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78.オルケルンの町 4

 事態は思っていたよりも、もっと深刻だった。カラス達が何日も飛び回っても、町を見張っていても、私達や、メイベルさんを知る何人もの町の人達が町中探し回っても、メイベルさんを見つけることは出来なかった。


 ジャンさんが工房の1階の一室に、探索本部とゆう部屋をつくって、捜索の状況をみんなで共有できるようにした。それによって分かったことは、生誕祭の最中には町中がお祭り騒ぎで、メイベルさんは連日学校の友達と遊びに出かけていた。時には帰りが遅くなることもあって、メイさんがそのことを注意して、言い争いのケンカになることもあったらしい。


 生誕祭の期間は学校がお休みになっていたけれど、勉強が好きで真面目なメイベルさんは、きちんと自分で勉強をしてから遊びに行っていた。そのことが残されたノートから分かった。メイさんはそのノートを抱きしめて泣いていたらしい。なにか手がかりがないか、もう一度自宅を一緒に調べたマリーさんがそう教えてくれた。その話を聞いた時には、胸が締め付けられるように悲しくて苦しくなった。


 メイさんは体が弱りすぎていて、病院とゆう病気を治す人達がいる建物に入院することになった。ちゃんとごはんを食べられるようになったら、マリーさんの家で療養することになるらしい。


 なにも進展がなく何日も過ぎていたけれど、分かってきたこともあった。ジャンさんが服飾組合にかけあって調べてもらった結果、メイさんが生誕祭の終わる頃に、メイベルさんがいなくなったことを自警隊の兵舎に知らせていたけれど、なぜか大々的な捜索が為されていなかった事が分かった。


 捜索本部の一室では、貴族が多くいたからとゆう言葉が飛び交っていた。ピートさんが机を強く叩いて悔しがっていた。詳しくは分からないけれど、事件にしたくない人達がいたらしい。


「俺は!俺は絶対に!兵士にはならない!」


 ジャンさんが、今は自警隊の兵士達も捜索にあたってくれているとピートさんを宥めていた。それで捜索本部の人達が、情報を精査していった結果、お祭りの頃に誰かに連れ去られた線が濃厚だとゆう話しで一致していた。


 そう言われても、どうしても、この道の先にメイベルさんがいたらと思えて、私達は毎日町中を歩いて探し回っていた。何度も通った階段や道を歩いていると、なにかに躓いたように、足がもつれて階段に倒れ込むように転けてしまった。


「「エミリア!!」」


 後ろからついて来ていたノアとピートさんが助け起こしてくれて、支えられて立ち上がろうとすると、足の痛みにもう一度しゃがみ込んでしまった。足もとを見ると、ずっと履いていた靴がボロボロになって破けていた。靴を脱ぐと足の皮が捲れていて血が出ていた。


 ノアが悲鳴を上げて、大丈夫と言う前に担ぎ上げられて、もの凄い速さであっという間にマリーさんの家に着いていた。擦った揉んだの末、マリーさんに居間で傷の消毒をしてもらう事になった。マリーさんは塗り薬を塗って、足に包帯を巻いてくれた。


「マリーさん、新しい靴を貸してもらえませんか?」


「……だめよ。靴は貸せないわ。この傷が治って、包帯が取れるまで外出は無しよ。」


「そんな……。」


「エミリア、僕からもお願い。こんなになっているんだよ。傷を回復させるのが先だよ。」


 私はノアに抱きかかえられたまま、荷馬車の部屋に戻った。ノアにお願いして、ベッドのある部屋より先に食堂に向かってもらった。食堂ではラリーさんがごはんを作っていた。


「ラリーさん、私に新しい靴を作ってください。それで今から中庭に、あの笑った顔の石像を置いてほしいんです。あの木の家のベッドで横になったら、このぐらいの傷すぐに治りますよね。」


 ラリーさんが何とも言えない顔をして、私ではなくノアの顔を見た。それから悲しそうに目を伏せて、黙り込んでしまった。ノアが食堂の椅子に私を座らせてくれた。ラリーさんが目の前の席に座って、またしばらく黙り込んだ。


「……靴は、すぐに作ってあげよう。ないと不便だ。しかし……、そのかわり、明日から、メイベルを捜し歩くのは、止めておくれ。わしは、わしらは、とても心配なんだ。」


「そんな、でも、探していたら、見つかる気がするんです。道の先にメイベルさんがいる気がして。」


「エミリア、落ち着いて聞いておくれ。いいかな。エミリア、自分のことも大事にせんといかん。それはとても大事なことだ。いつもそのことは忘れてはいかん。それに、アビーは今不在でな。わし一人では、あれは設置できないんだ。」


 私はまたノアに担がれて、私達の部屋に向かった。ベッドの上にのせてもらうと、傷んだ足がムズムズし始めて、じわじわ治っていくようだった。


「やった。ノア、あの木の家じゃなくても、足の傷は治りそう。これならすぐに……。」


「エミリア、おじい様も言っていたはずだよ。明日からは、探すのを止めてほしいんだ。たとえ傷が今すぐ治ったとしても。エミリアは疲れているんだよ?気づいてる?」


 ノアが珍しく怒っているようだった。私の顔を見ずに、なにか飲み物を持ってくると言って、部屋を出て行ってしまった。一人ベッドに残されて、じんわり治っていく足を見つめていた。肩に乗っていたディアさんがヒョイッと降りて、私の足をてしてしと押さえた。


「よく見なさい。エミリア!反省して!みんな心配しているのよ!こんなになるまで歩き回って!み~んな怒っているのよ!悲しんでいるの!あなたが、自分のことを大事にしないから!」


「でも……、私、メイベルさんを見つけたくて……。探していたら、見つかる気がして……。」


 ディアさんが、はあ~と長いため息をはいた。なにを言いたいのかは分かっていた。でも本当に見つかる気がして、そうじゃないと言われるのが怖くて、涙が出てきた。ぽたぽた、ぽたぽた次々にスカートの上に涙の雫が落ちた。伸ばしたままの足にディアさんがてとてとと歩いて乗ってくる。


「ねえ、私、エミリアの味方よ。みんなそう。あなたを助けたい。エミリアの力になりたいと思ってる。」


「はい。」


「ふう。分かってるわね。それなら私、少しだけ教えてあげる。エミリアは子供だし、まだまだこれからなんだし、悟りは自分で開いて欲しいから、少しだけね。」


 私はディアさんに言われて、いつも首に下げているお守りを両手の中に乗せた。そのキレイなカケラに意識を集中する。このカケラに集中するのは難しいことでは無かった。このお守りのカケラの中のたゆたうキレイな流れを見ていたら、いつの間にか心が落ち着いて、凪いでいく。


「そう、そうして、もっと自分のなかに集中して、あなた自身よ。あなたの、手足の先から頭の先まで全部、ぜんぶ、あなたでしょ。ぜ~んぶ。ね?そうでしょ。そう、あなた、疲れているわね。いつもと違う流れをしているはずよ。違うわよね。ちゃんといつも通りに戻してあげないと。」


 ディアさんが、ゆっくりゆっくり順番に話してくれていた。私のなかは、私のなかの流れは、いつもと、違う?いつもは?いつもは、もっと、そう、もっとこのカケラの流れのような、ゆったり、ゆっくり私のなかを巡っている。ああ、ごめんね。気がつかなかった。私、すごく、疲れている。傷ついている。ごめんね。今までごめんなさい。いますぐ治してあげるから。だいじょうぶ。もう大丈夫だから。ちゃんと大事にするから。とても大切な、わたし。そう、みんな私なんだから。


「……思ってたより、余裕だったわね。ま、それ、基本中の基本だから。忘れてるのが、おかしいんだからね。今の感じ、忘れないで。あなたは、その力をもっと使える、渡る人よ。」


 どこかまだ、ぼんやりした頭でディアさんの声を聞いていた。あっちからこっちにウロウロしているような、私がまだぜんぶ戻ってきていないような、不思議な感覚に身を委ねながら、ふわふわとここに現実が存在していないように、ゆらゆら揺れていた。


「あら?エミリア?」


「エミリア!?どうしたの!?」


 部屋に戻ってきて、急いで私に抱きついてきたノアの焦ったような声と体の熱に、私の意識がハッキリと全部一遍に戻ってきた。ぱちぱち目を瞬いてノアを見ると、目の前に心配そうなノアの綺麗な青灰色の瞳があった。その瞳の中の私はちゃんと今存在していた。ホッと一息ついて、安心して穏やかな心地になった。


「……ノア、見て、私の足、治ったんだよ。」


「えっ?」


 ノアが半信半疑な様子で、私の足の包帯を外し始める。恐るおそる、チラチラ私の顔をみながら、慎重に包帯を解いていくと、足の傷が何も無かったように綺麗に治っていた。


「これは……?この部屋の魔術って、こんなに強力だったんだ……?顔色も、良くなってる。……良かった。でも、もう少し横になっていた方が……。」


「ううん。いいの。大丈夫。足の傷はね、この部屋のおかげもあるんだけど、自分で治せたんだよ。それに私、すごく疲れていたことに気がついたの。」


「自分で……?エミリアの魔法?エミリアは魔法が使えるの?」


「あんたホント、バッカじゃないの!?エミリアは魔女じゃないのよ?魔法が使える訳ないでしょ?エミリアは渡る人なのよ!?何回もそう言ってんじゃん!」


「……羊。そこの、まぬけな羊。僕は騙されないぞ。エミリアは、さっきなんだか様子がおかしかったぞ。……お前、エミリアに何をしたんだ。」


「……。」


 ディアさんは何も答えずに私の肩に乗ってこようと、ふわんと浮いた。ノアがすかさず、素早くディアさんを掴んで問い詰めていた。


「ちょっとちょっと!折れる!私の可愛いふわふわな体が!カッチカチになっちゃうでしょ!ぎゅうぎゅう握らないでよ!……なにも!私、悪いことなんてしてないわ!するわけないでしょ!あんまり!あんまり、エミリアが痛々しかったから、ちょっと教えてあげただけ!ほんとにちょっとだけなんだから!それで足が治ったんだから、いいでしょ!」


 ノアとディアさんの激しい言い合いはいつまでも収まらなくて、ノアがなにか問い詰めているけれど、ディアさんには分からないようだった。


「……アビーさんは、どこに行ったの?」


 私の呟きに、ノアがハッと私を見た。気づかれたくないことに、気づかれたようなバツの悪い顔をしていた。でも、私は気づいてしまった。優しいアビーさんは、私の望みを何でも叶えようとしてくれる、優しいアビーさんは、きっと今も、私以上に無理をして、メイベルさんを探している。私は裸足のまま、ベッドから降りて部屋を出て行こうとした。


「エミリア!待って!靴が!ないから、外には行けないよ。」


「外には行かないよ。荷台の中から降りないようにする。カラス達に会いに行くの。」


 ノアが心配そう止めようとしたけれど、私は確信をもっていた。アビーさんは私のために、私のせいで、今とても無理をしていて、疲れているはずだった。そしてカラス達を見張りの為に、ここに何羽か残してくれていると思う。


 裸足のまま歩いて荷台まで上がると、荷台の端に立って空を見上げた。どんよりとした曇り空にカラスが数羽飛び回っていた。それにマリーさんの家や工房の屋根の上には、カラス達が間隔をあけて見張りをしている。その中にクロがいた。アビーさんが、まさかクロまで残してくれていたなんて、驚いて、そしてますます胸が苦しくなった。涙が出そうになったけれど、我慢した。私にはまだやる事がある。


「クロ!こっちに来て。話があるの。」


 クロは、訝しげに私の足もとに降り立った。ジッと私の足先を見てから、荷台の端に留まる。まるでここから降りるなと言われているようだった。


「クロ、お願いがあるの。今すぐアビーさんを連れてきて。アビーさんに戻って来てくれるように言ってほしいの。もう無理してほしくないの。私、今すぐにでもアビーさんに会いたいの。お願い。」


 クロはなにも言わずに、飛び立って行った。あっという間にどこかに飛んで行って、見えなくなった。私は荷台に座って待つことにした。座って静かに待つ間に、自分のしたことを反省していた。


 私は、自分のことを大事にしていなかった。そして、周りのみんなを巻き込んでしまっているのに、気づいてもいなかった。また情けなくて泣きそうになったけれど、口をギュッとむすんで我慢した。涙が出るのを堪えてから、私の後ろにそっと座っているノアとディアさんに振り返ってから、謝った。


「ごめんなさい。心配かけて。私のせいで無理させちゃって、ごめんなさい。もう、ちゃんと大事にするから。でもまた同じことをしてしまったら、教えてね。」


 ノアに笑いかけると、立ち上がってきて私の隣に座ると、私の手をとってそっと握ってくれる。ノアと見つめ合うだけで、何を言いたいのか分かる気がした。それでもノアはちゃんと言葉にしてくれる。


「大丈夫。分かってる。もう気にしなくていいんだよ。僕はいつでもエミリアの一番の味方だから。いつも一緒にいるからね。なにも心配しなくてもいい。大丈夫、大丈夫だよ。」


 ポツポツとした音に見上げると、どんよりとしていた空が、更に薄暗く曇っていて、雨が振っていた。私の願いとは裏腹に、雨脚はどんどん見る間に強まってきていた。

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