60.可愛い動物達の絵
私達の荷馬車の屋根の上にクロが止まっていた。クロはとても大きくて綺麗な黒色なので、遠くから見てもとてもよく目立つ。だんだん降下していく雲の上から見下ろしていると、こちらを見上げているクロと目が合った気がした。
それよりも森の入口付近にひっそりと停めていた荷馬車の周りの様子が様変わりしていた。椅子やテーブルや箪笥のような家具や、大量の大きな箱がそこら中に積んであるし、洋服がたくさん畳んで置いてある一画には帽子や靴が大量に並べてあった。私達全員が雲から降りると、クロがアビーさんの近くに降り立った。
「これは、……何ごとじゃ。」
クロがなにかカアーカアー話していると、荷台からピートさんがぴょんと降りてきた。メイベルさんも荷台の端からひょこんと不安そうに顔をだした。
「あ、おかえり!待ってたんだ。大変なことになってて……。引っ越し準備が始まっちまって、この荷物、全部荷馬車の部屋に入るかな?まだまだ増えるみたいなんだけど……。ごめん。荷馬車の部屋は広いって言ったのが間違いだったみたいで。」
大量の荷物は私とノアの背丈よりも高く積まれていて、こんなにたくさんの荷物や家具を、ここまで運んでくるのは大変だったんじゃないかなと思う。
「これ、全部ピートさんが運んできたの?」
「いや、今、サビンナの人もいろいろ手伝ってくれてる。」
アビーさんが呆れたように、家具や荷物を見渡している。ラリーさんが、う~むと唸ってから、荷物を一瞥すると、ひょいひょい器用に移動して荷馬車の部屋に入っていった。私達も荷物を倒してしまわないように注意しながら荷台の方に近づいていく。荷台の中ではメイベルさんが床に紙を広げて絵を描いていた。
「わあ、可愛い絵ですね。お姫様ですか?上手ですね。」
「ううん。これはエミリア。いろんなドレスを着てるの。お城の舞踏会用なのよ。」
「お城の舞踏会?それはとってもふわふわな服を着るんですね。可愛いです。」
「メイベル、もっと絵を描くならあっちのテーブルで描いたらどうだ?ちょうど椅子もあるだろ。この辺は荷物が多すぎて危ない。エミリアも、危ないからテーブルの所にメイベルと座ってた方がいい。」
ピートさんはそう言うと、テーブルを置いている場所を整理し始めた。ノアと一緒に協力しながら椅子を集めてきてくれて、座れるようにしてくれた。メイベルさんと私とノアが椅子に座ると、すぐに荷馬車の部屋からラリーさんが出てきた。手にはなにか紙の包みを持っていた。
「お、ちょうど良かった。子供達はここで、この菓子を食べて待っていておくれ。ピートとアビーは、わしと一緒にメイ殿の家までこの菓子を届けに行こう。」
ラリーさんが紙の包みの中から、オルンさんの家で食べたことがある、棒状のカラフルなお菓子を一人に一本ずつ渡してくれた。それから、三人はサビンナの集落に歩いて向かって行った。
ホルコット村の辺りでは昔からそこら中に売っていて、慣れ親しまれているらしいこのお菓子を、メイベルさんは知らなくて、初めて見たと言っていた。ノアが紐を持って食べ方を教えてあげていた。
独特のもったりとした食感の中にカリッとした木の実のようなものが入っていて、甘くて、カリコリと噛み心地も楽しくて、とても美味しい。メイベルさんもすぐに気に入って、三人で外に出しているテーブルで楽しくおやつを食べた。ノアがおやつを食べながら、メイベルさんに絵のことを聞いていた。
「メイベルは、羊を見たことがある?可愛く描ける?おじい様はたぶん可愛く顔が描けないと思うんだよね……。」
「本物は見たことないけど、絵本で見たことあるよ。私はなんでも可愛く描けるけど?」
「そうなんだ!そうしたら、ぬいぐるみの見本の羊は、メイベルさんにも描いてもらって、みんなが描いた中で、一番可愛い羊を見本にして作ってもらおうよ。」
「ぬいぐるみ?見本の羊ってなに?」
私とノアがラリーさんに作ってもらう予定の羊のぬいぐるみの説明をする。私は、なるべく撫で心地がよさそうな羊にする予定だと話した。
「ええ!いいなあ!じゃあ、すっごく可愛い羊を描くから!あとウサギとか!猫とか、鳥とか、いいじゃん、いいじゃん!いっぱい描く!」
メイベルさんが俄然燃え出したので、ノアが荷馬車の部屋に追加の紙を取りに行った。私もメイベルさんを見習って、張り切って可愛く羊を描くことにした。オルンさんの家にいる、あの迷子になっていた子羊みたいに、ふわふわで人懐っこくて可愛い子。メイベルさんと一緒に、夢中になって絵を描いた。
「ほうほう。エミリアは一生懸命に上手に絵を描いておるな。これは、揚げパンかな?ステーキかな?今日の晩ごはんに食べたいものを描いておるのか?」
「食べ物ではありませんよ?この絵は羊さんです。白くてふわふわの子羊さんです。でも、子羊にしては大きく描きすぎたかもしれません。」
気合が入りすぎて、紙にめいいっぱい大きく描きすぎてしまった。これでは子羊っぽくはないかもしれない。いつの間にか戻って来ていたラリーさんを見ると、笑顔で固まっている。隣に座るノアも焦ったように笑っていた。
「お、おじい様は、お腹が減っているんですね。だから、揚げパンやら、ステーキ……、黒い、そんな、ハハハ、し、白い子羊ですよ。おじい様。」
「そうかそうか、この黒いのは……、いやいや!し、白い子羊だったか、すまんすまん。今日の晩ごはんはステーキにしよう。わしが食べたいんだった。パンも、……揚げてみるか。」
ノアとラリーさんが笑っていると、すぐそばの木に止まっているクロがグギャーと鳴いた。なにかラリーさんを催促しているようだった。
「あ、そうだった。三人とも、ここに置いてある荷物を元に戻すから、椅子やテーブルから離れていなさい。まだ絵を描くなら、荷馬車に中で描くんだよ。終わったと声を掛けるまで降りんようにな。」
「え!?引っ越ししないの?お引越し、しなくてもよくなったの?また、ここに戻って来られる?」
「ああ、もちろん。引っ越しはしないよ。メイベルの学校が終わってからでも、まだ途中でも、いつでもここに戻って来られる。留守中の家の管理も近所の人に頼むだろう。」
「やったあ~!!戻って来られる!!パパが戻ってきたら、また宿をできるんだよね!?」
「そうだ。だから早く家の中に荷物を戻さないと。急いで荷馬車の中に入れるかな?」
メイベルさんがすごく喜んで、急いで紙の束を持って荷馬車に向かって走って行った。私とノアも邪魔にならないように、荷馬車に向かう。すると、カラス達がそれぞれ家具や積み上げた荷物に降り立った。ラリーさんが首から下げた、赤い石に向かってなにか言って、カラス達に指示をし始めると、荷物が浮いて独りでに運ばれていく。
たぶんアビーさんが、メイさんの家でなにか魔法を使ってるんだと思う。あっという間にヒュンヒュン運ばれていく。私はその速さをみて、途中の道に誰も歩いていませんようにと願った。
運ばれていく荷物を見送ってから、メイベルさんを見ると、荷馬車の床で熱心に絵を描いていた。とてもたくさんの可愛い、いろいろな動物達の絵が何枚も出来上がっていた。
「できた!見て見て!羊に子羊。この可愛いのはウサギ!馬に、猫に、鳥に、犬に、亀に、あ、これは、ねずみ。あと、まだまだいっぱい描いたんだよ。どれも可愛いでしょ?」
「ほんとに、どれも可愛いねえ~。どれもいいね~。」
「ほお、メイベルは絵が上手なんだな。動物の絵がたくさんあるな。」
「おじい様、ぬいぐるみの見本を、いろいろ描いてもらったんですよ。これなら可愛い顔になりますよね。」
「なるほど、そうか。それはありがたい。それでエミリアはどれにするのかな?」
メイベルさんが描いてくれた絵は、どれも可愛くて選びがたい。なかでも一番たくさん羊を描いてくれていて、大きさも、顔もどれも一つ一つ違って、どれも可愛い。
「ラリーさん、雲で作るのは、1つでいいんですけど、せっかくこんなにたくさんメイベルさんが描いてくれたので、メイベルさんにもこの中から1つぬいぐるみを作ってもらえませんか?」
「おお、いいともいいとも。好きなのを選びなさい。」
「やったあああ~~!!」
メイベルさんが飛び上がって喜んだ。私とメイベルさんは、より一層真剣になって、ぬいぐるみにしてもらう絵を選び始める。
「エミリア、羊がいいならこっちが子羊だからね。大きいのはこっち。あと、親子のね。ああ!私はどれにしよう!?大きさは?大きいの?小さいの?迷う~~!」
羊の絵を何枚も見比べながら、ふと荷馬車の床に座っている自分の膝の上に置いているディアさんを見た。そういえば、ここに着いてから一度もディアさんは話していない。ずっと黙ったままで、ここにいる気配はするけれど静かにしている。なでなで撫でると喜んでいる感情は伝わってくるけれど、やっぱり何も言わなかった。
「お~い。メイベル~。もう家の中が片付いたから、帰って来ていいぞお~。」
ピートさんが森の入口の方から、急ぎ足で荷馬車の所まで戻って来ていた。ピートさんの向こう側には森の木の至る所にカラスが止まっているのが見えた。
「ノアとエミリアはどうする?あっちの部屋に戻るか?」
「わしらは、出発までこっちの荷馬車の部屋で寝起きしよう。わしは今から晩ごはんの用意をしてくるが、アビーにノア達の荷物も一緒に引き上げてくるように言っておいてくれ。ピートはどっちに泊まるんだ?」
「俺は、あっちにも部屋があるしな……。ま、出発まで行き来するわ。」
いつでもごはんを食べにおいでと言って、ラリーさんは荷馬車の部屋に入っていった。ピートさんが、メイベルさんをつれてメイさんの家に戻って行く。明日またメイベルさんと二人でぬいぐみにする動物を選ぶ約束をした。メイベルさんは明日はもっと、可愛い動物の絵を描いて持って来てくれると言っていた。
手振って見送りながら、私は輪っかのディアさんを撫でた。どうしてずっと黙っているのか聞いてみる前に、ディアさんが賑やかに話しだした。
「はあ~!やっと話せる!ちょっと!言いたいことが、いっぱいあり過ぎるんですけど!!」
「あ、やっと話してくれましたね。ちょうど良かった。ディアさんはどの絵が好きですか?どれも可愛いですよね。とても選べませんよね。」
「のんき!のんきすぎ!だめでしょ!?どうして、あの人、あの魔女の人!人前で魔法使ってるの?見えちゃうじゃん!見られるでしょ!?」
「……見られたら、だめなんですか?」
「だめに決まってるでしょ?住む所が違うんだよ。人ってね、魔法が使えないでしょ?魔法が使えない人がね、魔法を見たらどう思うんだと思う?」
「えっと、すごいなって思います。」
「違う!全然、ちっがう!はあ~、説明難しいわあ~。どうしようかしら?」
「えっと、便利だなって思います。」
「うん。違うの。ちょっと黙っててくれる?考えるから。」
膝の上にいるディアさんから、苦悩しているような感情が伝わってくる。もの凄く悩んでいて、うんうん唸っている。
「エミリア、僕たちもそろそろ部屋に入ろう。日が暮れてきたら、体が冷えてしまうよ。」
「あ、うん。分かった。ディアさん行きましょう。」
そう言って、まだ考えている輪っかのディアさんを持って荷馬車の部屋に入った。するとなぜか、輪っかのディアさんだけが弾かれて、荷馬車の床に落ちてコロンコロンと転がってしまった。