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45.泉の女神

「ちょっと~~、ひどくな~い。あなたが会いにきたんでしょ~。ぎゃーってなによ~。」


「……すみません。……驚いて。私が、会いに?来たんでしょうか?」


「え?なに言ってんの?あなたが来ないと、どうやってここにいるのよ?誰かが、ここに運んできたの?それ、怖くな~い?なに言ってんの?」


「……すみません。よく、分かってなくて。」


 湖の水から声はするけれど、実態がないので、変な、不思議な感じがする。それでも、気さくな話し方のおかげか、恐怖心は消えていた。


「あなたは、なんですか?どうしてお水とお話しができるんでしょう?」


「水て!まあ、水なんだけどさ!みんな私の事、神様って言うのよ!泉の女神様とか!私、女神さまって言われてたんだから!」


「あ、すみません。女神様。それで……、あ、さっき、やっと見つけたって言ってましたね?」


「だって、あなたちょくちょく会いに来たじゃない?すぐ帰っちゃうし。だから気になって呼んだら逃げちゃうし。だから何なのか聞こうと思って、探してたんだけど。しばらくどこにもいないしさあ~。と思ったら、ここにいるじゃない?だから、聞きたいんだけど、あなた、なにしてんの?」


 女神様の言う事を考えてみても、その挙動不審な人は私だろうか?ちょくちょく会いに?来ていたの?私。


「ここに来るのは初めてだと思うんですけど……。」


「ええ?そんな訳ないじゃ~ん。そんな変わった色、間違えないって。……嘘ついてる訳じゃないんだよな~~。ほんと、なによ、あなた。いいわ!じゃ、たま、見せて。確認するから。」


「たま、ってなんですか?私、すみません。持ってないと思います。」


「いやいやいやいや!あなた、渡る人でしょ?持ってない訳ないじゃん!」


「渡る?……違うと思います。人違いではないですか?」


「いや!なんか面倒臭い!いいから!手!あっ!そうか、ちょっと待って!」


 話している途中から、湖面が大きく揺れて、目の前の水がウニョーーンと伸びて、女の人の形になった。透明の水の女神様だった。


「あ!女神様、前に手の形になりました?」


「あ、思い出した?そうそう、おいでおいでして呼んだでしょ?あなた逃げたけど!それより、手!こうして!この形!早く!」


「……あれ、怖かったんですよ。気持ち悪くて。はあ~。」


 謎がひとつ解けたんだけど、釈然としない。全然納得できないまま、女神さまと同じように胸の前で両手を合わせるような、合わせないような形をつくる。


「全然違うでしょ!こう!丸く!たまを囲むように!それじゃ狭いでしょ!丸くよ!こう!」


 すごくたくさん怒られているけれど、なにがどう正解なのか分からない。とにかく丸く、丸い物をにぎる感じで手を少しずつ離していく。


「もうちょっと、まあ、いいわ。それぐらい。それで、集中して、え~となんて言ったかしら。そう、さとりとか、いのりよ。自分のたま、それに集中するの。ハイッ!出して!」


 集中?たま?に?たまって、なに?どこにあるの?だめだ、全然集中できない。案の定、私の手の中には、なにも起きない。


「……なにも、でません、ね?やっぱり私、渡る人じゃないと思います。」


「そんな訳あるか!あなたが全然集中してないからでしょ!いいわ!もう!あなた名前は?」


「エミリアです。」


「そう、エミリア。じゃあ、私の事は、……そうね、ディアでいいわ。ディアって呼んで。それで、エミリア。私の手の所に触ってみて。」


 目の前の透明の水の女神様が、さっきの手の形のまま、私が手を触るのを待っている。私はなるべく同じ形になるように、両手で水の手に触れた。冷たい水の感触がする。


「……そう、エミリア。渡る人ね。でも、混ざってる。ほんといろいろ混ざってる。何コレ?見たことないわ。……でも、キレイ。すごくキレイね。プッ。面白い。なにそれ?エミリア、面白いわ。」


 なぜか女神様が大笑いしはじめた。面白くて、笑いが止まらないようだった。私そんなに、面白い?一頻り笑って、ヒイヒイ言いながら、女神様が聞いてきた。


「エミリア、なんでそんなに混ざってるの?」


「それが、なぜか分からないんです。それを調べに行くのに今旅をしてて……、」


「ふ~ん。混ざってるのは知ってるの。ふ~ん。そう、面白そう。私も一緒に行ってあげてもいいわよ。」


「女神様が?どおして一緒に?」


「ディアよ!次に女神様って言ったらぶっ飛ばすわよ。……だって、エミリアって、渡る人なのに、な~んにも知らないんだもの。それに、面白そうだし。」


「……たしかに、私、なんにも知らないです。記憶もあんまりないし、どうして小さい子達の事が見えるようになったのかも、知らないし。」


「小さい子達ってなに?何のこと?」


 それで私は、ディアさんに小さい子達の事をできるだけ詳しく話した。色や形や、ふわふわしてたり、踊っていたり、畑でのことや、分かること全部を話した。


「ああ、幼精のこと。精霊の幼い子よね。ポワ~と湧く子でしょ。湧いて生まれるのよね?そりゃ、渡る人には見えるでしょうよ。あなたも似たようなものよね?」


「え?私?!私、湧いたんですか?渡る人って、人じゃないんですか?そう人!人族ですよね?私?」


 湧く?ポワ~と?私も同じ?なぜか頭の中に、天然温泉とか、天然ガス、とゆう言葉が浮かんだ。え?自然から湧いて出てくる感じ?私も?私って天然?製?


「人族?人のこと?最近あんまり外に出てなかったから、その細かい枝分かれ?的なことは分からないけど。人?人族?だとしたら、あなた、美しすぎじゃない?見た目精霊っぽいと思わない?ほら、整いすぎてるってゆうか。なんとなくだけどさあ~。」


「いえ、普通です。平凡な方だと思います。」


「ホントに!?今って、そうなってんの?……ええ?ホントにい~?」


「まあ、外に出てみないと分かんないわ。それは。とゆう事で、私見てみたいから、たま、早く出せるようになって。そうじゃないと私、水辺しか行けないし。なんせ水だから。集中して、頑張って修行して。私の為に!」


 なんとか頑張りますとディアさんと話している時に、遠くの方でバシャーバシャーと水の音がきこえた。その途端にディアさんが慌てだした。


「え!?なにこれ?なんか凄いの来た!?神系?ちょっとちょっと!なにこれ!やだ~こわ~い!じゃ、私戻るから!修行頑張りなさいよ!」


 慌ただしくディアさんが、また湖のどこかに戻ってしまった。話し声も、気配も、もうなにも無くなった。そのかわりバシャーの水音はどんどん近づいてきていた。私はおとなしくその場で待った。


 両手を上げて上半身を跳ね上げるように泳いでいたのは、アビーさんだった。バシャーーンと一際大きく魚のように跳ねて湖のほとり近くでアビーさんが空中に浮かんだ。フィ~と満足そうに大きく伸びをして、またその高さから豪快に飛び込もうとしたアビーさんに声をかけた。


「アビーさん。」


 私の小さな呟きに、飛び込もうとしていたアビーさんがビクッとなって、辺りを見渡した。すぐに私を見つけたのか、もう一度ビクッとなった。


「エミリア!?」


 私の名前を呼ぶと、弾丸とゆう言葉が頭に浮かぶほど、もの凄い速さで一瞬にして私の目の前に来て、抱き上げられた。


「エミリア?そなたこのような所で何をしておる?どうやってここまで来た?なぜここに?皆はどうした?」


「……分かりません。気づいたらここにいたんです。帰り方が分からなかったので、アビーさんに会えて良かったです。ここは、どこですか?」


「エミリア。そなた、お転婆がすぎるのではないか?皆が心配するであろう?遊びに行くときは、知っている所にするのじゃ。迷子になる。」


 アビーさんが高く高く空に昇りながら、位置を確認すると私を抱えたまま、湖から遠ざかって飛んでいく。途中でフィッとして、濡れた服や体が乾いた。


「まったく。このお転婆娘め。たまたま妾が泳いでいなければ、どうしていたのじゃ。困った奴め。急ぎ、ラリーとなにか作らねばならぬ。」


 アビーさんは言葉のわりに、そんなに怒ったり、困ったりしていないように思えた。ただ、私がいなくなったら、探してくれるんだろうなと感じる。


「アビーさん、私、湖で女神様に会ったんです。ディアさんって言うんですけど、私、人族じゃないかもしれません。渡る人って言ってました。私、人じゃなくて、天然とか、自然とか、精霊?みたいな感じだったら、どうしましょう……。」


「女神い?なんじゃ、その胡散臭い奴は。渡る人ってなんじゃ?なにを渡るのじゃ?」


「……分かりません。……聞き忘れました。渡る人って、何をするのかな?渡るって、どおゆう意味でしょう?あ、でも、集中しなさいって言ってました。修行とか。」


「集中して、修行なら、勉強であろう。つまり学校じゃな。どうせ今から学校にいくのじゃ。問題ない。エミリアは学校に行った事がないのであろう?」


「そうなんです。私、頑張って文字を覚えるつもりです。それで、本をいっぱい読めるようになって、分からない事を調べますよ!」


「よしよし、よく学ぶがよい。勉強は大事じゃ。本は為になる。偉いぞ、エミリア。」


 アビーさんがよしよし撫でてくれる。修行って難しく考えていたけど、つまり勉強のことだ。勉強する意欲なら十分ある。やる気満々だから、ひとつ心配事が減った気がする。でも、私、人じゃなかったら、どうしよう。


「アビーさん、私、人に見えませんか?」


 ブーーーと、アビーさんが吹き出して笑った。真剣に聞いたのに、ちょっと恥ずかしくなるくらい笑われてしまった。深刻になっていたのが、可笑しく思える。


「そなた、ふふっ。人にしか見えぬが?他の何のつもりじゃ?ふふふっ。エミリア。面白い奴め。あはははは!」


「もう!笑いすぎですよ!深刻な問題だったんです!もう!」


 頬を膨らませて怒ると、アビーさんが涙を浮かべて謝ってきた。そんなに怒ってないけど、許してあげない!


「悪かった。エミリア。機嫌を直せ。妾がもっと高い所に連れて行ってやろうか?もっと速くがいいか?エミリア?」


「……怒ってないですよ。」


「……エミリア。そなたは、そなたじゃ。エミリアはエミリア。他の何者でもない。」


 アビーさんが私をまっすぐに見つめながら、ハッキリと教えてくれる。わたしは私。他の何者でもない、私。優しい表情のアビーさんと見つめ合いながら、その言葉を心の中でかみしめた。それはとても大事な大切な言葉だから、これからの旅で、もっと知らない私を知っても、ちゃんと忘れないで憶えていようと思った。


 湖は深い深い森の中にあって、アビーさんとしばらく飛んでいても、まだ森は続いている。その鬱蒼と生い茂る森を、アビーさんに抱えられてしっかり抱きつきながら、しばらく黙って見つめていた。

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