44.サビンナとゆう集落
「ピート?もしかして、ピートじゃない?ああ、やっぱり!やだ~!どうしたの、こんな所に、オルンじいさんと来たの?それともバスン?やだ~久しぶり!大きくなって!もうすっかり大人じゃないの!」
「メイさん。メイおばさん。久しぶり。ちょっと今知り合いと旅してて、近くまで来たから。サビンナ、久しぶりだし。」
ピートさんに声を掛けてきた朗らかな女性は、メイさんと言って、ホルコット村から、ここサビンナにお嫁に来たピートさんの親戚だった。私達は案内さて、すぐ近くにあるメイさんのお家に招かれた。分厚いテントのようなお家は入ってみると、しっかり頑丈な造りになっていて、色とりどりの布が掛けてあって、とても可愛いお家だった。
「おばさん、この辺に開けた広場とかある?大きめの荷馬車で来たんだけど、入れなくて。置いてきたんだ。」
「あらあら、この集落に開けた場所なんてないわよ。だって、木を切らないんだから。広場ねえ。広いのは、ずっと先の泉の広場ぐらいかしら。でもあそこに着くまでが深い森だし、神聖な場所だから、馬車なんて停めたら怒られちゃうんじゃない?」
「そうか。前に来た時は、森の入口に馬車を停めた気がしたんだけど。」
「それって、私の結婚のとき?森の入口って、あなた達、どこから来たの?」
お茶を入れてくれながら、私達に視線を移して、メイさんが私を見た途端に固まってしまった。そして口に手をあてて、わなわな震え出した。
「え?あらあら!すごく可愛いわ!すごく可愛い女の子だわ!やだ!ちょっと!メイベル!メイベル!来てごらん!すっごく可愛い女の子がいるの!」
メイさんが、すごく大きな声を出して誰かを呼んで、そのメイベルさんと言う人を探しに行ってしまった。ピートさんがどこか遠い目をして、私の方を向いた。
「だめだ。なんで、うちの女連中はみんな可愛いものに、こんなに目がないんだ。エミリア、もう今から帰った方がいいかもしれない。」
どおゆう状況なのか、でもお茶を淹れてくれている途中で帰るのは、すごく失礼な気がするし、私はなんと言おうか迷っていると、ドドドドと賑やかな足音がした。
「ちょっと、ママ!私お絵描きしてたんだけど!邪魔しないでよ!可愛いって、お姫様みたいって、そんなのママがいっつも私に言って……!!」
部屋の向こうに掛けられたカーテンを捲って、綺麗な金色の髪に青い目をした可愛い小さな女の子が現れて、その場に立ち尽くしていた。メイさんと一緒にもの凄く目を見開いて私の事を見ている。
「あの、こん、にちわ。はじめまして、エミリアです。あと、ノアに、あ、ピートさんは親戚だから、知ってますよね。え~と。」
まだ震えながら見られている。なにも言ってくれない。どうしたらいいのかと、ピートさんを見ると、大きくハア~とため息をはいた。
「おばさん、俺たち荷馬車を停めとく場所がないなら、もう戻らないと。置きっぱなしは危ないし。ノアのじいちゃん達が心配するから。」
「あらあら、やだやだ。今日は泊まっていきなさいよ。もう宿はやってないけど、部屋は空いてるのよ。それであなた達、川沿いから来たんじゃないの?もしかして街道から下ってきた?」
「ああ、そっちから。森の位置を見ながら来た。」
「なら、西にぐるっと回らないと。川沿いをそのまま来たら、少しは近くに停められるもの。前はそっちに停めたでしょ。」
メイさんがピートさんと荷馬車の所まで行って、荷馬車を停められる所に案内してくれる事になった。私とノアはお留守番することになって二人を見送ると、女の子がすぐ近くにいて、私を見上げていた。私はしゃがみ込んで挨拶する。
「こんにちは。エミリアです。はじめまして。」
手をだして握手しようとすると、女の子はモジモジしながら手を握って、恥ずかしそうに、小声で名前を教えてくれた。
「私、メイベル。……はじめまして、エミリア。」
頑張って自己紹介する姿が可愛くて、思わず微笑んでしまう。恥ずかしがり屋なのか顔を赤らめて、ずっとチラチラ私の顔を見てくれるけれど、目が合わない。
「絵を描いてたの?なんの絵を描いてたの?」
「……お姫さま。可愛いの。あと、洋服。」
照れながら小声で話す女の子が、とても可愛らしい。綺麗な金髪のサラサラした髪に手を伸ばして、思わずなでなで撫でてしまう。
「お~い。ちょっと、そこのメイベルちゃん。この淹れかけのお茶いれていいかな?これって、なにか特別な淹れ方がある?」
「ちゃんって言わないで!私はもう7才なのよ!子供じゃないの!大人と一緒なの!」
もの凄くしっかりハッキリとノアに話していた。そこからノアと打ち解けたのか、お茶の淹れ方の話しや、年齢の話しでノアと盛り上がっているようだった。
「小姑か。ミルクを入れる順番なんて、どうでもいい。」
「順番には意味があるの!ママはいつも最初にいれるもの!その方が美味しいんだから!」
ノアとメイベルさんが二人で協力して、温かいお茶を淹れてくれた。スッキリとした味のお茶にシロップとミルクが入っていて、とても美味しい。
「ふたりとも、美味しいお茶をありがとう。」
「シロップはね、ここで採れるんだよ。ちょっとずつ、ちょっとずつ美味しいシロップがでてくるの。それをね、もらえる分だけ、もらうんだよ。」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう。そとにあるあの白い木だよね。なにか、特別な木なのかな?」
「白い木は甘くて、周りに美味しいキノコができるから、いい木なんだよ。」
メイベルさんがこの辺の集落の事をいろいろと教えてくれた。家の壁の絵は、家族の事が描いてあって、それぞれ家ごとに違う絵を描いてあるらしい。お茶を飲んで話しているうちに、ピートさん達が戻ってきた。
「あら、メイベルとずいぶん仲良くなったのね。私以外と楽しそうに話しているのを、久しぶりに見れたわ。ふたりとも、ありがとう。」
「じいさん達は場所が分かったから、後で来るって言ってたぞ。なんか今、袋?作ってんだって。」
「ああ、雲の。分かった。」
「そんで今日はここに泊めてもらう事になった。風呂もあるし、エルドランに行った事のある連中がけっこういるんだって。」
「この集落の男達は出稼ぎに行くからね。ここからだとオルケルンより、エルドランの方が近いもの。昔と違って、最近は王都ばっかりよ。ま、うちの旦那は帰って来なくなったけど。よっぽど都会は楽しいんでしょうよ。フンッ。」
メイさんは明るく言ったけど、メイベルさんは悲しそうに黙り込んで、顔を伏せてしまった。父親が帰って来なくなったら、心配だし、悲しいと思う。
「それよりお昼ごはんがまだなんだって?粥で良かったらすぐ出来るわ。温めるから今食べちゃって。その間に、部屋の掃除してくるから、メイベルと一緒にいてくれる。」
メイさんのお家はもともと民宿をしていて、今はやっていないのでテントをくっつけた部屋がたくさん余っているらしかった。どうやら、ひとりずつ部屋を用意してくれるようだった。三人で用意してもらった麦の粥を食べようとした時、メイベルさんに止められた。
「ちょっとちょっと、まだ感謝のお祈りが終わってないじゃない。忘れちゃだめだよ?!」
メイベルさんが言うには、サビンナでは木と水の神様が大事にされていて、ごはんの前や、朝や夜やいろんな時に、お供えしたり、感謝のお祈りをしたりするらしい。食べる物にも感謝すらしくて、素敵な習慣だと思うけれど、お腹が減っているピートさんは嫌そうにしたいた。ペコペコの時は辛いかもしれない。
お昼ごはんをご馳走してもらった後に、それぞれ一人ずつの部屋に案内された。一人用のベッドがあるだけの広くない部屋だけど、色とりどりの可愛い布がたくさん掛けてあって、ぬくもりがあって落ち着くいい部屋だなと思った。
ピートさんはお風呂に、ノアはラリーさんの所に荷物を取りに行くと言って、それぞれ出かけて行った。私はひとりベッド腰掛けて、しばらく森の景色を眺めていたけれど、ポスンと横になると、いつの間にか眠ってしまっていた。
深い深い静かな森の中の湖のほとりで、ぽこぽこ綺麗な水が湧き出ているさまを見ていた。ああ、ここは夢でみたことがあると思ったその時、ゾッと寒気がした。ドキンドキンと動悸が激しい。今この時、夢の中ではなく起きている現実だった。
なぜかいつの間にか、自分の足で夢でみた場所に立っていた。驚きすぎて立っていられなくなって、その場に座り込んでしまった。ドキドキする胸に手をあてて、落ち着いて考えてみる。部屋のベッドで、サビンナで、小さな集落で、ひとりの部屋で、動揺して考えがまとまらない。
とにかく、ゆっくり慎重に深呼吸を繰り返してみる。ふいにパシャッと水が跳ねる音がして湖をみると、水がウミョンと上に伸びていた。
「やっと見つけた。」
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
恐怖に失神したかったけど、できなかった。バッチリ起きている。水が、水が!しゃべった!?
「きゃ~~。うるさ~~い。なに~~?」
恐怖におののいていると、気の抜けるような女の人の声が湖の水から聞こえた。