表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/174

68.目指せ最強!鉄棒の練習 4

 ピートさんが岩を打つ音は、毎回カンカンと小気味よく響くようになっていた。けれど、ラリーさんからの合格は、まだまだ貰えないようだった。綺麗に、とゆう課題が難しくて頑張ってはいるけれど苦戦している。


 ラリーさんが作った鉄棒は、大怪我をさせないと認められた人しか渡さないと決められているので、課題に合格しなければ貰うことができない。ノアも素手で岩を割れるようになったけれど、鉄棒を持つと粉砕してしまう所から抜け出せないでいた。


 思うように進まない修行に、日に日に二人の元気は無くなっていて、同じように落ち込んでいた。よくごはんやおやつの時間にお互いを励まし合っている。


「俺は、もう鉄棒は貰えないかもしれない。筋肉がついたのは自分でも分かるのに、どうして力がのらないんだろう。ノアは岩を割る時、どうしてるんだ?」


「ピートはもうすぐ割れるんだろう。音が違ってきたじゃないか。鉄棒が貰えないのは僕の方だ。あんなに毎回粉砕していたら、絶対貰えないよ。素手で割るときみたいにと思っても、コツがさっぱり分からない。」


 並んでラリーさんが作ったおやつを食べながら、ボソボソと気が滅入ったように話している二人の様子を、こっそり気づかれないように眺めて、ラリーさんは嬉しそうにしていた。


「あの子って、騎士なの?エミリアの騎士になるの?」


「あの子って誰のことです?……ピートさんのことですか?騎士ってなんですか?私を守る?私の為に強くなろうとしているんじゃありませんよ。兵士になりたいそうです。ピートさんのお家はお店をしているので、家族や商品を守る兵士を目指してるんです。」


「ふ~ん。あの子って変わってるわよね~。一番、変。」


「変?ピートさんがですか?ピートさんは私達の常識担当なんですよ。一番常識に詳しい人なんです。変じゃないと思いますよ。」


「う~ん、常識ねえ~。そうじゃなくて、すぐ慣れちゃうってゆうか、普通逃げ出すってゆうか、ま、それはいいんだけど。変といえば、あの魔女もずっと変よね?」


 私とディアさんは、そっとあびーさんを見上げた。大きな岩の上で目を瞑って静かに座っている。ラリーさんによれば瞑想をしているので邪魔をしてはいけなくて、なにかの修行をしていた。


 ディアさんを赤くしてくれた日から、アビーさんは毎日よくいろんな場所で瞑想したり、ジッと動物を観察していたり、少し様子が変わっていた。


 あの日から変わったことはまだあって、ディアさんは私と同じ色に赤くしてもらってから出来ることが増えて、荷馬車の部屋には自由に行き来できるようになったし、赤い羊の体も生きているように手足を動かせるようになっていた。


 ディアさんが短い手足でちょこちょこ歩く姿はとても可愛い。もともと雲なので飛ぶこともできるし、自由に動けるようになったディアさんは自分のことを、不気味~、どんだけ~、あの魔女こわ~。と言っていた。そうは言っていても、好きに自由に動き回れることに喜んでいるようだった。


 ほんの少し変わったのは、雑木林のなかにいる幼精達が少しだけ増えていた。ほんの少しの差なので、私にはやっぱりまだ少なく思えて、不思議な感じは変わらない。


「はあ~。季節が変わっちまったなあ~。はあ~。」


 ある日お昼ごはんを食べていると、ピートさんがうんざりしたように言った。気落ちしながらも、ピートさんとノアは毎日コツコツ訓練を続けている。


「季節が変わったって、なにが変わったんですか?」


「エミリアも四季くらい知ってんだろ?葉っぱの色見てみろよ。もう随分色づいてるし、落ち葉もすげえじゃん。もう秋になっちまったし、あっという間に冬になる。寒くなってきたから、エミリアも長袖着てんだろ?」


 そう言われて、自分の着ている服を見下ろした。そういえば袖の長い服を着ている。服はノアが選んでくれているので、まったく気にしたことがなかった。秋になって寒くなってから、次にはもっと寒い冬になるらしかった。


 雑木林の方を見ると、ここに初めて来た頃と違って、葉っぱの色が黄色や茶色や赤いのや、緑色ではなくなっていた。はあ~とまた大きくピートさんがため息をはいた。


「そろそろ良い頃合いだな。今日から二人には新しい訓練をしてもらう。わしの見立てでは、二人はそれぞれ良い感じに仕上がってきとる。」


「ええ!?ホントに?全然割れてねえけど、それホントか師匠!?」


「おじい様、本当ですか?僕たち二人とも進歩してるんですか?強くなっているんですか?」


「当たり前だ。いいか、二人ともそれぞれに良い所がある。そしてお前さん達共通の良い所は、毎日コツコツ努力できる所だな。たとえ前に進んでいないと思っていてもだ。それは、なかなか出来ることじゃない。偉いぞ、二人とも。そしてもちろん、努力できる者は強くなれる。今から新たに始める訓練では、少し強くなった自分を感じることだろう。」


 やったあ~!と二人から歓声が上がった。自分たちの努力が認められたことで、誇らしそうだった。もうさっきまでの鬱屈した様子とはまったく違っていた。ノアとピートさんはウキウキしながらラリーさんが食事の片付けをするのを手伝って、早々に張り切った様子で新しい訓練が始まった。


「二人ともよく見ておれ。今からカラスが袋につめた落ち葉を上から落とす。それを自分の体に触れる前に鉄棒で打つんだ。交互に強弱をつけてな。強く打った次は弱く、また強く。お前さん達は、その強弱がつけられるようになっておる。わしが見本を見せた後にやってみなさい。ほい、いいぞ。落としてくれ。」


 ラリーさんの真上に飛んでいたカラスが、咥えていた袋からバサッと落ち葉を落とした。大きな葉や小さめの葉はひらひら落ちてきたり、ストンと早く落ちてくる葉もあって様々な動きをしていた。ラリーさんは引きつけるように待ってから、一瞬でパパパッと動いてすべての落ち葉を打った。


 全部の動きは早すぎて見えなかったけれど、もの凄く恰好が良かった。そう思ったのは私だけではなかったようで、熱く見つめていた二人もいたく感心していた。特にピートさんはもの凄くキラキラした目でラリーさんを見つめていて心酔しきっていた。


「し、師匠……!!すげえ!かっけえ!」


「いいか、強弱だ。緩急をつけて打つんだ。力の調節だ。それを一瞬で見極めろ。後ろの気配を感じるんだ。後ろにも目があるように気配をつかめ。一切気を抜かなければ、すべての葉を打つことは、そう難しいことではない。」


 そうして始まった新しい落ち葉の訓練は、ひたすら岩を打つよりも、動きがある分二人とも楽しそうだった。バサーバサーと何回も落ち葉をかぶることになっても、とても生き生きと訓練していた。


 カラスが咥えている袋にはアビーさんの魔法がかけられているようで、一瞬で落ち葉が集まったり、とても早く落ちてくる葉があったり、追いかけてくる葉まであるようで、落ち葉が複雑な動きをしていた。そしてまた体を鍛えたり、大岩を登ったり、その落ち葉の訓練を、毎日何回も繰り返したりしていた。


 そして私は、新しく日課になったキノコ集めに精を出していた。広い雑木林には、とてもたくさんの色々な種類のキノコが毎日いろんな所に生えていて、探すのも楽しいし、みんなが美味しいと喜んでくれるので、私はクロとディアさんと一緒に毎日一生懸命にキノコを探して過ごした。


「今日もアビーさんの姿を見かけませんね。ラリーさん、アビーさんは部屋にも居ないんですよね。」


「う?うむ……。まあ、元気でいることは分かっているんだ。」


 アビーさんは毎食ごはんを食べる訳ではないし、好きに自由に飛んで行ったり、また帰ってきたり、好きな時に寝て好きな時に起きるので、必ずいつも同じように顔を合わす訳ではないのだけれど、気づくともうここ何日も、アビーさんの姿を見ていない。私にとっては、こんなことは初めてなので心配になってしまう。


「そうだな。そのうち様子を見に行ってみるか。しかし、子供達だけにするのは、心配だ……。」


「大丈夫だ。師匠!俺たち、ちゃんと留守番できるよ。師匠、気になってんだろ?今日にでも、行って来たらいいよ。」


「ピートよ、お前さん達も……、しかしな……。」


ラリーさんは、まだ迷っているようだった。私達はラリーさんに安心してもらえるように必死で説得する。少しは強くなったし、クロもいるし、ちゃんとどこにも行かずに留守番できる。私達はラリーさんにも、アビーさんにも好きなように自由でいてほしかった。その気持ちが伝わったのか、ラリーさんがほろりと涙ぐんだ。


「ありがとう、お前さん達みんな。わしは……、うん?」


 ラリーさんが何か言いかけたとき、もの凄く大きな風の音が聞こえてきた。その音がバサーバサアーと規則正しく繰り返されていて、そして、どんどん近づいて来ていた。真っ昼間なのに突然夜のように真っ暗になったと思ったとたん、空を見上げていたピートさんが目を見開いて、椅子に座ったまま背中からビターンと倒れた。


 え?と空を見上げると、とてもとっても、信じられないぐらい大きな、真っ赤なドラゴンが私達を見下ろして、羽ばたいて浮かんでいた。風圧がもの凄いことになっている。


「あ、アビーさん!」


「「ええ~!!??」」


「ほう、見破ったか。さすが我が娘。エミリアにはすぐに分かったようじゃ。しかし他の者には分かるまい。」


 そう言いながら、大きなドラゴンがアビーさんの姿に戻った。ニコニコしながらご機嫌な様子のアビーさんがスーッと降りてきた。


「ただ今戻った。ラリー、待たせたな。言っていたよりも長くなったが、心配をかけたか?」


「おかえり、アビー。わしはアビーを信じておった。必ずやり遂げるとな。まあ、あと何日か遅かったら、様子を見に行ったがな。」


「そうか、さすが我が半身よ。妾、いつもそなたの信頼に応えると約束する。今回のように。」


 アビーさんとラリーさんが見つめ合って、手を取り合っていた。椅子を元に戻して座りなおしたピートさんが、ゴホンッと咳払いをしてから、二人に話しかけた。


「いったい何事だ。今のなんだ!あのでっかいのは何だったんだ!ちゃんと分かるよに説明してくれ!」


「説明とは?そなた、竜を知らんのか?いや、ドラゴンと言ったか。最強の生物じゃ。」


「え~?なんだよ?ノアのばあちゃんはドラゴンだったのか?人……、じゃなくて、魔女じゃなかったのかよ?」


「そなたは阿呆か?妾ほどの魔女は、そうおらぬであろうが!小僧がなにを訳の分からぬことを!」


「アビーさん、ドラゴンに姿を変えられるようになったんですか?その練習をしに行っていたんですか?」


「そうじゃ。妾、変化の魔術がどうも苦手でな。細々と繊細で面倒臭いであろう?したが、そなたの羊を赤くしてから、なにやら妾の魔術をより一層高められそうな気がしたのじゃ。もっと手中に収められるとな。それで、ラリーに留守を任せてちょっと修行しておったが、冴え渡るように閃いてな!最強の竜に変化できるようになったのじゃ。つまり妾は最強になったとゆう訳じゃな。アハハハハハッ。」


 今まさに、その道を目指しているのはノアとピートさんなんだけど、最強になったのは、アビーさんだった。私はもともとアビーさんのことを最強だと思っていたので、更に最強になったアビーさんとの違いがあまり分からないけれど、あの大きなドラゴンは、確かにとても最強に強そうだなと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ