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72.ありがとう、ありがとう

 私達は混雑をさけて、街道が空いてくるのを待っていたけれど、いつまで経っても行き交う馬車の数は減らなかった。それどころか昼近くになってくると、宿や食事処を目指して来るのか、更に人も馬車も増えて賑わってきていた。まったく予想外な展開に、全員が荷台に集まって話し合いをすることになった。


「ピートはどう思う?この混雑は通常通りなのか?今までこんなに大きな街道を通って来ていなかったからな、普通が分からん。」


「ここはオルケルンと王都をまっすぐに結ぶ一番大きな街道だから、いつも混み合ってるはずだけど、今は収穫の時期だから商人の荷馬車はいつもより多いと思う。でもこの馬車の多さは……。なんか祭りでもあったのかな?収穫祭とか。あとは、祝い事とか。とにかく人が集まってくる何かがあったんだと思う。」


「そもそもなぜ混雑していては出発できぬ?素早く通り過ぎればよい。スイスイと馬車どもを避けながら速く進むことも可能じゃ。なにも問題無かろう。」


「おばあ様、そんな右に左に素早く横移動しながら速く走る荷馬車なんてありませんよ。すごく目立ちます。ここは王都に繋がっている街道ですよ。そろそろ本格的に目立たない、とゆう事を意識していかないと、オルケルンへは王都の情報を探りに行くんですから。」


「しかし、困ったな。ずっとここに居る訳にもいかんし。あの混雑の中に入って行くしかないのか……。しかしな……。」


 ラリーさんが分かりやすいように説明してくれた話では、動物は人よりも気配に敏感だから、すぐ隣を走ることになる馬に化けているカラスに、どんな反応をするのかを心配しているようだった。もし驚いて制御不能になったり、暴走したりすると大事故になってしまう。


 万が一のことを考えて空いている時に出発するか、混雑しない道を行く予定だったことも話してくれた。馬達が暴れ出してしまって、大惨事になった時のことを想像してしまったようで、みんなが暗い表情で沈黙してしまった。


「ならば夜まで待ってペガにすればよい。さすればすぐにでも目的地に着くであろう。闇夜に紛れていれば目立たず、誰にも見えぬ。」


「嫌!!絶対いっや!!ペガってあれだろ?この荷馬車が飛ぶやつだろ?断固!反対!絶対、ぜえ~たい!あれには二度と乗らん!!」


 夜まで待つことになっても、目立たないですぐに着くなら、すごく良い案だと思ったけれど、ピートさんが断固反対した。よっぽど荷馬車で飛ぶのが嫌なんだと思う。


「な!?なぜじゃ!?目立たず今晩のうちに到着すると言うに、なにが不満なのじゃ!?」


 断固譲らないピートさんと、理解できないアビーさんが平行線になってしまった所で、ノアが鞄から小さな布を取り出して眺めだした。顎に手を当てながら、なにか考え込んでいる。それはグランさんに写させてもらった地図だった。色は付いていないけれど、とても精密に写せていた。


「白黒で見えにくいですけど、地図ではこの街道以外にも道があるみたいです。狭いだろうし、だいぶまわり道になりますけど、いくつか、いや細いのが何本もあるのかな……。」


「そうか、違う道があるなら、まわり道で遠回りになってもそっちの道で行こう。どの道が空いていて安全に通れそうか、カラスに調べてもらおう。アビー。」


「ラリー、ペガならすぐに着くのじゃ。」


「アビー、お前さんのペガは素晴らしい。完璧じゃ。わしもあのペガを気に入っておる。しかしな、わしは話し合いで決めるのが好きなんだ。ここにいる全員が大事な旅の仲間だ。分かっているだろう?」


 アビーさんが呆れたようにため息をついて、ノアが持っている地図に向かって手をフィットした。すると地図とまったく同じ形の、地図の線だけが浮かび上がった物が空中に浮き上がってきた。布部分が無くなって透明になったようだった。


「クロはおるか。……この地図の他の道を調べてまいれ。まわり道が何本かあろう。その中の最適な道を行くのじゃ。」


 クロがサッと屋根から降り立ってくると、アビーさんの指示を聞いて地図を確認してからすぐに飛び立って行った。他のカラス達の羽ばたきも聞こえる。


「おばあ様、今のどうやったんです?この地図の中身を見てもいませんでしたよね。僕がこの地図を写すときは、じっくり端から端まで見てから写したんですけど。どうして見もしないで、同し物が出来るんですか。」


「妾その地図を知っておる。それにノアよ、まったく同じ物を作ったのではない。ちょっと見えるようにしただけじゃ。すぐにも消えよう。」


 アビーさんが言う通りに、空中に浮いていた線だけの地図はゆっくり薄くなっていって、やがて溶けるように消えてなくなった。アビーさんは大きな欠伸をして、屋根の上に寝に行ってしまった。


「はあ~。やっぱり訳が分からない。僕にも、ちゃんと魔法が使えるようになる日がくるのかな。……永遠にこない気がする。」


「そんな事はないぞ。ノアよ。お前さんは努力家だ。なんでも出来るようになる。コツコツ努力できる者が一番偉いんだ。」


「そうだぞ!ノア。お前はきっと一番凄い立派な大魔法使いになる!俺が保証してやろう!」


「……ピートに保証されても。」


 怒ったようにプイッとそっぽを向いてしまったけれど、ノアは顔が赤くなっていて、嬉しくて照れているんだと分かった。ノアとピートさんはまた藁人形を設置している所に戻って行った。クロ達が調べ終わって戻ってくるまでの間に、また訓練するようだった。最強にむけて熱心に練習している二人のことを、しばらくラリーさんと見ていた。


「さて、カラスもまだのようだし、わしは昼めしの用意でもしてくるかな。」


 ラリーさんが座っていた荷台から立ち上がった瞬間、パカッと変わった音がした。驚いたように藁人形の方を見たラリーさんにつられて、訓練している二人の方に目を戻すと、ピートさんの藁人形の手が変な方向に曲がっていた。ラリーさんが荷台をぴょんっと飛び降りて、ピートさんが居る所に走って行った。


「成功だ!ピートよ!やったな!とうとう綺麗に折れたぞ!お前さんは綺麗に折ったんだ!よくやった!」


「え?えっ?俺?え?今の音……、俺、俺、やったのか?」


「そうだ。ピート。お前さんは必要以上に傷つけん。真に強い男だ。その鉄棒はお前さんの物だ。」


 もの凄く驚いた顔をしたピートさんは、なにも言わずにそのまま大急ぎでもう一度藁人形に向き合った。そして何度も何度も打ち込んだ。ピートさんが打ち込むたびに、先ほどと同じパカッ、パカッと音がした。一頻り打ち込んで納得したのか、ピートさんが打ち込むのを突然止めて、呆気にとられているノアに向きなおった。


「ノア、お前も打て。お前ならできる。お前は力が強いから、今までで一番力を抜いて打ってみろ。藁人形に当たる寸前まで力を入れておくんだ。それで、ポカッだ。それかトンッだ。寸前で調節する感じだ。」


 ピートさんに急かされて、ノアが藁人形に向き合った。真剣な顔をして藁人形を見据えると、おもむろに鉄棒を振り上げて打った。けれどパカッとは鳴らなかった。それから何度も何度も藁人形を打ちつけた。横でピートさんが、トスッとかストンッと言って、力の調節の仕方を教えていた。しばらくそのまま打ち続けて、ノアの手が止まった瞬間に、ピートさんが大声で叫んだ。


「諦めるな!お前はできる!できるんだ!力をぬけ!絶対できる!一緒に合格するんだ!絶対!お前は!本物の!強い男だ!」


 ピートさんは泣いていた。自分では気付いていないようだった。ピートさんのその勢いに気圧されるようにノアがもう一度、鉄棒をかまえて打った。すると、ノアの藁人形からパカッと音がした。瞬間に、ピートさんがノアに飛びかかって抱きついた。二人で抱き合って喜んでいた。二人とも泣いていた。


 何日も何回も練習した成果で、二人同時に、ラリーさんの課題に合格することができた瞬間だった。ここに居るみんなが涙を流していた。こんなに嬉しいことがあるなんて。努力が報われることが、こんなにも喜ばしいことだったなんて、知らなかった。拭っても拭っても涙がとめどなく流れた。私を見たノアがピートさんから離れて、私の所まで歩いて来る。ノアも涙を手で拭っていた。


「エミリア、そんなに目をこすったらだめだよ。僕、ハンカチを持ってるから。ね?もう泣かないで。」


 ノアが鞄からハンカチを出して涙を拭いてくれる。目もとをやさしく、ポンポンと何度もおさえてくれる。


「ノア。おめでとう。合格おめでとう。いっぱい頑張ったね。いっぱい練習したもの。おめでとう。嬉しい。私すごく嬉しい。」


「ありがとう。エミリア。僕も今日、合格できるなんて思ってなかったよ。絶対出来ないと思ったんだ。……でもピートが。あいつおかしいんだ。僕より僕のこと信じてるんだよ。変なやつだ。僕のこと、絶対出来るって……。」


 私はノアのハンカチをそっと取って、今度はノアの目もとをポンポンとおさえた。おさえてもおさえても、涙はどんどん流れてくる。私達は堪らずギュウッと抱き合って、嬉しくて幸せな涙を流して泣いた。ありがとうの気持ちが溢れていた。出来るって信じてくれてありがとう。一緒に練習してくれてありがとう。諦めないでいてくれてありがとう。一緒に喜んでくれてありがとう。ありがとう。ありがとう。


「さあさ、二人とも、良くやったな。一度その鉄棒を預かろう。合格した証を刻んでやらねば。さ、貸しなさい。」


 ラリーさんが涙を拭いながら手を差し出した。その途端、ノアとピートさんの二人が慌てて鉄棒を掴んで拒んだ。


「ま、待ってください!おじい様、僕はまだ一回しか成功していません!ちょっとだけ!ちょっとだけ待ってください!」


「そうだ!師匠!あともうちょっとだけ待って!体に覚えさせるから!感覚を掴んだらすぐ渡すから、もうちょっとだけ!」


 ラリーさんの返事を聞く前に、二人とも慌ててまた打ち込みを始めた。パカッとゆう音は出たり出なかったりしたけれど、ラリーさんは微笑みながら二人の納得がいくまで、いつまでも待っていた。


 そのラリーさんのあたたかい眼差しに、私はまた嬉しいような、有り難いような気持になって、溢れてくる優しい気持ちをこめて、そっとディアさんを柔らかく撫でた。


 私の手のひらの中に包まれながら、丸まって、心地よさそうに撫でられているディアさんを見ていたら、ふと何かに似ているなと思った。柔らかくて温かい、それは、なにかとても大事なものに思えた。

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