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63.悪者を退治する強い男

「おお!えらい美人じゃねえか!もうけもんだ!!」


 私に見えたのは、ピートさんのいる御者の席のまだ向こうに、一定の間隔をあけて荷馬車を囲んでいる人達の中がいて、その中の頭に髪の毛が生えていないガッシリした体格の年配の男性が、こちらに手を伸ばして、一歩前に足を踏み出そうとした所までだった。


 屋根の上からクロが羽を広げながら降りてきたので、視界が一瞬真っ黒な羽だけになって、御者の席に降り立ったクロから視線を元に戻すと、さっき私になにか言っていた頭に髪の毛がない男性が、なぜかいなくなっていた。


 ただその人がいた方角の遠くの方で、なにかが高速で回転しながら遠ざかっていて、ものすごく砂埃がもうもうと立っていた。しばらくその不思議な光景を、ここにいる全員で眺めていた。


「この野郎!アニキになにしやがった!アニキをどこにやった!?」


 いなくなった頭に髪の毛がない男性の隣に立っていた、長髪で顔に大きな傷がある男性が、ハッと我に返ったように、私に向かって大きな声で怒鳴るように聞いてきた。全然まったく手が届く距離にいなかったのに、どうして私のせいになるのか分からなかった。


「あの、私、なにもしてません。その、アニキさんがどこに行ったのかも知りません。どこに行ったんでしょう。さっきまで、そこにいたのに不思議ですね。」


 たぶん私の言葉にみんな同意してくれたと思うんだけど、その長髪の男性も不思議そうに、辺りを見渡してアニキさんがいないかもう一度確認していた。他の人達はなにか気味悪そうにしているけれど、長髪の人は悪態をついていて、元気そうだった。


「あの、お聞きしたいんですけど、みなさんは盗賊の方でしょうか?お金や物を盗んだりする人達ですか?」


「当たり前だろ!分かったらありったけの金を出せ!荷馬車ごと俺たちのもんだ!女どもは売っぱらうんだから、大人しく縛られてろ。妙な真似しやがったら痛めつけるからな!お前たち何してる!さっさと乗り込め!」


 荷馬車を囲んでいた人達は、気味が悪そうに遠巻きにしていたけれど、長髪の人に怒鳴りつけられて、我に返ったのかみんな意地悪そうな顔になった。確かに盗賊の人達で間違いなさそうなので、ラリーさんに知らせることにする。


「ラリーさん、盗賊の人達がいました。お金と荷馬車も欲しいと言ってます。」


「ほうほう、盗賊か。それはそれは、よっこらしょっと。」


 ラリーさんは荷馬車の部屋から出てくると、ポケットの中から黒くて長い棒のような物を取り出した。盗賊の人達は警戒するように囲んでいる荷馬車から少し距離をあけて、それぞれの武器を構えたようだった。


「わしは、わしの家族を全力で守ると決めている。お前さん達には悪いが、そうだな、今から腕と足の骨を片方ずつ折る。わしの大事な家族に手出しできんようにな。まだ悪さするようなら、両方折ることにしよう。」


 そう言うと御者の席から荷馬車を降りて行った。盗賊の人達は奇声を上げながらラリーさんに飛びかかっていったようだった。私にはクロがさっきから邪魔をしているので、何も見えなかった。あっという間に、ラリーさんだけが立っていて、他の人達は地面に蹲って呻いていた。


「おいおい、お前さん達、しっかりせんか。わしはああは言ったが、まだ骨を折っておらんぞ。ただ打っただけだ。まったく、情けない声を出すな。これに懲りたら悪さを止めることだ。さて、今すぐここから居なくなるなら、追わずに逃がしてやろう。まだ向かってくるなら、今度はちゃんと折ってやる。どうする?」


 それで盗賊の人達は悲鳴を上げながら慌てて散り散りに逃げて行った。カラス達が確認する為なのか、飛んで追いかけて行った。


「クロ、どうして見せてくれなかったの?私もラリーさんの活躍を見たかったのに。意地悪しないで。」


 クロは機嫌が悪そうにグギーと鳴いて、フンッと鼻を鳴らすと屋根の上に飛んでいってしまった。クロを見上げていると、ピートさんがラリーさんのことを突然大きな声で、変わったあだ名で呼んだ。


「師匠!」


 そしてラリーさんの所に駆けて行って目の前に立ちはだかると、膝をついて大声で懇願し始めた。


「師匠!俺にその剣を教えてくれ!俺は強くなりたいんだ!」


「いやいや、ピートよ。落ち着け。これは剣ではない。鉄のように硬いが、ただの棒なんだ。アビーが剣を嫌いでな。」


「俺にその鉄の棒の技を教えてくれ!俺の師匠になってくれ。俺は強くなりたい!」


「待て待て、師匠はやめてくれ。いつものように、じじいと呼んでくれ。そんな、技とゆう程のもんじゃないんだ。困ったな。そうだ、ピートよ。ご婦人方の様子を見てきてくれ。ご婦人方にそこの焚き火でお茶とお菓子を用意しよう。怖い思いをしただろうが、腹の中が温まれば、気持ちも落ち着いて眠れるだろう。」


 ラリーさんがお菓子を取りに荷馬車に戻ろうとすると、ピートさんが追いすがった。どうしても離さないぞとゆう意気込みが感じられる。


「俺は、俺は!子供の頃から家の商品を護衛して守る強い兵士になりたかったんだ。村人みんなが丹精込めて作った果物や菓子や、時間をかけて織った布や服は売りに行くんだ。そんな大事な商品や代金が、途中で盗まれるなんて、許せないだろ?それは生きる糧だ。そんな大事なもんを横からかっさらう奴らは許せない!だから強くなって、そんな悪い奴らを跳ね返すような強い、兵士に、俺は、ずっと!憧れていた!」


 ピートさんは興奮してぶるぶる震えながら、見たこともないほど真剣な顔をして、自分の拳を強く握りしめていた。そして、一度目をギュッと瞑ってから、今度は落ち着いた声で話し始めた。


「俺は、どうしても強い兵士になりたかった。だから親父に頼んでオルケルンまで連れて行ってもらったんだ。あそこには兵士を育てる学校があるから、絶対にそこに入ろうと思って、見に行った。でも……。」


 そこまで話すと、ピートさんは髪の毛をグシャッと握りしめて辛そうな表情になってしまった。少し震えているようにも見えた。


「剣は、兵士が使う剣は、腕や足や、いろんなものを奪う。無くなった手足はもう二度と、戻らないのに……。俺は、それが怖くなって、嫌になって、今は、なにも、していない。だからこうして旅をしていられるんだけど。本当は、ずっと今でも、俺は、強くなりたいんだ。強い男になって、大事なものを、自分の手で守りたい!俺は!逃げるんじゃなくて、隠れるんじゃなくて、みんなを守る為に、戦える強い男でありたい!だから!俺に鉄棒の技を教えてくれ!骨は折れてもくっつくから、俺はその鉄棒の技を使う、最強の兵士になる!!」


 ピートさんがすごく熱い気持ちをラリーさんにぶつけている。ピートさんがみんなを守りたいとゆう気持ちが伝わってきて、すごく感動的な場面なんだけど、どうしてか私は、鉄棒、とゆう言葉に反応してしまって、なにかモヤッとなんだけど、それは武器?なのかなと不思議な気持ちになってしまっていた。


「その意気込みやよし!妾がそなたに、新たに棒を授けてやろう。ラリーに使い方を習って強くなるがよい。」


 振り返ると、アビーさんとノアが荷馬車の部屋から出てきていた。アビーさんはご機嫌な様子でピートさんを見ている。


「妾も剣が嫌いでな。あれは使い方を間違っておる者が多すぎる。そなたは存分に最強の棒使いを目指すがよい!ラリー!最強じゃ!最強に育てるのじゃ!」


「おじい様、僕も、僕にも、鉄棒の技を教えてください!僕も強くなりたい!」


「アビー、そんな、二人ともまだ幼気な子供ではないか。戦うなど、そんな危ないことはしなくともいいんじゃないか。」


「なにを言うか!訓練じゃ!練習じゃ!最強を目指すのだ!」


 なにかがアビーさんの琴線に触れたようで、もう誰も、アビーさんを覆すことは出来ないようだった。ラリーさんはやれやれと言いながら了承していた。明日から、鉄棒の練習を始めるのだ!とアビーさんが高らかに宣言している。ピートさんは小躍りする勢いで喜んでいた。


 ラリーさんは困ったような顔をしながらお菓子の用意を取りに行った。すぐに大量のお菓子を持って戻ってきて、荷台の隅でポカンとした顔をしているメイさん達を誘って、荷台を降りて行った。


「エミリア、ちょっといい?」


 ノアがすぐ近くにいて、真剣な顔で私を見つめていた。私は泣き疲れて寝てしまったノアのことを思い出して、少し気まずくなった。


「ごめんね。私、心配ばかりかけて。私が眠っている時に、ノアが」


「違うんだ。謝るのは僕の方なんだ。僕の方こそ、ごめん。どこにもとか、なにもしなくていいとか言ってごめん。本当にごめん。エミリアに好きなように、自由にいてほしいのに。全然違うこと言って、ごめん。」


 ノアは私の手をとって、気持ちを込めて真摯に謝ってくれる。私の方が謝らないといけないと思うのに、見つめ合ったままノアが言葉を続けた。


「僕は、自分の恐いと思う弱さを、ぶつけてしまったんだ。でもそれは間違ってる。ピートの言ってることは正しいよ。大事なものを守る為には、自分が強くないといけないんだ。僕は、強くなる。エミリアを守れる強い男になるよ。僕は最強に強くなって、エミリアを守るよ!ピートよりももっと鉄棒の練習を頑張るよ!」


 よく分からないうちに、なぜかみんなが最強を目指し始めてしまった。そしてなんだか、鉄棒の練習とゆう言葉にも、なぜかモヤッとした気分になる。なんだろう?なにか棒を登るみたいなイメージが浮かんだんだけど、強さの高みを目指すとゆう事なんだろうか。腑に落ちない気分のまま、ノアに手を引かれて一緒にみんなが集まる焚き火の所に向かう。


 温かくて甘いお茶とお菓子をみんなで楽しくお喋りしながら食べた。こんなに夜遅くに起きている事も、外にいる事もめったにないので、なぜかワクワクしてしまう。焚火の揺らめきはいつまでも見入ってしまうほど綺麗で、ふと夜空を見上げるとたくさんの星が煌めいていた。


 その美しい光景に見蕩れていたら、心がとても静かで落ち着いていることに気がついた。つい先ほど、盗賊の人達がいたことなど、すっかり忘れてしまっていた。ラリーさんが焚き火の周りに寝袋とゆう布団を用意してくれて、今夜はみんなで焚き火を囲んで眠ることになった。


 アビーさんだけは、ちょっとカラスと散歩してくると言って飛んで行ってしまったけれど、ラリーさんがすぐに帰って来ると言っていたので、とても喜んでいるメイベルさんの隣で布団に入りながら、夜空を見上げてお喋りしていた。


 いつもと違うことが楽しくて、眠ってしまうのが惜しくて、ついついみんなで夜更かししていた。瞼が重くなってきて、眠る直前に、そういえばサビンナで誰かに、治安が悪くなっている話しを聞いたことを思い出した。明日の朝に起きたら、みんなに教えないとと思いながら、目を閉じるとすぐに眠ってしまった。

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