75.オルケルンの町 1
ピートさんに呼んでもらったので荷台に上がっていくと、御者の席にはラリーさんとノアが座っていた。ピートさんは荷物の整理をしていたようで、羊毛を端に寄せていた。私は御者の席から身を乗り出すようにして、町の様子を眺めた。
「うわあ~。広~い。大きな町だね~。」
私達の荷馬車は町の中心に向かってゆっくり進んでいた。オルケルンの町は見渡すかぎり地面が総て石畳になっていて、大きな広い道の両脇にいろいろな綺麗な色の高い建物がズラーと並んでいる。眺めていると、4階とか5階とか上の方まで総ての部屋に人が住んでいるようだった。
大きな道や建物の脇にも無数に道があって、今まで見たことがないほど、高い建物がぎっしりと立ち並んでいた。お店や住宅が混在しているようで、人もたくさん歩いていて、お店の中はどこも賑わっていた。大きな町には本当にたくさんの人達がいることが分かった。
オルケルンに入る前に見た時には壁に覆われていたはずなのに、町の中に入ってみると、まったくどこにも壁は見えなくて、どこまでも果てがないほど広い町に思えた。中心近くによくありそうな広場に到着してみると、前方の方にたくさんの坂道や階段があって、ずっと向こうの方にはお城のような建物が見えた。何階建てなのか分からないぐらい大きくて、尖った塔のような建物がいくつも建っていた。
珍しいものばかりで、全部見ようとキョロキョロしていると、目が回りそうだった。そして、そこかしこで町の飾りを片付けている人達がいた。まるでなにかのお祭りの後のようで、掃除をしている人達もたくさんいた。
「数日前まで祭りがあったみたいなんだ。あと何日か早く到着していればなあ~。祭りの美味い食い物にありつけたのに。どうりで街道が混み合ってたわけだ。こんな大きな町で、何日も続く祭りなんていったいどんな規模だよ!?都会はすげえなあ。」
ピートさんも私の隣で、御者の席に身を乗り出すようにして、町の様子を眺めていた。広い石畳の道は、馬車が何台もすれ違っても十分に余裕がある広さで、そこかしこで馬車がポクポク走る音が聞こえる。よく見ると、ちゃんと人が通る道と馬車が通る道が分かれていた。建物も道も、整頓されたようにキッチリ分けられていて、そのせいか、たくさんの家やお店があるのにスッキリして見えた。
「その道をまっすぐ行った先の、赤い屋根の大きな店の前に荷馬車を停めてくれ。店の邪魔にならないようにな。俺が先に行って、荷馬車を停めていい所を聞いてくるから。……俺が言うまで荷馬車を降りるなよ。絶対、迷子になる。」
最後に私の顔をしっかり見て、ピートさんが釘を刺した。たしかに見て回りたくて、ウズウズしているけれど、一人で勝手に歩き回ったら、絶対に迷子になると確信できた。私はうんうんとピートさんに真剣な顔で頷いた。ピートさんはプッと吹き出すと、私の頭をよしよしと撫でた。
ノアがすかさず私の頭に触らないように怒っていたけれど、ピートさんはずっとニコニコしていた。たぶん無事にオルケルンに着いて嬉しいんだと思う。ここには今、クレアさん達もいて、久し振りに家族にも会えるから、嬉しくてずっとニコニコしてしまう気持ちが分かる。
オルケルンでは王都の情報の聞き込みもするし、メイベルさんにも会いたいし、大きな町を見て回りたいし、私はずっとワクワクした気持ちが止まらなくて、オルケルンのお祭りはとうに終わっているのに、ウキウキしたお祭りの時のような気分だった。
楽しみで弾んだ気分のまま、ゆっくり歩くような速さの荷馬車が、目的地に到着するのを今か今かと待っていた。私達の荷馬車は辺りの建物の中でも一際大きな、赤い屋根の可愛らしい造りのお店の前で停まった。ピートさんが荷馬車を降りて、お店の中に走って行った。なぜかピートさんは荷台を閉め切って行ってしまったので、私達はもう、外を眺めることもできずに、大人しく座って待っていた。
「ピートはどうして、荷台を閉め切って行ったんだ?わしらは勝手に外に出たりせんぞ?」
「たぶん今、荷台に羊毛を置いているからじゃないですか?オルケルンの治安がどうなのかは知りませんけど、盗まれたら困ります。」
「なるほど、そうか。確かにな、これは大事な商品なんだろう。ふわふわと質も良さそうだ。」
三人で話しているうちに、なにやら外が賑やかになっていた。しばらく待っていると、ピートさんが戻ってきて、荷台を開けてくれた。私はノアに手を引かれて、転ばないように荷台からゆっくりと降りた。
外に出ると、大きな可愛らしいお店の前にたくさんの人達が並んでいた。どの人の顔にも優しそうな歓迎の表情が浮かんでいて、やっと外に出られた喜びと嬉しさに、私は思わず満面の笑顔になった。
すると突然、大きな歓声とキャーッとゆう叫び声や、どよめく声があちこちから聞こえて、急にガヤガヤと騒がしくなった。腰を抜かしている様子の女の人達が何人もいて、なにがなにやら戸惑っていると、私達はまた、ピートさんに荷台の中に押し込められてしまった。なぜかまた閉め切った荷台の中で、外の歓声を聞くことになった。
「??どうして、また荷台の中に?」
「免疫がない初対面の相手だからね。あの笑顔を見たら、ああなるだろうな。しょうがないよ。しばらく待とう。」
「エミリア、気にせんでいい。度肝を抜かれただけだ。そのうち慣れる者も出てくるだろう。」
「エミリア、やっぱり!やっぱりじゃないの!そうよね!やっぱりそうなのね!」
「え?あの?私?ですか?みんな、なにを?……ディアさん?」
その時、ピートさんが顔だけちょっとだして、早口でクロ達に指示を出してから、私達の方を向いて説明してくれた。
「今から店の裏に回るから、もうしばらく荷台の中で待っててくれ。ここで騒いだら通行人の邪魔になる。」
「あの、ピートさん……?」
「ああ、エミリア、気にすんな。ここは変わりもんが多いんだ。女物の可愛い服とか作ってるからな。可愛いもん好きが多いだけじゃね?大丈夫、大丈夫。普通にするように言っといたから。」
そう言うと、ピートさんはカラス達を誘導しに荷台の前の方に行ってしまった。閉め切ったままの荷馬車は、またゆっくりと進みだして、お店の隣の建物をぐるっと迂回すると、今度は横に長い建物を通り過ぎた。そして広々とした中庭がある大きくて豪華な建物の横に荷馬車が停まった。
しばらく待っていると、ピートさんが駆けよってきて荷台を開けてくれた。ラリーさんやノアが先に降りて、ノアの手を借りながら私が最後に荷馬車を降りた。また叫ばれたりしたらと少し怖くなって、なんだか挙動不審にオドオドしてしまう。
ノアの後ろから覗くようにみると、さっきまでと違って、大勢の人達はいなかった。ホッとした気分でいると、大きな建物の中から優しそうな笑顔の女の人が近づいて来て丁寧に挨拶してくれる。マリーさんと名乗っていたので、たぶんオルンさんの娘さんだと思った。ラリーさんと大人同士の挨拶をして、しばらく話し込んだ後、私の方を向いて話しかけてくれた。
「さっきはごめんなさいね。うちの若い連中が騒いじゃって。気にしないでね、元気が有り余ってるだけなの。またあんな風に騒がれたら、私に教えてくれる?締めちゃうから。」
快活に笑いながら、私にバチンと豪快にウィンクしてみせた。明るくて優しそうな雰囲気のマリーさんの様子に、一気に緊張が緩んでいく。良かった。私がなにか失敗してしまった訳じゃなかったようで、元気いっぱいの若い人達が叫んだだけのようだった。
そういえば、ピートさんも訓練中によく叫んでいる。若い人は元気によく叫ぶもので、私のせいじゃないと分かって気分が楽になった。私はノアの後ろから出て、横に並んでからマリーさんに改めて挨拶をした。
「はじめまして。私、エミリアと言います。あの、私、オルンさんにすごくお世話になって、それで、マリーさんに、お手紙とか羊毛を預かってきました。」
「はじめまして、エミリア。私は、オルンの末の娘でマリー・モルダンと言います。マリーって呼んでね。父からの手紙と羊毛を届けてくれてありがとう。とっても嬉しいわ。今、客室を用意しているから、ゆっくりしていってね。夕食の席で、ぜひ私の家族を紹介させてちょうだい。」
「おばさん、なにも客室じゃなくてもいいのに。俺たちまだ何日ぐらい世話になるか分からないんだ。」
「あら、ピート。何日だって居てくれていいのよ。水臭い事言わないで。」
「マリーさん、わしらに客室は不要なんだ。この辺の邪魔にならん所に荷馬車を停めさせてもらえれば、それで十分なんだ。部屋ならピートの分だけ用意してやってくれ。」
「あら、でも……、荷馬車の中では、なにかと不便でしょう?」
「ああ、それは全然大丈夫。それに俺の部屋も客室じゃなくてもいいって。従業員用の寮の部屋は余ってないの?」
「それは、寮の部屋は余ってるけど……、あ、それならクレアの部屋の隣にする?今は寮に住んでいるのよ。」
「……ええ~?それは、離れた部屋にしてくれよ。」
マリーさんとピートさんが笑いながら話していると、建物の中から、若い男の人がマリーさんに部屋の準備ができたと知らせに来てくれた。私達はとりあえず部屋に入って、休憩させてもらうことになった。中庭から家の中に入ると、廊下も広くて、そこかしこにお花が飾ってあって、家の中も可愛らしい雰囲気だった。
私達が通された客室は窓も大きくて日当たりが良くて、椅子やソファーのクッションがふわふわしていた。部屋の壁にもお花が描かれていて、部屋中にレースや刺繍がしてある物がたくさん置いてあった。それに暖炉や窓枠にも凝った装飾がしてあって、とても豪華な部屋だった。
「ほえ~。すげえ部屋だなあ。俺、昨日は風呂にも入ってねえし、なんにも触りたくねえ。」
ピートさんは若い女性がお茶を運んでくれた時も、お茶とお菓子を置いていってくれてからも、どこにも座らなかった。そんなに汚れていないと思うけれど、確かにこんなに可愛くて綺麗な部屋を汚したくない気持ちは分かる。
「ピートさん、お菓子ですよ。こっちに座って食べましょう。大丈夫。そんなに汚れてないですよ。」
「汚れてはないかもしれんけど、落ち着かないんだよな~。この趣味、実家の姉貴達の部屋を思い出すんだ。ちょっとでも汚したら、とんでもない目に合うんだぞ。」
「とんでもない目って、いったい私達が、どんな目に合わせると言うのかしら?ピート?このか弱い女性である私達が、愚弟を可愛がる以外に何かしたかしら?」
いつの間にか、クレアさんが部屋の中に入ってきていた。青ざめた表情のピートさんがブンブンと首を振っていた。久し振りの姉弟の対面に驚いているようだった。
「エミリアさん!お会いしたかった!私、今ここでお針子として働かしてもらってるんです。もちろん、ずっとお針子じゃありません。必ず、夢を叶えます。私達のお手紙は届きましたか?可愛い洋服の案は幾つもあるんです。私達は必ず!一流の技術を身に着けてみせます!もちろん流行も学んでいますよ。エミリアさんに流行おくれのお洋服なんて決して着せません!むしろ私達が流行を作り出すのです!その為に、私達は……」
「うう~るっさい!姉ちゃん!俺たち、いま一応、長旅の疲れを癒して休憩してる所なんだけど?ゆっくり菓子とか食べたいんだけど!」
「あら、失礼。あんた休憩なんてしてる暇ないわよ。私、ピートを呼びに来たんだから。私の隣の部屋に入るんでしょ。案内するから、早く荷物を運んじゃいなさいよ。」
「いや、隣かあ~~~い!!」
ピートさんが雄たけびを上げてから、私達を残して自分の荷物を運び込みに行った。二人の掛け合いが面白くて、仲が良い姉弟で羨ましくなる。家族が揃ったらとても賑やかそうで楽しそうだった。
「そうだ。クレアさんのお手紙の内容って覚えてる?私まだ見れてないんだった。クレアさんの夢のことが書かれてあったのかな。」
「夢……。ああ、なにか洋服を作りたいらしい。初めからデザインとゆうのをして作るんだって。その為に今勉強をしてるのかもしれないね。」
「そうなんだ。洋服の勉強をしに、オルケルンまで。すごいねえ。偉いねえ。」
クレアさんは自分の実現したい夢の為に故郷から遠く離れて、今はこのオルケルンで洋服の勉強をしているらしい。なんて努力家で、頑張り屋さんな人なんだろう、きっと夢を叶えて素敵な洋服を作るんだろうなと思った。
ラリーさんが前に、コツコツ努力出来る人が一番偉いと言っていた。ピートさんもクレアさんも、とても勤勉な努力家で、良いところが似ている、素敵な姉弟だなと思った。