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69.赤い羊と秋の空

 秋がますます深まって、涼しいなと思うよりこの頃は肌寒いと思うことが多くなった。赤や黄色に色付いた雑木林は、うっとりとため息がでる程美しい。そんなある日、ピートさんが川で体を洗うのが限界に達したと宣言したので、オルケルンに向けて出発することになった。


 毎日宿に泊まる予定だし、昼ごはんの後には訓練の時間をとるので行程はゆっくりになるけれど、本格的な冬が始まるまでにはオルケルンに到達できるらしい。


 ノアとピートさんの修行は、ラリーさんからの合格をまだもらえていなかった。けれど、落ち葉の訓練の賜物で二人ともメキメキ強くなっていたし、力の強弱とゆうのが分かるようになってきていた。ノアは何回に一回は岩を砕かなくなっていたし、ピートさんは一度だけ岩にヒビをいれられた。


「まだ合格しておらんからな。鉄棒を人に使ってはいかんぞ。しかし修行の途中なのでな、取り上げはせん。ノアは鞄に入れておけばいいが、ピートは腰にこれをつけておきなさい。」


 ピートさん用に鉄棒を収納できるベルトをラリーさんが作ってくれていた。ボタンがついていて、鉄棒が落ちないようになっている。取り外しできる小さな鞄もついていて、武器を持っているようには見えなかった。


「すっげえ!かっけえ!ありがとう、師匠!」


 ピートさんはとても嬉しそうに喜んでいた。大怪我をさせないように必ず合格をもらって、みんなを守れる強い男になるとラリーさんに誓っていた。やる気に満ちたその顔つきに、ラリーさんだけではなく、アビーさんも嬉しそうだった。


 大きな岩にくっつけた岩や大木や石は外して地面に置いていくことになった。アビーさん達が必要ないかもと悩んでいたけれど、ノアがお願いしたので、笑った顔の石像を目立たない隅の方に設置することになった。


 まったく旅の予定になかった修行の地だったけれど、思いの外長く滞在することになって、ノアとピートさんは一緒に訓練するうちに、励まし合って仲良くなったし、アビーさんは最強のドラゴンになれたし、ディアさんは自由に動き回れるようになった。


 大きな滝があるどこにでもありそうな雑木林だけど、それぞれみんなにとっての、掛け替えのない思い出の地になった。片付けをすべて終えて出発する準備が整ってくると、もうここを離れてしまうのが寂しく離れがたく思えた。最後にピートさんとノアがこの場所に向かって、ありがとうございました!と大きな声で別れの挨拶をして、私達はまた旅立った。


 私達が何日も移動せずにこの場所に留まっているうちに、カラス達は周辺の地理や道のりの下調べをすっかり終えていて、荷馬車はもうすべてお任せで進んでいた。メイさん達の荷物が無くなった荷台の中はとても広くて、移動中もノアとピートさんは体を鍛えることができた。


 ラリーさんが荷馬車の工房で、手首や足首につけられるように、携帯できる重しを作って二人に渡すと、訓練の時にだけとラリーさんが言っていたのに、二人とも四六時中つけたままにしていて、動きの遅さに二人でからかい合って笑い合っていた。


 荷馬車の旅は順調に盗賊にも遭遇せずに進んでいて、初日だけ宿にも泊まらず夜も止まらず猛スピードで走っていたけれど、二日目からは、最初に予定していた通りに、毎日街道沿いの宿に泊まった。ピートさんの提案で、宿に泊まるのはピートさんだけにして、私達は目立たないように、ほとんど外にも出ずに荷馬車の部屋の中にいた。


 村や町の中にある宿に泊まるわけではなく、道の脇に小さな宿が建っているだけなので、見学するような所もなさそうで、部屋に残る私達になんの不満もなかった。そんな順調な日々を過ごしていたある日、お昼ごはんの後の訓練の時間になると、ラリーさんが部屋の中から、大型のわら人形のような物を二体取り出してきた。


「やれやれ、ようやく出来上がったんだ。ピートが顔をつけた方がいいと言っていたからな。わしは絵心がなくて、苦労したわい。」


「こわーーーーー!!不気味いいいーーー!!」


 思わずピートさんが絶叫した通りに、空洞のような目と口が叫び声を上げているようで、夜に荷台に転がっているのを見てしまったら、こちらの方が大絶叫してしまいそうなほど、恐怖、とゆう言葉がピッタリなわらで出来た特大の人形だった。背丈はアビーさんのように高く大きくて、手足も長くてだらんとしている。ラリーさんはその藁人形を地面にさした棒に括り付けて立たせた。


「ほれ、このように手足は自由な形に固定出来るようにしてあってな。強度も十分なんだ。もちろん元の形に戻るようにしてある。綺麗に折る、の練習にピッタリだ。」


 私は頭の中で、藁人形、呪い、藁の中に髪の毛、釘、等どんどん怖い妄想のようなものが駆け巡って、藁人形を見た瞬間から、ふるふる震えながら完全に腰が引けていた。怖い。これは怖すぎる。顔だけじゃなく、その形状だけでもなぜか十分に怖い。


「顔!顔を!せめて顔変えてください!もういっそ顔は無しでお願いしたい!作らないで!顔!」


 ピートさんが珍しく敬語になってお願いしていた。私と同じように完全に腰が引けていて、綺麗に折る練習どころではなさそうだった。ノアが呆れたようにため息をついて、白いハンカチのような布を被せた。それで二人は手足を広げた状態に固定して練習を始めたけれど、ピートさんがギャーー!と悲鳴を上げてしまう。藁の顔に被せたハンカチが捲れるとより怖いし、いつ捲れるのかと集中できないので、ピートさんだけ後ろから打つことになった。


「ピートよ、背後から狙うなど、本来は絶対にしてはいかんぞ。練習の今だけだ。分かっておるな?」


「無理、無理い~!顔とってくれ~!絶対あれ!なんか叫んでんだろ!どんな顔だよ!?絵心とかの問題じゃねえ!!」


 あんまりピートさんと私が怖がるので、ラリーさんがどこからか、大きな花柄の布を持って来て、二体の顔にギュウッと結び付けた。ちょっとやそっとのことでは取れないし、これでやっとピートさんは集中して練習できるようになった。一方私は、顔が見えなくても花柄でも、その形状だけでやっぱり怖い。なるべく視界にいれないようにと心に決める。


 そんな恐怖と隣り合わせの毎日でも順調に旅を続けていると、いつしか周りの景色とゆうか、空気とゆうのか草木や木々が、よく茂っていている様子が目につくようになっていた。街道沿いの宿の隣に、果物や野菜を売るお店が並んでいることが多くなっていた。荷馬車からそんな景色をなんとなく眺めなていると、後ろからピートさんが声をかけてきていた。


「おっ。もうオルトラン地方に入ってたんだな。秋の味覚は美味いもんばっかなんだぞ。今日の宿に店が出てたら、買って行こうぜ。師匠に言っとこ。」


「どうして、オルトラン地方だって分かるんですか?」


「どうしてって……、俺らの辺は農業地帯って呼ばれてるだろ?農耕が盛んで、よく育つんだって、田舎だからな。だからそこら中に農作物がある。売るほどある。商人がそれを都会に売りに行くんだ。畑や森ばっかだけど、美味いもんはいっぱいあるし、良い所だよな。」


 私はホルト村の近辺でみた開墾していた畑のことを思い出していた。みんなで土を耕していて、幼精達も喜んで手伝っているようだった。そしてこの辺りでは、畑や森や草木が繁茂している草原やいたる所に、ふわふわと機嫌が良さそうな幼精達がそこら中にたくさんいる。


 果物や野菜や美味しいものがたくさんとれて、そこに住む村人も喜ぶなら、そこは確かに良い所だと思った。人も、幼精も、喜んでいるから、そこは良い所なのかもしれないなとも思った。


 クロじゃないカラスが留まっている荷馬車はスピードを上げて走っている。風が心地よくて、私はずっとそのまま景色を眺めていた。見上げた空は青く澄み渡っていて、いつもより高く遠くまで広がっているような気がした。荷台の中では、ノアとピートさんが手足の重しを増やして体操している。最強に強くなる為に日々努力し続けていた。


「……雨が降るわね。」


 膝の上にいるディアさんが、のんびりした様子で呟いた。私は、なんとなく撫でていた手が止まってしまう。


「雨ですか?こんなに晴れているのに?」


「今すぐじゃないけど、たくさん降るわ。た~くさん!」


「そんなにたくさん降るんですか。雨が降るのが分かるなんて、便利ですね。」


「待て待て、ちょっと待て!そいつはなんだ!?なんでしゃべってる?ちまちま動くぬいぐるみじゃなかったのか?」


 ディアさんが話しているのを見て、ピートさんが驚いていた。そういえばぬいぐるみのフリをすると言っていたので、今までピートさんの前では黙っていたのかもしれない。羊のディアさんが怒ったような顔をした。表情まで変えられるようになっていたなんて知らなかった。


「うるさいわね!私は話せる、ちまちま動くぬいぐるみよ!慣れなさい。どうせすぐに慣れるわ。」


「んな訳あるか!なんで話してんだ!慣れない!絶対慣れない!」


 ディアさんはぬいぐるみ以外の説明をするつもりがないようで、ピートさんと言い合いはしていても、詳しい話をしなかった。その間に荷馬車は歩くような速度に変わっていた。


「おい、ピート。もう今日の宿に着くみたいだぞ。大きそうだ。店もある。」


「え?ホント?どれ?」


 ノアが外を指さした方向に、横に長く繋がっているような大きな建物があった。繁盛しているようで、馬車も荷馬車もたくさん停まっている。


「ホントだ!でっけえ!あ!店もある!やった!師匠を呼ぼう。」


 ピートさんが荷馬車の部屋の扉を開けて、大声でラリーさんを呼んでいた。今日の大きな宿には、食べ物やお土産も売っている大きな店や、何軒も食事処が連なっていて、とても規模が大きかった。いつも外に出ずにいるけれど、お祭りの時みたいに食べ歩きしている人達もいて、見て回りたくてそわそわしてしまう。


「ピートさん、あれ、なんですか?みんな食べてます。」


「あ、焼き鳥もあるじゃん。焼きクリンも!食べに行こうぜ!おい、羊!肩に乗ってついてくるなら、しゃべるなよ。」


 ディアさんがピートさんを睨んで、フンッとしていた。いつの間にか表情が豊かになっている。アビーさんの魔法はやっぱりすごく最強だと思う。肩に乗ってきたディアさんが、ぼそぼそと小声で話してくれる。


「ね?あの子、やっぱり一番変よ。もう私に慣れてるもの。変わってるわよね~。くくくっ。」


 ピートさんのことを変と言っているけれど、ディアさんはどこか面白そうに、嬉しそうにしていた。ディアさんがたとえ女神でも、ぬいぐるみの羊でも、ピートさんはあまり変わらず話してくれるんだろうなと、なんとなく思った。

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