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74.なるように、なんとかなるさ

 ピートさんにとっては、久しぶりの宿に泊まらない夜で、お風呂にも入れないし、夜はすっかり冷え込むしで、いつもなら、もうとっくにその辺りのことを言っている頃なのに、ピートさんは珍しく一切なにも文句を言わなかった。


 それどころか、ラリーさんの作る美味しい晩ごはんにすっかり満足した様子で、いそいそと機嫌が良さそうに、もう荷台に寝袋の用意を始めていた。辺りが暗くなる頃にはもうすっかり眠る準備も万端で、半分寝袋に入りながら、今日から自分の物になった鉄棒を、ニコニコ眺めながら布で磨いていた。


「あの、ピート?この辺の夜は冷え込むかもしれないから、もう一枚毛布を持ってこようか?もう寝るのか?」


「いや、いいよ。荷台の中は閉め切るとけっこう温かくて快適なんだぞ。普通の部屋と変わんねえよ。寒くもない。でも、寝られるかどうかは、分かんねえな。」


 ピートさんはすごくニヤニヤしていた。見たこともないほど嬉しそうな顔で、フフフッと忍び笑いをしている。


「今日は俺たち、とうとう合格したんだぞ。師匠に、強い男と認められたんだ。この鉄棒がやっと俺の物になった。大事なもんを守って、敵をむやみに傷つけない、最高の武器だ。俺は師匠の教えを全部守って、絶対に、最強に強い男になる。今日は一歩も二歩も、最強に近づいたんだぞ。お前は眠れんのか?」


「……眠れる。まだまだ最強には遠すぎる。」


「確かに!!でも、今日は特別なんだ!」


 なんとなく、荷台の中でピートさんが一人きりになってしまうのが気になって、ノアと一緒にお喋りしながら荷台に座っていた。ふとみるとピートさんはぐっすり眠っていた。ノアが寝袋をちゃんと体に掛けてあげながら、そうなるだろうなと思っていたと言いながら微笑んでいた。


 私はなぜか頭の中で、健康優良児とゆう言葉が浮かんだ。健康そうで、とても幸せそうな素敵な言葉だなと思った。よく食べ、よく眠り、元気に動き回る、いつものピートさんの姿が目に浮かんで、思わず私も微笑んでしまう。


「エミリア?どうしたの?」


「え?ああ、なんでもないんだけど、ピートさんは元気だなって、健康そうで、良いことだよね。」


「ああ、ピートは特別頑丈なんだろうな……。明日にはもうオルケルンだ。僕たちも、早く寝ておこう。」


 私とノアも明日にそなえて早めに眠ることにした。私は、ベッドに入って横になっても、ピートさんのことが気になっていた。


「エミリア?どうしたの?眠れない?ちょっと早すぎたかな。食堂に行って、なにか温かい飲み物でも作ってこようか?」


「ううん。大丈夫。……明日、オルケルンに着いたら、そこでピートさんとお別れなのかなって思ったの。前に言ってたよね。オルケルンまで着いてくるって。」


「そういえば、そんなこと言ってたね。でも状況も変わったし、もう一度本人に聞いてみないと分からないよ。おじい様のこと、師匠とか言ってるし。新しい課題のこともあるし。……エミリアは、ピートと離れるのが嫌なの?」


「嫌?なのかな?もしかしたら、明日でお別れなのが不思議な感じで……、ずっと一緒に旅をして来たから。」


「そうだね。思えばオルンさんの小屋で会った時からずっと一緒だ。ちょっとうるさいけど、良い奴だよ。もし、明日で最後なら、まあ、ちょっとは、ちょっとだけは……。」


 私達は話しているうちに、いつの間にか眠っていた。翌朝は早めに荷馬車が出発して、まだ朝が早いうちに、いつの間にかなだらかな道に変わっていた。ラリーさんが一旦荷馬車を止めて、車輪を元に戻していた。だんだんと他の馬車や荷馬車とすれ違うことが多くなっていて、道の広さで大きな街道に戻ってきたことが分かった。


 整備されたような景色が続いているなと、なんとなく思っていると前方に巨大な山のような町が見えた。長くどこまでも続いている壁の内側に町があるようで、奥の方には塔のような建物がたくさん見える。その規模の大きさに、ノアと私が目を見張っていると、荷台から道の先を眺めていたピートさんが、少し強ばった表情になった。


「門番がいる……。ノア、部屋に戻って急いで師匠を呼んできてくれ。それと、じいちゃんから預かってた羊毛があっただろ。あれ全部荷台に出してくれ。俺が並べるから。あと、エミリアは部屋に戻ってしばらく出てくんな。ノアのばあちゃんにもそう言っといて。」


 にわかに荷台の中が慌ただしくなった。門番がいると、なにか大変なことが起こるのかと不安になる。ピートさんに聞こうとすると、クロがスイーッと荷台の中に入ってきた。


「おっ、偉いなクロ。お前はデカくて目立つからな。端の方に隠れといてくれ。今から、荷物を置いていくからそこに……」


「ピート、先に説明してくれ。エミリアが不安になる。門番がいると、なにか困ったことになるのか?」


「え?ああ、違う違う。怪しまれないように小細工してるだけだ。荷台の中をパッと見て通してくれるようにな。エミリアとばあさんは、まあ目を付けられんように、念の為だ。可愛い子がいると、張り切る男はどこにでもいるもんなんだ。エミリアはなにも心配しなくてもいいぞ。着いたらすぐ教えるから、部屋で休んでたらいい。」


 私はラリーさんと入れ替わるようにして、荷馬車の部屋に戻った。アビーさんはまだ寝ているのか、部屋から出てきていなかった。ノアが大急ぎで羊毛を運んでいる。私はなんだか部屋に戻る気になれなくて、食堂に向かった。ディアさんは慣れた様子でテーブルの上にちょこんと降り立った。椅子に座ると、ディアさんと向き合う形になった。


「エミリア?どうしたの?町に着いたらすぐに呼んでくれるんでしょ?もう、すぐ目の前だったから、すぐ着くと思うわよ?」


「なんだか、ドキドキして……。」


 大きな町では目立たなようにしないといけないのは、知っていたつもりだったけれど、私達は見つかってもいけないらしい。私は怪しまれないように、なにをどう小細工したらいいのかも、分からない。もしかしたら、ピートさんがいなければ、私達はオルケルンの町に入れなかったのかと思うと、すごく不安な気持ちになる。もうこの町でピートさんと離れるかもしれないことも、心細くて仕方がなかった。


 胸が塞がるような心地で、俯いて座る私の手のひらにディアさんが乗って来てくれた。いつかのようにディアさんを丸く包み込むと、少し落ち着いた気分になった。


「……揺れてるわ。エミリア、とっても揺れてる。どうしたの?言ったでしょ。上でも下でも、右でも左でもない、真ん中がいいのよ。」


「私、揺れてるんですか?……揺れて、ますか?ディアさんのその言葉は憶えていますよ。上すぎても下すぎてもだめって、言ってましたよね。」


 私の手のひらの中のディアさんは、なにも答えなかった。上でも下でも右でも左でもだめで、真ん中にいないといけないのは、なんだろう。私の体はジッとして動いていないし、今、揺れているのは、私の、もしかしたら、私の、……心?


「ディアさん、もしかして、たま、って私の心のことですか?」


「エミリア、私は渡る人じゃないから、詳しい本当の所は分からないけど、たま、が心じゃないことは知ってるわ。少なくとも心だけじゃないの。でもエミリアの心に左右されるの。そして左右されて揺れ動くことは、あまり良いことじゃないの。」


 私はその言葉の意味を、また暗く沈むような気持で考え込んでいた。するとディアさんが手足を動かして、私の手のひらをてしてしと押さえながら、もう一度注目して話しを聞くように仕向けていた。


「エミリア、あなたは、たしかに渡る人よ。私のユヌマがそうであったように、あなたにも使命あるのかも。……でもね!私、思うんだけど、エミリアには、どうして記憶がないのかしら。どうして、子供で、なにも知らないのに、渡る人なのかしら。不思議なの、私。私のいた湖に何度も来たのに、たま、が出せないなんて。それが何かも、知らないんでしょ?」


「そうですね……。私、何も知りません。」


「そうでしょ!だからね、つまり、知らないんだから、気にしなくてもいいんじゃない?どうしてか、知らないんだから、何もしなくてもいいのよ。」


「……えっ?」


 ディアさんの予想外の言葉に、驚きすぎて絶句してしまう。口を開けたままの私の顔が面白かったのか、ディアさんがコロコロと可笑しそうに笑った。


「ふふふっ、面白い顔しないでよ。ふふっ、だからね、こうして私、いまエミリアと居るわけだし、難しく考えなくても、何もしなくてもいいのよ。生きる、を全うして謳歌したら、もうそれでいいんじゃない?そうしたら、揺れなくてもいいし。だって私はずっとエミリアと一緒だもの。」


 ディアさんが和ませたり、気分を楽にしようとして、言ってくれていることは分かるんだけど、私は何も知らないままで、何もしなくてもいいとは、やっぱりどうしてもそう思えなかった。


「私、やっぱり知らないよりは知っていたいですし、心が揺れてしまっても、何もしないより、自分の思うことをしていたいです。」


「そう?まあ、それでもいいのよ?私はどっちでもいいかなって思っただけ。どっちにしても、私はエミリアの味方だし。それに、それは私だけじゃないわよね。」


 その言葉にハッと我に返った気がした。私には、私の味方をしてくれる頼れる味方がいる。私が不安だったら、助けてくれる仲間がいる。もちろんディアさんもそんな大事な仲間の一人だった。


「ありがとう。ディアさん。私が不安そうだったから、励ましてくれていたんですね。いま気付きました。私には頼れる味方がいるから、不安だったらちゃんと言って解決します。ありがとうございます。」


「やあね、そういうことは言わなくてもいいわよ。照れるじゃないの。ね、私はいつもエミリアと一緒だけど、たとえ離れていても、味方は味方よ。それに、不安な時には、いい言葉があるの。え~と、なんだっけ?ちょっと待ってね。」


 ディアさんが手のひらの中でくるくる回りながら、なにか思い出しているようだった。くねくねしたような動きになっていて、とても可愛い。その姿を微笑みながら眺めていると、もう今は、私の心は揺れてはいないんだろうなと思った。


「あ!そうだ!なんとかなるさ!……たしか、そんな感じ。なるようになる?なんとかなる、だったかしら?ま、どれでも同じよ。」


 なんとかなるさ。不安な時には、なんとかなるさ。……なにか、どこかで聞いたことがあるような気がした。もっと楽し気な発音で言えそうな気もする。そして、なによりも、とても良い素敵な言葉に思えた。


「なんとかなる……。とても良い言葉ですね。不安な時には思い出すようにします。繰り返すと、なんとか、なる気がしてきますね。」


「そうでしょ?良い言葉よね。気が抜ける感じがするし。責めない感じも好きだわ。なんだか不思議だけど、面白いわよね。」


「おお~い。もう出てきてもいいぞお~。町の中に入ったから~。」


 ディアさんと笑いながら話していると、ピートさんのなにも緊張していない、気の抜けたような声が響いて聞こえてきた。私の不安だった気持ちは、もう消えてしまっていた。ディアさんと、今までで一番大きな町のオルケルンは、どんな町かしらと、楽しく話しながら食堂を後にした。


 荷台に向かいながらも、私のなかでは、まだ、なるようになる~なんとかなるさ~と歌うように楽しそうな調べが、響き渡るように流れていた。いつもそうして、沈んだり浮かんだりするものを、ちょうど真ん中にふわふわ浮かばせておくのは、簡単なことではないけれど、とても大切で大事なことに思えた。

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