64.朝のひととき
ふと物音で目が覚めると、分厚い温かい布団に包まれて外で寝ていた。まだ夜が明けきっていないようで、空が白んでほのかに明るくなってきていた。とても朝早く目が覚めたはずなのに、もうすでにみんな起きていて、キビキビと行動していた。
私はまだぼんやりする頭で、そんな様子を布団に包まりながら眺めていた。そうだ、みんなでキャンプみたいに外で眠ったんだった。昨日見とれていた夜空の面影はもうどこにもなくて、また新しい清々しい朝が始まろうとしていた。
焚き火があった辺りには、石が積んであって小さなかまどになっていた。そこでラリーさんが鍋をかき混ぜて、もうなにかの料理をしていた。その向こうの離れた場所では、ノアとピートさんが木の棒のような物を、上げたり下げりとゆう動きを繰り返していた。なぜかずっと同じことをしている。
ふと隣を見ると、メイベルさんがモゾモゾと布団の中から這い出していた。目を擦りながら不機嫌そうにしている。
「うるっさい!なんの音よ!誰!?せいっせいっ言ってるの!!うるさいのよ!」
メイベルさんが元気よく起き上がったので、私もモゾモゾ布団から出て起き上がることにした。布団から出て座ると、ラリーさんが作っているスープの美味しそうな良い香りがした。ノアが私に気がついて、こちらに走ってきていた。
「ラリーさん、おはようございます。美味しそうな香りですね。メイベルさんもおはよう。」
「おはよう、エミリア。ねえ、エミリアもうるさくて目が覚めたんでしょ?迷惑よね?」
「変な掛け声を出していたのはピートだけで、僕じゃない。おはよう、エミリア。そこに座っててね。髪の毛を結ぼう。」
「え?そのエミリアの髪形、いつもノアがしてるの?ホントに?どうやって?」
走ってきたノアが、急いで私の髪の毛を櫛で梳いて可愛く結んでくれる。みんなが一斉にそろうと、賑やかで朝から楽しい気分になる。
朝ごはんにはラリーさんが作ってくれた具だくさんのスープと焼きたての香ばしいパンがとても美味しくて、みんなでいつも以上にモリモリと朝ごはんを食べた。外でみんなでごはんを食べると、いつもよりもっと美味しい気がした。食べながらメイベルさんはまた、ピートさんに掛け声のことを言っていた。
「俺は、せいせいなんて言ってねえ!気合入れて素振りしていただけだ。」
「もう、ラリーさんに教えてもらっているの?」
「いいや、まだ自主練なんだ。俺のやる気は十分だ。強くなるには体を鍛えないといけないんだ。俺はこれから毎日棒を振り続ける!」
「迷惑!うるさい!寝てる時はやめて!せめて、せいせい言うのはやめて!」
「だから、言ってねえって言ってんだろ。せいせいってなんだよ?」
「気づいてないのが、おかしいのよ!うるっさいんだから!」
「まあまあ、メイベル。ピートも頑張っているんだから、妙な声を出すぐらいは、ね、我慢しましょ。それより顔を洗って身支度しないと。」
メイさんが食べ終わって、メイベルさんを宥めていた。二人が並んで座っている姿を見ていたら、昨日荷台で固まっていた二人のことを思い出した。
「そうだ、私言い忘れていたことがあるんです。サビンナにいる時に、聞いたんですけど、王都のあたりの治安が悪くなっているらしくて、帰ってこない人がいるとか、商人の人も兵士の人を何人も雇うとかいろいろ聞いて、学校なら違う町にした方がいいとも言ってました。」
私が言われたことを思い出しながら話していると、和やかだった団らんのひとときが一気に深刻な雰囲気になってしまった。とくにメイさんの表情が暗く沈んでいて、こわばったような顔になっていた。
「じゃあ……、じゃあ、もしかして昨日みたいな盗賊がたくさんいて、もしかしたら、私達、また狙われるかも、しれないってこと?治安って……、どうして、そんな、そんな……。」
メイさんが口元を押さえて、ショックにおののいていた。隣にいるメイベルさんが背中を撫でて宥めている。私は、あまりの状況の変化に驚いていた。こんなに大変そうな事態になるほど重大なことだったなんて思わなかった。どうしたらいいのか、目の前に座っているラリーさんに視線を移した。
「ふむ。昨夜の盗賊のような奴らが、何人来ようがわしらには何ともないが、あまり目立つのもいかんか……、しかし情報が足りんと、状況がわからんな。ピート、次の村までどれぐらいで着くんだ?」
ピートさんが慌てた様子で荷台まで地図を取りに行った。大きな地図をみんなの前で広げて見せて、指で道順を追っていきながら説明していた。私も一緒になって地図を見ていたけれど、サビンナを出発してからは、ずいぶんたくさん泊まりながら、ゆっくりなペースで進んで来たことが分かった。
クロとピートさんがよくケンカをしている話しをラリーさんがしていたけれど、なんとなく理由が分かった気がした。思わず振り返って荷馬車の上のクロを見ると、目が合った瞬間にフンッとそっぽを向かれてしまった。つい可笑しくてフフッと笑ってしまう。
「……だから、予定変更するなら昼頃には村に着くけど、そんなちっこい村に寄るつもりなんて無かったし、たぶん畑ばっかで何もないぞ。いちいち停まって話しを聞いていくのか?……先を急いだ方がいい気がするけど。」
ピートさんがとても不満そうにしていた。昨日までは盗賊にも遭遇しなかったんだし、そんなに警戒するほどの事でもないとラリーさんに言っている。そんな二人を見ていたら、もう一つ話していないことがあるのを思い出した。
「そういえば、ピートさんに言うのを忘れていました。クレアさん達が今はオルケルンにいるそうですよ。とてもたくさん、兵士の人と移動したらしいので、無事に着いたとは思うんですけど。治安が悪いなら、やっぱり心配ですね。」
「え?姉ちゃんが?なんで?何のために?何しに?」
ギョッとしたような顔をしたピートさんが、目を見開いて私を見た。ちょっと困った事になってしまった。何のために行ったと言っていたっけ?オルンさんに聞いた時にすぐに話しておけばよかった。何をしに?何のため?
「お姉さんだけじゃなくて、クレアさんと他にもたくさん……、何のためだったかは忘れました。ずいぶん前に聞いたので……、ごめんなさい。……夢とか、言ってたような?希望?だったかな?う~ん、憶えてません。」
「意味が分からん。何してんだ、あの人は……、まあ、姉ちゃんなら、盗賊に負けそうにねえけど、無事に着いたかは、まあ気になるな。」
「……オルケルンに、行かない?行先は、オルケルンにしましょう。クレア達がいるなら安心だし。大きな町だし、大きな学校もあるもの。」
メイさんの突然の発言に全員が驚いて、しばらく言葉が出なかった。呆気にとられたような沈黙の後に、メイベルさんが立ちあがって抗議した。
「ママ!王都に行くんでしょ!?パパを探すんだよね?私、パパを探しながら学校に通うんだから!!」
「おばさん、みんな王都に用があるんだ。エミリア達は錬金術師を探しに行くし、メイベルは親父さんを探すんだから、王都に行かないなんて、そんな!」
「あら、行かないなんて言ってないわ。情報はね、大きな町に集まるのよ。今から、小さな村々で王都のことを聞いて回ったって、詳しい話なんて聞けないんじゃない?時間がかかるだけよ。それに、オルケルンなら他にも親戚がいるし、王都とも太い道が繋がってるじゃない?その方が安心よ。」
メイさんがメイベルさんに向き直ると、手を引いて座らせてから、落ち着いて話して聞かせる。
「王都に行かないなんて言ってないの。王都の状況が知りたいの。その為には、一度オルケルンに根を下ろして、治安がどの程度悪いのか、先に知っておきたいわ。それに、メイベルは町の大きな学校を知らないでしょ?王都で学校に通う前に知っておいてもいいんじゃないかしら。」
黙って話を聞いているメイベルさんも、最初は怒ったような顔をしていたピートさんも、だんだん確かにとゆう顔になっていった。そして、それぞれみんなが無言で考え事をしていた。すぐに答えは出そうになかった。
私は広がられた地図をなんとなく眺めていた。そして気がつくと湖や泉がないかを探していた。ディアさんのお姉さん達の泉がどこにあるのかも、分からないままだった。
「聖なる泉って、知ってますか?たぶん近くに神殿とかがあると思うんですけど。」
考え事をしていたメイさんやピートさんが、私に気がついて一緒に地図を覗き込んで、泉がないか探してくれているようだった。
「聖なる泉?そんなもんが近くにあるのか?この地図にのってるのか?」
「泉がある神殿なの?神殿じゃないとだめなの?」
「どこにあるかは分かりません。この地図にのってるのかも知らないんですけど、有名な泉とかがあるのかなって、思っただけで、何もわからないので……。」
「そう、どこにあるのか分からないのね。でも神殿なんでしょ?そしたら都会じゃない?小さな村や町に神殿なんてないもの。」
「なるほど、確かに神殿なんて、そこらには無いな。それならすぐに見つかるんじゃないか?」
二人がそう言ってくれるので、都会に行けばディアさんのお姉さんの泉がすぐに見つかる気がしてきた。大きな建物はたしかに都会にしかないと思う。その時、荷台の上にいるクロがグギャーグギャーと大きな声で鳴いた。
みんながクロに注目してみると、クロの向いた方向の空になにか大きな黒い塊が飛んでいた。だんだん近づいて来ているようだった。どこかで見た気がして、すぐに黒い塊がカラスだとゆう事に気がついた。その中心にはアビーさんが飛んでいた。もの凄い速さで飛んできているようだった。
なんとなくその光景が、もの凄く目立っているなと感じた。たぶん目にした人は、ビックリしてずっと忘れないで憶えている気がする。たしか王都では隠密行動が鍵と言っていたような気がしたんだけど、まだ王都に着いていないから、気にしなくても、いいのかも、しれないけれど……。
もうすぐ間近に、すごくご機嫌そうなアビーさんが両手になにかとても長い棒状の物を持って飛んで来ていた。
「ははははは!最高の素材じゃ!どうじゃ!立派であろう!これで、最強の棒使いじゃ!最強の男を目指すのじゃ!今から特訓じゃ!!試練じゃ!ははははは!」
昨日最強を目指すと言っていた二人でさえ、アビーさんに呆気に取られて、ポカンとした顔をしている。ラリーさんだけは通常どおりだった。
「もう!アビー、どうしてわしを置いて行ったんだ。素材を取りに行くなら、わしも一緒のはずだろう。様子を見に行ったんじゃなかったか?」
「すまんすまん。たまたま見つけてな!今夜そなたも連れて行こう。あれは夜明けと関係してそうじゃ。それよりどうじゃ!見事であろう!よい棒であろう!」
「むむ、確かに、これは、確かに。うむ。……良いな。」
ラリーさんは手渡された、とても長い棒をつぶさに観察しながら、うんうん唸っていた。その長い棒はほのかに光ってみえるんだけど、気のせいだろうか。そうしているうちに、ラリーさんがうんうんとか、よしよしと言いながら、荷馬車の部屋に入って行った。アビーさんも大あくびをしてから後について行った。カラス達はクロが指示をだして、続々と飛んで行く。
「さて、しばらく移動はなさそうだ。とりあえずこの辺を片付けよう。」
ノアの言葉に、ようやくみんなが我に返ったように食器や、寝袋なんかを片付け始める。メイベルさんはまだ意味が分からないようで、ピートさんに聞いていた。
「え?え?なにあれ?どうなってんの?……移動、しないの?昼までにとか、さっき、え?なにがあったの?」
くるっと振り向いたピートさんが、とても重要とゆうように重々しくメイベルさんに教えていた。
「いいか、メイベル。考えるな。考えても無駄なんだ。黙って見ないふり。それが一番楽なんだ。これが平和のもとなんだ。分かるな。」
ガシッとメイベルさんの肩をつかんで、鬼気迫る勢いで説得していた。そんなに大袈裟にしなくてもと、ピートさんを止めに行こうとすると、首を横に振ったノアに引き留められてしまった。
テキパキとみんなが協力し合ったので、すぐに敷物まですべてきれいに片付いた。もうすっかり朝日は昇り切っていて、新しい一日がまた始まっていた。