59.女神の永い話 3
ここにいるディアさんを含めた全員が忘れていたんだけど、この森の奥の湖まで来た目的は、なにか聞きたいことがあるとゆうディアさんの話しを聞くことだった。ノアだけがしっかり忘れずに憶えていたようで、記憶力が良くて頭いいので、ノアはとても頼りになると思う。
私の手の中のディアさんから、何のことだったかしら?とゆう感情が流れ込んできた。ノアが睨むようにディアさんを見下ろす。
「僕たちをここに呼んだんですよね?聞きたいことがあるんでしたよね?」
ノアの迫力が増していくのが、ちょっと怖いようでディアさんが焦って考える様子が伝わってきた。なんだったっけ?なんだったかしら?と焦る様子は可愛らしいけれど、気の毒にもなってくる。ディアさんを撫でながら、落ち着いてもらえるように、ゆっくりと話す。
「ディアさん、忘れたなら思い出した時に話してくれたらいいですよ。いつでもいいです。ノアは怖くないですよ。誰も怒ってません。」
「……エミリア、いつでもそうやって、私のこと甘やかしてくれる?いつも撫でてくれる?」
「甘やかしてるつもりはありませんけど、好きな時にいつでも撫でてあげますよ。約束です。」
ディアさんから、ほんわかした感情が伝わってくる。撫でると喜んでくれるなら、嬉しく思う。いつでも撫でてあげたい。
「しかし、その輪っかの姿ではこちらが話しにくいな。なにか、物に話している気分になる。エミリアもずっと持っているのも疲れるだろう。工房に戻ったら、なにか入れ物を作ろう。」
「物って!私、泉の女神様とか言われてたんだから!水はとっても大切なんでしょ?もっと敬って!大事にして!」
「うるさい、水の者め!そなたのその、女神とか言うのを止めぬか。胡散臭いのじゃ。そなたの事をなんと呼ぼうが、妾達の勝手じゃ。嫌なら呼んでほしい名を自ら名のれ。」
「ええ?女神って私が言い出した事じゃないもん!私のせいじゃないんだから!名前なんて、可愛い感じのをそっちが考えたらいいでしょ。あ!ディアってゆうのはだめよ。エミリアにあげた名前だから、他の人が呼んじゃだめだからね!」
「……めんどくさい。」
ノアのその一言で、ディアさんの名前は決まらなかった。それぞれ好きに呼ぶことになりそうなので、私はなにか可愛い感じの名前を考えてあげようと思う。強そうとか、かっこいい感じの名前も捨てがたいと思った。あと美味しそうな名前もいいかも知れない。
すっかり長居してしまったし、そろそろサビンナに戻ることになった。ラリーさんが袋から雲を出して、みんなで乗り込んだ。初めて雲に乗るディアさんが、もの凄く感動しているのが伝わってくる。
「私、私、空を飛んでるわ。すごい、広い……、きれい……、空って、どこまで続いてるの?どうしてこんなに、きれいなの?この白いのはなに?どうして飛んでるの?」
聞きたいことがいっぱいあって、興奮している様子のディアさんに、嬉しそうなラリーさんが雲の説明をしてくれる。難しい魔術の話しはディアさんにも分からない様子だったので、ふわふわの雲に直接ディアさんを乗せてあげた。
「いや~。すご~い。私が飛んでるわ!私が空を飛んでるの!私、これがいい!入れ物は作らなくてもいいわ!私、これにする!ずっとこれに乗って飛んでいるわ!」
雲がとても気に入った様子のディアさんに、ますますラリーさんが喜んだ。そうかそうかと相好を崩してうんうん頷きながら、ニコニコしている。
「そんなに雲が気に入ったのなら、雲で新しく形を作ってやろう。エミリアが撫でやすいような形がいいだろう。どんな形にするかな。動物の形にしたら、あれみたいじゃないか?あの、そう、子供がもつぬいぐるみだ。可愛いのが好きだろう。とびきり可愛いぬいぐるみを作ってやろう。」
ラリーさんの言葉に私の方が浮かれてしまう。この雲で作った、可愛い、動物の、ぬいぐるみ?それは、最高に嬉しい!出来上がるのがとても楽しみだ。
「このふわふわの雲で作ったぬいぐるみですか?すっごく楽しみです!動物なら、羊にしましょう。ふわふわにピッタリです。白いふわふわの可愛い羊!ディアさん、どうせすか?」
「羊?エミリアが気に入ったのなら、それでいいわ。ふわふわで可愛いのね?楽しみ。早く作ってね。毎日たっぷり撫でてもらうんだから。」
ディアさんと二人、羊のぬいぐるみが出来上がるのを楽しみに待つことになった。私はもう一度、ディアさんを手のひらに乗せて、外の景色がよく見えるようにしてあげた。
「きれいね。森がずっと続いてる。空から見ると、こんな風なんだ……。知らなかった。ずっと、ずっと変わらないのね。きっと……。」
そこで、ディアさんが息を呑む気配がした。私の手のひらの中で、驚きと戸惑いの感情が伝わってくる。
「思い出した!お姉さん達が言ってたの。大事な泉がいくつも汚されてるのよ。とっても嫌な感じなんだって。だから、エミリアに聞こうと思ってたのよ。戦でもしてるの?」
ディアさんが思い出して話してくれたことは、まったく予想外なことだった。私はどこかで、今争い事が起こっているのか分からないので、三人の顔を見たけれど、誰も知らないようだった。ノアがディアさんを見下ろして聞いた。
「その大事な泉はどこにあるんですか?戦ってどうゆう事です。」
「どこって、聖なる泉って、呼ばれてるんじゃないの?神殿も建てたんでしょ?そんな大事な泉が汚されてるんだから、また戦でもしてるのかなって思っただけ。本当にそうなのかは知らないわ。」
「神殿のある聖なる泉か。あとでピートに聞いてみよう。」
「争い事なら、エミリアが止めさせてね。お姉さん達が嫌がってるの。困ってるのよ。」
「わ、わ、私に戦?とか、争い事が、と、止められますかね?仲直りしてもらう感じですか?」
「なんでエミリアが、そんな危ないことをしなくちゃいけないんだ!お断りだ!」
「だって、お姉さん達が居なくなって、別の所に行ったら困るのはあなた達でしょ?水がなくなったら、困るのよね?」
「妾達は別に困らんが?」
「え?そうなの?今ってそうなってんの?ホントに?」
「まあまあ、困ってる人がいるなら、助けてやらんこともないんだが。わしらの可愛い子供達が危険な目に合うなら、まあ断らんといかんな。」
「ええ~?エミリアは?エミリアはどう思う?だって、あなた渡る人でしょ?いろんな人を助けるんじゃないの?なんか使命なんでしょ?調整とかするのよね?」
「……すみません。私、あまり憶えてることがなくて、渡る人のことも知らないし、なにをするのかも知りません。ごめんなさい。でも、困っている人がいるなら、なにかしてあげたいと思います。」
改めて、ディアさんが驚いているような感情が伝わってくる。私はとても、自分が情けなくなった。私がなにも知らなすぎて、ディアさんをがっかりさせてしまうと思う。
「そう、ホントに、なにも、知らないのね……。ふっ、ふふふ。ホントになにも知らないのに、ふふふ、あははははは。なんで、そんなに、面白いの、エミリア。ほんとに、あなたって!ユヌマはなんでも知ってたのに。今度は、あなた、なにも知らないんだもん!あははは。それなのに、そんなに!ふふふ、なんでそんなに最強なのよ!?あははは。」
ディアさんがなにか可笑しくて堪らないとゆうように、もの凄く笑い転げるように笑っている。とても楽しそうなので、ずっと泣いているよりは、ずっと笑っていてくれる方がいいなと思った。あんまり面白そうに笑うので、自分のことを情けなく思っていたけれど、だんだん楽しい気分になってきて、つられて笑ってしまう。
「ふふ、ディアさん、私、なんにも知らないんですけど、ディアさんのお姉さん達が困っているなら、なにかしてあげたいですし、困っている人がいるなら助けてあげたいです。私にいろいろ教えてくれますか。」
大笑いしていたディアさんが、ふ~ふ~息を整えてから、改まってちゃんと私に話しをしてくれる。
「ありがとう。エミリア。あなたって、とっても優しい。とっても良い子。そこがとってもキレイなの。分からないことがあったら、私にど~んと聞きなさいよ。任せて。ま、最近のことは、ぜ~んぜん知らないんだけど。」
私は、ノアとアビーさんとラリーさんを見た。三人とも、私を見ていた。三人それぞれが優しい顔をしていて、ノアが私の肩に手をおいて話してくれる。
「エミリア、僕は、僕たちは、どこまでもエミリアの味方だよ。エミリアの思う通りにしたらいいんだよ。みんながエミリアを支える。泉を助けにいくなら、みんな一緒だよ。大丈夫。なにも心配いらないよ。」
「そうじゃ、エミリアを危険な目になぞ合わすものか。妾がその危険とやらを、根こそぎなぎ倒してやろう。」
「……お手柔らかにお願いします。おばあ様が関わると、なぜか大袈裟になる気がします。」
ノアのその言葉にみんなで大笑いして和やかな雰囲気で、深い森の上空の風を心地よく感じながら飛んでいた。ここにいる大好きなみんながいれば、どんな困難なことでも乗り越えていけそうな気がする。私には心強い仲間がいるんだと心から嬉しく思った。
森を見下ろしながら、ラリーさんがもうそろそろサビンナに到着しそうだと教えてくれる。私達は森の入口に停めてある、荷馬車の近くに降り立つことにした。