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76.オルケルンの町 2

 マリーさんのお家はとても広くて、中庭のある大きな家を通路で挟んで大通り沿いがお店になっていて、反対側の奥には従業員用のコの字型の寮が建っていた。そして、隣の大きな長い建物全部が工房になっていた。


 初代のローズ・モルダンと言う女性が小さな仕立て屋を始めると、すぐに評判の良い人気の店になり、どんどんお店が大きくなって、今ではオルケルンでも指折りの大きな洋服屋さんになっていた。広いお店の中には、洋服だけではなく、靴や帽子や装飾品や、ありとあらゆる身につける物が所狭しと並べられていた。


 女性の物が大半を占めているけれど、男性用の洋服等も売っている。そして、そのすべての商品を隣の大きな工房で作っていた。隣接している工房のお店では、洋服を一から注文して作ってもらったり、洗濯を専門にするお店もあって、一日中いつもお客さんで溢れていて、繁盛しているようだった。


 私達は一通りお店や工房や家の中を案内してもらうと、家族が集う広い居間に案内してもらって、マリーさん家族と一緒に夕食を食べることになった。私達が部屋に入ると、もうマリーさん達は揃っていて、旦那さんのジャンさんと、娘さんのリネットさんを紹介してもらった。


 リネットさんは私達よりも年上で、クレアさんと同年代なので、今は一緒に働いていて、友達のように仲良しだと教えてくれた。他にも息子さんと娘さんが一人ずついて、もう今はそれぞれ結婚していて、この近くに暮らしているらしい。家族経営なのでそのうちにお店で顔を合わせるだろうから、その時に紹介させてねとマリーさんが言っていた。


 私達は改めて、しばらくお世話になる挨拶をしたけれど、みんな気さくでお喋り好きな、優しい人達だった。今日初めて会った人達とは思えないほど、打ち解けた雰囲気の夕食の席だった。


「エミリアはメイベルと一緒に学校に行く予定なのよね?とても頭が良いのね。メイ達は今は寮に住んでいないの。寮は家族には手狭だし、学校の近くに部屋を借りたのよ。しばらくはうちの工房で働いていたんだけど、今は独立したお針子として働いてもらっているの。とても優秀な一流の職人さんよ。後で、家のある場所を教えるわね。」


「明日には町の散策をしたいので、この町の地図を貰えますか。」


「もちろん、いいわ。観光用に売っている地図もあるのよ。食べ歩きなんかに人気みたいね。それにうちの店も載ってるの。」


「あと数日到着が早ければ、祭りに間に合ったのに残念だったね。オルケルンは大変な賑わいだったんだ。領主様に待望の跡継ぎが産まれてね。生誕祭に王都からもたくさんの貴族達がお祝いに来ていたらしい。もちろん一般の観光客もたくさん来ていてね。どの店も連日賑わっていたんだ。何週間も続く祭りなんて僕も生まれて初めてだったけど、町中が観光客で溢れ返っていたよ。配達で町を歩くのも大変なくらいだったんだ。」


 ジャンさんが連日続いていたお祭りの話しを詳しく教えてくれていて、ピートさんがとても残念がっていた。食事が終わると、ジャンさんが私達が宿泊できる部屋の話しをしてくれたけれど、ラリーさんが丁重にお断りしていた。


 ピートさんを除いた私達三人は、いつも通り荷馬車の部屋に戻ることになって、明日は朝から町を散策しながら、メイさんのお家にも行ってみることになった。ピートさんと明日のことを話し合ったあと荷馬車の部屋に戻ると、ちょうど食堂にアビーさんが入って行くところだった。


「アビー、腹が減ったのか?今からすぐ何か作るから待ってくれ。」


「今までマリーさんの家で夕食に招かれていたんですよ。おばあ様も起きていたなら、来れば良かったのに。」


「妾、招かれるのは好きではない。人が多いのも好かぬ。それに、さっき外に出てみたら、妙な気配があったぞ。妾、この町は気に入らぬ。さっさと王都に出発すればよい。」


「アビー、王都に行くには準備が足りない事は分かっているはずだ。そろそろ用意をしておかないと、子供達だけで都に入ることになってしまうぞ。」


 珍しくアビーさんの機嫌が悪いようで、ラリーさんの言葉に、フンッと拗ねた様子で自分の部屋の方に飛んで行ってしまった。ラリーさんは気にせずアビーさんの夜食を作るようだった。


「妙な気配ってなんのことだろう。エミリアは何か分かる?」


「ううん。なにも。まだ町を歩いてないけど、特になにも思わないよ。」


 オルケルンの町を歩き回った訳ではないけれど、大きな町なので人がたくさんいるのが分かる以外は、特になにも妙な気配とゆうのを感じなかった。通って来た道から見ただけでは、人や物が溢れていて、楽しそうな町だなとは思う。明日の散策が楽しみだった。


 翌朝はノアに起こされるまでぐっすり眠っていて、荷馬車の食堂でラリーさんの作る美味しい朝ごはんをみんなで食べた。ノアとピートさんは朝早くに起きてもう朝の訓練を終えていたようだった。ラリーさんとアビーさんは用事があって荷馬車に残ると言いていたので、私達三人はマリーさんのお店に寄って、地図を貰ってからオルケルンの町の散策をすることにした。


「エミリアさん!待っていたんです。外に行くなら、この帽子をぜひ被って行ってください。日差しが強いですから。」


「今日の装いなら、私の帽子が一番合うと思います。ほら、つばも私の帽子が一番広くて、日よけになりますよ。」


「私の帽子はお花をたくさん縫い付けてあるんです。一番可愛いですよね?」


 お店に入る前に、クレアさんや何人かの女性陣がみんな手に帽子を持って待っていた。それぞれ私に帽子を貸してくれようとしているようだった。どの帽子を貸してもらうか迷っていると、ノアが助け船をだしてくれた。


「いっぺんに沢山持って来られても困ります。次からは一つに決めてから来てください。でないと全部お断りします。……今日はコレをお借りします。お気遣い有難うございました。さようなら。」


 ノアが一番つばの広い帽子を選んで私の頭に被せてくれた。ノアの言い方が気のせいか厳しく感じたので、みなさんにお礼を言ってから頭を下げた。帽子を被り慣れていないので、帽子の幅を考えながら歩かないと、人や建物に当たってしまいそうだった。


 マリーさんは私達全員に地図を用意してくれていた。それに観光ガイドとゆう本を貸してくれて、お店の情報や、建物の解説が載っていて、どこを見て回っても楽しめそうだった。ピートさんが地図を見てから、まずは観光だと言って一番上に載っている、中央広場近くのお菓子を売っているお店に行くことを宣言した。


「なんでだよ!?さっき朝ごはんを食べたばかりじゃないか。他に見る所がいっぱいあるんだぞ。オルケルンの学校がどんなのか見に行かなくちゃいけないし、兵舎とか、この地図を見ると教会もたくさんあるし、そこに泉が湧いてるかも調べないといけないし、メイさんの家はここから遠そうだし、早くしないと、一日じゃ回り切れない。」


「なに言ってんだ。一日で調べ尽くす訳ないだろ。まずは観光だ。いいか、地図に載ってない情報なんていっぱいあるんだぞ。まずは食べ歩きしながら、いろんな人に町の話しを聞くんだよ。財布の紐を緩めると、人の口も緩むもんだ。」


「訳の分からないことを……、食べ歩きしたいだけだろ。」


「それもある。よいかノアよ。よく聞くのじゃ。俺はオルケルンに来て、久し振りに会った姉貴になんて言われたか分かるか?俺のことをよく見て答えてみるのじゃ。」


「なんだその話し方は?おかしな話し方をするな。」


「ふふ。まあ聞きたまえ。俺は姉貴に、めったに褒めない姉貴に!大きくなったと言われたんだぞ。俺は筋肉がついて逞しくなったらしいんだ。なぜか分かるか?それは!俺がよく食うからだ!!訓練しただけでは体は大きくならない!最強になる為には、よく食べることも重要なんだ。俺はそれを知っている。だから俺はよく食っている!」


「なっ!?それは、本当か!?食い意地が張っているだけじゃ無かったのか?買い食いしないと強くなれないのか!?」


「師匠のことを思い出してみろ。最強だろ?そして師匠はよく食っている!違うか?」


「……確かに、いつも何か食べている!あれは強くなる為だったのか!?朝ごはんの後に、また朝ごはんを食べているから、おかしいとは思っていたんだ。絶対に一日に三食ではないと思う。」


「だろ?特に俺たちは、日々訓練してるんだぜ?腹が減るだろ?腹が減ったら食べないと。筋肉がつかないぞ。」


「そうだったのか……。いや、でも僕は今お腹が減っていない。さっき朝ごはんを食べたばっかりだ。」


 話が堂々巡りしている間に、中央広場に着いてしまった。広場には地図に載っていたお菓子屋さん以外にも、屋台や、食べ物や飲み物を売っているお店がたくさんあった。ピートさんのお目当てのお店は、こんなに朝早くから行列ができていて、一番繁盛しているようだった。


「しまった!出るのが遅かったか!早く並ぼうぜ!」


 三人で行列に並んだけれど、なかなか列は前に進んでいないようだった。私とノアは行列から離れて、先に飲み物を買いに行くことにした。同じ広場にある違うお店なので、並んで待つピートさんが見える位置に飲み物を売っているお店がある。ただそこにも人が列をなして並んでいた。


「この町は人が多すぎるんじゃないかな。どうして飲み物を買うだけで、こんなに並ばないといけないんだろう?エミリア、ずっと立ってるのも疲れるから、あそこのベンチで座って待っててくれる?」


 ノアと一緒に待つと言ったけれど、席に先に座っていないと、立ったまま食べたり飲んだりしないといけなくなるので、私が先に座って席を確保する係になった。ベンチに座りながら、二人が列に並んでいる姿が見えた。私は貰った地図を見たり、ぼんやい空を眺めたりして待った。


 それぞれの建物の屋根の上には他の鳥達にまざってカラス達があちこちに留まっていて、広場を見渡していた。上を見上げてカラス達の居場所を確認していると、私の被っている帽子が風で後ろに飛ばされてしまった。慌てて後ろを振り向いて、帽子の後を追いかけた。


 すると道の先にいた、茶色い髪の色をした男の子が、私の帽子を拾って埃を払ってくれていた。少し離れた所にいるその男の子は、私を見てニッコリ笑ってくれているけれど、私はなぜかぞわぞわとして、一歩ずつゆっくり近づいてくる男の子から発する、なにかもやもやする気持ちの悪さに鳥肌が立っていた。


 ノアとピートさんと同じ背丈ぐらいで、目鼻立ちがハッキリ整ったその男の子は、見たことも会ったこともない、なにも知らない人なのに、なんだかざわざわして落ち着かない心地になる。帽子を拾ってくれた親切な人に失礼だと分かっていても、そのまま後ろに下がって離れて行きたい気分だった。意味の分からない気持ちの悪さに混乱していると、とうとう男の子が目の前まで来ていた。


「この帽子を落としたのは君だよね。やあ!君、すごく可愛いね!この町の子?それとも観光で来たの?私はもう今日には、ここを発ってしまうんだけど、良かったらそこのお店で一緒に少し話さない?名前を、教えてもらえないかな。」


「あ、あの、帽子を拾ってもらって、ありがとう、ございました。私、友達と来ているので、一緒には、行けません。」


 帽子を受け取って、ぞわぞわした気持ち悪さに耐えて涙目になった顔を隠して、後ずさりながら、お礼を言って別れようとしても、男の子はズイズイと距離を詰めてきた。近づいたことでよりざわざわが増していて、吐き気まで催してきて、男の子がまだなにか言っているけれど、それどころでは無かった。


「友達って、女の子?男の子?まあ、私にはどちらでも関係ないよ。君ともう少し話したいんだ。家はどこなの?私が送って行ってあげよう。馬車を待たせてあるんだ。友達には後で知らせてあげるよ。」


 さあ、と言って腕を掴まれそうになって、悲鳴を上げてしまいそうになった。ビクッとしたのが伝わったのか、男の子は手を引っ込めた。


「手荒なことはしないよ。私は紳士なんだ。怖がらなくてもいい。この町を離れる前に、この辺りを散策していたんだ。君も一緒にどうかなと誘っているだけだよ。」


 物腰も柔らかくて、話し方も優しいのに、私のぞわぞわした気持ちの悪さは、まったく消えなかった。もし許されるなら、今すぐ走って離れて行きたい気分だった。もういっそ、そうしようかなと思ったその時、ノアが私を呼ぶ声が聞こえた。


「エミリア!どうしたの?その人達は?」


 ノアが両手に飲み物を持って、走って駆けつけてくれた。私はホッとして、ノアの服の端を掴んで寄り添った。


「帽子が風で飛んだのを、拾ってもらったの。今、お礼を言っていて、それで……。」


「エミリアって言うんだね。可愛い名前だ。……君はなにか勘違いをしているよ。私は一人でこの辺りを散策しているんだ。」


「……後ろに離れている二人は連れだろう。なんのつもりだ。エミリアに何の用だ。」


「やれやれ、勘違いは教えてあげても解けないようだね。私はこの町の観光に誘っていただけだ。君たちはこの町の子供なのかな?親はどこに住んでいる?」


「お前には関係ない。僕たちに構うな。僕たちは……」


「おお~い。パイがやっと変えたぞお~。次の店に行ってみようぜ~。」


 振り返るとピートさんがパイを齧りながら、地図を掲げて振っていた。ご機嫌な観光客とゆう感じのピートさんを見ると、ホッと癒された。


「エミリア、行こう。」


 ノアが飲み物を器用に片手で持って、私と手を繋いでピートさんの方に早足で近づいて行った。事情を知らないピートさんに合流すると、三人で駆け足になって中央の広場から離れた。男の子からどんどん離れていくと、ぞわぞわするような気持ちの悪さが薄れていく。


 この違和感の正体が何なのか分からないけれど、私は走りながら、昨日の夜アビーさんが言っていた妙な気配とは、このことじゃないのかなと思えて、怖くなった。もっともっとあの男の子から離れたくて、私はずっと必死に走り続けた。

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