アビーさんは急いで、自分に降りかかる雨を防ぎもしないで、たぶんクロに聞いた瞬間から、ここまでずっと休まずに飛んできたことが分かった。私はアビーさんに向かって両手を広げて荷台から飛び出した。


「なっ!?」


 すぐにアビーさんが私を浮かせて、屋根の上につれて行ってくれる。私はそのままアビーさんに抱きついた。すぐに体に雨があたらなくなって、雨に濡れた体は一瞬のうちに乾いていた。


「エミリア!?そなた奔放が過ぎる。そなたは飛べぬ。落ちたら怪我をするであろう!?」


「おかえりなさい。アビーさん。おかえりなさい。おかえりなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。もうどこにも行かないでください。」


「なにを謝っておる?妾まだあの小娘を見つけておらぬ。そなたが急ぎ呼んでいると言うので、何ごとか妾は途中で……」


「もう、どこにも行かないでください。アビーさん。私のために、無理をしないでください。私、反省したんです。私、間違っていたんです。私の願いを、アビーさんが無茶して無理してまで叶えてほしくありません。」


「エミリア、……優しい娘よ。したが妾、そなたの願いはすべて叶えてやりたいのじゃ。そなたの望みは妾の望みじゃ。妾、そなたとの約束を違えたくはないのだ。あの小娘一人見つけられぬようでは、妾はよほどの無能者ではないか。」


 私はもっともっと強くアビーさんにしがみついた。我慢していた涙が止め処なく溢れて、涙に咽いで、もうなにも言葉にならなかった。私の為に、どうして私の為にそんなに……。私のなかは感謝とか、感激した気持ちとか、アビーさんに対する思いやりの気持ちが溢れて、ぐるぐる勢いよく駆け巡っていた。


 ギュウッと目を瞑って抱きついていると、優しい魔女のアビーさんの存在がよりハッキリと分かった。アビーさんはとても疲れていた。とてもたくさん、なにかを消耗していた。申し訳なくて、有り難くて、私のなかで、駆け巡るあたたかいキレイな流れが、行き先を求めて彷徨った。


 すると突然、一瞬とてもキレイな丸い、柔らかそうな、なにかが見えた気がして、パチンッと弾ける感覚がした。頭の中でしゃぼん玉のようだなと思った気がしたけれど、それは何だったろうか。とにかく分からないまま、一瞬の不思議な出来事に目を開けると、目の前のアビーさんが目を見開いて驚いた顔をしていた。


「今の光はなんじゃ?」


「光?すみませんん。私、目を瞑っていたので、なにか光ったのを見てません。」


「ビカッと一瞬光ったであろう。」


「……?雷ですか?雨が降ってますし。」


「ええ?……雷?いや、そうゆうアレでは、……妾、なにやら体が軽い……。なにやら、なんであろう?妾、元気じゃ。」


「え?元気なことは良いことですよね?ずいぶん疲れていそうに感じましたけど、お家に帰ってきたから、疲れがとれたのかもしれませんね。」


「いや、そなたの言っていることは、なにかおかしかろう。」


 アビーさんと私の話しはいまいちかみ合わなかったけれど、二人とも、なんだかスッキリした感じがする。とゆう事では意見が一致した。


「それで、私メイベルさんのことを諦めた訳じゃないんですけど、アビーさんにはもう、一人で探しに行ってほしくないんです。自分のことも大事にする形で探すことにしましょう。」


「自分を大事に……。ラリーがそんな事を言っていた気がするな。疎かにしてはならぬ、大切なことであるとか。」


「そうです。ラリーさんの言うことは正しいですから、言うことをきかないといけませんね。」


「確かに。ラリーはいつも正しい。頼もしき妾の半身なのじゃ。」


「そうですよね。ラリーさんに相談してみましょう。メイベルさんを探す方法をみんなで考えましょう。」


「賢き我が娘。そなたは何も反省することなど、なかろうよ。」


 私はアビーさんに抱っこされたままで荷馬車の部屋に入った。食堂に到着する前に、ディアさんが私の所にふわふわ飛んで来てくれた。


「見て~。私の体~。ふっわふわになったでしょ~。たっぷり撫でていいのよ~。……って、あれ!?なにそれ!?エミリアなにかした?それなに?祝福!?ええ!?いつの間に!?どうゆうこと??」


「え?私?ですか?なにもしてませんよ?なにか変ですか?」


「ええ??だって、魔女が……、なんか最強じゃん。」


「アビーさんは元もと最強ですよ?ドラゴンにもなれるんですから。」


「愚かな羊めが、妾が最強のドラゴンになった姿を見忘れたか。」


「そんなの忘れる訳ないじゃん!強烈にトラウマになる程憶えてますけど!……なんでそんなに元気なのよ?」


「元気なのは良いことですよね。私もなんだか元気です。」


「……いや、だから、なんでそんなに急に……??」


 アビーさんは食堂に入ると、椅子の所で私をゆっくり降ろしてくれた。ディアさんは私の手から降りてテーブルの上に着地した。たぶんそこが気に入っていそうだった。ごはんの用意をしていたラリーさんとノアが、手をとめて集まってきてくれた。


「おかえり。……元気そうで良かった。」


 ラリーさんはアビーさんのことが凄く気にかかっていたようで、嬉しそうにうっすらと涙ぐんでいた。無茶していないようなので安心したと言っていた。


「エミリア。なぜ靴を履いておらぬ。忘れて来たのか。」


「靴は破れてしまって、ラリーさんに新しく作ってもらうんです。」


「そうなんだ。可愛い靴を作ってやろう。それに、転けない靴や、疲れない靴でもいいな。」


 アビーさんとラリーさんが魔術の難しい話を始めて、私の靴はなんだか便利な靴になるようだった。アビーさんが浮く靴や、落ちてもふわっと浮く靴も提案している。


 私のことを随分暴れん坊のように言っているけれど、さっき荷台から飛び出したのは、アビーさんが浮かせてくれると分かっていたからだし、今すぐ抱きつきに行きたいと思ったからで、いつもはそんな事はしないのにと思ったけれど、なんだか恥ずかしいので黙っておいた。


 そのうちにどんんどんお転婆な娘に対応する大袈裟な靴になっているような気がしたけれど、二人の話しを聞いていると、自業自得かもしれないと反省して、やっぱり黙っていることにした。


 久しぶりにみんなが揃って、食卓を囲むことができた。私はなんだか久しぶりにちゃんとごはんを食べた気がした。今まで食べていない訳がないので、気のせいだとは思ったけれど、食事の間ずっとノアが見張るように私を見ていたので、やっぱりちゃんとは食べていなかったのかもしれない。


 ラリーさんにメイベルさんを探す方法を相談して、みんなで話し合った。ノアが工房の一室にある捜索本部と協力し合って探す方がいいと提案して、明日みんなで行ってみることになった。ラリーさんが情報を精査して、そこから次の行動を決めようと言っていた。


「カラス達がずっと調べているんだ。こうも町の中の情報がないとすると、やはりこの町の中にはいないのだろう。許しがたいが、ここは冷静にならなければならん。捜索本部の話ししだいでは、明日はすぐにでも、この町を出ることになるかもしれんな。」


 私はもう明日から、町のなかを探して歩き回るのを止めることにした。けれど、必ずメイベルさんを探し出すとゆう決意は少しも揺るがなかった。どんなことをしても、なにがあっても必ずメイベルさんを探し出してみせると、決意も新たに燃えていた。


「師匠~!ノア~!いるか~?新しいことが分かったんだ!!」


 ピートさんの呼びかける声に、みんなが一斉に立ち上がった。急いで荷台に上がっていくと、荷台の中にずぶ濡れになったピートさんがいた。アビーさんが嫌そうにフィッとして乾かした。


「え?ああ、ありがと、ばあさん。今ジャンさんが組合から聞いてきたんだけど、メイベルの他にもいなくなった女の子が何人もいるらしいんだ。それも祭りの頃に!」


「ええ!?どうゆうこと!?」


「詳しくは明日の捜索本部の会合で教えてくれるって言ってた。いなくなった女の子の店の主人が、ここに来て話してくれるらしい。いなくなった一人は、出稼ぎにきていた女の子なんだって。」


 ピートさんがチラッと私を見た。なぜか言いにくそうにしてから、改めてみんなに今聞いてきた話をしてくれる。


「人探しをしているのが、色んな所で噂になってるらしくて、もしかしたらうちもってゆう人達が増えているらしい。それで、明日詳しく聞かないとまだ分かんないけど、姉ちゃん達のあいだの噂では、いなくなった女の子はみんな、……金髪なんだ。……だから、もしかしたら、選んで……。」


 ピートさんが最後の方をもの凄く言いにくそうに言っていたけれど、私にはハッキリと聞こえていた。メイベルさんは、めったにないくらい綺麗な金色の髪の色をしていた。その可愛らしい笑顔が、ありありと思い出された。


 私は体のなかで、なにかがメラッと燃えるように熱くなった。ふつふつとなにかが湧き上がってくる。……選んで。金髪の女の子を選んで、連れて行って、その、悪い、人達は、今、どこに……。


「だめよ!!その揺れ方はだめ!!エミリア、落ち着いて!……ずいぶん巡りがよくなったみたいだけど、だめよ!言ったでしょ。真ん中にいなきゃ。ま・ん・な・か!揺れすぎよ!」


 ディアさんが、私の肩から飛び出して、顔に向かってとすとすとぶつかってきていた。ノアがパシッと掴んで止めさせるまでディアさんはずっと顔や頭や胸に突進していた。ノアの手の中のディアさんをみると、私は少し、落ち着いた心地がした。


「つまり、そやつらは犯罪組織じゃな?妾ここ何日かで2、3ぶっ潰してきたが、その中の奴らであろうか?しまったな……。話を聞いておらぬ。」


「「「えっ!!??」」」


「アビー、なにをしていたんだ?危ないことはせんと、あれほど……。」


「あ!危ないことなど!しておらぬ!それに!ちゃんと妾と悟られぬようにしたのじゃ!こう、悪者のように黒い布で顔を隠してな!名乗ってもおらぬ!であるから、妾がやったとは誰にもバレておらぬ筈じゃ!どこぞの正義の使者の仕業と思われておろう。」


「おばあ様、カラス達と行ったんですよね?その感じの人に突然壊滅させられたら、だいぶ怖い感じで話題になると思いますよ。」


「バレないとか、そうゆう話しじゃねえ~んだよな~。」


 アビーさんが焦ってラリーさんに言い訳をしていた。ラリーさんに怒られないように、いろいろ言い立てているアビーさんの姿を見ていたら、私のなかで、なにかふつふつと膨らんでいたものがフシュウ~と抜けていった。アビーさんの焦った様子が可愛くて、思わず吹き出して笑ってしまった。


 詳しいことは、明日になってみないと分からない。私達全員で明日の捜索本部の会合にでることを約束しあって、部屋に戻ることにした。私の心は落ち着いて、冷静になっていたけれど、決して許さないとゆう思いは揺るがなかった。

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