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62.よく眠ってから起きて

 眠くて眠くて、すごく眠たくて誰かが、たぶんノアだと思うんだけど、朝だよと起こしてくれたんだけど、目が開けられないまま、また眠ってしまった。次にまた誰かが起こしてくれた時には、少し目を開けたんだけど、まだまだ眠たくて、すぐにまた深い眠りに落ちて行った。


 ときどき意識がふわふわ浮上して、眠っている私の側に誰かがいる気配は分かるんだけど、すぐにまた眠たくなって、私を眠らせようとしている何かに、強く引っ張られていくように、また深い眠りに落ちていく。


 なんだかふわふわしていて、ふと思ったのだけど、こんなに眠ったままで起きなかったら、みんな心配しているんじゃないかなと、まだまだぼんやりした頭で考えた。早く起きないと、とも思ったんだけど、それよりしっかり眠って、ハッキリ起きた方が良いような気もしたので、私は眠りに抗うのを止めることにした。


 私の眠気とガッシリ全身で握手するように、しっかり全力で眠るぞ!と決意した途端に、突然眠気からパッと手を離されたように、パチッと目が開いた。スッキリした清々しい気分で、一切眠気が残っていない、ハッキリとした目覚めだった。


 ベッドの中には、ノアも誰もいなかったけれど、なにか私の眠っている周りにたくさんの物が置かれているようだった。その一つを手に取ってみると、白くて両手に収まるほど小さなぬいぐるみだった。一つ一つを手に取ってみると、羊や鳥や猫や犬や、いろいろな可愛い動物のぬいぐるみ達が、私の周りを埋め尽くすように取り囲んでいた。


 ベッドの上で上半身を起こして見渡してみると、部屋中の至る所に大小さまざまな大きさの白いぬいぐるみが飾ってあった。とても可愛いのだけれど、これは流石に多すぎるのでは?と思いながら、ベッドの上を埋め尽くしている小さなぬいぐるみ達を落としてしまわないように一か所に集めていると、部屋の扉がパッと開いて、アビーさんとラリーさんとノアが部屋の扉の前で固まっていた。


「あ、おはようございます。このぬいぐるみ……」


 ぬいぐるみの事を聞く前にノアが私に飛び込んできた。ぎゅうぎゅうに抱きついてくるノアをポンポン撫でてあげる。やっぱり寝すぎて心配かけちゃったんだよね。なんとなく、そうじゃないかなとは思っていたけれど、よく寝て清々しく起きただけなので、ホントに申し訳ない。


「ホントにごめんね。心配かけちゃったよね……。」


「エミリア、なにも謝ることはない。妾達はちゃんと眠っているだけだと分かっておった。羊のやつもそのうち起きると言っておったからな。」


「そうなんだ。羊も心配いらんと言っていたんだが、ノアがあんまり心配するのでな、今から神木の家に連れて行って寝かせようとしていたんだ。いや良かった良かった。体の調子はどうかな。」


「体はどこも、なんともないです。元気です。あの、羊ってゆうのは……?」


 みんなが答える前に、アビーさんの後ろからおずおずと小さな白い羊の可愛いぬいぐるみが現れた。ふわふわ空中に浮きながら、ゆっくり私に近づいてくる。


「エミリア、ごめんなさい。私のせいなの……。エミリアはまだ子供だったのね……、それなのに私、無理矢理力を使わせちゃったの。だから、すごく疲れちゃったんだと思う。エミリアはエミリアで、他の誰かじゃないのに。エミリアはユヌマじゃないのに。……本当にごめんなさい。」


 私は手を伸ばして、羊のディアさんを抱き寄せた。手のひらの中の可愛いぬいぐるみのディアさんを、なでなで撫でる。とても可愛い。


「ディアさん、とても可愛いですね。ふわふわ自分で動けるようになったんですね。良かったですね。私、よく眠ってスッキリ起きただけなので、気にしないでください。なにも謝ることはないですよ。」


「エミリア、そんなにすぐ許したらだめだよ。この羊のせいで何日も眠ることになったんだよ。それだけエミリアの体に負担になった証拠なんだから。この羊のせいで!……」


 ガバッと起き上がって、ディアさんを激しく責め立てるノアの口をそっと手でふさいだ。ノアが困惑の表情で私を見る。口を押さえられて、黙ったノアとしばらく見つめ合った。


「私も知らなかったんだから、私のせいでもあるよ。だから、もう怒らないで。心配かけてごめんね。私は元気だし、みんなに仲良くしてほしい。」


 ノアからそっと手をどけても、やっぱり困ったような顔のままだった。私はノアの頬に手で触れながら、もう怒らないでほしいとお願いしてみる。


「……分かった。」


「ありがとう。たくさん心配かけてごめんね。」


 ノアの頭をよしよし撫でると、今度は泣きそうな顔になってしまった。たぶんこのまま起きなかったらと、怖い思いをさせてしまったんだろうなと、改めて申し訳なく思った。謝りながら頭や肩や手をたくさん撫でた。


「ところで、どうしてこんなにたくさん、ぬいぐるみがあるんですか?これ全部雲じゃないですよね?」


「いろいろあるが、雲じゃなくただの試作品なんだ。可愛い顔とゆうのがなかなか難しくてな。エミリアが起きた時に寂しくないようにと言って並べていたんだが、さすがに多いな。後で片付けよう。ぬいぐるみもたくさん作ったが、荷馬車の屋根も改造したんだ。あとでノアと昇ってごらん。」


 もしかして、あのもっふもふの屋根がこの荷馬車に!?それはとても楽しみ!今すぐ荷馬車の屋根に上ってみたい!勢い込んでベッドから出ようとすると、ノアが繋いでいた手を引っ張ってベッドに戻した。ノアを見ると、思い詰めたような顔をしていた。


「恐い。とても恐いよ。エミリア。どうして、ずっと眠ったままだったの?渡る人って、何をするの?そのカケラに何かしたら、またずっと眠ることになるの?……それなら、もうそのカケラの力は使わないでほしい。どこにも行かなくていい。何もしなくていい。僕は、僕は、エミリアになにか起きるかもしれないことが、とても恐い。ものすごく、嫌なんだ。」


 話している途中から涙を流していたノアが、とうとう嗚咽をあげながら泣き出してしまった。泣いて、ベッドに蹲って泣いて、そのままノアは疲れ果てたように眠ってしまった。


 ノアは私が眠ってしまってから、ずっと寝ないで私が起きるのを待っていたらしい。だから疲れて眠ってしまっただけだよと、ラリーさんは私をなぐさめてくれる。けれど私は、そんなに辛い思いをさせていたことに、胸がギュウッと締め付けられて、その場からずっと動けないでいた。


 大量のぬいぐるみ達が片付けられていって、ノアをベッドの中に寝かせてみんなが部屋から出て行っても、私はずっとノアの寝顔を見つめていた。ごめんね。こんなに心配かけて本当にごめんなさい。それはとても恐いよね。とても恐かったんだね。ずっと側にいて、不安な気持ちで、起きてくるのを待っていたんだね。


 ノアが心配して離れずにいた姿が目に浮かんで切なくて、涙がポツポツ手に落ちた。私の手に落ちた涙はスウッと消えて無くなっていく。この荷馬車の部屋はアビーさんの魔法で出来ていて、たぶん普通の、たとえばメイさんのお家で眠るよりも、疲れがとれたり、不調や怪我なんかが回復するように出来ている。


 だから私がもしも、ここ以外の場所で眠っていたら、もっと長い間起きなかったんだろうと思う。そう思うと、自分でも少し恐くなった。疲れていたからよく眠って、起きただけじゃなかった。何も知らない私は、考えなしに行動したらいけなかったんだと反省する。


「……エミリア、大丈夫?体調が悪そう。辛そうだよ?疲れたなら、エミリアも眠った方がいいんじゃない?眠って起きたら元気になるんでしょ?」


 話しかけられるまでディアさんが側にいることに気がつかなかった。部屋の中を見渡すと、大量のぬいぐるみも無くなっていた。


「ディアさん、私どうして眠ったままだったんですか。このカケラの力とゆうのを使ったら、また同じことが起きますか。私、ノアに心配をかけてしまうことが、とても辛いみたいです。」


「まあ!あなた達二人とも、お互いが辛いことの方が辛いのね。それ、知ってるわ。大事に思う感情よね。それって、美しいなって、前から思ってた。親とか子とかのあれでしょ。だから心配かけないように、大事にするのよね。とっても美しいわあ~。キュンキュンしちゃう!キレイよね~。」


「……ディアさん、私の話、聞いてますか?」


「聞いてる聞いてる。また眠ったままになるのかって話でしょ?そうね、ま、ならないんじゃない?だって、考えてみてよ。人は出来ないことは、出来ないでしょ?分かる?」


「……よく分かりません。」


「ええ?だからあ~!今回、私が無理矢理繋げちゃったじゃん?だから、すごく疲れちゃったんだと思うんだけど。ほら、疲れたら眠って回復しないとだめよね?だから、謝ったでしょ?ホントなら、自分で出来ないことは、出来ないわけ!つまり!出来ることをする分には、疲れすぎないでしょ、そりゃ、ね?」


「え?つまり、どうゆうことですか?」


「ええ??だから~、ほら、エミリアって、なんかいろいろ混じってるし、そのお守りとかもさ、最強じゃんって思ってたんだけど、まだ子供で、体も小さいし、ええと、だから、やり過ぎちゃってごめんなさいって感じ?」


 まだいまいちよく分からないんだけど、私が私の出来ることをしていく分には、大丈夫ってことだよね。そうしたら、何日も眠ったままになることは無いってことでいいんだよね?それなら、ノアが心配しなくてもいいから、私も安心できる。


「それで、渡る人は何かしなくちゃいけない事があるんですか?子供でも、私でも、できますか?」


「エミリア、あなた、とっても良い子よね。……しなくちゃいけない事なんて、私、知らないけど。私のユヌマは、ただ、したい事をしていただけだよ。人を助けてあげたいから、助けてあげていた。みんなに慕われていたけど、慕われたいから、なにかしてあげていたんじゃないもの。エミリアも、エミリアのしたいようにしたら、いいんじゃない?行きたい所に行くものなんだから。難しくてややこしい事なんて何もないのよ。したくない事なんて、しなくていいんだから。あ、でも泉の様子は見に行くわよね?」


 難しく考えなくてもよくて、私のしたいようにしていいなら、なにも心配しなくてもいい気がしてきた。もちろんディアさんのお姉さん達が困っているなら、なにかしたあげたい。私は気持ちのモヤモヤしたつかえが取れて、楽になった気がした。


「もちろんディアさんのお姉さんの様子は見に行きましょうね。私に何ができるか分かりませんけど、アビーさんもラリーさんもノアもいてくれますし、私は私のしたいことをするだけです。」


「あら、吹っ切れたのね。その調子!考えても仕方ないもの。時間の無駄よ。」


「無駄とまでは思いませんよ。気持ちが晴れたら、お腹が減ってきました。ノアが起きるまでにごはんを食べてきます。ディアさんも一緒に行きますか?」


「もちろん。言っときますけどね、私はずっとエミリアと一緒なのよ。ついでに言うとね、私エミリアと一緒じゃないと外に出られなかったんだから。ここの魔術って強すぎよね。だから私、改造したって言う屋根もまだ見てないの。ごはんを食べたら、外に見に行きましょ。」


 それでぐっすり眠っているノアを部屋に残して、私とディアさんは食堂に向かった。ラリーさんの美味しいごはんをモリモリ食べながら、外に屋根を見に行く話をラリーさんにしていたら、もう今は晩ごはんの時間で外は夜で暗いので、改造した屋根を見に行くのは明日の朝起きてからになった。


 しかも、今はもうすでにサビンナを出発していて、王都に向かっていることを初めて知って驚いた。それに夜はメイさん達がテントじゃなくて荷台に寝ている場合もあるので、夜間にはあまり荷馬車の部屋から出ないように気をつけているらしい。そんな話を、食後のお茶を飲みながら聞いていると、どこかからクロがグギャーグギャーと鳴く声が聞こえてきていた。


「またか、ピートとクロがなにか揉めているんだろう。クロとピートは最近ずっと荷馬車の速さの事でケンカしているんだ。……ちょっと仲裁してくるか。」


「あ、それなら私が見てきます。メイさん達が荷台にいるかもしれないんですよね。クロが速すぎるのを緩めてもらうようにお願いしてきます。」


 それで、様子を見に荷馬車の部屋から階段を上って荷台に出てきたんだけど、久しぶりに外に出ると、もうすでに夜で外は真っ暗で、なにか松明を持った男の人達に荷馬車が囲まれていた。薄暗い荷台の隅で、メイさんとメイベルさんが固まって震えている。


「バカッ!エミリア!どうして出てきた!早く部屋の中に入れ!」


 御者の席からピートさんが叫んだ。ピートさんの顔には殴られたような跡があった。一見して、ただ事じゃない事が起こっているようだった。これは、もしかしたら噂に聞く盗賊のみなさん達じゃないのかなと、ふと思った。

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