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58.女神の永い話 2

 静寂に包まれた湖の底で、女神のディアさんは深い悲しみに閉じ籠るように、蹲って嘆き悲しんでいた。そんな悲しい感情がありありと伝わってきていて、一緒になって悲しい寂しい気持ちになっていたのだけど、私のなかで、ふつふつとまた違う感情が沸き起こってきていた。


 あなたを、救いたい、助けたい、この絶望的な孤独から解放してあげたい。私の心の奥底から燃えているような、沸き立つ熱が全身に広がっていって、私のなかにあるディアさんの悲しい感情を押し返していった。もうそこから出てきてください。私があなたをなぐさめてあげますよ。よしよしあなたを撫でてあげます。


 ゆっくりとディアさんに近づいていって、蹲っているディアさんの頭を撫でてあげる。ビクッと驚いたディアさんはそれでも、しばらくジッとされるがままに撫でられていた。


「……そうやって、いつも私を撫でてくれたわ。」


 ディアさんが起き上がって、ゆっくりと私を見上げた。その縋るような目を見つめながら、私は静かに問いかける。


「誰のことですか?」


「私のユヌマ。私の愛する人。私のすべてだったのに……。もういない……、どこにも、もういないの。悲しいの。寂しいわ。」


 ディアさんがまた、悲しみの中に沈みこもうとした。私はすかさずディアさんの手をとって、もう一度話してくれるように促した。


「……私が小さな泉にいたころ、私のユヌマと出会ったの。キレイで、かしこくて、なんでも知っていた。みんながあの人を慕っていたわ。私は、ずっとあの人と一緒にいたくて、ひと時も離れていたくなかったから、結婚したの。結婚って知ってる?愛する人とずっと一緒にいる約束なのよ。私のお姉さん達には、ずいぶん変わってるって言われたけど。私、もうずっと一緒に居られると思っていたのに。私の、私のユヌマは、もういないの。どこにも。……だから私、もうずっとここで、ずっと、ずう~と泣いているのよ。」


「その人が、渡る人だったんですか?」


「そう。そう言っていたわ。そして、その力でいろんな人を助けてあげていた。私は水を教えてあげるのよ。人には水が必要でしょ?私、すっごく役に立つんだから。たくさん、たくさん褒めてくれたわ。みんなが喜んで、みんな幸せだった。あの人をみんなが慕って、敬っていた。……でも、知らなかった。人にはね、寿命があるの……。とっても短いのよ。すごくすごく会いたくても、もう会えないの。あの声も、姿も、もうお話しも聞けない。もう撫でても、もらえない……。」


「では、これからは私が撫でてあげましょう。」


「え?」


 悲しいと泣くディアさんを、私は大袈裟にゴシゴシする感じでなでなで撫でた。私はユヌマさんの代わりには、決してなれないけれど、寂しかったら私がいつでも撫でてあげると気持ちを込めた。


「ちょっと!撫でるって、そんなんじゃないから!もっと優しく……???!!!」


 私に文句を言うつもりで、しっかり私を見たディアさんが、なぜか目を見開いて固まってしまった。そして、私のお守りを指さして、口をぱくぱくし始めた。


「そ、そ、それ!!それ!どうしたの!?それ!だって、だってそれ!?海じゃない!!??深海でしょ!?なになに!?こわいこわい!!ちょっと!あなたなにし……?んん??あれ?でもそれ、その色、たま?……のかけら、かしら?ちょと~!あなた、わけ分かんないんですけど~?なにそれ~?」


「え?これですか?私のお守りです。アビーさんとラリーさんが作ってくれたんです。すごく可愛いですよね。紐のところも綺麗だし、コロンとした石の形もお気に入りなんです。」


「お守りって……、あなた、どんな天災被るつもりでそんな……、ふ、ふふふ。あはっはははは。」


 話している途中で、ディアさんが大笑いし始めた。笑いが止まらなくて、可笑しくて堪らないとゆう感じで、笑い続けている。なんだか、前にも同じような事があったような気がする。


「ひい~、苦しい!あなた、ふふ、ちょっと、変わり者すぎでしょ!?ホント、見たことないんだけど!ふふっ、面白すぎ!……そうだ!エミリア、ちゃんと修行したの!?たま、出せたの?私を連れて行けるんでしょうね?」


「すみません。まだ出せてません。たま、ってなんですか?全然出せる気がしません。」


「なによ~。それじゃ困るんですけど~。じゃあ、こないだのアレなによ?声だけのやつ。」


「あれは、海の輪っかを丸くしてもらったんですけど、もうバラバラになっちゃいました。」


「……意味分かんないんですけど。」


「そうだ。ノアも1つ持ってますよ。見に行きますか?ラリーさんが循環とゆうのを作ったんです。何に使うかはまだ分からないらしいです。」


 ディアさんは海の輪っかに興味があるようだった。けれど、まだ悲しみの縁に潜っていたいようで、迷うように返事をためらっていた。


「ディアさん、私、ユヌマさんの代わりにはなれませんけど、寂しくなったらいつでも撫でてあげます。だから、ここからでませんか?それで、ユヌマさんとの楽しい思い出をたくさん教えてください。そうしたらいつでも楽しい思い出と一緒に居られます。悲しくて寂しい気持ちは無くなりませんけど、楽しかった思い出も決して無くなったりしません。いつも一緒にいます。」


 私達はしばらく見つめ合ったまま、なにも言わなかった。ただディアさんは、私の言葉を反芻しているようだった。


「でも、エミリア、まだ、たま、だせないんでしょ?」


「そうか、そうですね?そうしたら、たま、が出せるようになったら、迎えにきます。」


「うん……。分かった。待ってる。……じゃなくて!!出せないんだったら、どうしてここにいるのよ!?おかしいじゃん!どうやってここにきたのよ!?」


「え?分かりません。」


「もお~~!!もう!もう!分からないのに来れるわけないでしょ~が!!もうホントにエミリアはな~んにも知らないんだから!私が一緒にいてあげないとだめね!どうせ、そのすんごいお守りのせいなんでしょ!?ちょっとその海の輪っかってやつ、見に行くわ。もう何でもいい!同じ水!強引すぎるけど!そう思うことにする!じゃ、行くよ!」


 ディアさんがそう言うと、周りのなにかに抱き上げられた感覚がして、ほんわか温かかった水の中のような場所から、、だんだん水が冷たくなってきたと思っていたら、ぐんぐん湖面が近づいてきて、プハーーーと水面から浮き上がった。ディアさんに抱っこされながら、湖の畔に着地した時には、全身びしょ濡れだった。すぐ目の前に、ノアとアビーさんとラリーさんがいて、目を見開いて驚いていた。


「あ、アビーさん達、帰ってたんですね。えっと、ただいま?」


「エミリア!!今までどこに!?」


 ノアが勢い込んで抱きついてきたので、ノアまで服が濡れてしまった。濡らしてしまうので、離れようとしても頑丈で離れなかった。困ってアビーさん達を見ると、ハッと意識が戻ったようなアビーさんが、手をフイッとして私達二人を乾かしてくれた。それから、またディアさんに怒りだしてしまう。


「またエミリアを連れて行ったのは、其の方か。」


「またって、なに?私、エミリアを連れ込んだ事なんてないですけど!?それに、エミリアは渡る人なんだから、行きたい所に行くんでしょう。」


「そんな筈はない。エミリアは方向音痴だ。自分で行きたい所には、辿り着かない。毎日通っている学校でも。家の中でも。」


「そうなの?ちょっと、あなた大丈夫?そんなの致命的じゃん!?使命?とか丸いあれ、会議とかあったらどうするの?」


「……方向音痴だったなんて、初めて聞きました。それより、ディアさんが何のことを言っているのか、分かりません。」


「???今はもうないの?会議しないの?……私もよく知らないけど。だってずっと、外に出なかったし。まあ、いいわ。それより早く輪っかってやつ見せて。」


 なにも説明していないので、ノア達三人は腑に落ちない顔をしていた。納得がいかないのか、特にアビーさんは今にも怒りだしそうだった。私はディアさんのことを、なるべく分かりやすくなるように気をつけながら、話し始めた。


 なかでもディアさんが大事な人をなくして、湖の底でずっと悲しんで泣いているくだりを話した時には、三人とも心から同情した様子で、もうみんな怒りの感情は消え失せたようだった。それぞれがディアさんの心に寄り添って、しんみりと悲しんでいる。だからできることなら、寂しくなった時に私が撫でてあげたいと言うと、それぞれみんなほろりとして、黙り込んだ。


「……そうか、そうか。それは、なんと、辛かったの。海の輪っかか、それがあったら外に出られるのか?ちょっと待っててくれ。」


 ラリーさんがポケットをゴソゴソして、なにか探しているようだった。いつもポケットに入れて持ち歩いているとは知らなかった。その間にアビーさんがディアさんの前にズイッと出てきた。


「事情は理解した。それは、まことに、そのような辛い思いは、到底一人では耐えられるものではなかろうよ。……したが、妾は話の途中で逃げ出す輩が心底気に食わぬ。二度どするな。」


 アビーさんがフンッと鼻息をならして、ラリーさんのところに戻っていった。気に食わないと言っていたけれど、大して怒ってはいなさそうだった。そしてラリーさんがポケットの底の方から、海の輪っかをあったあったと取り出した。あのたくさん付いているポケットは、どうゆう構造になっているのか、不思議だったけれど、ディアさんはもっと息を呑んで驚いていた。ハワワワワとなっている。


「ディアさん、どれか良さげな物はありましたか?これがあったら、外にでられそうですか?」


 ぐる~りとゆっくり私の方を向いたディアさんが、なぜか見たこともない「無」みたいな顔になっていて、大きくため息をはいた。


「知らない、知らない。考えない!私は何にも知らないわ!」


 そう言うと、もう一度、深あ~くため息をはいた。そして、なぜか突然振り切ったように上機嫌になって、ど・れ・に・し・よ・う・か・な?と指をさしながら、輪っかを選び始めた。ディアさんが変わった謎の選び方で決めた輪っかは、捻じれたような歪んだ海の輪っかだった。


 その輪を私の手のひらに持たせると、水の女の人の姿のディアさんが、バシャンと手のひらに飛び込んできた。水に濡れたような気がしたのは一瞬だけで、海の輪っかがキラキラ光る水の輪っかになっていた。その水の輪っかから、ディアさんの声がする。


「うん。いけそう。一部だけど。私もエミリアと一緒に行くわ。よろしくね。」


「良かった。一部でも、外に出られるんですね。撫でてほしい時には、いつでも言ってくださいね。」


 そう言って、水の輪っかのディアさんをなでなで撫でた。もう一人で湖の底で泣いていないで、私達と外の世界に出ることを選んでくれたディアさんに改めてお礼を言った。


「エミリア、あなた、……変わってるわ。でも、私、あなたのそうゆうとこ、嫌いじゃない。」


 そうして、私達の旅に、女神のディアさんが加わった。なにもかも、丸く収まった気がしていたけれど、ノアが冷静に私の手の中に収まっている水の輪っかのディアさんを見ながら聞いてきた。


「それで、エミリアに聞きたいことは、聞いたんですか?なんの話だったんです?」

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