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42.荷馬車の部屋

 クロがゆっくり、ゆっくり荷馬車を走らせていたのは、ホルコット村を出発した初めの一時だけだった。村が見えなくなって遠ざかると、グングン速さが増していって、ノアとピートさんが馬車の常識的な速さ、と言うのを話し合っている頃には、ギュンギュンといった感じの速さになっていた。


「おい!カラス野郎!速いって言ってんだろ。速すぎんだよ!荷馬車の速さじゃねえ!」


「まあまあ、ピートよ、落ち着きなさい。クロはとても賢いカラスなんだ。どこかに人の目でもあれば、そうそう無茶な速さでは走らんはずだよ。それより、お前さんは朝ごはんは食べたのか?グランが籠に朝食を用意してくれていてな。みんなで食べよう。こっちに来なさい。」


「……でも、この席に誰かが座ってないと、荷馬車は勝手に動かないから……。」


「大丈夫、大丈夫。ちょっとこっちに来てごらん。」


 ピートさんがしぶしぶ御者の席を乗り越えて荷台に移動すると、カラスが一羽御者の席に降り立った。その途端に黒いマントを深く被った、大人の人が座っているように見えた。


「こっわ!不気味!顔はどうなってんだ?」


 ピートさんと一緒に興味津々で深く被ったフードの中を覗き込むと、顔があるはずの部分には何も無く、真っ黒だった。あるはずの所になにもないと、不思議な感じがする。


「よけい怖いわ!なんで顔がないんだ!作って!顔!」


「いや~。いろいろ描いてみたんだが、どうも難しくてなあ~。わしは絵心がないようなんだ。アビーがいっそ無い方がマシだと言うんで、省いたんだが。まあ、近づかんと分からんから、大丈夫だろう。走っている馬車を覗き込む者はそうおらん。」


「確かに、横に座って顔の部分を覗き込まないと分かりませんよ。ピートが怖がりすぎなんだ。」


「俺は怖がりじゃねえ!俺はこの集団の常識担当だ!俺の言う事を聞いておかないと、大変な事になるぞ!あれは、不気味すぎる!」


「でも、便利だし、あれ?この分厚いサンドイッチはなんだろう?お肉かな?いっぱい入ってる。」


「カツサンドじゃねえ~~~かあ~~~!!!しかもいっぱい入ってるじゃん!!!」


 大きな籠の中には、サンドイッチがたくさん入っていた。たまごやハムや野菜が入ったサンドイッチのほかに、なにか分厚いお肉のサンドイッチが大量に入っていた。ピートさんの大好物のようで、とても喜んでいる。


「ピートさんがこのカツサンドが大好きだから、たくさん入れてくれたんだね。もしかしたらピートさんの為に、クレアさん達が作ってくれたのかもしれないね。」


「……うん。」


 ピートさんはさっきまで怒っていたのがすっかり収まって、美味しそうにカツサンドを食べ始めた。ラリーさんが気に入った茶色いソースがたっぷりはいったカツサンドは、サクッとして、分厚いのにお肉が柔らかくて、噛むとジュワッと肉汁が溢れて、とっても美味しかった。すごく食べ応えがあって、ノアもピートさんも美味しいと気に入っていた。


 朝ごはんを食べ終わると、ピートさんは昼寝すると言って荷台で寝始めた。朝が早かったから眠たかったらしい。


「エミリアはまだ馬車の部屋に入ってないんじゃないか?エミリアの部屋もあるから、一度見ておいで。」


「そうだね。エミリア、一緒に行こう。」


 それでピートさんが寝ている間に、一度部屋を見に行くことにした。荷台の中の床に、扉の取っ手が付いてあって、引っ張ると床の一部が開いて地下に通じるように階段が付いていた。ピートさんでも扉を開ける事はできるので、中に入れなくても声は届いて、部屋の中にいる人を呼ぶことはできるらしい。


 梯子を下りて部屋の中を見渡すと、見覚えのあるような明るい広いホールになっていた。壁にはいろいろな色の扉がいくつもついている。扉の数からして、部屋が多すぎる気がするけれど、たくさん荷物や食料を積んだと言っていたので、荷物の部屋がいっぱいあるのかもしれない。


「エミリア、こっちだよ。向こうの扉が厨房と食堂だよ。食料庫に荷物の部屋に、あっちのがおじい様の工房で、その上がおばあ様達の部屋だよ。この一番近い部屋がエミリアの部屋で、隣が僕の部屋なんだけど……、エミリアの部屋がちょっと、とりあえず見てくれる?」


 私の部屋に入ると、あまりにも色彩豊かな服や飾りやいろんな物に溢れていて、目がチカチカした。決して狭い訳じゃないのに、もの凄くゴチャゴチャしている。


「こ、これは?いったい……?」


「贈り物なんだけど……、あれ、あの箪笥ってゆうのも貰ってるんだけど、全然入りきらないんだよね。やっぱり、この部屋、落ち着かないよね?」


 もう一度、私の部屋を見渡してみる。一つ一つの服や帽子や小物は、こんなに可愛らしいのに、なぜ一遍に集まるとこんなに落ち着かない部屋になるのか、不思議だった。


「贈り物って、誰から貰ったの?」


「それが、一応リストも見せてもらったんだけど、よく分からなくて。お返しはいらなくて、ここにある服を着てくれたらそれで満足なんだって、おかしいよね?見なくてもいいのかな?……思うんだけど、あまり気にしない方がいいよ。」


「でも私、こんなにたくさん、とても着れないし……。今から返せないかな?」


「出発しちゃったしね。気にしないのが一番だよ。贈り物って、貰わないといけないらしいし。」


「……そうなんだ、困ったね。これ全部着ないといけないのかな?」


「それなんだけど、僕、本も貰ったんだけど、着こなしって言うのがあって、組み合わせて着る服がけっこうあるんだよね。色合いが大事なんだって。」


「ええ?それって、難しい?全部覚えるの?……もしかして、あの分厚い本?」


「いや、あれは髪形の本だね。あっちににある本の山が服の本だね。」


 眩暈がしそうになった。大量の服に、髪形に、着こなしの本に、組み合わせを覚えて着る服たち……。


「全部、お返ししたい……。」


「エミリア、大丈夫だよ。僕、全部覚えたから。エミリアが着る服は、僕が毎日選ぶよ。それで、この部屋はエミリアの服の部屋にして、僕の部屋を一緒に使わない?ちゃんと、ベッドにたどり着けるよ。」


「そんな、……いいの?迷惑じゃない?」


「全然!!行こう。この部屋には、もう入らなくてもいいよ。」


 可愛いもの達で溢れている部屋を出ると、隣のノアの部屋に入った。ノアの部屋はあまり物が置いていなくて、箪笥が増えている以外は殆どあの木の家とそっくりだった。ベッドもふたりが寝ても十分な広さだったので、私も一緒にこの部屋を使わせてもらうことになった。


 夜はノアとふたりの部屋で寝て、昼間は荷馬車の中で過ごした。ピートさんは荷馬車の中の寝袋で寝て、ごはんはラリーさんが部屋の厨房で作った物を食べた。荷馬車は昼夜走り続けてどんどん進んで、順調に旅が続いていると思っていた3日目、ピートさんがキレた。


「夜は馬車を止めてくれ!眠れない!あと、宿に泊まりたい!風呂に入りたい!もっと馬車を止めてくれ!みんな生理現象はどうなってんだ!?」


 ピートさんの話しを聞く為に荷馬車を止めて、今夜はテントを張ることになった。もっと頻繁に馬車を降りたいし、夜は馬車が動いていたら眠れないし、ピートさんは宿に泊まって、体を綺麗にしたいし、お風呂に入りたいと言う事だった。川の近くにテントを張ったので、ピートさんは川に体を洗いに行った。焚火の火の上の鍋をかき混ぜながら、ラリーさんがしょんぼりと話し始めた。


「わしは反省せんといかんな。ホルコット村に住んでいるピートには、風呂に入れんのは、辛かったんだろう。もっと早く気づいてやるべきだった。それに、人とゆうのは、眠れんと病気になってしまうのに、辛かったろうな。」


 夜になると部屋に入ってしまう私達と違って、ピートさんはずっと荷馬車の中にいるから、眠れなかったり、気が滅入ったり大変だったようだった。


「荷馬車の部屋はピートさんが入れるようには、できないんですか?一瞬でも入れたら、体が綺麗になったりしますよね?」


「無理だな。残念だが、それは出来ないんだ。……それは、ピートの為でもある。わしらは、なるべくピートの望む形で旅ができるように考えよう。ノア、ここから一番近い村か町にはどれぐらいで着く?」


「ここから一番近いのは、マレント……ですかね?でもこの地図の通りだと、街道沿いには宿が点在しているみたいなので、町や村に着くまでにも、宿に泊まる事はできそうですね。風呂があるかは分かりませんけど。」


「そうなのか。たまに道の脇にある小屋は宿だったのか……。そうだ、温泉はないのか?地図にたくさん載っていると言っていたろう?」


「温泉がたくさん湧いている辺りはもう過ぎましたね。どうして、あの辺はあんなに温泉が湧いているのかな……。」


「温泉はないのか。ならば、やはり町まで行って、宿に泊まろう。オルケルン以外の町でも、なにか情報が手に入るかもしれんし、明日は宿屋を目指そう。」


「お!明日は町に行くのか?やった!宿に泊まれる。なんて町だ?」


 体が綺麗になってスッキリしたのか、すっかり機嫌が直ってニコニコしながらピートさんが戻ってきた。


「マレント、かな?」


「マレント?もうそんなに来たのか?3日で?それじゃあ、サビンナが近いんじゃないか?ちょっと地図を見せてくれ。」


 ピートさんがノアから地図を受け取って、真剣な顔で指を使って道を辿っていく。そして、ノアに見せながら地図を離さずに説明する。


「この街道の地図には載ってないけど、この街道のこの道をちょっと外れて下って行くとサビンナって村がある。親戚がいるんだ。マレントに行くなら、サビンナにしよう。もしかしたら、ただで宿に泊まれるかもしれない。」


「いや、お金の事は気にせんでいい。しかしお前さんがその村がいいなら、明日はその村を目指そう。ピート、すまなかった。お前さんはわしらの為に旅について来てくれているのに、お前さんんの辛さに気づかなかった。申し訳ない。種族の違いは話し合いで解決できる。これからは、嫌な事があったら我慢せず、すぐに教えてほしい。できるだけの事はするつもりだ。」


 ラリーさんが真摯にピートさんに謝った。ピートさんは感激したような顔になって、いや、あの、と言いながら照れていた。最後にピートさんが分かったと言ったので、みんなで仲直りができた。


 私は静かに、感動していた。種族の違いは話し合いで解決できる。話し合って、歩み寄ったらまた、誰も我慢しないで、仲良くなれる。その大事な言葉が、私の心に静かに、染み入っていくようだった。

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