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55.ほんのお礼

 全員がウキウキ弾んだ遠足に行くような気分で、みんな揃ってご神木の黒い玄関を出ると、お昼はみんなで焼肉にしようかなんて言いながら、笑った顔の石像にみんなで触って、サビンナの入口近くに着いた。


 少し森に分け入った人目に付かない場所に設置していたので、一旦サビンナへ続く道に出てから賑やかに笑いながらお喋りして歩いていると、いつの間にかもうメイさんの家の前に着いていた。


 玄関に入る前に一応声をかけたけれど、もう慣れた家にノアが玄関を開けて家の中に入ると、どよんと空気が淀んでいた。すぐに目の前の食堂に入っていくと、テーブルにピートさんとメイさんが顔を伏せて座っていた。先に私達に気がついたピートさんがこちらを向いて声をかけてくれる。メイさんは泣いているようだった。


「帰ってたのか、……気づかなくて、すまん。ノアの体はもういいのか?……そうか。良かったな。心配してたんだ。……良かった。」


「なにか、あったのか?……ずいぶん、暗い雰囲気だけど。」


「……暗い。」


 最後に家に入ってきたアビーさんがそう呟くと、私達は急いで振り向いて、手をフイッとしようとしているアビーさんを慌てて止める。


「おばあ様、だめですよ。他人の家を勝手にいじっちゃだめです。」


「アビー、なにやら、ちょっと、まだ礼も……」


 みんなの制止は遅かった。部屋の中がまぶしいほど明るくなって目が眩む。ただアビーさんはみんなが何か言う前に、明るさを落として調節してくれたようだった。アビーさんがノアを見てニヤッと得意そうに笑うと、ノアは嫌そうな顔をした。


「どうじゃ、ちゃんと調節したのだ。文句はあるまい。」


「文句ならありますよ。最初からこの明るさにしてください。その前に他人の家は勝手にいじっちゃだめです。」


 ノアがアビーさんとまだ明るさの話しをしていると、涙を拭ったメイさんが椅子から立ち上がってこちらに近づいてくると、アビーさんとラリーさんに挨拶した。大人同士で話して、ラリーさんが丁寧なお礼を言いながら、大きな袋をテーブルの上に置いた。


「そうゆう訳でしてな、これはほんのお礼です。大事な子供達を何日も預かっていただいて、ありがとうございました。先に渡しておくべきでしたが、何分急な事だったので、申し訳ない。」


 大きな袋はジャラッと金貨みたいな音がしたんだけど、まさかあの中が全部お金な訳ないよね?とゆう顔で周りを見ると、ラリーさん達以外はみんな同じような表情をしていた。


 メイさんが小声でお気遣いなくと言ったまま、その袋に近づこうともしない。音を聞いただけで、アワワワワワとなっている。動揺しながらやっととゆう様に、メイさんが目を泳がせながら焦ったように聞いた。


「あの、失礼ですけど、この、袋の中身は……?」


「金貨ですな。こちらで子供を育てるのはお金がかかると聞いた事があります。人族のみなさんは、確か子供がたくさんの場合は食費がかかるんだとか、ずいぶん昔の話しですが、今もそうですか?三人増えた分は、これでは足りなかったでしょうか?」


「……金貨?これ、全部ですか?……多すぎます!!」


 メイさんの悲鳴のような叫び声が家中に響いた。わなわな震えて、アワアワ慌てた様子が気の毒になるほどだった。ガクガクブルブル涙目になって動揺しているメイさんの様子からすると、ラリーさんが持参したお礼は、まったく喜ばれていなくて、違う物にした方がいいような気がしてきた。袋を凝視しているピートさんも難しい顔をして何か考え込んでいた。この雰囲気をなんとか変えようと、メイさんに明るく聞いてみた。


「そういえば、メイベルさんはまだ学校ですか?」


 私のその言葉に、一段と部屋の空気が張り詰めてしまった。この部屋にみんなで入ってきた時よりも、ずうんと淀んだ重い空気に包まれてしまった。


「メイベルは、もう学校に行かなくてもいいんだ。卒業遠足にもおばさんと行ったんだけど、それからずっと部屋から出てこなくて……。」


「もう卒業遠足になったの?すごいね?おめで、とう、だよね?……部屋から出てこないって、どうゆうこと?」


「メイベルはもっと勉強したかったの……。算数が好きだって、私、知らなかったわ。でも、サビンナではもう、これ以上教えることがなくて、それで……」


 話の途中で、メイさんがワッと泣き出してしまった。代わりにピートさんが話してくれた。学校の先生から、もっと都会や町の学校を進められたこと。メイベルさんも、もっと勉強したがっていたこと。メイベルさんがエルドランの都に行って学校に通いながら、お父さんを探したいと言って、メイさんと口論になってしまってから、部屋から出てこなくなってしまったこと。ごはんもあまり食べていない様子で、みんなとても心配していること。ピートさんが話している間も、メイさんはずっと泣き続けていた。


「私、知らなかった、あの子がバートンのことをあんなに……、でも、エルドランの学校なんて、とても……、メイベルは可愛い物が好きだし、私とここで、縫い物をして暮らしていくと思っていたのに……、でも、少し時間が経って、落ち着いたらきっと分かってくれるわ。賢い子だもの。それがあの子の幸せなの。でも、今はまだ、気づいていないの、まだ、子供で……。」


 メイさんは涙を拭いながら、ぽつりぽつりと話し終えると、ラリーさんとアビーさんに向き直って、深く頭を下げた。


「お願いします。ピートにエルドランに行く予定だと聞きました。どうか、ついででいいんです。私の夫を、バートンを王都で探してもらえませんか。今どうしているのかだけでも、手紙で教えてもらえれば、それでいいんです。メイベルもそれで、諦めがつきます。」


 頭を上げたメイさんは必死な顔になって、アビーさん達二人を見つめる。その姿を見ていたら、私はどうしてもメイさんの旦那さんを探してあげたくなった。どうか二人が願いを聞いてくれる様にそちらを見ると、ラリーさんは神妙な顔で目を伏せていて、アビーさんはうんざりしたような心底嫌そうな顔をしていた。


 その顔には見覚えがある。アビーさんがオルンさんに完全にひいていた時の顔だった。予想外の事態に慌ててアビーさんの横に移動しようとすると、アビーさんがハッキリと言った。


「断る。探したければ、そなたが自分で探せ。そなたの夫なのであろう。」


 一切同情がこもっていない返答に、メイさんの方が驚いた顔をしている。私はアビーさんの横にって、ローブの袖をつかんだ。


「アビーさん、私は探してあげたいです。エルドランへ行く予定ですし、お父さんが元気でいるのが分かったら、メイベルさんも喜んでくれます。」


 アビーさんの顔を見上げながらお願いするように言うと、私の顔を見下ろしたアビーさんが困ったような顔をして、一呼吸してから話しだした。


「エミリア、そなた何でも安請け合いしてはならんぞ。自分の半身であろう、自分で探させればよい。それに、この母親の言っていることは、なにやら気持ちが悪いのじゃ。妾は好かぬ。娘の幸せをなぜ此奴が決めるのじゃ。でもでも、でもでも、うるさくて敵わぬ。娘じゃな、え~と、」


 すっかり機嫌を悪くしたアビーさんが手を上げて少し考えてから、手をフイッとすると、どこかから「ギャー」とゆう悲鳴が聞こえた。すぐにメイベルさんがパジャマ姿のまま、プカプカ浮いて食堂に現れた。手足をバタつかせて、空中で泳いでいるようだった。


「いやあ~~!ママ!助けて!浮いてる!私!怖い!なにこれ!?」


「娘、そなたに聞きたいことがある。」


 平然と話そうとするアビーさんを慌ててみんなが止めにはいって、メイベルさんがやっと地面に着地した。私がパジャマ姿で寝室から出てはいけない決まりがある事を教えてあげると、心底不可解そうな顔をしながら首を傾げてしまった。


 それでも、アビーさんはすぐに着替えて戻ってこいとメイベルさんに言って、その場で待ってくれた。メイベルさんは脱兎のごとく部屋に走って行って、すぐに着替えて戻ってきた。


「娘、そなたの幸せはなんじゃ。」


 ビクビク脅えているメイベルさんに、アビーさんが聞いた。状況が飲み込めていないメイベルさんは、恐るおそるながらもアビーさんに聞き返した。


「……幸せ?私の?」


「そうじゃ、そなたの思う幸せじゃ。そなたの望む未来のことよ。」


「……私、私は、パパが帰ってきて、また三人で暮らしたい。パパに会いたい。それで、私、私、もっとお勉強がしたかった……。」


 とうとうメイベルさんがうわ~んと泣き出してしまって、メイさんが駆け寄って抱きしめようとすると、メイベルさんの体がまた上空にフワッと浮いて、驚いてピタッと泣き止んだ。


「うるさい。そなた、そのような望みがあるなら、なぜ話し合わぬ。なぜ閉じ籠っておった。それで何か解決したのか。閉じ籠って食事もせぬなぞ、体に悪いのじゃ。二度とするでない。よいか。」


「……はい、ごめんなさい。」


 メイベルさんがそう返事すると、スーッと下りてきて着地した。すかさずメイさんが、メイベルさんを抱きしめた。親子二人が抱き合っている姿は感動的だった。


「それで、母親よ。その娘の言う幸せに、縫い物とやらは入っておらなんだが、どう思う。」


 とても静かなアビーさんの声色は、怒りの感情をはらんでいた。そこで初めて私は、アビーさんは怒っているのに、ここに留まって、解決しようとしてくれている事に気がついた。……たぶん、私がお願いしたから。


 私は胸がギュウとなって、思わずアビーさんの腕にしがみついてしまう。あんなに嫌そうな顔をしていたのに、……たぶん、私の為に。そしてたぶん、メイさん達親子の為に。……なんて優しい人なんだろう。


 メイさんはアビーさんの問いに答えられずに黙っていた。長い沈黙のあと、唐突にピートさんが元気よく話しだした。


「よし!じゃあ俺が仕切ることにする!まず、金!この袋の中から金貨10枚をおばさんが貰う!それでも全然多すぎるけど!ハイッ!じいさん、荷馬車の部屋に金貨の袋置いてきて!今すぐ!大金とか怖いから!早く!」


「ええ?いや、これはほんのお礼なんだぞ?そんな!?」


「いいか!?俺はこの危ない集団の常識担当なんだ!つまり部隊の隊長なんだ!俺に従ってもらう!大金すぎ!完全にアウトッ!金貨多すぎだめ!絶対!戻してきなさい!」


 ピートさんが袋の中から金貨10枚を数えて取ってメイさんに握らせると、ラリーさんを急かした。怒られたラリーさんは言われるままに、大慌てで荷馬車に金貨が入った袋を走って置きに行った。


「よし!次!おばさん達はエルドランまで俺たちと一緒に行く!そんで、その金貨で家を借りて、メイベルは学校に行く!それからおばさんは、おじさんを探しながら、縫い物で生計を立てる!どうだ!」


「どうだって……、言われても、サビンナはあの人の故郷で、離れるわけには……、だって、ここに、いないと……。」


「そうじゃ!勝手に決めるな!妾は気に食わぬ!探したくなければ、探さねばよい。行きたくない者を連れて行く気なぞ無い!」


 それで、議論がワチャワチャして騒がしくしている所に、ラリーさんが焼肉の網や炭やお肉を両手に抱えて部屋に入ってきて、ご機嫌な様子でメイさんに聞いた。


「腹が減ったから、焼肉にしよう。もうとっくに昼ごはんの時間だ。網の台は外のどこに置いたらいいかな?タレもちゃんと3種類あるんだ。肉もた~ぷり持ってきた。」


「「え!?焼肉!?」」


 ピートさんとメイさんの声が揃った。それから、ラリーさんのご機嫌が移ったのか、みんながご機嫌な様子で焼肉の用意を始めた。さっきまでと一転して和やかな雰囲気になっていた。私は準備を手伝いながら、やっぱり焼肉って、すごい食べ物なんだなと改めて思った。

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