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52.5つの輪

 海の極上の素材を使って、ラリーさんがまた工房に籠るものと思っていたけれど、ラリーさんは食堂の厨房に籠って、ごはんやお菓子や保存食を作って過ごしていた。ごはんを作っている時以外は、話しかけても気づかないほど、ぼんやり考え事をしている。


 アビーさんがこっそり、極上の素材が思うようにいかないらしくて、ここまで難しい素材は初めてのようだと教えてくれた。いつもいい案が突然閃いて、必ず成功しているから心配しなくてもいいとも言っていた。


 幸いなことに、ノアは日に日に自分の魔力に慣れてきたらしくて、起き上がって、家の中を歩きまわれるようになっていた。体力は戻ってきていて、体の苦痛も随分マシになったようだけど、困ったことが起きていた。


「おばあ様、何度も言いますが僕はエミリアに触れていないと、魔法は使えません。練習ならエミリアに触れた状態でします。」


「ノアよ、妾も何度も言うが魔力は慣れじゃ。練習すれば使いこなせるようになる。道が開いたのだ。そこから拡げていくことは可能なはずじゃ。」


「何度も言いますけど、今は自分で制御が出来ないんです。だから危ないんです。このコップに水を満たそうとしたら、この家の中が水で埋まるほどの水が出るでしょう。その逆もしかり。制御も出来ないのに、使う事は出来ません。」


 ノアが言うには、今私に触れずに飛ぶと、少しジャンプするはずが、制御不能にどこまでも飛んでいってしまう感覚がして、またその逆になるかもしれなくて、正体不明で、危険すぎて使えないとゆう事だった。私に触れながら飛ぼうとすると、思い通りに制御できる感覚があるらしい。


 ややこしくてよく分からないけれど、ここに水たまりを出そうとしたら、湖が出来る感じと言っていた。またその逆になるかも、今の自分では分からないらしくて、確かにノアの話しを聞くと、魔法の練習をするのは、危ない気がした。


 アビーさんとノアがその話し合いを何回もしている。いつもなら間に入って宥めるラリーさんが、ぼんやり考え事をしているので、なんだか家の中がギスギスした雰囲気になっていた。晩ごはんを食べながら、ノアとアビーさんがずっとその話をしていた。


「ですから、僕の中を巡る魔力がまだおかしな感じなんです。日々マシになってますけど、巡ってる感覚が正常じゃなくて、今は制御できない感覚がするんです。」


 ノアのその言葉に、突然ラリーさんが椅子を倒して立ち上がった。どこか遠くを見て、なにかブツブツ言っている。


「……巡る……、巡っている、海、……海なんだ。……波がある、巡って帰ってくればいい!!」


 ピートさんが独り言を叫んで、地下工房に走って行ってしまった。その興奮した後ろ姿を、前にも見た気がする。アビーさんがその姿を見送ってから、ニヤッと笑った。


「なにか思い付いたようじゃ。ラリーは必ず成功させる。あとは案ずることなく、待てばよい。」


 三人でごはんの続きを食べて、ラリーさんは今回何日ぐらいで出てくるか話しながら、食後のお茶を飲んでいると、思いの外早くラリーさんが駆け足で戻ってきた。


「わしは循環を思い付いたんだが、まだ可能性なんだ。これは大発明の予感がするが、今は最もシンプルに素材を生かして加工することにした。見てくれ。」


 そう言ってラリーさんがテーブルの上に5つの輪を置いた。水のような空のような青いような透明のような、手の中に収まりそうな5つの輪は手に持ってみると、その輪っかの中が動いているような、流れているような不思議な輪だった。


「これはどうやって使うのじゃ?なにができる?」


「この5つの輪を1つずつ持つんですか?1つ余りますね。これでエミリアの場所が分かるんですか?」


「いや、これは循環なんだ。閃いてな。何に使うかは、わしにも、まだ……、エミリア?どうした?」


 私はわなわな震えるのを止められずにいた。循環、巡る、海のように、波のように、巡っては、また帰る、循環。私は震えながら、5つの輪を手に取って、手の中に包み込む。なにか、なにかが、もう少しで掴めそうな気がする。手の中で、正しい形を作ろうとすると、その5つの輪がバラバラと落ちた。


「……エミリア?どうしたの?」


 私が落としてしまった5つの輪を、ノアがすべて拾って、また私の手の中に渡してくれた。ディアさんが言っていた、たま、とは違うかもしれないけれど、なにかが、私の心をザワザワと落ち着かなくなせる。この手の中に、丸くて、玉のように包むことができたら……、この手の形は……?


「……この、5つの輪を、繋げることは出来ますか。輪が重なって、玉の形になるような……。」


「玉?丸い玉のこと?」


 ジッと手の中の海を見ていた。この5つの輪の中に寄せては返す、海があった。キレイで、どこまでも透明で、深い海のようで、静かなようで激しい、海。これがなにかに、似ているの?私は、なにを知っているの?なにを、……忘れてしまっているんだろう。


「くっつければ良いか?ならば妾がこれを1つにしてやろう。」


 アビーさんが私の手の中の5つの輪をとって、自分の手の上にのせて腕を突き出した。アビーさんの周りが恐ろしいほどギュウッとなって、激しく渦を巻くように風が巻き起こった。アビーさんが5つの輪にもの凄く集中している。


「……我に従え。妾の力をみるがよい。」


 アビーさんがとても悪い顔になって、輪を見つめている。5つの輪がブルブル震えているような気がした。なぜか頭の中で、魔王とゆう言葉が浮かんだけれど、アビーさんはとても心優しい魔女なので、魔王のはずがない。


 アビーさんが手の上にのせていた5つの輪の上に封じ込めるように、もう片方の手をのせた。一段とギュウと濃くなったような周りのなにかが、ビュウビュウと嵐のように渦巻いた。アビーさんが睨みつけながら両手をギュウと握ってから、パッと手を開くと、辺りの濃い気配がスッと消えた。手のひらの上には5つの輪がシャランと繋がって、丸い形になった物が出来上がっていた。


「どうじゃ、玉のような形になったか?まだねじ曲げてやろうか?」


「アビーさん、ありがとうございます。これ以上の物はありません。」


「これが何か分からんが、持ち歩くなら首から下げる鎖をつけてやろう。鎖の方に簡単な迷子の魔術を付けるか、明日には出来上がる。」


「ありがとう。ラリーさん、私、できるかどうか分かりませんけど、やってみます。ディアさんが集中してって言ってたから。集中って、修行って、この手の中のことなのかも。」


 手の中の輪の玉をジッと見つめて集中する。この手の中に循環する海がある。寄せては返す波を思い浮かべると、だんだん水の中にいるような、くぐもったような水の音がして、ぽこぽ水が湧き出ているような、聞き覚えのある音が聞こえた。私は、思わずディアさんの名前を呼んでいた。


「……エミリア?あなた、エミリア?……これ、なに?姿が見えないけど?あなたホントに変わってるわねえ~。そうそう、私、エミリアのこと待ってたの。聞きたいことがあって、私の所まで来てくれる?今どこにいるのよ?」


「今、ちょっとディアさんの所から遠い所にいます。聞きたいことって、なんですか?」


「あら、遠いの?じゃあ、こっちに来てから教える。早く来て!じゃ!」


 突然プツンと私の集中をディアさんに切られてしまった。私はディアさんが言う、たま、を出すことができない。今は出せないんだけど、なんとなく、大事なことのような気がするから、やり方が合っているか分からないけれど、アビーさんとラリーさんに、海みたいな輪の玉を作ってもらって、私に必要なことが少し前進した気がする。


「エミリア?誰と話してたの?成功したの?」


「たぶん成功したと思う。私、いま泉の女神のディアさんと話していたんだけど、ディアさんの所に来てほしいんだって。なにか聞きたいことがあるみたい。」


「女神?あの胡散臭い奴か?どうしても行かないといかんのか?勝手に呼びつけおって、迷惑なら無視してもいいんじゃないか?」


「まあまあ、どちらにしても、そろそろサビンナに戻らんといかんしな。ピートが心配して待っておるだろう。ついでに泉に寄ったらいいんじゃないか?ノアの体はどうだ?無理なようなら、数日のばそう。」


「大丈夫です。だいぶ馴染んだように思います。……使えませんけど。明日サビンナに行くなら、ピートにたくさん肉を持って行きましょう。土産です。」


「そうか?なら焼肉にするか。よし、明日は朝から出られるように準備しよう。エミリア、その輪を預かっておく、明日の朝には完成しているだろう。」


 ノアと部屋に戻ると、安静にしていた時に読んでいた本を整理する。そのうちの何冊かは明日の荷物に入れて持って行くようだった。私も本が読めるようになったら、たくさん本を読むんだと決意すると、楽しみになってきた。


「ノア、体調は本当に大丈夫?無理しなくていいんだよ。」


「エミリア、ありがとう。実はちょと、恥ずかしいんだ。おじい様とおばあ様が直に馴染むって言っていたでしょ?ホントにその通りなんだよね。初めは体がビックリして苦痛だったんだけど、もう当たり前に体の中にあるんだよ。何だろうこれって言ってたのが、……恥ずかしいよ。」


「全然、恥ずかしくないよ!あんなに熱が出たんだよ?ビックリして当たり前だよ。」


 顔を赤くしたノアが、恥ずかしそうにありがとうと言って笑った。二人で布団に潜り込んで眠る。布団の中で、もしノアが熱をだして倒れたあの時に、このご神木の家のベッドで寝ていなかったら、どうなっていたんだろうと、ふと思って、少し怖くなった。


 この木の家に感謝してもしきれないぐらい、助けられている。心の中で、ありがとうと何度も繰り返した。ノアを助けてくれてありがとう。それに、私のことも助けてくれてありがとう。


 半分眠ったような微睡みの中で、そういえば私はこの森を彷徨っていたんだなと思った。……森、ほかにも、どこかの森を彷徨っていた気がする。……森、いつの間にか彷徨って、ああ、サビンナの、森。なにか思い出しそうだけど、もう眠たくて、微睡みにまかせて、そのまま眠ってしまった。

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