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57.女神の永い話 1

 ふわふわの白い雲に乗って、深い森のはるか上空を飛んでいる。どこまでも続いていそうな森林の緑の深さは、海の様だと思った。遮るものがない空の上をずっと飛んでいても、まだまだ湖は見えてこなかった。


「エミリアがこの距離を歩いたと考えるのは無理があるな。やはり、その女神に呼ばれたんだろう。転移の石はなんとしても設置しておかんといかん。」


「当然じゃ。思えばあ奴めは、連れて行ったくせに元の場所に戻しもせんと!妾がたまたま居ったから帰れたが……、なにやら怒りが沸き起こってくる。」


「……そうですね。そうだとしたら許せません。」


 なんだか、みんなそれぞれディアさんに会う前から印象が悪いようだった。まったく悪い人じゃないし、私はむしろディアさんはすごく親切な人のような気がしているのに、なんとかみんなの誤解を解いてあげたいんだけど、どうやって私があの湖まで行ったのか分からないので、説明がむずかしい。


「ディアさんは良い人ですよ。親切にいろいろ教えてくれえましたし、なんとゆうか、困ってる人がいたら、助けてあげたいと思う良い人なんだと思います。」


 私の話しを聞いても、みんなの反応はあまり芳しくなかった。これは直接会ってみて、良い人だと確認しないと納得しないのかもしれない。たまたまでもディアさんの機嫌が悪かったりしませんようにと心の中で願った。


 それからまたしばらく雲に乗って飛んでいると、森が突然途切れた様な開けた空間が見えてきた。真ん中辺りに綺麗な湖も見える。辿り着けた安堵と共に、こんなに遠くまで本当に歩いたのかなと改めて不思議に思った。


 雲が徐々に高度を下げていって、やがて湖の畔にみんなで降り立った。ここはディアさんと出会った湖に間違いないんだけど、女神のディアさんの気配はまったくしなかった。お留守?なんて事があるんだろうか?


「ディアさん、ディアさん来ましたよ。お留守ですか?」


 辺りに呼びかけてみても、ディアさんからの返事はなかった。ここに住んでいる訳じゃないのかな?留守だったら、どうしよう。私はしゃがんで、静かな湖を眺めた。


 綺麗で美しい湖と厳かな森を、サビンナの集落の人達が大切に思う気持ちがとてもよく分かる。ずっと静かに眺めていたら、心が綺麗に洗われていくような景色だった。


 ふと思いついて、湖にそっと手を浸すと水がとても冷たくて、微かにディアさんの気配がした。ん?と思って、そのまま手で水をかき混ぜてみると、よりハッキリとディアさんの気配が濃くなった。


「あれ?ディアさん?いますよね?出てきてください。私に聞きたいことがあるんですよね?」


 手を引っ込めて、しゃがんだままディアさんに声をかけても、やっぱり返事はなかった。不思議に思って首を傾げていると、後ろからアビーさんが業を煮やしたように湖に聞いていた。


「なんじゃ?なぜ出てこんのじゃ?返事をせぬか!無礼な水の者めが!」


 ツカツカと前に出てきて私の横に立つと、湖に向かって手を開いて突き出した。アビーさんの辺りが恐ろしいほど渦を巻いたと思った途端、湖がぐるぐると渦を巻きだした。水の流れが急激にザアアーーと音を立てながらぐるぐる回る。なぜか頭の中に、渦潮をとゆう言葉が浮かんだ。とても豪快そうだけど、それはホントに湖?


「ぎゃああああーーーーー!!!やめてえーーー!!分かった、分かったから、止めてよおーー!!」


 私はそっとアビーさんのローブの袖をつかんで、「あの、もうそろそろ……」とアビーさんを見上げると、やっとアビーさんはフンッと憤慨しながらも、渦を止めてくれた。


「さっさと出てくればよいものを!手間を掛けさせおって。今すぐ姿を現さねば、天まで渦を巻きながら昇らせてやる!」


 その言葉を聞いた途端、いったん落ち着いた湖面がゆらゆら揺らいで、前に見たように女の人の姿をした水の形がウミョンと出来上がった。目の前にいる私にディアさんが小声で話しかけてくる。


「ちょっと~、どうして一人でこないのよ~。あんな怖いのが来るなんて聞いてないわよ!ぐるぐる、ぐるぐる!なにあれ!?」


「用があるならさっさと言え!エミリアはそなたの使い走りでも配下の者でもない!こんな所まで、わざわざ呼び出しおって!その後に、妾はそなたに聞きたいことがある!返答によってはだだでは済まさぬゆえ、そなたの用件を先に話せ。」


 アビーさんの迫力のある言い方に、思わずディアさんがアビーさんんの方を向いた。透明の水なんだけど、目を見開いたのが分かった。


「え!?こわっ!なにあの大きさ!?神!?神系!?え!?でも色的に魔族?あ!?分かった!あなた、魔族のお……」


「うるさい水の者めが!黙らねば、この湖もろとも干上がらせてやろう。妾は、水が何たるかを知っておる。そなた如き消滅させることなぞ、簡単なことよ。」


 なにやらアビーさんがさっきまでよりも、もっともの凄く怒っている。湖をぐるぐるしていた時のように、辺りがギュウッとなっている。ディアさんの水の体がぷるぷる震えていた。


「アビーさん、あんまり怒ると、ディアさんが怖がってしまいますよ。今日はディアさんの話しを聞きにきたんですから、怒っていたら話しにくいですよ。さ、ディアさん話してください。なにか聞きたいことがあったんですよね?」


「はあっ!?あなた、どんだけのんきなのよ!?干上がらせるとか言っちゃってんのよ!?あんなの、魔王じゃん!悪者じゃん!」


 その言葉を聞いた途端に、アビーさんの手から炎が巻き起こった。ゴオオーー!!と松明よりも大きく炎が立ち込めた。私は慌ててディアさんの誤解を解く。


「ディアさん、アビーさんは魔王や悪者ではありません。とっても優しい魔女さんです。とってもとっても優しい人ですよ。そんな意地悪なことを言ったら、誰だって怒ります。アビーさんも、火をけしてくださいね。暑くなります。」


 アビーさんがフッと火を消してくれたけれど、もの凄く嫌そうな顔で口をグイ~とへの字に曲げてしまった。とても気に食わない様子のアビーさんが、なんだか可愛く思えてクスッと笑ってしまう。素直で子供みたいに可愛らしい魔女のアビーさんが、魔王や悪者なわけがない。そこの所をちゃんとディアさんに分かってもらいたい。私は使命感に燃えてキリッとディアさんを見上げた。


「アビーさんは、とっても可愛らしい魔女さんですよ。とっても思いやりのある優しい人なんです。動物にも優しいですし、困っていたら、嫌と思っていても助けてくれるし、家族をとっても大事に思っていますし、夫婦仲も良くて、ラリーさんのことも、とっても愛し……もがっ」


 アビーさんを褒めていたら、後ろから抱きしめられて口を塞がれてしまった。もがもがするのを止めたら、口から手を離して頭を撫でられた。


「もうよい。愛しい我が娘。なにやら面映ゆいのじゃ。もう止めよ。もう怒っておらぬ。」


 抱きしめられたまま、私はディアさんに向かってもう一度、話しを聞こうとした。ここに呼び出したのはディアさんで、たしか急いで来てと言っていたような気がする。


「では誤解は解けましたね。それで、なにか私に……、」


 私が言い終わる前にディアさんがふるふる震えると、水がストンと水面に落ちて女神の姿が無くなってしまった。揺れる湖面にディアさんの気配はない。


「あれ?ディアさん?ディアさん?……帰っちゃいました。」


「「「ええ~?」」」


 みんな何が起こったのかと、面食らっている。それから、ディアさんは何度呼びかけても、戻って来てはくれなかった。


「おばあ様が悪いんですよ。怖がって逃げちゃったんじゃないですか。まだなにも聞いていなかったのに、これでは真相が分かりません。」


「まあまあ、そう言うな。アビーもあんな言われようでは、腹も立とう。エミリアの言う通り、アビーはとても心の優しい魔女なのだ。それを、あの水は……、まあ、いい。しばらく待ってみよう。そうだ!この間に転移の石を設置しに行こう。あれの意見は別に聞かんでもいいだろう。」


 アビーさんとラリーさんが転移の石を設置するのに、良さげな所を探しに行ってしまった。聞いてから設置すると言っていたんだけど、ラリーさんもディアさんに怒っていたようで、設置し終わったらさっさと帰ろうと言っていた。


 私は仲違いしてしまったような気がして、悲しかった。なぜ、ディアさんが突然水の中に戻ってしまったのかも分からない。それでも、どうしてもこのまま帰ってしまうのは、違う気がする。静かな湖面を見下ろして、どうしたらいいのか、途方に暮れてしまう。


「エミリア、気になるんだね。大丈夫。もう一度聞いてみようよ。エミリアならできるよ。……それでもだめなら、また渦だ。」


 ノアが励ましてくれるので、もう一度しゃがみ込んでディアさんを呼んでみた。それでも答えてくれないので、また水に手をつけた。冷たい水をかき混ぜても何の反応もない。


 もう二度と、出てきてくれないような気がして、悲しくなった。その悲しい気持ちがどんどん膨らんで、悲しくて寂しくて、泣いて泣いて、涙も涸れるような深い悲しみに、ふとこの感情をどこかで知っているような気がして、この感情は私のものじゃないと気がついた。


 いつの間にか、水が冷たくなくなっていて、生温かいよう温々とした水の中にいた。ここにいるのに、いないような不思議な感覚にキョロキョロしていると、水の底に小さく蹲って、ディアさんがいた。


「悲しい、寂しい、悲しい、悲しい、寂しい、寂しいわ、私の、私のユヌマ。」


 ディアさんがとても深く、絶望するように深く悲しんで、泣いていた。そのとても深い悲しみが、胸を締め付けるように、私のなかに流れ込んできていた。

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