47.はじめての学校は
長い話し合いの結果、今夜はメイさんとメイベルさんの部屋で眠ることになった。みんなで晩ごはんを食べて、お風呂に入ると、明日にそなえて早めにベッドに入って眠ることになった。
「待って待って。エミリア待って。服のままで眠ったらだめだよ。パジャマに着替えないと。」
「パジャマってなに?」
またメイさんとメイベルさんを驚かせてしまったんだけど、寝る時には寝る時用の服があって、着替えないといけない決まりらしかった。メイさんが薄い生地の可愛いパジャマを貸してくれたので、パジャマに着替えてから、メイベルさんと一緒にベッドに入った。私は思っているよりもずっと、知らないことが多いのかもしれない。
「エミリア、元気出して。頭を強く打ったから、忘れちゃっただけだよ。大丈夫。私がエミリアに全部教えてあげる。」
メイさんが何着かパジャマをくれるとゆうので、箪笥を確認してから貰う約束をした。あの大量の服の中に、もしかしたらパジャマがあるかもしれないし、これ以上私の服が増えたら部屋から溢れてしまうかもしれない。
それからベッドの中で、メイベルさんとふたりで明日からの学校の話しをした。不安な気持ちも勿論あるけれど、やっぱりワクワクする気持ちも確かにあって、二人で話していたらいつの間にか眠ってしまっていた。ぐっすり朝まで眠ったのだけど、目覚めると、メイベルさん達よりも早く目が覚めたようだった。
二人を起こさないようにそっとベッドからでて、ノアの眠る部屋に向かった。二人部屋の広めのベッドではノアがまだ眠っていた。私はノアを起こさないように、ベッドに入ったつもりなのに、ノアはすぐに私に気がついて起きてしまった。
「ごめん。起こしちゃった?まだ早いみたいだよ。まだ眠っててもいいよ。」
ノアは声も出ないほど驚いているようで、目を見開いたまま何も言ってくれない。口も開いたままで、よほどの衝撃だったのかピクリとも動かない。
「ノア?起き、ちゃったんだよね?えっと、もう寝ない?眠たくない?……眠たくないなら、このパジャマってゆう服を、ちょっと見てほしいんだけど。貰った服の中にこおゆう感じの薄い服があったか分かる?メイさん達に教えてもらったんだけど、眠る時はパジャマってゆう服に着替えないといけないんだって。あ、でもこれはネグリジェって言ってたんだけど。」
ベッドから離れてよく見えるように、くるりと一回転してみたら、ノアがようやく目をパチパチ瞬きさせた。それからゆっくりとした動作でベッドに起き上がる。
「……あった。こんな薄い服では外に出られないから、奥にしまってある。寝る時の服だったんだね。でもこれ、透けるよね?どうしてこんなに薄いんだろう?」
不思議そうに私のパジャマの裾を、ノアが触っている。透け具合を確認しながら、眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしている。なにか納得がいかないらしい。
「ちょっと薄い気もするけど、動くとふわ~となって、可愛い服だよね。リボンもついてるし。」
「うん、もの凄く驚くほど、すごく可愛いよ。女神様だよ。」
「え!?全然違うよ?ディアさんは水だよ。あ、女の人の形にもなったけど、私と全然似てないよ?」
ベッドの上でノアと話していると、ドドドと足音が近づいて来て、ザッと入り口のカーテンを開けると、メイベルさんが飛び込んできた。
「エミリア。だめだよ。パジャマで男の子の部屋に入ったらだめなんだよ!とってもだめなの!」
「え?とっても、だめ?」
「そう!すっごくだめなの!行こう!」
ぎゅっと手を握られて、早歩きで急いでノアの部屋から出て、メイさん達の部屋に戻った。パジャマで他の部屋に行ったらいけなくて、着替えてからでないと他の部屋に行ってはいけないらしい。それはとても不便な気がするんだけど、それでも寝る時はパジャマに着替えないといけないらしくて、慣れるまでうっかりパジャマで出かけてしまいそうだなと思った。
「メイベルさん、私がうっかりパジャマで出かけそうになったら教えてね。忘れちゃいそうで、心配なの。」
「ええ?うっかり?……分かった。私がしっかりエミリアに教えてあげる。任せて!」
メイベルさんが使命感に燃えた目で約束してくれた。メイベルさんは私より小さな女の子なのに、とても頼もしい。知らないことばかりな私が申し訳なくなってしまう。
「メイベルさん、ごめんね。私、自分で思っていたよりも、もっと何も知らないみたいで……。」
「エミリア、気にしないで!崖から落ちちゃったんだから、しょうがないよ。大丈夫だよ。私が、エミリアの知らないことは教えてあげるよ!私がエミリアのこと守ってあげるから!」
その時カーテンを開けてメイさんが顔をだして覗いてきた。同時にシロップの甘い香りが部屋の中に入ってきて漂った。
「あらあら、二人ともまだ着替えてないの?今日から学校なのよ?早く着替えて顔を洗ってきなさい。もう朝ごはんが出来てるわよ。」
それでメイベルさんに顔の正しい洗い方を教えてもらって、みんながいる食事の席に着くとピートさんに話しかけられた。
「エミリア?どうしてそんなにびしょ濡れなんだ?」
「?そんなに濡れてる?ちゃんと拭いたよ?顔を洗っただけだけど。メイベルさんも、水だからすぐ乾くから大丈夫って言ってたよ?」
「ああ、じゃあ、いいんじゃね?」
朝ごはんは、麦のお粥にたっぷりとシロップがかかっていて、甘くて美味しい。このサビンナで採れるシロップはいい風味があって、同じシロップでもあっさりした味のものや、濃くて深い味のものまで何種類もあって、とても美味しくてそれぞれ違って楽しい。昔のお砂糖が貴重だった頃は、大商人が買い付けに来るほどだったそうだ。
「さあさあ!出発よ!とうとう学校よ!ああ、ありがとうエミリア!さあ、行きましょう!」
メイさんがとても上機嫌で嬉しそうだった。メイベルさんも決意に満ちた熱い目をしていて、二人は親子だからか、とても似ていると思った。
「ノアもピートさんも一緒に学校に行くの?」
「僕はエミリアといつも一緒だよ。」
「俺は、学校はもう行かなくてもいいけど……、一応見学だ。」
5人全員で学校に向かう。サビンナにある学校は、メイさんの家からしばらく歩いて、集落の一番奥辺りに在る、布で出来た家を何戸も重ねて造られた大きな建物だった。私とメイベルさんはドキドキしながら手を繋いで建物の中に入った。
学校の中に入って、メイさんが先生に声を掛けると、先生達の部屋へと案内された。簡単な面談の結果、私とメイベルさんが学校に通うことになった。ノアが学校に通うと抗議したけれど、もう読み書きが出来るので、認められなかった。ノアが失敗したと、とても後悔していた。
私とメイベルさんは先生に連れられて、教室に向かうことになった。メイベルさんとギュッと手を繋いで歩いた。ドキドキと胸が高鳴る。とうとう勉強が始まろうとしている。正面の学校の玄関から一つ部屋を通り過ぎて、2番目の部屋のカーテンを先生が開けて教室に入ると、たくさんの小さな女の子や男の子がいて、一斉にこちらを向いた。
「みなさん、おはようございます。今日から一緒に学ぶことになった、エミリアとメイベルです。みんなで一緒に仲良く勉強しましょうね。さ、自己紹介して。」
私とメイベルさんが簡単な自己紹介をすると、教室の子供達はみんな不思議そうな顔をして私達を見ていた。メイベルさんが泣きだしそうな赤い顔になって俯いてしまった。
「あの!私、みなさんより大きいんですけど、私、文字を覚えるのも、勉強も、一生懸命頑張るので、それで、私とメイベルさんも学校に来るを楽しみにしてて、だから、みなさんと仲良くなれたら、嬉しいです。」
みんなに注目されて恥ずかしかったけれど、頑張って大きな声で話せたと思う。その時ひとりの男の子が、思わずとゆうように聞いてきた。その途端に何人もの息を呑む音が聞こえた。
「なんでそんなに大きいのに、学校に来るの?」
「私、たぶん崖から落ちた時だと思うんだけど、いろいろな事を忘れちゃったみたいで、文字が書けないし読めないの。だから勉強して覚えようと思って。」
へえ~と言う声に混じって、……崖?と言う声があちこちから聞こえたので、あ、小さい崖ですと教えておいた。どうやら崖から落ちる事はみんなを驚かせてしまうようなので、次からは小さな崖と言った方がいいかもしれない。
「静かに!ではみなさん、お勉強ですよ。机に紙を出していない子はいませんか?早く勉強の用意をしてください。エミリアとメイベルの席は、そうね、あの席に座ってください。」
メイベルさんと並んで席に座る。二人の机の上に、先生が紙とペンを置いて勉強の用意をしてくれる。紙の前に教科書とゆう本を置いてくれた。まずは文字をひとつずつ読みながら書く練習をすることになった。教室の周りの子達もそれぞれが違った内容の勉強をするようで、文字の単語の勉強をする子もいれば、算数の勉強をする子もいるし、机ごとに違う勉強をしているようだった。それぞれの机に先生がいて勉強を教えている。
「エミリア、キョロキョロしないで、まずは字を書いてみるのよ。書き順があるの、教科書をみてね。この文字はほら、まずここから始まって、ここで終わるの。書いてみて。」
文字とゆうのは、あ、から始まって、ん、で終わる。それをすべて覚えていないと次にいけないらしい。一見しただけでも大変そうだった。なんとなく……、なんとなくなんだけど、文字とゆうのはもっと、スッスッスと一画ずつ書くような気がしていたんだけど、全然違った。
ぐるんぐるんとうねうねしていて、まったく見分けがつかない。見せてもらった教科書を見ても、明らかに見分けがつかない文字が何個もある。コレとコレは一緒じゃない?いや、うねうねが一個多い?しばらく教科書を凝視していると、すぐ隣からさらさらと文字を書く音がしていた。メイベルさんがもう文字を書き始めていた。私は落ち着いて深呼吸してから、初めての文字を書き始めた。