73.まわり道は獣道
お昼ごはんは、ピートさんが食べ歩きの末厳選したと言う、美味しいものを買ってきて食べることになった。ホクホクのお芋がゴロゴロ入ったふかふかのパンや、赤い魚が入ったシチューも美味しかったし、揚げたお芋に甘い蜜がかかっているお菓子や、大きくて手に持ってかぶりつく豪快なお肉は、みんなが笑顔になる美味しさだった。ラリーさんは手早くお昼を済ませると、荷馬車の工房に鉄棒の加工をしに行った。
「道が決まったようじゃ。そなたらの食事が終わり次第、出発する。」
アビーさんがそう言って、欠伸をしながら荷台の部屋に入って行った。三人で急いでお昼ごはんを食べ終えて、慌てて藁人形を片付けたり、出発の準備をした。私達の荷馬車は大きな街道とはまったく逆方向の木々の間をゆっくり走って、やがて獣道のような狭い険しい道に入って行った。
今まで通った道のなかで一番整備されていなくて、道幅も狭く、ゴロゴロと大きな石も多いボコボコした道だった。荷馬車は右に左にと大きく傾いて、ガッタンガッタンと大きな音を立てながら走っていた。時には道じゃなさそうな木々の間を走る時もあって、長く伸びた草が荷馬車にワシャワシャあたっていた。
「くっ!これは俺に対する嫌がらせじゃないだろうな?今どき、こんなにガタガタな道があるか?ってゆうかこれは、道なのか?」
荷馬車にガシッと掴まって、振り落とされないように必死なピートさんが怒りの声をあげた。道か道じゃないかの線引きが分からないけれど、今通っているから、たぶん道だと思う。私は荷台の中で、ノアとちょっと浮いているようなので、あまり揺れを感じていなかった。
「私がピートさんと手を繋いだら、ピートさんも浮かぶと思う?」
「エミリアが?ピートと?絶対だめ。」
「そうなんだ。じゃあ、ノアがピートさんと手を繋いだら浮かぶと思う?」
「う~ん。僕の魔力はまだ完全に安定していないし、ピートにはもうちょっと我慢してもらおう。良い訓練になるよ。」
「おい。薄情だな!ちょっと試してみてもいいんじゃないか?」
「分かっていないな。ピートの為でもあるんだぞ。安全の為だ。」
その時大きな岩にでも乗り上げたのか、ガッコンと荷台が傾いて縦横に大きく揺れた。荷台の中でビョンビョン振り回されたピートさんがとうとうキレた。
「ちょっと待てえ~い!止まれ!このカラス野郎!止まりやがれ!」
ピートさんの叫びに、クロじゃないカラスは動きを止めた。馬になる位置からずれて、振り返ってピートさんを睨んでいる。
「お前!絶対、嫌がらせだろ!?こんなガタガタな道があるか!もっとマシな道が他にもあったはずだ!」
御者の席にクロも降り立ってきた。さっきまで馬になっていたカラスを庇うように立って、ピートさんにグギャーと威嚇するように鳴いた。
「ピートさん、クロ達は嫌がらせなんてしませんよ。ここは人目に付かないから、目立たなくて、良い道です。」
「エミリア、そもそも道かどうかも怪しいじゃないか。今、俺たちは道なき道を走っている!おっ?なんか格好いいな、俺。」
「なあに、しょ~もないこと言ってんの。このわがまま坊主!あんたが飛んで行きたくないって言ったんでしょ。飛んだらすぐ着いたのにさあ~。道がないくらい我慢しなさいよ。」
「できるか!我慢なんて出来ない!浮いてる奴に分かるもんか!酔う!吐く!辛い!」
「しょうがない。おじい様に、どうにかならないか聞いてこよう。吐かれたら困る。クロ、ちょっと止まって待っててくれ。」
ノアが荷馬車の部屋に入ろうとすると、ちょうどラリーさんが部屋から出てきて、荷台に上がってくる所だった。
「む?休憩か?荷馬車が止まっとる。」
「師匠、なんとかしてくれ!こんなの道じゃねえ!ガタガタすぎて酔う!」
ラリーさんは出てくると、荷台から身を乗り出して外を見た。地面や周りの様子を観察すると、また荷台に戻ってピートさんに話した。
「今は使われていないのかもしれんが、道のようだ。この荷馬車には少々狭いようだが。いやはや先人達は凄いな。あの街道が出来るまで、こうゆう道を通っていたんだろう。頭が下がる思いだ。ピートよ、いいか、こうやって苦労しながら先人達は道を切り開いたんだろう。誇りに思うんだぞ。感謝せねばな。」
ピートさんがむむっと黙り込んでしまった。たしかに馬車でも荷馬車にしても、遠くまで商品を運ぶのは大変なことだったろうと思う。大変だったから、もっと通りやすい道を造ったんだなとも思った。
その大きな通りやすい道を造ったのも人で、時間もかかって、簡単にもできない、それでも今と先の人の為に造り上げていったんだと思うと、とても偉大なことだと思った。そして、そこには確かに優しい思いやりの心がみえた。
「ほんとですね。あんなに大きな立派な道も、ずっと続くこの道も、どちらも同じ素敵な道ですね。」
「ふふふっ。そうだ。どちらも同じ宝の道だ。しかしピートが酔ってしまうのは可哀想だな。車輪をちょっと変えてやろう。ちゃんと色々用意してあるんだ。いろんな道があるからな。」
ラリーさんは荷台から降りて右の前輪の方に向かうと、歯車のような物をぐるぐる回した。すると荷台の右側が高くなって大きく傾いて、次にまた左側が高くなった。4つの車輪が全部高くなると、ラリーさんが荷台にうんしょっと上って戻って来た。
「ガタガタの道はな、これで行こう。クロ、試しに進めてみてくれ。」
クロが合図すると、カラス達が車輪を試すようにゆっくり進めて、徐々に速くしていった。ガタガタ揺れるけれど、先ほどとは比べものにならないぐらいに、乗り心地が改善された。
「師匠、ありがとう。俺、やっぱりちょっと言いすぎた。後でカラスに謝っとく。それに、俺のじいちゃんのじいちゃんとか、もっと昔の人は、こうゆう道を苦労して商品を売りに行ってたんだな。そのもっと前は歩いたのかも。すげえなあ~。」
「うんうん。お前さんの良いところは素直なところだな。わしも、いつも感謝を忘れんようにしたいものだ。大事なことはついつい忘れがちになる。今より良くしようと思うからこそ、良い方に変わっていくんだな。今日はそれに気づけた、良い日だ。」
ピートさんもラリーさんもみんなが、明るい良い笑顔になっていた。いつも毎日、なにかに感謝できたら、それはとても素晴らしい日々な気がした。
「そうだ。早いとこ渡しておこう。二人の尊い努力の結晶だ。」
ラリーさんがたくさんついているポケットの中から、ノアとピートさんの鉄棒を取り出した。先ほどまでと違って、端にくるくるとした模様がぐるっと彫ってある。
「この文様には意味があってな。わしの生まれ故郷では認められた者にしか彫らんものだ。これには、強さや強い、とゆう意味があってな。わしの次の課題を合格したら更にここに、真、とゆう文様を彫ってやろう。」
「かあああ~~~っけええ~~!!すっげえ~~!!」
「真の、強さ。真に強い男。……どんな課題ですか。」
ノアとピートさんはメラメラとやる気に燃えていた。荷台の中が急に暑くなった気がする。ラリーさんは答える前に、またポケットをゴソゴソしてなにかを探している。
「あった、あった。ノアにもな、これを作ったんだ。ピートとお揃いにしたんだ。」
ラリーさんはノアのベルトにも鉄棒を収納できる物を取り付けた。お揃いで、収納した鉄棒が見えないようになっていた。もちろん武器を持っているようにも見えない。
「それと、次の課題に欠かせないこれだ。二人とも1つずつ取って、これを鉄棒につけてくれ。」
それは黒色の小さな輪だった。その輪を手に取って、二人が自分の鉄棒につけると、ちょうど持ち手の上あたりにピッタリと収まった。
「うむ。良い感じだな。その輪にはアビーの魔術が入っていてな。それをつけている間は、相手を傷つけられん。接触できんようになっておる。風圧ぐらいは感じるがな。自分の腕を軽く打ってで試してみろ。」
ノアとピートさんがそれぞれ自分の腕を軽く打った。腕に当たったように見えたけれど、二人とも不思議そうにしていた。まったく痛そうにもしていない。
「当たってない……?触れてもいないみたいだ。」
「思いっきり打っても同じことだ。アビーの魔術は強力でな。絶対に当たらん。わしからの次の課題は、二人で本気で打ち合って、すべての攻撃を鉄棒で防ぐんだ。」
ラリーさんは、そこで一度言葉をきって、咳払いをした。そして真剣な目で二人に語りかけた。
「一発も攻撃を受けてはいかん。上下左右前後すべてだ。真に強い男とは、自分のことも大事にできる男だ。人を助けるだけではいかん。人を助ける役目を負う者は一切傷つかず、敵の最後の一人を倒すまで、立っていなければならない。自分が傷ついていれば、人を助けられない。」
そしてラリーさんは目を瞑って、難しい顔をした。一呼吸してから少し間をおいて、厳かに話し始める。
「いいか。決して忘れるな。自分を犠牲にしてはいかん。なぜなら自らが犠牲になった後、守るべき者が傷つけられるからだ。真に強い男とは、自分のことも、守るべき者のことも、同じように両方守りきることができる男のことなんだ。その為に、どの角度からの攻撃も完璧に防ぐんだ。分かるか。」
ノアとピートさんが元気よくハイッと返事をした。ラリーさんはうんと一つ頷くと、打ち合いの説明を始めた。
「まずはゆっくり打つ順番を決めて打ち合うんだ。鉄棒同士は打ち合えるぞ。少しずつ早くしていって、すべて防げるようになってから、自由に打ち合う練習をするんだ。お互いに当たらんからといって力を抜いてはいかんぞ。当たらんからこそ、本番のように打ち込むんだ。連続して打ち合う練習でもある。」
心地よく揺れる荷台の中で、ラリーさんが打ち合いに大事なことを二人に説明している。真剣に聞くノアとピートさんと、話しながら時折身振り手振りで動きを説明するラリーさんも真剣な様子だった。
自分を守ることも、誰か大事な人を守ることも、両方同じぐらい大事なことなんだなと、真剣な三人の姿を見ながらそう思った。
まわり道は思いのほか遠回りで険しい道だったけれど、そんな厳しい道だったから、今日はいろんな大事なことに気付けたのかもしれないなとも思った。