54.最高のお守り
家の中に入って、広々としたホールから食堂に近づいて行くと、アビーさんとラリーさんの賑やかな話し声が聞こえて、なにか嬉しい気持ちになった。まだうっすらと残っていたような、夢の中の孤独で寂しいような感情が霧散して、楽しげな話し声にウキウキした気分で食堂に急いだ。
「エミリアは丸く繋げて欲しいと言っていたのだぞ。やはり妾がねじ曲げて潰してしまえば早いのではないか。完膚なきまで叩きのめして、力ずくでも従わせてやろう。」
「力ずくはどうだろうな。これだけの個性だ、できるだけ活かしたいんだが。やはり玉の形がいいと言われれば違う物を作ろう。」
「……小癪な海のものよ。気に食わん。」
「二人とも、なにを物騒な事を話しているんです?」
食堂の中に入っていくとアビーさん達はテーブルを挟んで話し込んでいた。テーブルの上には形状の違う何かの素材だろうか、小さな石や昨日見た海の輪のような物や、それが捻じれたような物など大小さまざま物が5つ置かれていた。
「ああ、おかえり。今ちょうど聞きたいと思っていたんだ。エミリアは玉の形が好きなのかな?昨日の輪を重ねたような形の物が欲しいかね?」
「いいえ、形にこだわりはありません。どうしても丸い物が欲しい訳ではないです。あの海の輪を見ていたら、想像していた玉が出来るような気がしたんです。ちょっと違ったみたいなんですけど。」
「そうか、それを聞いて安心した。実は今ここに置いてあるのが、昨日アビーがくっつけた輪なんだ。加工するのに暫く置いておいたらバラバラになっていてな。こんな形状に分裂していたんだ。いろいろ調べてみたが、今一よく分からん。それぞれの個性が強くてどうも……、唯一これだけは素直なんだが。」
ラリーさんが指さしたのは、コロンと丸いしずく型のような小さくて綺麗な石だった。薄い水のような色の中に、虹のような、いろいろな色がが混ざっていてキラキラしている。吸い込まれそうなほど複雑な色合いで、とても美しい。
思わず手に取って、手の平にのせた瞬間にビカッとまばゆく光った。光は一瞬で消えて、何ごともなかったように私の手の平にそのまま収まっている。指でツンツン触ってみても別段なにも変わりはなかった。
「光り、ましたよね?なんでしょう?とっても綺麗な石だと思うんですけど。」
「確かに光った……。なんだろう?あまり触らない方がいいかもしれないよ?」
ノアが覗き込んで、虹色の石を見ているけれど、特に変わりなくただの綺麗な石にしか見えない。ノアが私の手の中の石に触ってみても、光らないし何も起きなかった。
「気にするほどの事でもなかろう。エミリアはなにやら物をよく光らせているであろう。あの中心木も光らせたが何とも無かったではないか。」
「そうだな、そうゆう体質ではないのか?エミリアが気に入ったのなら、その石を加工してやろう。迷子の魔術はその石につけたらいい。」
なにかいろいろな物を光らせる体質って、いったいどうゆう体質なんだろう。でも、そう言われてみれば前に中心木が光った事があったけれど、とくに何も変わった様子がないし、確かに、気にしなくてもいいのかもしれない。
「それは、大丈夫なんですか?これはよく分からない状態なんですよね?」
「綺麗に光ったのだ。そう悪い物でもないだろう。それより迷子石はノアにも作ってやるぞ。エミリアとお揃いにしてやるから、石を選ぶといい。ちょっと待ってておくれ。」
ノアだけは懐疑的な目でジッと虹色の石を見ていた。けれどラリーさんの言葉に途端に機嫌が直って、ラリーさんが地下に石を取りに行くのを喜んで見送った。待っている間にテーブルの上の捻じれた輪や小さくなった輪を総て触ってみたけれど、なにも起きなかった。
ラリーさんはすぐに大きな取っ手がついた箱を持って戻ってきた。年季の入った茶色い大きな木の箱はたくさんの引き出しが付いていた。その箱をテーブルの上にのせると次々に引き出しを開けていった。
「さてさてどれがいいかな?どれでも好きな物を選びなさい。あんまり大きな物だと重くなるからな、それだけ気をつければどれでもいいぞ。」
ラリーさんが開けた引き出しには、ありとあらゆる色の綺麗な宝石が入っていた。透明度の高い物から低い物まで、大きさも様々で、ごろごろと無造作に引き出しの中に数え切れないほどたくさん入っている。ノアは慎重に吟味するように見入っていた。
「そうだな、良さげなのはこれと、これと……」
ラリーさんが次々に、テーブルの上にポンポンと石を置いていく。まだまだじっくり考えながら、試しにノアが石を1つ手に取った途端パアーンと激しい音を立てて石が破裂して砕け散った。粉々になった破片は誰にも何も当たらずに、一瞬にしてスッと消えた。
「……砕けました。」
「うむ。ノアの魔力はよほど、不安定なようだな。今はなにも着けん方がいいかもしれん。大丈夫、魔力が体に馴染んだら直ぐに作ってやるから、そう気落ちするな。必ず最高に良い物を作ってやろう。」
ラリーさんがなぐさめているけれど、ノアはげんなり落ち込んでいて、うんざりしたような顔をしているし、ノアの周りもなんだかどんよりとしていた。
「ノアよ、その輪を触ってみよ。どれでもよい。」
「ええ?この海の輪っかですか?いやです。また砕けたら危ないし、もったいないですよ。それに何か得体が知れないし……。」
「しかし、この海の奴ならエミリアとお揃いになるのではないか?」
アビーさんの言葉に、ノアが躊躇しながらも恐るおそるテーブルの上の輪っかの1つに触れた。指で触って大丈夫そうなので、ノアが手の平にのせると、なんとも不思議そうに首を傾げる。
「……なんだか、スッキリします。」
「スッキリ?スッキリとはどうゆう意味じゃ?」
「なんだか、スウーとするとゆうか、落ち着くとゆうか、なんでしょう?」
「……ふむ。では、その輪っかを持ったまま、ここにある石を触ってみてくれ。どれでもいい。」
言われるままにノアが、ラリーさんの出した石を触ってみると、今度はなにも起きなかった。何個も試しに触ってみたけれど、砕けないし、なにも起きない。
「理屈は分からんが、循環がなにか良い作用をしているのかもしれんな。不快はないのか?」
「……ありません。……まったく。」
「そうか、アビー、念の為調べてくれ。」
アビーさんがノアの手や体中を丹念に調べた結果、悪い作用はしていないようだった。それで、魔力が体が馴染むまでノアが海の輪っかの1つを身に着けておくことになった。一番小さな輪を紐を通して首からぶら下げて、ノアの迷子の石は、魔力が馴染んでから、改めて作ることになった。
余った海の素材はラリーさんが保管していろいろ調べてみるらしい。それからテーブルの上を片付けて、アビーさんとラリーさんが私用の虹色の石を加工してくれる事になった。ラリーさんがテーブルの上に紙をだして、サラサラと絵や字を書いていく。私が習っている文字とはまた違うようで、まったく読めない。カクカク尖ったような見たこともない文字だった。アビーさんがふむふむと言いながら紙を見ている。
「この迷子の術は懐かしいな。アンドレに何個も持たせておった。ふむもう少し範囲を拡げられそうか……。お守りも組み込めそうじゃな。」
「よし、こんなもんかな。たぶん余裕があるだろうから、調節してくれ。」
ラリーさんが紙をアビーさんに見せながら説明している。ノアが興味津々で一緒にビッシリ書かれた紙を見ていた。アビーさんが虹色の石を手の平にのせてコロコロさせながら、もう片方の手で紙を持ってジッと見つめている。そのうちにアビーさんの周りがギュウッとなっていって、手の中の石を握り込んだ。
「……素直な良い石じゃな。海のものとは思えん。ならば詰められるだけ詰めてやろう。妾の可愛い娘の為に。……どこに居ろうがそなたを見つける。どこに行こうがそなたを守る。……底なく深き海のものよ、妾の思いの丈に共鳴し須く応じ叶えよ。」
アビーさんの周りからズズズ……と音がするほど何かが強烈に吸い込まれていく。これは、何をしているのかは分からないけれど、大袈裟すぎるような、大変な事態に鳥肌が立って、畏怖の念がより怖よりになってきたので、アビーさんを止めようと口を開いた途端に、総てが終わったように事態が落ち着いた。まだ胸がドキドキとして鼓動が治まらない。
「よし。良い物が出来た。完成じゃ。」
「これは、ちょっと詰め込みすぎじゃないか?子供のお守りには強力すぎるような……。エミリア、危ない目には絶対合わん方がいいぞ。」
「なにを言う。エミリアはお転婆なのじゃ。用心するにこした事は無い。ほれ、紐をつけるのであろう。」
満足そうにやり切った笑顔のアビーさんと違って、ラリーさんは心配そうに、ポケットから用意していた紐を取り出して、虹色の石に取り付けた。赤を基調にした細い組み紐には、細かい模様がついていてとても綺麗だった。ノアの組み紐は同じような柄で青を基調としているので、お揃いに見えた。それを見てアビーさんが呆れたような声をだした。
「強力すぎるのは、そなたの方じゃ。子供のお守りにしては大袈裟じゃないのか?」
「うむ。まあ、子供のお守りは大袈裟すぎても良かろうな。エミリア、ほれ、わしが着けてやろう。わしらは必ず、お前さんを守ってやるからな。」
ラリーさんに着けてもらって、首から下がっている虹色の石に触れてみると、とても綺麗で、大変なお守りがついていそうだけれど、二人の気持ちが嬉しくて、くすぐったくて、私のお気に入りの首飾りになった。目に入るたびに心が温かい気持ちになるし、それにとても可愛い。
「二人とも、ありがとうございます。とても可愛いし、嬉しいです。大事にします。」
二人ともうんうん頷いて、嬉しそうにしている。ノアもとても似合っていると褒めてくれた。みんなが満足して楽しい気分でいると、幸せな気持ちになる。メイさんにあげるお礼や、ピートさんへのお土産を山ほど用意しながら、みんな揃って、また一緒に旅ができる喜びを感じていた。