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71.通り過ぎた朝

 眠ってしまった私を荷馬車の部屋に運んで、ベッドに寝かせてくれたアビーさんが、どうやらそのまま私の隣で眠ったようで、朝起きると目の前にアビーさんの寝顔があった。もの凄くまつ毛が濃く長くて、お肌もツヤツヤした陶器のようで、すぐ目の前に、美!とゆうものがあってビックリした。


 キリッと凛々しい目もとはノアに似ているなと思う。ベッドにディアさんがいないようなので、むっくりと起き上がってディアさんを見渡して探してみても、どこにも居ないようだった。もしかしたら、好きに散歩しているのかもしれないけれど、アビーさんを起こさないように小声で呼んでみることにした。


「ディアさん、いませんか?」


 すると、隣で寝ていたアビーさんが寝返りを打って少し目を開けて私を見た。そして欠伸をしながら、布団の中でのびをした。


「あの羊なら、明け方ノアが連れて行ったぞ。ノアが怒っておってな。犯人を捕まえると息巻いておった。」


「犯人?なんの犯人ですか?なにか事件があったんですか?」


 ふわあ~ああと、また大きく欠伸をしてから、アビーさんが眠そうに目をこすって、頭を手で支えながら横向きに寝転がった。


「そなたは知らぬのか?昨日エミリアの部屋に侵入した者がおったのであろう?羊が言っておったぞ。それでノアが怒ってな、一緒に犯人を捜しに行ったのじゃ。見つけてきたら、妾がぶちのめしてやると約束したのでな、妾はそれまで寝て待つ。」


「ま、ま、待ってください!止めさせて!止めさせてください。その人は、間違って入っただけかもしれないんですよ。アビーさん、起きて!中止にしてください!そうだ!私、今から止めに行ってきます。」


 急いで部屋を出ようとした私の体は、浮かび上がってベッドに戻されてしまった。パサッと布団まで掛けられてしまう。


「……アビーさん、邪魔しないでください。私、止めに行かないと。」


「エミリア。残念じゃが、そなたはここを離れるまで外に出てはいかんそうじゃ。そなたの愛らしさに世の男どもはみな惑わされ、犯罪に手を染める者もおるとか、そなたの留まるところを知らぬ可愛らしさ故の事らしい。エミリアのすこぶる付きの愛らしさには、妾も全くの同意見じゃが、いかに惑わされようとも犯罪はいかん。ぶちのめさねば。な?」


 ちょっと言ってる意味がよく分からないし、可愛らしくウィンクしながら、な?と言われても同意できない。そうですねと言ったら、誰か知らない人が大変危険な目に合うんですよね?今すぐに止めさせないと!


「アビーさん、私がここを出てはいけないなら、ノア達をここに呼んでください。荷馬車に戻って来るように言ってください。」


「ええ?ノアがまだ戻って来んとゆうことは、犯人をまだ捕まえていないとゆうことじゃぞ?捕まえんと、逃げてしまうではないか。」


「捕まえなくてもいいです。間違っただけかもしれないんですよ。捕まえずに戻って来るように言ってください。」


 まだ納得がいっていない様子のアビーさんは、それでも首からさげている赤い石の首飾りを引っ張り出して、ラリーさん達に荷馬車に戻って来るように言ってくれた。しばらく待っていると、ノアやディアさんやラリーさんが荷馬車の部屋に入ってきた。


「おはよう、エミリア。今、羊と入口の見張りをしていたんだ。出入りする人の中に必ずエミリアの部屋に侵入した輩がいるはずなんだ。おばあ様にエミリアが起きたから戻るように言われたんだけど、僕たちすぐに戻らないと。」


「いいの!戻らないでほしいの!捕まえないでほしいの。間違って私の部屋に入っただけかもしれないし。大袈裟にしてほしくないの。お願い。」


 私の必死のお願いに、三人共がええ?と納得がいかない表情をした。それにしてもディアさん、ぬいぐるみなのに、どうしてそんなに繊細な表情ができるんです?まるで生きているようで、とても凄いと思います。


「……エミリアが、そう言うなら……。ピートにもそう言ってくる。」


 なんとかノアが納得してくれて、この部屋に入れないピートさんにも、捕まえるのを中止するように言いに行ってくれた。


「もお!エミリアは!甘いんだから!乙女の危機だったかもしれないのよ!?そんなの許しちゃだめよ!」


「まあまあ、羊さんよ、エミリアの好きに選ばせてあげよう。エミリア、もちろん気が変わったら、すぐに言うんだよ。不埒な輩は、徹底的に思い知らさねばならんからな。……完膚なきまでに!」


 ラリーさんも途中から気が高ぶったのか、不穏な感じになってしまったけれど、朝ごはんの用意をしに食堂に向かって行った。ディアさんはまだ小言を言っているけれど、荷馬車の荷台に出ようとすると、私の肩に乗ってくれた。


 荷台に上がってみると、外はすっかり晴れていて、昨日あんなに雨が降っていたのが嘘のようだった。雨が洗い流したのか、空や空気まで綺麗になったような気がする。


「エミリア、ここを出発するまで荷台から出ちゃだめだからね。そこは譲れないわよ。」


「分かってますよ。アビーさんも出ちゃだめって言ってました。ディアさんは心配のしすぎです。」


「ま!ほ~んと、のんきで困っちゃう。私達がキッチリ守らないと!私まだ、ちょっとしか人を見てないと思うけど、やっぱり尋常じゃなく美しいんじゃないの!エミリアは普通って言ってたのよ?憶えてる?」


「尋常じゃなく?それは誤解だと思います。普通です。今から行くオルケルンは都会で、たくさん人がいるそうですから、すぐに分かりますよ。」


 ディアさんと話しているうちに、ノアとピートさんが荷台に戻って来た。ピートさんはもう手に食べ物をいろいろ持っていて、食べながら戻って来たようだった。ピートさんはいつもの感じだったので安心する。


「おはよう。エミリア、なんか昨日大変だったんだって?この芋をやろう。すっげえ甘いんだ。」


 持っていた袋の中から、焼いた綺麗な紫色の温かいお芋を半分に割って、ノアと私にくれた。中身は鮮やかな黄色で、驚くほど甘くて、ねっとりとした食感は、まるで手の込んだお菓子のようだった。これは野菜と聞いて二度ビックリする。ピートさんはまだ食べてみたいお店が残っているので、朝ごはんもお店で食べると言って、荷物を置くとまたお店の方に走っていった。


 ピートさんは、秋の旬の食材がよほど好きなようだった。後ろ姿を見送りながら、好きな季節にオルトラン地方に戻って来られて本当に良かったなと思った。


「エミリア?僕もなにか気に入った食べ物を買って来てあげようか?この芋とか、昨日の焼きクリンも美味しいって言ってたよね。」


「ううん。いいよ。ラリーさんが作ってくれる美味しい朝ごはんを食べるし、それに、たぶん今から行くオルケルンにもいっぱい美味しい食べ物があるよ。楽しみだね。」


 私達はピートさんが置いていった食べ物や荷物を端に寄せてから、荷台の部屋に戻ってラリーさんが作った朝ごはんをみんなで食べた。珍しくアビーさんも揃って食卓について、ラリーさんも嬉しそうだった。一家団欒とゆう感じがして、とても楽しい朝ごはんの一時だった。


 私達はすぐに出発せずに、続々と準備を終えた荷馬車や馬車が出発して行くのを見送って、すっかり混雑が解消されてからゆっくり出発することになった。カラスが少し場所を移動して、私達の荷馬車はもう今は誰にも見られない位置に停まっている。


 ノアが荷馬車を降りて訓練を始めたので、私とディアさんは木々の隙間から、慌ただしく行き交う馬車をなんとなく眺めていた。こうして見ていると、馬車もそれぞれ違っていて、装飾が施されている物や、簡素な物まで色々あって、大きさも様々だった。


 大きめの荷馬車には、馬に乗って武装した人達が並行して走って行った。治安が悪くなっていて、商人が兵士を雇っているとゆう話を聞いていたので、商品を守っている商人の荷馬車だとすぐに分かった。


 そのとき一際大きな馬車の音がして、見ると大きなとても豪華な馬車が三台も連なって、行き交う他の馬車を端に避けさせて、押しのけるようにもの凄い速さで走っていた。馬も馬車も白くて至る所をピカピカと金色に飾っていて、太陽が反射して光るのでとても目立っていた。


「なんか凄いギラギラした感じの馬車が通ったわね。混雑してるのに避けさせちゃってさ、感じわる~い。」


「私達が行く方向とは逆に行ったみたいなので、もう出会うことはありませんよ。急いで出発しなくて良かったですね。」


「でもそれって、私達が行く方向から来たってことじゃないの。まあ、居なくなったんならいいか。もの凄い速さで離れて行ってるわけだし。」


「この荷馬車は、今の白い馬車よりもっと速く走りますよ。急いでいたり、人目がなかったりする時だけだと思いますけど。どうなんでしょう。クロに聞いてみないと分かりません。」


「あれよりって……、それはもう荷馬車じゃないんじゃない?暴走するの?この荷馬車。」


「速さを決めるのはクロなので、ちゃんと調節して走っていると思います。暴走じゃないですよ。」


 ラリーさんとピートさんが更に食材を買い出しに行って、また、たくさんの食材を運び込んでいた。食料庫は保存が利くので、秋じゃなくても秋の旬の美味しいものが食べられるなんて、素晴らしいとピートさんが喜んでいた。二回もお店を買い占めても目立たないのが不思議なんだけど、ピートさんは常識担当だし、割と普通のことなのかもしれない。


 ピートさんはホクホクご機嫌で、ノアと一緒に訓練を始めた。食べたら運動しないと、と楽しそうに話している。荷馬車から訓練用の藁人形を取り出して地面に設置している時に、顔の部分を隠している布が捲れていて、ピートさんがギャー!と叫び声を上げた。ノアが楽しそうにゲラゲラ笑っていた。


「もう!うるっさいわね!あの子。ホントいつも元気なんだから。」


 ディアさんは半分面白そうに文句を言っていた。たしかに大きな叫び声を上げたときは驚いたけれど、ノアもピートさんもすごく仲良く笑い合っていて、そんな二人を見ていると、心の底から嬉しい気持ちが湧き上がってくる。元気なことはとても良いことだなと思った。


 嵐が過ぎた後の、晴れ渡った空がより清々しく思えて、朗らかに笑い合う二人の姿を、ディアさんと一緒にいつまでも微笑ましく眺めていた。

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